第4話 そして勇者は夢を見る その1
『勇者』であっても夢は見る。
ただし、見る夢はいつも同じだ。
壁も床も上下も左右すら、有るのか無いのかすら分からない。
色も形も存在すらもが曖昧な空間。
「やほー。今日も頑張ったもんだね。感心感心」
そしてルークを出迎える女神。
ルークと同じ色の髪と瞳。
髪は少年のように短く刈揃えられて、中性的な顔立ちには子供っぽい微笑み。
すらりと長い手足と女性的な丸みを帯びた体つき。
ルークの持つ「神様」のイメージに反して、身体の線の見える白い服。ぴったりとした厚手の紺色のズボン。
胸の膨らみに押し広げられている部分には、ルークの読めない文字で何やら書いてある。
書いてある文字は毎回違うが、前回は当人が言うには『生涯現役』との事だった。
これがクラキル。
冒険者を守護し、【術技】を司る女神クラキルの姿だった。
「おはようございます……でいいのかな?」
何となく、シオンと二人で恋をした女性に似ている。
そうルークは思う。
神様だと言われなければ、近所の美人のお姉さんにしか見えない。
「まー。ルーク君は寝てるしね。その辺はフランクでいいよ。おねーさんも気にしないし」
垂れ目気味の青い目を、とろけるように微笑ませる。
口調も表情もまったく神様らしくない。
「それよりさ、ルーク君。おねーさんにお願い事とかあるんじゃない?」
それでも、ルークの内心をずばりと言ってのけるのは、やはり神の御業以外に有り得ない。
「……女神様からいただいた恩寵である事は知っているのですが。【窓】が凄く目障りで」
「ふぅん、ウィンドウの事だね」
曖昧な空間で脚を組んで座ってみせて、クラキルは考えている素振りを見せる。
神様がそんな仕草をする必要があるのか。
そもそもルークの願いすら、ルーク自身の口で語る必要があるのか、それはルークには分からない。
何か神様にも事情があるのだろうと、ルークは納得する事にしている。
「まあ、ルーク君の事情は分かってるから色々汲んでは上げたいんだけどさ。ちょっとそいつは仕方ないよ。デフォルト能力ってヤツさ。『勇者』には漏れなく付いてくる。【術技】の制御もそれがやってるしね」
「それでも親友を。シオンを傷つけてしまったんです。そんなモノ、オレはいらない。持ちたく無い。です」
クラキルはどうしたものかと、形の良い顎に指を当て。それから頭を巡らせて
「じゃ、不意打ち感知と自動反撃つけようか」
「逆に増やしてどうするんですか」
「【術技】を与えるのがおねーさんの仕事だからさ」
女神は神殿を通じて【術技】を信者にもたらす。
そのために、神殿への寄進や儀式のための様々な呪物は欠かせない。
が、『勇者』は特別だった。
夢の中で。時には目を覚ましていても神託と言う形で。
女神は直接『勇者』に【術技】を与える事が出来る。
「それに大丈夫よー。反応は鋭敏にして繊細ってヤツにしとくから。シオン君だけ特別に感度下げるって調整もしとくし」
「それは特別しっかりお願いします」
即答するルーク。
クラキルはあらまあという微笑みを浮かべる。
「ちょっと迂闊すぎる決断じゃない? それ」
「シオンがオレに敵対する事は無いですから」
何を当然の事を言っているのだと、ルークの目は言っていた。
その頭をクラキルはぽんぽんと優しく叩いてやる。
「ほい。ルーク君の望む通りにしたよ」
【術技】に関する物事は、すべてクラキルの力の一端だ。
神官がやれば複雑で長い儀式を何日と続けなければならない事も、神たる彼女にとっては思うだけで十分だった。
他の冒険者ならば嫉妬と羨望に狂うであろう特別扱い。
ルークはしかし、面白くもなさそうに頭を掻いた。
「シオン。本当に大丈夫かな」
根本的に親友の事しか頭になかった。
「シオン君の事、心配?」
「心配じゃなければ、親友って言わないです」
「ルーク君はちょっと重いよね。おねーさんはそこがたまらないんだけど」
女神は笑ってルークの頭をもしゃもしゃ撫でる。
ルークの巻いた明るい金髪の感触は、彼女のお気に入りだった。
「頭撫でないでください。子供じゃないんだから」
「おねーさんからしたら、誰だって子供よ。ま、シオン君の事は心配しなくていいわよ」
女神の手を阻止しようとするルークの手。
それをひょいひょい避けながら、女神の掌はルークの頭の感触を堪能し続ける。
「分かるんですか?」
「見えないかもしれないけど、おねーさん神様よ?」
「それは知ってます」
「それならもうちょっと、崇め奉ってくれてもいいのよ?」
「クラキル様、なんか近所のねーちゃんみたいで……」
初恋の女性に似ているとは、ちょっとルークも言いづらい。
「おねーさん的には嬉しいな。ま、それでシオン君だけど。無事よ全然元気。それに今、とっても頑張ってるわよー。ルーク君の所に戻るために」
お見通しだと微笑んで、女神はどんと胸を叩く。
「おねーさんが保証してあげる」
「……そっか……良かった。それで頑張ってるって。何やってるんです?」
叩いた勢いで揺れる胸から目を反らし、ルークは女神に尋ねる。
「師匠について修行中、ってところね」
「修行なんてしなくてもいいのに」
憮然とするルーク。
女神は膨れる頬を細い指先でちょいちょいと突く。
「その分オレが頑張るから、ね。本当に重いなぁキミは」
そして、慈しむように両手にルークを抱き寄せる。
「でもね」
その目は、ルークを見ているようで。遥か彼方を見ているようだ。
「でも、そんなルーク君だから、皆の希望になれるのよ」
「皆の、かぁ。正直な話、あまり希望になりたくない人達も多いよ」
ルークはすねたように唇を尖らせる。
彼がこんな顔が出来るのは、世界でたった二人だけだ。
「ああ、現世の立場がどうこう。って人達はいいわよ別に。好きにしなさいな」
あやすように、女神はルークの背中を叩く。
「ルーク君に『勇者』なんて恥ずかしい名前を与えたのはね、目に見えないものを積む人達の最後の希望であるためよ」
「目に見えないもの?」
「おねーさんが惜しむのは、人が積み上げたその技術。生涯をかけて積み上げたその人の全て。その命が終わる時、技術もまた消えてしまう。正しく伝わる事も無く。時には顧みられる事も無く……それはとても悲しい事だから」
それが女神クラキルの在る理由だ。
冒険者の守護者とされる彼女だが、本質は芸技の神だ。
今は単に冒険者に信仰されているだけに過ぎない。
「……それが【術技】なんですか?」
「そそ。一生をかけた技術と知識が、然るべき時に然るべき方法にて使われる。その保証。それが『勇者』なの」
彼女は、保存する技術を望む者に分ける事が出来る。
それを、冒険者が利用している。
関係としてはそれだけだ。
冒険者の運命も栄達も、クラキル自身の関与する所ではない。
「薄皮を重ねるように日々を積み上げる、その全ての人達に、それが無駄では無いと勇気を与える神の使者。それが『勇者』ルーク君なのよ」
彼女にとって重要なのは、技術を積み上げる人々と。
そして、『勇者』たるルークだけだった。
「……それって、【術技】の全部を習得しろって事ですか?」
「うーん。まあ、その辺は説明が難しいからおいおいね。今は土台を作る段階なのよ。いつか、おねーさんに捧げられた【術技】の全てを使いこなせるようになる。その土台を作ってるの」
「……はあ……」
分かったような分からないようなルークの顔。
「ま、シオン君共々頑張りなさいな。おねーさんは応援してるから」
そのルークを女神は背中から押してやる。
「でも、大丈夫なんですか。その師匠って言うのは。シオンはその……素直すぎるから」
「大丈夫大丈夫。知ってるヤツだから」
「知っている? 神様なんですか。シオンの師匠って」
「まあ、そんなようなモンよ。大丈夫大丈夫!」
クラキルは満面の笑み。
大丈夫と言われる程、心配は増して行くようで。
ルークは考えない事にした。




