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VOICE  作者: 銘尾 友朗
3/7

光の筋と波の音


 海面に四人で顔を出して目をこらして、灯台というものを見ていた。


 頭上には輝く満月。それと星たち。月と星の光を受けて、波がときどき(きら)めく。


 どれだけ月が明るくとも、太陽の輝きには(かな)わないと思う。けれど今、波は太陽の下で見る揺らめきとは全く違う表情を感じさせている。音と体に当たる感触はどこまでも優しい。


 突然、それは始まった。


 姉さまたちが話していた通り闇の中の一点から、(まばゆ)い光がほとばしった。その光は、闇の中をどこまでも進んでいく。力強くて、まるでサメの泳ぎのよう。


「凄い……」


 それ以上、言葉が出なかった。


 そしてその光はやがて、ゆっくりと回り出した。光が当たったところだけ、白波がよく見えた。細かい気泡が弾けるところが見え、その場所が闇の中に戻っても辺りに余韻が漂う。


 不思議なもので、あたしは急に海を意識した。生まれてからいつだって海の中で過ごして、波の音を子守唄にしてきたのに。


「ね、面白いでしょ?」


 ベラ姉さまが言った。


「きれい」


 私は短く言った。圧倒されて、言葉が出てこなかったから。


 突然遠くで、深くて重くて長い音がした。


「あれは、何?」


「船よ。客船の汽笛という音なの」


 シェーン姉さまが答えてくれる。


 するとカタンと音がして、灯台の真ん中辺りの窓から、小さな光がチカチカと(またた)いた。

 

「あれは何?」


「人と人の合図。汽笛は『いつもありがとう』って、言ってるんだと思う。光が『どういたしまして。気をつけて』って言ってるんじゃないかな」


 ライラ姉さまが言った。


 そのときチカチカの方の小さな光が、あたしたちの方を向いた。


「おい! そこで何をしているんだ!? ここは遊泳禁止だぞ!!」


 初めて聞いた人間の声は、怒っているみたいだった。


「まずい、見つかった!」


 ライラ姉さまが焦って言った。


「構いやしないわ。どうせ私たちの泳ぎには着いてこれやしないんだから」


 ベラ姉さまが言う。


「何言ってるの、ミウの初めての外の世界なのよ。危険なことはさせられないわ。帰りましょう」


 シェーン姉さまの言葉で、城へ帰ることに決まった。あたしは最後にもう一度灯台を振り(あお)いで、夜の優しい人間の世界を胸にしまったのだった。



     ~~~~~~~



 あの夜から一週間がたった。あたしは、あの時見た光景を忘れられずにいた。


 灯台と呼ばれた建物の先端から発せられた眩しい光。水面の煌めく様子。紺色の空に輝く月と星たち。光と闇のコントラストと、鳴りやまぬ潮騒(しおさい)


 もう成人と認められているから、いつあそこへ行ってもいいんだけれど、なかなかそれは叶わずにいた。何故かというと季節が夏の嵐の時期に入ったせい。


 この辺りの海底の地形は複雑に入り組んでいる。何故そんなところに人魚の王国を作ったかというと、それはやはり身を隠しやすいからだし、もし何かあっても相手から逃げやすいからなの。


 でもその分、嵐のときは海水の量が増えるし、海流は乱れに乱れて複雑な流れになる。さすがのあたしたちでも岩場で引っ掛けて、大怪我を負う可能性もある。


 つまり簡単に言うと、外出禁止令が発動していたの。


 今日は久しぶりに波が穏やかだ。あんなに濁っていた波の色も、徐々にいつもの透明さを取り戻していく。もちろん匂いも、荒れていたときとは少し違って、本来の匂いに戻ってきた。


 海の生き物たちは朝から精を出して、住まいを整えるために忙しそう。


 こうやって海の世界を巡回して、いろんなことを知っておくのも私たち人魚の役割。といっても、あまり手を貸すことは無いんだけどね。


 同じ海の世界に生きていてもそれぞれ違う種族。勝手に「ここの方が安全だから、ここに引っ越せば?」なんて言えない。それぞれ今いる場所に住んでいるのは餌を取りやすいとか、産卵に適しているとか、ちゃんと理由があるんだもの。


 あたしは近くの海を念入りに見回った。貝たちやタコやイカたちも元気そうで良かったと思った。海草やイソギンチャクたちはゴミくずが絡まっていたので取ってあげた。魚たちはそんなあたしたちに構いやせず、悠々と泳いでいた。


 夕方になって大分落ち着いたので、あたしはあの海へ行ってみることにした。


 あの夜からあたしの心を捕らえて離さない、あの光景をもう一度見るために……。



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