みんなのお姉様登場 1
王都の門番は全員、国に仕える兵士が担っている。
殆どが兵士になったはいいが思うように実力が伸びなかった者、怪我や年齢でなどで一戦を離脱しなくてはならなくなった者で構成されているらしい。
「悪いな坊主。皆、転移者を珍しがってるだけなんだ。許してやってくれ……」
今目の前に居る渋いおっちゃんもその一人だ。左腕の肘から下がない。魔物にやられたと本人が言っていた。
「最初はビビったけど、その『あるお方』って人に会うだけなんだろ?いいよ。別に気にしてないし」
俺は今、おっちゃんに連れられて小さな小部屋に居た。門番の休憩室らしい。テーブルを挟んで向かい合うように椅子に腰掛けていた。
おっちゃんの話によると、この王都に居る『あるお方』は転移者を探していて、もし転移者を見つけたらすぐ報告するように……と指示を受けていたみたいだ。
『あるお方』はここまで来てくれるという事なので、おっちゃんに話し相手になって貰って時間を潰していた。
シズクはゴーレムだと正直に伝えた所、一応安全の為とかなんとかで別部屋に連れて行かれてしまっている。
「助かる……それと、今から来るお方に、あまり粗相はするなよ……」
相手はかなりのお偉いさんと見た。ちょっと心配。
「したらどうなるんだ?」
「俺の首が飛ぶ」
おっちゃんは軽く鼻で笑いながらそう言った。
それ、俺は大丈夫なのかな?
丁度その時、ガチャリと音を立ててドアが開かれた。入って来たのは一人の女性だった。
明るい、少しウェーブのかかった金髪に、薄めの桃色を基調としたドレスを着ている。とてもナイスバディだ。派手目な見た目だが、とても柔らかい、優しそうな表情をしているのが印象的だった。
「そのような権限は持っていませんわ……適当なことを言わないで下さいます?」
おっちゃんは何も言わずに立ち上がると、女性に向けて綺麗な姿勢の敬礼をした後、すぐに部屋を出て行った。
女性は入れ替わるように俺の前の椅子に座る。
……間違いなく、この女性が『あのお方』だろう。
「ご機嫌よう」
「ご、ごきげんよう……」
なんて優雅な「ご機嫌よう」だ。緊張して来た……
絶対超お偉いさんだよこの人。お嬢様感が凄い。喋り方とか、俺がイメージするお嬢様像そのまんまだ。
「そんなに畏まらなくていいですわ。私はコハルコ。貴方と同じ転移者でしてよ」
「え!?コ……コハルコさん?も転移者なの……なんですか?」
驚いた。てっきり王都の貴族とか、金持ちの娘さんとかそういう立ち位置だと思ってたんだけど。いや、転移者からそこまで成り上がった凄い人なのかもしれないな。
しかし、こんな完璧な金髪してんのに、コハルコって……多分、日本人だよね?
彼女……コハルコさんから許しがあるまでは、俺ができる最高の礼儀作法で対応しておこう。
もしかしたら王都での俺の生活はこの時にかかっているかもしれない。
「敬語が上手く話せないのでしょう?転移時の補正が変にかかるのは良くある事ですわ。私もそのせいでこんな喋り方しかできませんの。どうぞ、話しやすいように話してくださいまし」
ほー、そんなことがあるんだ。知らなかった。
俺はたぶん違うと思うけど、勘違いしてくれてありがとう。その方が楽だわ。
「あ、そうなの?助かるわ」
「……変わり身が早いですわね……」
コハルコさんは呆れたように乾いた笑い方をしていたが、特に怒っている様子はなかった。柔らかい表情は健在だ。俺が思ってるよりずっとおおらかな人なのかもしれない。
話を変えるように、コハルコさんはコホンと小さく咳払いすると、俺に優しい笑みを向けた。
「それでは早速本題に入らせて頂きますわ……ユキさん?貴方のこの世界に来た時のお話を聞かせて下さいます?」
俺はコハルコさんに今まであった出来事を話した。
記憶が曖昧な事、気付いたら洞窟の前に居た事、糞天使に会った事、ゴーレムの従者ができた事、彼女達に聞いて、王都に向かった事……
コハルコさんは俺の話を聞かながら、少しずつメモを取っていく。
話を終えた後、コハルコさんは俺に言うのではなく、一人言のように小さく呟いた。
「なるほど……転移時の障害は記憶と口調……これは一般的ですわね。洞窟と天使に関して聞いた事ありませんわ……私達とは違って、転移時に何かが関わっている可能性がありますわね……魔導兵器の主というEXスキルが転移特典だとしたら、そのゴーレムに出会う為、そのような因果となったのかしら?それとも……」
「コ、コハルコさーん……?」
「……あ、すみません。ちょっと考え込んでしまいましたわ。ふふふ」
コハルコさんは誤魔化すように、口に手を当てて清楚に笑う。
少し砕けて来たかな?転移者には元の世界の常識なんかで危ない思考を持ってる人もいるみたいだし、最初は警戒してたのかも。
多少は気を許してくれたと思うので、今度はこっちからも質問してみよう。
「それ、なんに使うの?」
コハルコさんが取っていたメモを指差す。
「王への報告に使いますわ」
「王様!?何で!?」
いきなり出て来たな王様!危ない転移者だったら捕まるんじゃないか!?俺、大丈夫か!?
「あぁ、大丈夫ですわ。そんなに大それた報告じゃありませんわ」
コハルコさんは宥めるように手を前に出して俺を止めると、話を続けた。
「この王都では転移者の保護をしておりますの。転移者は元の世界での常識や、補正の影響で事件や問題を起こしてしまう可能性もありますので、先に保護をして、この世界の常識を知って貰いますの。心配しなくても、ちょっとした施設に入って頂くだけですわ」
「施設?」
「施設と言っても殆ど寮みたいなものですわ。私と同じ日本人なら分かりますわね?今は他に一人、彼女も日本人ですわよ」
まだ居るのか……当たり前か。施設があるくらいだし。
それにしても日本人!しかも女性!ちょっとしたハーレムじゃないか。楽しみになってきた。
「さすが王都ともなると、俺の他に転移者が2人も居るんだな」
「おそらくもっと居ますわ。他の街で身分証を作った方はこちらでは把握できませんし、この世界の常識を既に身につけていれば本人が言わない限り分かりようがありませんの」
確かに。だとするとその中で転移者を見つけるのは凄く大変なんじゃないだろうか。それでもこうやって王都だけとはいえ転移者の保護をやってくれているって事は、転移者に対してかなり協力的な国なんだな。いい国じゃないか。
「ユキさんは既にある程度の常識は身につけておられるようですし、すぐに慣れると思いますわ。施設の件、宜しければ承諾して頂けると有り難いのですが……」
コハルコさんは少し困ったような顔を作ってそう言った。
なるほど。あくまで強制ではないと。でも、これを断ればコハルコさんの……いや、この国の転移者に対する考えを否定していると捉えられかねない。何か納得のいく理由でもあれば別だが。
……まぁ断る理由もないんだけど。有り難い話だし、ある程度の俺の生活の保障してくれるって事だろう。コハルコさんもかなりいい人だ。
よし、決めた。
「……うん、分かった。俺達も丁度泊まるとこ探してたし、こっちからお願いするよ」
俺がそう答えると、コハルコさんは身を乗り出して俺の両手を取り、キラキラと瞳を光らせながら、これでもかと俺に顔を近づけた。
「ありがとうございますわ!ふふふっ、仲間が増えるのはいくつになっても嬉しいですわね!では早速、施設に向かいましょう!」
まるで子供のように喜ぶコハルコさんは、今までの印象とは全く違ってとても可愛く思えた。
とりあえず、シズクを迎えに行こう。