60.心を斬れ
こんばんわ。今日も読んでくれてありがとうございます。
今日は本日の19、20、21時に3話投稿します。
瞬間、ジョニーは腕を振り上げ、その拳を受け止める。
目の前で、私より何倍も大きな巨人が戦っているのである。お互いの体が激突するたびに、人間処分場のホールは壊れるのではないかというほど、激しく振動した。
ナンバー99の攻撃は激しかった。
拳や腕から、血が噴き出してもなお、ジョニーをなぐりつけていた。
そのたびに、血のしぶきやはがれた肉片があたりに飛び散った。
ナンバー99は、自分の体なんて、どうだっていい。とにかく、憎しみを晴らしたい。
ただ、それだけなのがわかって、私は青ざめる。
でも、その憎しみの根源は、つい最近出会った私だけなのだろうか。
それにしては、激しすぎると思われた。
もしかして、ナンバー99も、つらいことがいっぱいあったせいで、あんなふうにやさぐれてしまったのかも。
不意にあたまをよぎった、憐憫の思いを、私は振り払う。
ジョニーは自分の体の前で腕を組んで、攻撃を受け続けていた。
「どうした? ただ殴られにきたってのか? でもまあ、お前には恨みはねえ。さっさと奈落へ落としてやる」
「マリ、まだあれはできるのか?」
「あれって…?」
「人間の脳にアクセスする」
「あ、あれなら、多分できるよ…」
夏海の脳にも、アクセスできたから。
「なら、こいつの心を斬ってこい」
「えっ…」
私の戸惑いをよそに、ジョニーはナンバー99の攻撃を合間を縫って、私を掌にすくいあげて、自分の肩に座らせた。
ナンバー99の血走った目が、肩に座った私をぎろりと見つめる。
「お前は、この豚を始末した後、たっぷり苦しめて殺してやる。自分で奈落へ落ちたりするんじゃねえぞ!」
その般若のような顔と言葉に、私はビクッとなり、何も言えなくなる。
でも、ジョニーのいつも通りの落ち着いた声で、私は勇気を取り戻した。
「さ、行ってこい」
ジョニーさんも限界が近い。
かといって、このままだと、目の前の、現実のナンバー99は倒せない。
なら、やっぱり、ジョニーさんのいうとおり、心を斬るしかない。
私は勇気を振り絞って、目を開けた。
そして、ナンバー99の血走った瞳に、自分を送り込むように意識を集中させた。
そこはまっくらな空間だった。
私から少し離れたところに、男が一人立っていた。
入れ墨もピアスもしていなかったが、私にはその男が、さっき戦っていたナンバー98だと、その心だとわかった。
足元も真っ暗なので、私はこわごわと足を踏み出して、ナンバー99に歩み寄る。
そして、私は腰からソウルセーバーを抜き出して、ナンバー99に向けて構えた。
外ではジョニーがナンバー99の実体から猛攻を受け続けているはずだ。
だから、ためらうことなく、早く決着をつけなければならない。
「やあ…」
実体とはうらはらに、ナンバー99は疲れたような笑みを浮かべた。
「俺を殺しにきたのだろう。なら、早くやってくれ」
「でも…」
しおらしいナンバー99を見て、私の戦意は急速にしぼんでいった。
「もう十分苦しんだ。毎日どころか、毎分毎秒、過去の憎しみを思い出して生きていたくはない」
「地下で、そんなひどい目にあったの?」
ナンバー99はこっくりとうなずいた。
「この世界で一番怖いのは誰だかわかるか?」
男の問いかけに、私は頭をひねる。
順当に考えると、やっぱり、”かみ”かもしくは、その代理人の麒麟だろうか。
でも、私は、目の前のナンバー99に誠実であろうと思った。
だから、正直に答えた。前世界での経験も踏まえて。
「やっぱり、人間ですか…」
私の言葉は、少し絶望を含んでいたような気がした。
自分でそういってから、すこしさみしくなった。
後世界で出会った人たちまでも、裏切ったような気がして。
私の答えに、男は満足そうに笑顔を見せた。
決して、出会ったときのような、ねっとりとした笑みではなく、あきらめたようなさっぱりとした笑顔だった。
「そう、俺が黒真珠に入ったのも、そいつらに仕返しするためさ」
地下で虐げられた人たちが、さらに弱い者を見つけて搾取する。
世界はどうなっても、人間はかわらないのだと、実感した。
「なら、十分仕返しはできたんじゃないの? 黒真珠に入ってから、悪事の限りをつくしてきたんでしょう」
ナンバー99は首を振る。
「俺は何度も殺されて、そのたびに蘇生させられ、またいじめ殺される。その繰り返しさ。そして、黒真珠に入って、仕返しをしようと思って、俺をいじめた奴らを探し回った」
そこまで言って、ナンバー99は歯を食いしばり、悔しそうに地面をなぐりつけた。
「でも、その時には、奴らはもう、いなくなっていたんだ…」
いなくなってしまった、のは具体的にどういういことなのだろうか。
”奴ら”もまた誰かにいじめ殺されてしまったのか、それとも、本当に死んでこの世からいなくなってしまったのか。
晴らせない恨み、それが暴走して、無関係な周囲の人にまき散らされていたのだろう。
でも、もし、ナンバー99の言う、「奴ら」に仕返しできたとしても、心は晴れたのだろうか。
それは、私にはわからない。
「俺をいじめ殺した奴らも、また別の誰かに殺されていたのさ。笑えるだろう。地下の世界で、俺たちは憎しみ合い、殺しあって、それを地上の奴らは何も知らず、平然と豊かな生活を享受してやがる…。だけど、俺たちは、それに気づいていながら、本当は助け合わなくちゃいけない仲間でありながら、お互いに傷つけあうんだ。まるで、麒麟にあやつられているかのようにさ」
ナンバー99の言っていることは、私にはよくわかった。
わかりすぎて、つらかった。
ナンバー99は泣いていた。
私は、その姿に前世界の自分を重ねてしまい、いつの間にか出てきた涙が、頬を伝っていた。
「さあ、斬れよ。俺の心は数秒後には、またお前を殺したくなるだろう。だから、俺を、解放してくれ、マリア様…」
ナンバー99は私に向かって両手を広げる。
そして、いつもの癖で、私は否定してしまう。
「私はマリア様なんかじゃ…」
「俺にとっての、マリア様になってくれないか」
ナンバー99の顔は悲しみにゆがんでいた。
「さあ、早く。どちらかが死なないことには、人間処分場から脱出はできないんだ」
「でも…、でも…」
私はまだ、ためらっていた。
ナンバー99が、本当はとても、気の毒な人だとわかったから。
知らなければよかった。出会って、何も話さずに、すぐに叩き斬ればよかったんだ。
ソウルセーバーを持つ手が震えて、ナンバー99に向けた、その切っ先は大きく揺れた。
「うっ…、むかつく、憎悪が止まらない、殺してくれないなら、お前を殺す! そして俺は地上へ行き、地上のやつらを、麒麟を皆殺しにしてやる!」
(つづく)
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