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巻之伍 「我が活人剣の黎明」

 先の経緯を知るのは、私と弟の2人だけだ。

 しかし藍弥の脆弱な性根は、父としても忸怩たる物があったのだろう。

 長男である藍弥を後継者として育てても不思議ではないのに、長女の私に跡目を継がせようと考えていたのだから。

 いずれにせよ、血縁のある我が子を跡継ぎにしたがるのは、親の常。

 有望な師範代を私の婿養子にするという、最後の手段はあるにせよだ。

「それにしても、かおるさん…家を御出になる御心積もりに、やはり御変わりは御座いませんの?」

「二言は御座いません、母上!」

 おずおずと問い掛ける母を一喝するように、私は毅然とした口調で断言した。

「御幸通小学校に転入届は提出致しましたし、御世話になる洲本の叔母様にも、既に話をつけております。この期に及んで翻す真似が出来ましょうか?」

 父方の叔母夫婦が住む御幸通小学校の校区からならば、私が訓練生として所属する人類防衛機構の堺県第2支局は目と鼻の先にある。

 これこそ、叔母夫婦の家に下宿する表向きの動機だった。

 だが、真意は別にある。

「藍弥を思ってか、かおる?」

 案の定、父には感付かれていた。

 もっとも、隠す積もりは毛頭なかったけれど。

「然りです、父上。私が居ては、藍弥の甘え根性は改まりません。私がいなければ、藍弥も自ずと察するでしょう。一刀流の嫡男は自分しかいないと。」

 ある意味では、賭けでもあった。

 私が実家を出奔した所で、弟が決意を固めるとは限らない。

 激しさを増した稽古に音を上げる可能性も、大いに考えられる。

 しかし、そうなれば父も、血縁を跡継ぎにする考えを改め、有望な師範代を後継者に指名する事だろう。

「しかし、ここまで急がなくても。せめて藍弥が帰ってからでも…」

「直接顔を合わせれば、藍弥が引き留めようとするでしょう。そうならないためにも、出立は早ければ早い程良いのです。」

 母の執り成しに、私は頑として持論を曲げようとしなかった。

 強情な頑固娘に見えるかも知れないが、全ては淡路一刀流と藍弥のため、そして私自身のためなのだ。


 その翌日、私は浜寺の淡路家を出立し、堺東駅から程近い叔母夫婦の家に身を寄せた。

 父の8つ年下の妹の洲本諭鶴(すもとゆづる)は、当時28歳。

 当時の私から見れば、叔母というよりも一回り上の姉みたいな存在だった。

 叔父に当たる洲本美久馬は、出版社の雑誌編集者を生業にしている。

 文芸学部の文学青年がそのまま年を重ねたような、知的で温厚な男性だ。

 新婚間も無く、オマケに第1子が産まれたばかりにも関わらず、2人とも快く私を歓迎してくれた。

 剣術とは無縁のサラリーマン家庭に、最初は戸惑う事があったものの、穏やかな洲本家での生活に私も 徐々に馴染んでいった。

 叔母夫婦の間に産まれた1人娘のミズミちゃんも、私をまるで実姉のように慕ってくれている。


 しかしながら、幼少時より骨身に叩き込まれた剣の道を忘れた事は、1度もなかった。

 放課後は毎日のように支局へ登庁し、祝祭日も可能な限りは養成コースの講義を受講した。

 必修科目の単位を必要分取得した上で、軍刀を用いた戦闘訓練を重点的に受講し、日々の自主鍛練も怠らなかった。

 全ては我が姉妹でもある愛刀「千鳥神籬」と共に、破邪顕正の活人剣を成すためだった。

 それには、一刻も早く特命遊撃士として正式配属されなくてはならない。


 その一念が通じ、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に少尉階級の特命遊撃士として正式配属されたのは、私の学籍が御幸通中学校に移った時でもある、元化22年4月の事だった。

 真新しい純白の遊撃服に袖を通し、その腰間に千鳥神籬を差した時は、「私は遂に、我が活人剣の道を歩むのだ。」という自覚に武者震いさえ起こした物だ。


 支局に正式配属された以上、私も都市防衛戦の最前線に動員された。

 無差別テロを繰り返すカルト宗教団体の、黙示協議会アポカリプス。

 バイオテクノロジーで現代に復活した恐竜を生物兵器として機械化した、サイバー恐竜。

 そして、その他の悪の秘密結社の怪人達や、凶暴な特定外来生物に巨大怪獣…

 立ち塞がる様々な敵に、私と千鳥神籬は真っ向から立ち向かい、そいつらを淡路一刀流の剣技をもって滅ぼしていった。

 防人乙女となった私は、心を許せる友人にも恵まれた。

 同期生である手苅丘美鷺(てがりおかみさぎ)さんは、蓮っ葉な口調が特徴的で私とは異なるタイプの少女だったが、不思議な程に気は合った。

「へぇ…アンタも実体剣を個人兵装にしたのか?アタシと同じように、自前の業物だろ?」

 青いセミロングに白いヘアバンドを着けた少女は、私が腰間に差した千鳥神籬を指差しながら、自身の個人兵装を誇らしげに示して笑った。

 彼女が手にしていたのは、古風な西洋式サーベルだった。

 恐らくは、彼女の実家に伝わる曰く付きの家宝なのだろう。

「なあ、『(あわ)の字』って呼んで良いだろ?その代わりにアタシの事も、好きに呼んで良いからさ。」

 渾名で呼ばれるのは初めての経験だったが、悪い気はしなかった。

 適当な渾名が思い付かなかったため、安直に「美鷺さん」と呼ばせて貰ったが、当人は満足そうだった。

「淡の字とアタシ、同じ中学だったら、もっと良かったかな…」

 美鷺さんの寂しげな微笑は、私にも同感出来る物だった。

 私もまた、心の奥底で孤独を感じていたからだ。

 在籍している御幸通中学校や支局で、仲間外れにされている訳ではない。

 人類防衛機構に所属する防人乙女は固い戦友意識で結ばれているし、そんな私達を一般生徒は敬意と親愛の目で見つめてくれる。

 しかし、私や美鷺さんみたいに実体剣を用いる防人乙女は、私の在籍していた御幸通中では決して多数派ではなかった。

 斬撃系の個人兵装を選択している子も、大半はレーザーブレードや高周波電磁ブレード等の科学兵器。

 珍しく実体剣を用いる子がいても、人類防衛機構から支給される軍刀が精々で、私みたいに自前の業物を個人兵装にしている特命遊撃士には、御幸通中では出会えなかった。

 自前の日本刀を個人兵装にしている物珍しさと、幼少時より研鑽を続けている淡路一刀流の剣技から、何時しか私は「御幸通中学至高の剣豪」という異名で呼ばれるようになっていた。

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[一言] 少数派の実体剣……考えただけで、寂しい(´;ω;`)
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