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紅の月

 気付くと自分が宙に浮いていた。

眼下には祭壇があり、色あせた緑のローブをまとったアンデットが石造りの台に寝ている人を覗きこんでいた。顔はアンデットの陰でよく見えないが、同じ高校の制服を着ていることに気付いた。

声を上げて、彼に気付かせようとしたが、まったく声が出ない。

 骸骨は両手でなにかを持つような仕草をする。

 突然、宙に青い炎が現れて、中から水晶のように澄んだ剣が出てくる。

 剣の柄は死者の手の中に収まると、骸骨は彼の心臓めがけて一気に剣を振り下ろした。

剣は心臓へと刺さり、そのまま体の中へと入っていく。

 柄まで入りきると彼の体がビクンと大きく震える。

 両腕にはタトゥーのような黒い線が魔術めいた模様を描きながら、手首まで伸びていった。

 彼は突然立ち上がり、両腕を見始めてタトゥーを確認する。

 確認が終わると手をかざし始めた。

 すると、両腕のタトゥーが青く光り輝き、彼の目の前に巨大な蒼炎が広がる。

炎の中から西洋風の鎧を着た死者たちが現れた。彼らはみな剣や槍などの武器を持っていた。

 現れた死者たちは彼の前に一斉に跪く。

 いったい、彼は何者なんだ。

 そう思っていると彼がこちらを向く。

 彼は僕だった――。




「なに、ぼーっとしてんのよ、かなた」

「いてっ」


 今朝見た変な夢のことを考えていたら、美菜から額に軽くデコピンされた。

 僕、此岸彼方(しがんかなた)はゆっくりと目の前にいる幼馴染を見上げる。

 愛先美菜(あいさきみな)

 僕の小学校からの幼馴染でなにかと気が強い。小学校では僕をいじめてきたいじめっ子を蹴るは、中学では後輩の女の子を助けるために上級生の女子にビンタをくらわせたりした。

 容姿はよく、僕たち一年の中では一番かわいいと噂されている。

 最近になって、髪型をサイドテールにして、両手首にピンクのシュシュをつけるようになった。とても似合っているのでそのことを伝えたら、顔を真っ赤にして、頭をぽんぽんと叩かれた。幼馴染の僕しか知らないが美菜はけっこう照れ屋なところがある。


「もう。早く、一緒に帰るわよ」


 くっきりとした二重の目がジッとこちらを見つめる。

 桃色の唇を一文字にして、いかにも不満ありって表情を浮かべる。


「ああ。今行くよ」


 帰り支度をサッと終わらせ、美菜と一緒に教室の出入り口へと向かう。

 教室を出ようとすると宏樹に出くわす。

 中束宏樹(なかつかひろき)。僕の友達だ。

 背が高く、顔もよく、頭もよく、性格もいい。リア充を絵に描いたら、こいつが出来上がるんじゃないかと思うほどのリア充だ。

 サッカー部の期待の新人で、今年は宏樹がいるから、全国に行けるんじゃないかと噂されているほどだ。

 改めて考えるとよくこんなすごい奴と友達になれたもんだ。


「おっ、かなた。今帰りか? まあ、なんにしろちょうどよかった。部活の友達が旅行に行った時のおみやげのお菓子を二つも貰っちゃってよ。一個お前にやろうと思っててさ、ほら」

 とっさに投げられたお菓子を両手で上手くキャッチして、ポケットに入れる。

「オーストリアでお土産用に買ったチョコレートなんだってよ。あっ、学校では食べるなよ。先生に見つかるとめんどくせえからな。じゃ、俺は部活行ってくる」

「宏樹、ありがと」

「いいってことよ。さらば、我が友よ」


 去り際に変にカッコつけたことを言って、宏樹は部活へと向かっていった。

 宏樹が去った後に美菜がぼそりと呟く。


「男同士の友情より、男女の仲の方がいいんだからね」

「美菜は変に宏樹に棘があるな」

「当たり前よ。あいつが休みの日にかなたを連れ回すから、おかげであたしがかなたの部屋で漫画を読むことができなくなったし」

「そうは言っても毎回同じものを読んでいるだけだし、べつに僕がいなくても美菜なら勝手に部屋に入って読んでいてもいいけどな」

「かなたがいないと意味ないの!」


 美菜は変にこう意地っ張りなところがあるんだよな。

 まあ、美菜もそのうち宏樹がいい奴だってわかってくれるだろう。


「そういえば、かなたは部活をなににするか決めたの? もう、五月だけど」

「いや、まだだけど……」


 高校に入ってはや一か月。僕と美菜はまだなんの部活に入るかも決めていなかった。

 帰宅部っていう選択肢もあるけど、でもせっかくなら部活に入りたい。

 中学の時は僕も美菜も合唱部に入っていた。

 二人とも雰囲気がよさそうだから入っただけで、これといった成績を残すようなことはなかった。部内もゆるい感じだったしね。


「そう。入るとしても運動部はやめてよね。マネージャーなんて汗臭い仕事、私やりたくないから。まあ、かなたがどうしても入りたいっていうならやってあげなくもないけど」

「あっ、美菜も僕と一緒の部活に入ってくれるんだ」

「当然よ。幼馴染なんだから、別れることなんてないんだから」


 前から思っているけど、美菜の幼馴染の定義はどうも世間一般のとは違う気がする。

 ただそれを指摘すると美菜が怒るのは経験済みなので、僕はなにも言わないことにした。




 校舎から出て、運動部のかけ声を聞きながら校門まで来ると誰かが叫ぶのが聞こえた。


「おい、見ろ! 空が真っ暗になっているぞ!」


 大声に釣られて、僕と美菜も空を見上げる。

 夕暮れ空は誰かに黒いペンキで塗り替えられているように不自然に夜へと変わっていく。

 空が染まりきると不気味な紅い月が現れた。


「なんだよ、これ」


 僕も美菜も校庭で部活に励んでいた運動部の人たちも動揺を隠せない。


――突然、地震が襲ってきた。


 校庭のあちこちで悲鳴が上がる。

 足元がぐらつき、体勢が崩れて校門の外まで倒れていく。


「かなた!」


 美菜が僕を掴もうと手を伸ばす。

 僕も手を伸ばして、美菜の手を掴もうとするけど……届かなかった。

 校門の外に倒れるだけのはずなのに、学校がどんどん僕から遠ざかっていく。

 ……いや、僕が遠ざかっているのか。

 まるで奈落の底へと引きずり込まれるかのように――。

 学校はもう見えなくなった。

 ドン、と背中から衝撃をくらう。


「いっ、たたた……」


 背中をさすりながら、辺りを見渡すとそこには……鬱蒼とした森が広がっていた。

 見慣れない針葉樹がいたるところに生えており、見慣れた電灯やコンクリートはまったく見当たらない。


「え? ……ここはどこだよ? 学校はどこに行ったんだよ? みんなどこ行ったんだよ?」


 僕をあざ笑うかのように夜空には紅の月が辺りを照らしていた。


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