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1.女子高生を拾う

「私は、16才の女子高生、深山まり、成績優秀の真面目な生徒会長で、でもすこし照れ屋さんなの…、あん…」


 お化粧をばっちり決めて、女子高生の制服を着て、女装オ〇ニーを満喫していた俺は、母親が部屋をノックする音にも気がつかず、結果、あられもない姿をさらすことになった。

 

 母親は一瞬あっけにとられたように、手を口にあてて、それから何も言わずにそっとドアを閉じた。

 

 俺は、ぼんやりと暗い窓に映る、女子高生の姿をした自分を見つめながら、思った。

 

 ──またお母さんを泣かせてしまった。


 すっかりやる気を失ったおれは、気恥ずかしさにさいなまれつつも、行為の後かたずけを始めた。


 階下で、母親の号泣する声が聞こえ、それを父親がなぐさめている声が聞こえてきた。

 

 そう、俺は37歳ひきこもり。趣味はオンラインゲームでネカマをすることと、女装オ〇ニーという、我ながら情けない男だ。

 人は俺のことを優しいというが、気が弱くて言いたいことも言えないだけだ。おまけにコミュ障である。結果、職場で面倒ごとを押し付けられて、耐えられなくなってやめることになってしまった。

 

 来週には、兄貴が帰ってくる。兄貴は社会的に成功して、いい職業についている。かわいい孫もいて、俺の両親は帰ってくるのを楽しみにしているのだった。俺はじゃまものだと自覚していた。

 

 前々から計画していたことだった。今日の事件(女装オ〇ニーを目撃される)は俺の背中を押す、いいきっかけになったかもしれない。

 兄に偉そうに説教される自分を想像すると、吐き気がするほどに嫌だった。


 俺は押入れを開けて、当面困らないだけの衣類や日用品、それから預金通帳や運転免許証を詰めておいたリュックサックをとりだした。それから、今脱いだばかりの制服も入れておいた。


 貯金はあった。ひきこもりになる前は働いていたし、復帰しようと短期のバイトも時々していた。車やパチンコにも興味がなかった。実家に暮らしていて、当然独身だったので、まだ1000万円くらいはあるはずだ。使い道がなかったのだ。


 夜中、両親が寝静まったのを見計らって、今まで育ててくれた感謝の気持ちをつづった手紙をリビングのテーブルに置いて、家を出た。


 俺は最寄り駅までやってきた。4月とはいえ、夜はまだ寒い。暖かい部屋が懐かしい。

 駅前にもビジネスホテルはあったが、もしかして捜索願などを出された場合、すぐにつかまってしまう。そして、ひきこもり矯正施設へ連行されてしまうかもしれない。


 だから、俺はできるだけ遠くへ行くことにした。とりあえず、人の多い東京へ行こうと思った。


 

 翌日、俺は新宿駅近くのビジネスホテルで目を覚ました。

 

 昨日の最終列車で、なんとか東京まで来ることができたのだった。

 

 朝食付きだったので、ラウンジで軽食をとったあと、ホテルを出た。

 

 朝日がまぶしいが、行くべきところも、やるべきこともない。

 

 人通りが多い大通りを避けて、路地裏をなんとなくぶらついていた。


 ──これからどうしたら…、やっぱりハローワークで職探しを、いやその前に住むところをさがさなきゃ…


 思考はめぐるが、そのためにどこへ行ってなにをすべきか、具体的には思い浮かばない。


 ふと俺が目をやると、道の先に、ゴミ収集車が止まっており、作業員が手際よくゴミを収集車へ放り込んでいた。

 

 「今日は粗大ごみの日じゃないってのに」


 作業員の一人があきれたような声を出して、真っ赤なシールを、粗大ごみの顔面に張り付けていた。

 そして、ごみ収集車は走り去っていった。


 俺はなんとなく気になって、その粗大ごみに歩み寄った。

 

 女性のアンドロイドが、足を投げ出して、うなだれていた。顔には、「今日は粗大ごみの日ではありません!」と表示した、真っ赤な紙が貼りつけられている。

 

 年齢は15才くらいだろう。捨てた人の趣味だったのだろう、どこかの高校の制服が着せられていた。

 

 服はあちこち破れており、下着や傷だらけの素肌、さらには皮下の機械部品がのぞいていた。


 俺の時代には、すでにいろんなところで、アンドロイドが活躍している。飲食店のウエイターはもちろん、コンビニの店員、市役所の受付窓口、介護施設など、いないところを探すのが不可能なくらいだ。

 

 それは、見た目も、知能も、人間と区別がつかないほどになっていた。

 当然、風俗産業にも投入されている。


 たぶん、この子は、前の持ち主に、ラブドールとして購入されて、そして捨てられたのだろう。

 もっときれいなアンドロイドを手に入れたか、あるいは人間の彼女ができたのか。

 子孫を残したいという本能のせいか、最終的には人間相手に乗り換えるケースがほとんどで、邪魔者になったアンドロイドはよくこうして捨てられているのだった。


 真っ赤な紙をはがすと、女の子の顔がのぞいた。

 頭髪はぼさぼさにみだれていて、顔にはたくさんの傷があり、皮下の金属部がのぞいていた。

 目は開いていたが、灰色の瞳には何も映っていないようだった。どうやら、頭脳も焼き切れて、壊れているようだ。


 俺は立ち去ろうと歩き始めた。アンドロイドは高級品だが、壊れてしまえば、処分がめんどくさい産業廃棄物でしかなのだから。


「たすけてください…」


 俺はびっくりして振り返る。女の子が瞳いっぱいに涙をためて、こっちを見つめていた。

 やがて、瞳からは大粒の涙がこぼれ始めた。


(続く)

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