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VOICE  作者: 銘尾 友朗
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彼との再会



 もうあの島への行き方は完全に覚えていた。海流を越えたら一度海面に顔を出して、方角を確認する。


 今夜は細い月。夜空を振り(あお)げば、星たちが流れていくのが見える。天体のことはよく知らないけど、流星群というものがあると聞いたことがある。きっと、これがそうなんだろうな。


「きれい……」


 あたしは一人、呟いた。


 星たちは何故、あんなにも早く夜空を渡るの? 星たちにも逢いたい人がいるの? 綺麗なものを見ているのに、心がかき乱されるのは何故? ……誰もが(みんな)、そうなのかな……?


 あたしはそんなことを考えながら、星が降る中、大きく腕を伸ばして波をかき分け島へと向かった。



     ~~~~~~~



 島がよく見えるところまで来ると、浜辺に小さな灯りが見えた。そしてその側にいた人影が、あたしを見つけると話しかけてきた。


「そこにいるのは、この間の人魚さん?」


 胸がぎゅっ、てした。あの少年の声だった。


「そうよ。あなたはこの間の男の子なの?」


「いつ会えるかと思って、ずっと待ってたんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、暖かな風がふきつけたような気がした。あたしは気持ちを落ち着かせながら、近づける限り浜辺へ近づいた。


「あの男の人、父たちを呼びに行ってる間に消えちゃってさ。砂浜に人を寝かせた(あと)が残っていたから父たちも信じてくれて、この辺りを探したけど、結局見つからなかったんだ」


 彼は足下に置いていた灯りを持つと水際まで歩いてきた。彼の足下で、寄せては返す波がぱちゃりと音をたてた。


「そうなの。……あのとき、あの人はいつの間にかあたしのすぐ後ろにいたの。あたしたち人魚は波は体の一部のようなものなのに、近づいて来てることに全く気づかなかった。それも何か関係してるのかな」


 あたしの話に彼は驚いていた。


「そうなのか。おかしな話だな」


 同意してくれたことが単純に嬉しい。それから肝心なことを伝え忘れていたので、それを伝えた。


「あたし、あなたにお礼を言いに来たの。いくら消えちゃったとはいえ、あの男の人のことを助けるのを手伝ってくれてありがとう。あたし一人だったら、どうなっていたか分からないもの」


「こっちこそ! 彼を助けてくれてありがとう。いなくなったってことは大丈夫だったんだろうし、きっとどこかで元気にやっているさ」


 それを聞いて『そうかも』って思った。確かにそうだ。あの人、病気みたいなことを言ってたけど大したことは無かったんだろうな。それからもう一つ、気になっていたことを質問してみた。


「ねえ、ここって遊泳禁止なんでしょう? どうしてあなたはあのとき海にいたの?」


 あたしの問いに彼は笑った。笑うと目の下にえくぼが見える。くしゃりとした笑顔が眩しかった。


「この島はさ、祖父の地元なんだ。オレは毎年夏の間はここに預けられて育った。だからどの辺までの波が穏やかで、どこからが危ないかはとっくに知ってる。……ときどきイルカや人魚が遊びに来てるのも」


 彼の言葉にびっくりしてしまった。 


 ひょっとしたら灯台を見に来る人魚たちのことは、ここの人間たちにはとっくにバレていたのかもしれない。


 人魚族の密かな楽しみだったそれは、ここに住む人間たちにも同じような意味を持っていたのかも。


 あたしは人魚と人間の不思議な友情というか、絆のようなものを感じてちょっと感動した。


「人魚がここまで泳いで来てるのを他の人間たちも知ってるってことなのね?」


 胸に沸き上がる想いを(たず)ねてみた。


「うん。この辺りは大昔から人魚の目撃談が絶えないよ。でも、まあ他所から移り住んだ人は知らないだろうな。オレたち島の人間には当たり前すぎて、いちいち話題にもしないからさ」


「ふうん」


 彼の言葉が本当なら、最初の夜に灯台から叫んできた人は、元々ここのひとじゃないってことなんだ。人間の世界も広そう。


 穏やかに風が波を撫でると、小さな水がはねる音が聞こえる。それはまるで音楽のよう。……この音楽が彼にも聴こえたらいいのに。


 少しの沈黙の間、あたしはそんなことを思っていた。そしたら彼に思いがけないことを言われた。


「あのさ、あのとき唄っていたよね? あの歌が忘れられなくて……。良かったら聴かせてくれないか」


「えっ?」


「頼む! この通り!!」


 そう言って彼は両手を顔の前で合わせた。


「分かったわ。でも恥ずかしいから、目を閉じていてくれる?」


 彼は嬉しそうに頷くと目を閉じた。あたしは一度深呼吸をして、それから湿度を(ともな)った潮風を胸一杯に吸い込んだ。


 ♪~


 この間と同じ歌を、寄せては返す波の音に寄り添うように心を込めて唄った。あたしたちの世界で紡がれた、海の歓喜の歌を。


「……ありがとう。お陰で夏の思い出が出来たよ。……もう夏も終わる。オレ、もうすぐこの島から地元へ帰らなきゃいけないんだ。つい最近まで、いつもと同じ夏で終わると思ってた。君に出逢えて良かった」


 そう言って彼はあたしを見つめた。


「帰るって、それはここから遠いの?」


「遠いよ。島の反対側に船着き場があって、そこから船に乗って別の大きな島へ行って、更にそこから飛行機に乗るんだ」


「飛行機って、あの空を飛んでるピカピカ光るもの?」


「そうだよ。……君の名前を教えてくれないか?」


「あたし、ミウよ。あなたは?」


「ミナトだ。ミウ、来年の夏に必ず来るから、また会ってくれる?」


 彼の優しい問いかけに、あたしは頷いた。でも心は動揺していた……。




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