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巻之壱 「淡路かおる、黄昏の追憶」

 待ち合わせの場所に早く来過ぎてしまった時は、何とも頼りない心持ちになってしまう。

 私と同世代の民間人少女なら、スマホに触れていれば幾らでも時間を潰せるし、私と同業の者達にしても大差はないだろう。

 だが、今の私にスマホゲームやSNSに興ずる気は無かったし、この「蕎麦処 御幸更科」の1席に腰を下ろした私が、一介の民間人少女では無い事は、年端も行かぬ子供でも一目瞭然のはずだ。

「フゥ…」

 中身を飲み干したぐい呑みを置いた私は、すっかり酒臭くなった溜め息を一気に吐き出した。

 さっきから手持ち無沙汰にやっていた熱燗も、もうそろそろ新しい御銚子を貰わねばなるまい。

 俗に「蕎麦前」と呼ばれる蕎麦屋での飲酒は、さっさと切り上げるのが粋とされている。

 だがら、今の私みたいにダラダラと長居するのは、本来ならあまり誉められた真似ではないのだけど。

「もう1本、お銚子を点けて頂けますか?」

 空になった徳利を軽く持ち上げて示すと、作務衣を着た女子大生バイトが甲斐甲斐しく頭を下げ、新しい熱燗を温めてくれる。

 一見した所、県立大か関西大の2回生で、恐らくは民間人。

 そのため、彼女から見た私は4、5歳程下の小娘だろう。

 仮に私と同年代の民間人少女が、今の私と同様に蕎麦前と洒落込もう物なら、直ちに在籍校に連絡されて、担任教師と生徒指導にコッテリと油を絞られてしまうに違いない。

 そのような憂き目に遭わない理由を知りたければ、私の装いに着目してくれたら良いだろう。

 黒いセーラーカラーに赤ネクタイをあしらった白ジャケットに、黒いニーハイソックスと共に絶対領域を形成している黒ミニスカ。

 これこそ、人類防衛機構に所属する特命遊撃士の軍装である所の遊撃服だ。

 淡路かおる少佐。

 右肩に金色の飾緒を頂き、襟の階級章を入れ替えてから、私は支局内でそう呼称されている。

 特命遊撃士の条件である特殊能力「サイフォース」に目覚めた私達の身体は、静脈注射された生体強化ナノマシンで戦闘用に改造されている。

 人類の未来を脅かす様々な悪から、管轄地域と住民達を守る為に。

 このナノマシンはアルコールで活性化するという特性を持つため、人類防衛機構に所属している防人乙女ならば、例え未成年であっても飲酒が承認されているのだ。

 堺県立御子柴高校1年B組に在籍する御年15歳の私が、こうして板ワサを肴に熱燗を嗜んでいられる事情が、これで理解出来ただろう。

「御待たせ致しました…へえ…!」

 人肌に温められたお銚子を運んでくれたアルバイト女子大生が、物珍しそうな声をあげている。

「ありがとうございます。おや…いかがなさいましたか?」

「日本刀を個人兵装にされているんですね、遊撃士さん。」

 年若いバイト店員の視線は、私の腰間に差された一振りの業物へと、焦点が合わされていた。

 何時発生するとも知れない有事に備えるため、防人の乙女である私達は、勤務時間外であっても個人兵装を携行している。

 そこが、同じ公安職の公務員である警察官や自衛隊員との大きな違いだ。

「やはり、珍しいのでしょうか…私のように、実体剣を個人兵装に選んでいる特命遊撃士は?」

「ああ、ごめんなさい!御気に障るような事を言ってしまって…はい、そうですね。中学や高校のクラスメイトにいた遊撃士の子達は、銃器を使っている子が多かったですから…」

 慌てて謝罪の言葉を口にしたものの、そのまま質問には答える辺り、言いたい事はキチンと主張するタイプのようだ。

「私も一応、補助兵装として自動拳銃は携行していますけどね。」

 それとトレンチナイフ一振りを、遊撃服の内側に仕込んである。

 それらのいずれも、特命遊撃士養成コース編入と相成った小学6年生から使っている代物だ。

「貴女が中高生だった時も、私みたいな業物使いは、やはり少数派なのでしょうね?」

「はい…剣を使っていたとしても、もっとメカっぽい感じでしたから。軍刀を使っている子もいましたけど、遊撃士さんみたいに日本刀をお使いの人は、私の周りには…」

 確かに、フォトン粒子の刀身を戦闘時のみ展開出来るレーザーブレードは携行に便利だし、両腕に籠手の要領で装備出来る高周波電磁ブレードは、戦闘中に取り落とす心配もない。

 加えてメンテナンスの手間も、実体剣に比べると格段に楽だから、彼女の言う「メカっぽい剣」が幅を利かすのも自然な流れだ。

 もっとも、私の場合は太刀が手に馴染んでいる訳だし、手入れも日常の一コマになっているから、別に苦にはならないけど。

 私以外の業物使いや、サーベルや軍刀等を個人兵装に選んだ特命遊撃士もまた、同じような心持ちだろう。

 要するに個人兵装は、各自の特性に合致さえしていれば、それで良いのだ。

「困るよ、木津川ちゃん…お客さん相手の余計な詮索は…申し訳御座いません、淡路かおる少佐。この子、先週から新しく入った県立大のバイトなんですが、まだ慣れてなくて…」

 顔馴染みの店主と新米バイトの平謝りを笑って水に流し、私は手酌した熱燗を口に運んだ。

『思えば私の半生は、剣の道に進み、剣に惑い悩んだ歳月でした…いや、剣士として生きる限り、惑いと悩みは永久に続くのやも知れません…』

 15歳という齢は、半生と呼ぶには短すぎるのかも知れない。

 だが、その軌跡に幾つかの波乱や葛藤を含んでいるなら、己が半生を回顧するのも許されるのではないだろうか。

 今思えば私の半生は、その始まりから刃と不可避の15年間だった…

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― 新着の感想 ―
[一言] そもそも人間とは、永遠に選び続ける……そんな存在かもしれませんね(遠い目
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