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VOICE  作者: 銘尾 友朗
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運命の出逢い


 伝説の人魚姫はどうやって人間を砂浜へ上げたのかな? クイックリーに手伝ってもらって、なんとか浅瀬まで男の人を引っ張って来たけれど、これ以上は無理。


 あたしより体が大きいし、それに波打ち際まで行ったら、クイックリーもあたしも海へ戻れなくなってしまうもの。


 あたしは途方に暮れつつあった。でも同時に、早くしないと今は気を失っているだけのこの男の人が、本当に溺れちゃうかもしれないと内心では焦ってもいた。


「大丈夫か?」


 そのときだった。抱えている男の人の重みがふっと軽くなったのは。見上げると、あたしより少しだけ歳上そうな少年が、男の人を支えてくれていた。


「波をよく見て。次の大波が来たら勢いをつけて運ぶから、タイミングを教えてくれないか」


 張り詰めた、けれど優しい声だった。透明感のある涼しげなその響きは、一瞬であたしの中を駆け抜けた。


 波のことなら見なくてもよく分かる。だから、体の周りから潮が引いていく感覚がして、「もうすぐ、……今よ!」って伝えた。そうしたら少年は「よし!!」と言って、波ごと男の人を担ぎ上げ、砂浜へ足早に向かった。彼は丁寧に男の人を寝かせると、男の人の呼吸を確かめた。

 

 それから振り返り、片手を大きく振りながら言ったの。


「君! 人魚さん!! 大人の人を呼んでくるから、もう大丈夫だから、君は早く隠れて!!」


 びっくりした。姉たちから聞いていた人間は、あたしたちを捕まえようとする話が多かったんだもの。


「分かった、……さよなら!」


 あたしは大声でそう言って、クイックリーと海へ潜りこんだの。



     ~~~~~~~



 あれからというもの、あたしは何だかおかしい。気がつくと、あの少年のことばかりを考えてる。あの優しい声が耳に残ってる。……何故なの。


 波が体を揺らすたび、細い月を見上げるたび、何だか寂しくなる。……寂しい? そんなこと、今まで考えたことも無かった。


 いつも、どんなときも、海の生き物たちが側にいてくれた。生まれたときから、ずっと。


 彼らは賑やかで、色鮮やかで、(せわ)しないの。目まぐるしく動き回って、いつまでもあたしを飽きさせない。


 姉さまたちが出かけて、あたしが一人ぼっちでぽつんといると、誰かしら話しかけてくれていた。遊びに誘ってもくれたっけ。


 今もそう。あたしは海底の岩場に腰をかけ、今年生まれた熱帯魚の稚魚たちを、目で追いかけていた。ときどき稚魚たちがあたしの側まで寄ってきて、あたしのいつもと違う様子を感じて、また去っていった。


 暫くそうやって波に揺られていたら、ライラ姉さまがやってきた。


「どうしたの? ミウ。皆から聞いたよ、元気がないって」


「……姉さま」


 そこであたしはライラ姉さまに、先日ことを話したの。


「そっかぁ。そんなことがあったんだ。……で、ミウはどうしたい? 彼のことをどんな風に感じてるの?」


「……分からない。ただ、興味があるのは確か、かな」


「じゃあ、もう一度会ってみればいいんじゃない? 困っていたのはミウじゃないけど、助けてくれたんでしょ? だったら、お礼を言わなくちゃ」


 そっか、そうだね、うん。


「一緒に行こうか? もしかしたら危険なことがあるかもしれないし。また何かあったら……」


「ううん、大丈夫。ちゃんと気をつける」


 じゃあせめてクイックリーに一緒に行ってもらえば? と言われたけれど、多分呼ばなくてもあの辺りで遊んでいそうな気がする、とあたしは答えた。


 あの少年に会いに行く。……もう一度、彼に会う。


 その言葉はあたしの胸の中で、小さな熱をもった。それは静かな炎のようだった。風が吹けば消えてしまいそうな炎だけど、つんとした熱さを持ち、意識したとたん、全身にその熱が伝わっていくようだった。



     ~~~~~~~



 海に抱かれながら前へと進む。気持ちばかりが焦ってる。いつかと同じようで、やっぱりちょっと違う。あのときは、純粋に灯台が見たかったんだもの。


 今は。……今だってあのときの、灯台の闇を突き抜ける光は忘れてはいない。だけど、こんなにも心を()かされるのは、やっぱり彼に会いたいって気持ちがある証拠なのかな。

     

 ざぶん。音を立てて水面を泳ぐ。波をかき分ける。もっと、もっと、水流よりも早く! 


 彼に会えるかもしれない、と思うと嬉しいのに、心が千切れてしまいそう、とも思うのは何故なのだろう。彼に会えたら、答えはみつかるのだろうか。この気持ちに名前はあるのだろうか……。




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