王都の日常 2
俺は勉強疲れを癒す為、何をする訳でもなく街を散策していた。
隣には当たり前の様にシズクが居る。従者らしく全く主張せず、空気のように畏まって俺の横を歩いていた。
日本時間で言えば3時くらいだろうか。まぁこの世界も時間の仕組みは同じなので、3時でいいか。
さっきクッキーを食べたばかりだが、物足りない。少し小腹が減ってきた。
祭りでもなんでもないのに、相変わらず王都の大通りは賑わっている。屋台も当然のようにいくつか並んでいた。
……さて、串焼きが俺を呼んでいる気がする。
シズク様を見る。
目は合わせてくれない。俺に気付いていないのかもしれないし、気付いていて無視しているのかもしれない。
俺の財布の紐はシズク様が握っている。正確には俺の財布という物は存在しないが。
確か現在の残金は、おおよそ1万ギルだったはず。今使うのは食費だけだから、たぶん5日はいける。いや、もっと切り詰めれば1週間はいけるか……?
串焼きの一本や二本くらいどうとでもなる……よし!シズク様にお願いして、頼んじゃうか……?
――いや、待て待て!何を考えているユキよ!
このお金はコハルコさんに借りたものだ。俺が仕事を始めるまでに、色々と大変だからと善意で貸してくれているんだ。
しかも俺があまりに接客できなかったもんだから、シズクが1人で店の手伝いをして返してくれているんだ。
俺はシズクに頼りっきりでいいのか?
確かに俺はなにも力がない。だからみんなに助けて貰って、協力して生きていくと決めた。
でも、それは俺が返せる範囲でだ。俺がなにも返さなければ、それは一方的なもの。協力とは言えない。
串焼きは確かに魅力的だ。あのタレの香ばしい香りが食欲を誘う。
しかし今食べなければいけないものでもない。帰れば買い貯めた夕飯が待っている。
今串焼きを買うのは無駄ではないのか。それはお金を貸してくれたコハルコさん、返しながらやりくりしてくれているシズク、応援してくれているヒメカを裏切る行為ではないだろうか。
我慢しろユキ!この世界で生き抜く為にも、信頼を勝ち取れ。俺はこんなところで負ける男じゃない!耐えろ……!耐えるんだッ!!
「はいっ!ご主人様!串焼きをどうぞ♪」
ほら見ろ。甘い誘惑に打ち勝った俺を、シズクは賞賛の目で見ている。その手には、香ばしい香りを漂わせる串焼きが二本……
「……あれ?串焼き??」
「はい!串焼きです!ご主人様が食べたそうに見ていたもので……」
「で、でもお金!俺達はそんな余裕ないだろ!?」
「串焼きの一本や二本くらい大丈夫ですよぉ!それに、いざとなったら私が仕事しますから!ご主人様は別に、嫌なら働かなくたっていいんですからね?」
「…………おぉう」
なんというか……すごく、かなしかった。
シズクから串焼きを受け取り、2人揃ってベンチに腰掛ける。
せっかく買って貰った串焼きだが、俺は居た堪れない気持ちになって、素直に食べることができなかった。
「ほら、一本食えよ」
「え?私は大丈夫ですよ?食べても魔力に変換されるだけです。ご主人様が食べて下さい!」
「いいんだ。食べてくれ」
「は、はぁ……じゃあ、頂きます」
シズクは串焼きを一本受け取り、俺を見る。
俺が食べるまで待っているようだ。俺が一口頬張ると、続くようにシズクも串焼きを口にした。
美味い。想像以上に美味かった。
同時に、こんな美味くて安い串焼きを、たった二本買うのにさえ躊躇する今の自分が情け無くなった。
「俺、決めたよ。勉強とか言ってる場合じゃない……早く冒険者になる。串焼きくらい、何本でも気兼ねなく食ってやる」
そうだ。たかが100ギルちょっとの串焼きなんか、いくらでも食ってやる。
「わ、分かりました!ご主人様がそう言うなら、私は応援します!じゃあ早速、ギルドに行きますか?」
「そうだな。食ったら行こうか」
「はい!ご主人様!」
善は急げだ。
串焼きの美味しさを噛み締めた後、俺達はギルドに向かった。
「ここが冒険者ギルドか!結構デカいんだな!」
冒険者ギルドはとても大きく、思ったよりも綺麗な、白い建物だった。
「ここ王都のギルドはそうですね。他の街のギルドはここ程ではないですよ」
「へー。さすが王都だな。よっしゃ、いっちょ入ってみるか!」
「ご主人様!ファイトです!」
シズクの応援を背に、ギルド中に入る。
中もなかなかに広く、それなりに豪華な作りだった。まるでホテルのロビーみたいだ。
おしゃれな椅子とテーブルが並ぶ飲食場に、噂のクエストボードもあった。
奥には美人なお姉さんが座っている受付が5つほど並んでいる。王都の冒険者ギルドではこんなところにまで気を使っているのだろうか。
冒険者と思われる人が数人俺を見た。新顔だからって絡んで来たりするのだろうか。なるべく関わらないように一瞥して、一番美人がいる受付へと足を運ぶ。
美人の受付嬢ちゃんは俺に気付くと、眩しい営業スマイルを向けてマニュアル通りの台詞を口にした。
「冒険者ギルドへようこそ!本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者になりたいんだけど、登録ってここでできるの?」
「はい!可能でございます!お手数ですが、こちらの用紙に記入をお願いしてもよろしいでしょうか?」
そう言って、受付嬢ちゃんは一枚の用紙を差し出して来た。
「りょーかい」
なになに……?
名前に年齢、所持スキルに……職業??
ああ!職業か!ヒメカがそんなこと言ってたっけ!よく分からんからどっちも魔導兵器の主って書いとこ。
……うん、よし。こんなもんか。
なんか不備があったら突き返されるだけだろう。とりあえず空白は埋めたし、受付嬢ちゃんに用紙を渡す。
「……ん?ああ!新しい転移者のユキ様ですね!お姉様から伺っております!」
「え?コハルコさんから?」
お姉様……王都でのコハルコさんの通称だ。
この名前でコハルコさんを呼ぶ人は、だいたい『コハルコ民』である。
まさか、こんな綺麗な受付嬢ちゃんまでコハルコ民なのか……王都でのコハルコさんの人気はヤバいな。コハルコがゲシュタルト崩壊しそうだ。
「はい!なんでも強力なゴーレム使いなんですよね?ギルドと致しましても強い方に登録して頂けるのはとても助かります!後はこちらの契約書にサインを頂ければ終わりですので、良く目を通してからお願い致します!」
コハルコ民の受付嬢ちゃんから契約書を受け取り、一旦受付を後にする。
シズクと一緒に飲食場スペースのテーブルに向かい、ゆっくりと契約内容を確認することにした。
「ヒメカに聞けば分かるだろうけど、一応確認しとこうぜ」
「そうですね。私達にだけ当てはまる何かがあるとも限らないですし」
契約書に書かれている内容はだいたいヒメカに聞いていた通りだった。ランク制度や、緊急クエストについて、こと細かに書かれている。
……あ、でも、この『上位適正ランククエストについて』とか、ヒメカの認識は少し間違ってるみたいだ。ちゃんと『自分のランクより適正ランクが高いクエストを受けることは基本的に問題ないが、明らかに達成が困難な場合など、ギルドの判断にて受注を拒否させて頂く場合があります』って書かれてる。
「おい!お前!」
なるほど。依頼主が貴族とか、お偉いさんの場合、一回失敗するだけでギルドの信用問題が問われる可能性があるのか。そりゃギルドだってなるべく確実に達成できる冒険者に頼みたいもんな。
「お前だよ!」
あ!ゴーレム使いについても書かれてるわ。ゴーレムは人数には含まれない……?ああ!護衛依頼とかで人数×の報酬が出る時とかに、ゴーレムは含むなよってことか。まぁ確かに、ゴーレム使いはゴーレムが仕事をする訳であって本人は何もしないのだから当然か。
「お前だ!聞いてるのかッ!?」
その時、急に肩を掴まれた。
さっきからうるさいとは思っていたが、どうやら俺のことを呼んでいたらしい。
振り返ると、そこには光るスキンヘッドにダンディな髭を生やした渋いオッサン……略して『シッサン』が俺を睨みながら立っていた。
「オッサン誰?」
「オッサンじゃねえッ!俺の名前はシーサンだッ!!」
――おしいッ!!




