表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VOICE  作者: 銘尾 友朗
4/7

突然の出来事


 腕を動かし、尾ひれで波を強く蹴って、灯台のあるあの島へ。


 (はや)る気持ちを抱いて、姉さまたちが教えてくれた目印を思い出しながら海流を越えた。


 今はまだ、太陽は水平線から覗いている時間帯。海の中を泳いでいたら影がよぎったので、カモメにたちに挨拶をしようと海上に顔を出した。


 こんな時間に海上へ顔を出すのは、成人前はいけないことと止められていたから、少しどきどきする。


 海の上に長い光の道が出来ていて、赤い太陽へと続いてる。太陽の周りの空はオレンジ色からグラデーションになっていて、頭上の空は青がとても深い。


 星はまだちょっと出ているだけで、そこにある一人ぼっちの白い月は、横顔でウインクしてるみたいなの。


 あたしは悪戯(いたずら)が見つかった幼い子のような気分になって、波を潜って島へと急いだ。



     ~~~~~~~



 この間と同じ、砂浜から少し離れたところに着いたときには、もう辺りは暗かった。でもまだ遠くの海がうっすらとオレンジ色をしているから、まだ灯台には明かりは灯らないはず。


 さて、どうしようかな? あんまり浜へ近づいて、この間みたいなことになるのはゴメンだし。


 そんなことを考えていると、お尻に何かがぶつかってきた。


「クィックリー! もう、びっくりさせないで!!」


 振り返るとそこにいたのは、イルカのクィックリーだった。


 この子は去年産まれた子で、泳ぐのがとっても早いの。何度も競争をけしかけられて、その度に負けている。


「どうしたのって? 灯台が光るところを見に来たのよ」


 可愛らしい声で話しかけてくるから説明してあげた。この間見た光景も。


「そんなの、とっくに知ってるよ、ですって? そうよね、クィックリーは私より早く大人になるんだもんね」


 クィックリーの丸い瞳が、月明かりを反射した。クィックリーはあたしの周りを潜ったり、顔を出したりして(せわ)しない。


「もう! 少し落ちついて。人間に見つかっちゃうじゃない。この間、怒られちゃったんだから……」


 クィックリーが遊べないの? と言うので、「今は無理」と答えると、じゃあ歌って、と言ってきた。


 うーん、とあたしは迷って、「そうねぇ、どうせ待ってるだけだし。じゃあ、少しだけ。小さな声でね」と言った。


 海の中だったら構わない。あたしたちの声は人間には聞こえないけど、少しでも不安要素は取り除いておきたい。


 あたしとクィックリーは、とぷん、と水の中に潜り、向かい合わせになった。クィックリーはお客さまになってくれて、大人しくしてくれた。


 あたしは静かなゆったりとした歌を歌った。以前姉さまたちに教わった、今夜の波のようなゆったりとした歌を。


 そのときだった。


 突然、後ろから誰かに腕を捕まれ、海上に顔を出させられた。


「見つけた! やっと見つけた!! ずっと探していたんだ!! 君の歌声を忘れられ無かったんだ!!」


「やっ! 離して!!」


 あたしは身を捩って腕を振り回し、彼の手から離れると、波を強く蹴って彼から距離を取った。


 見るとそこにいたのは人間の男だった。歳は若いとは言えない。何だかくたびれていそうな人だった。


 彼が突然、悲痛な叫び声を出した。


「待ってくれ、どうか、……どうか、……行かないでおくれ」


 語尾は弱々しくなって、絞り出すような声になっていく。


 見ると、沈痛な面持ちで肩を震わせていて、先程の荒々しさはもう無かった。


「あなたは誰なの? あたしを知っているの? あたしの歌声を知っているってどういうこと?」


 あたしの質問に、彼はハッとしたように見えた。


「そうか、君に分かるわけないか……。でも僕は、君のことを、ずっと探していたんだよ。……頼む、僕に歌を聴かせてくれ。……それじゃなきゃ、君の世界へ僕を連れていってくれ」


 あまりのことに驚愕して、つい語気が荒くなってしまう。


「あなたを? あたしの世界へ? あなたは人間でしょう? そんなことが出来るわけ無いじゃない!」


 彼はますます落胆して言った。


「……そうか、それもそうだな。僕のことを信用して貰えなければ、どの道無理ってことか……。僕は、僕はね、君の……」


 彼は一度何かを言いかけて、深いため息をつき、あたしを真っ直ぐに見た。その顔は、急に歳をとったように感じた。


「……もうすぐ、僕の寿命は終わる。なぁ、生き物の中には自分の寿命が分かると、姿を隠す種族もいるじゃないか。僕が君の世界に行きたいのは、そういう理由だと思ってくれないか。頼む! 君の世界へ僕を連れていってくれ!!」


 そう叫ぶと彼は気を失ったようで、派手な水飛沫(みずしぶき)とともに、海の中へ倒れこんでしまった。


 あたしはそれを黙って見過ごすことは出来ず、けれどあたしたちの世界へ彼を連れていくわけには行かず、クィックリーに手伝って貰いながら砂浜へと、彼を運ぶしかなかった。


 あの、伝説の人魚姫のように。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ