転移先で天使に会いました 1
ガーディアンの洞窟へようこそ!とっても可愛い彼女達が君を待っているよ!早く来てね♪
……と、看板に書かれていた。
「……なんだこれ?」
目の前のガーディアンの洞窟とやら以外、真っ白でないもない空間だった。知らない場所だ。いったいここはどこだ?
記憶喪失……は言い過ぎだが、かなり記憶が曖昧な状態だった。ユキ……という名前は覚えている。歳は17歳、日本人、確かここに来る前は……自宅の蔵の整理をしてたっけか?そうそう!綺麗な箱に入った変な鍵を見つけて、手にとって……気付いたらここにいたんだ。
それ以外の記憶が殆どない。家族も、友達も、学校も全く思い出せないが、何故か不思議と落ち着いていた。手にはまだその鍵がある。
「うーん……とりあえず進むか」
考えても仕方ない。可愛い彼女達というのも気になるしな。他に何もないし、このガーディアンの洞窟とやらに行ってみようではないか。可愛い彼女達というのも気になるしな!!
入り口は3mくらいの岩に扉が付いただけのちゃちな作りだった。中に入ると松明が並んでおり意外と明るい。数段階段があって、その後はひたすら真っ直ぐ、目に見えない程に通路が続いていた。
途中途中に入り口にあったのと同じような看板が立っていた。
『君は無事、奥まで辿りつけるかな……?』とか
『最終関門の前に、君は絶望することになるだろう……』とか
『驚いた!もう半分進んだのかい?なかなかやるじゃないか』とか。
ちなみに、他には何もなかった。洞窟に入ってまだ3分くらいしか経っていない。
それから少し歩くと、通路に終わりが見える。通路の最後は扉だった。扉を開けると中にはそれなりに広い空間が広がっており、壁一面にキラキラと輝く石が埋め込まれている。とても幻想的な場所だった。
そしてそこには1人の背中から翼を生やした女性が立っていた。
「はーい!ユキ君こんにちはー!天使のミミエルちゃんだぞ!よろしくね♪」
「だ、誰だお前!?」
コスプレ……だと思う。彼女は見たまんまザ・天使という格好をしていた。白いワンピース、白いヒール。背中の翼に、頭には天使の輪っかまでついている。ブラウンの髪を右肩から優雅に流し、高いテンションに似合わずおっとりとした、何故か安心感を覚える顔をしていた。
「も〜!天使のミミエルちゃんだってば!しばらくの間、ユキ君のサポートをするから。質問とかあったら言ってね♪」
「待ってる可愛い彼女達って貴方の事ですか?」
「いきなりそこ!?ち、違うよ!最終地はもうちょっと先だよ……」
良かった。もし可愛い彼女がこの天使のミミエルさんの事だったとしたら引き返すところだった。こんな洞窟でこんなコスプレしてんだもん。きっと地雷だ。
「……じゃあ、ここどこ?」
「ここはガーディアンの洞窟だよ!無事奥まで進むことができれば、可愛い可愛い彼女達をユキ君のものにできるよ!」
それは看板で見て知ってます。ってか喋り方からして看板書いたのお前だろ。俺が知りたいのはそういう事じゃないが答える気はなさそうだ。質問を変えよう。
「俺って死んだの?」
一応その可能性も考える。もしかしたらミミエルが本物の天使で、俺は天国に行ってしまったのかもしれない。訳のわからないこの状況なら、意外とその方が納得できそうな気がした。
「死んじゃった訳じゃないかな?ユキ君は世界を渡ったんだよ!ここはユキ君がいた日本じゃないの!分かりやすく言うと、ユキ君が大好きなゲームみたいな世界。剣と魔法のファンタジーワールドだよ!」
さらに突拍子もない話である。
「なんか現実感ないなぁ。夢じゃないのか?」
「ふっふっふ……そう思うのも仕方ないね!まぁ一日過ごせば嫌でも現実味が湧くさ!」
「そんなもんですかね……だって結構、ツッコミ所多いぞ?」
なんで日本語通じてるの?とか、看板日本語なの?とか……
「こっちに転移した時に、色んな補正がかかるから、一々気にしてたらキリがないよ!こんなもんだと思って割り切るのが一番だよ♪……あ、ちなみに記憶が殆どないと思うけど、それも転移の影響だから気にしないでね!」
適当な設定だなぁ……まぁいいや。今はミミエルを信じよう。天使の格好と変なテンションのせいで第一印象は良くなかったが、悪い人ではなさそうだ。サポートもしてくれるって言ってるし。
ただ、そうなると一つ疑問が残った。俺が異世界に来てしまったとして、なんでそうなったかだ。間違いなく関係あるのはこの鍵。そしてこの洞窟に飛ばされ、天使のミミエルさんに出逢う。これは……?
「もしかして、俺を呼んだのってお前なの?」
「チガウ」
――!?!?
「……お前だろ?」
「チガウ」
「急に冷たいな!絶対お前だろ!?」
「チガウ」
「嘘つけ糞天使ッ!!」
絶対何か隠してやがる。
ミミエルは黙秘権でも主張するように、終始真顔で何も答えなかった。しょうがなく俺が諦めると、ミミエルは小さくコホンと咳払いした後、話を続けた。
「ユキ君はその鍵に選ばれたのさ!このガーディアンの洞窟には選ばれた人しか足を踏み入れることはできない……そして鍵に選ばれた人は強制的にここへ連れて来られるのさ!」
「取って付けたような内容だな。この鍵俺ん家の蔵にあったんだぞ?」
「鍵と選ばれた人は運命共同体だからね!世界を渡ってユキ君の所に来ても不思議じゃないよ!」
ふむ。確かにそれで俺が異世界へ飛んだというなら、一応辻褄は合うのか……?
「まあいろいろ気になるかもしれないけど、とりあえず奥に進もうよ!頑張って彼女達をユキ君のものにしちゃおう!」
そう言ってミミエルは元気よく右手を上に突き上げた。屈託の無い笑顔だった。
俺を待つことなく背中の翼をパタパタと羽ばたかせ、数十センチ宙に浮きながら奥へ進んで行く。
……ん?え?あれぇ……?浮いてる?
「さ、最後に質問いいか?」
「もー!わがままさんだなぁ!最後だからねっ!」
ミミエルは両手を腰に当て、少し頰を膨らませて俺を睨む。とても可愛らしい姿だったが、今はそれどころじゃない。
「……ゆ、ユーアーマジ天使?」
「アイムマジ天使」
「oh……」
少なくともここは日本ではないと、初めて実感が湧いた瞬間だった。
広い空間をミミエルと進む。広い……と言っても、だいたい直径500mくらいだろうか。端までは数分あれば簡単に辿り着く。
ちょうど入って来た扉の真反対に、また扉が見える。おそらく俺の感では、ここはミミエルに遭うだけの場所で、あの扉の先にまた通路があって、その後、最終点という流れだと思う。
扉の前まで着くと、ミミエルは俺を見て両手を大きく広げながら、ニッコリと微笑んだ。
「おめでとうユキ君!君は無事、ガーディアンの洞窟の最奥に辿り着くことができました!」
ちょっとよくわからなかった。
「……はい?いや、何もなかったけど?」
「ほんと、頑張ったね!!」
「頑張ってないから!何もなかったから!」
「ミミエルさん感動で少し泣いちゃったよ!」
「話を聞け糞天使ッ!!」
この天使……人をおちょくってやがる。何が最終関門だ!一つも苦労しなかったじゃんか!強いて言うならミミエルとの会話が一番苦労したよ!
よくよく思えば、最初からこのシナリオが決まっていたんだろう。鍵と俺は運命共同体って言ってたし、確かにこれで何もなければ運命を疑っていた。要するにミミエルにからかわれてた訳だ。くそぅ。
「あれぇ?この扉、鍵穴があるぞぉ?うん?なんだかユキ君が持っているその鍵、この鍵穴に合いそうだなぁ?」
ミミエルは実に白々しい態度だった。鍵穴には俺も気付いていたから、そんなことだろうとは思っていたが……天使の態度が気にくわない。帰ってやろうか。
「はいはい。開けろってことな」
「さっすがユキ君!物分かりいい〜!!」
「……うぜぇ」
鍵穴に鍵を差し込む。緊張で少し手が震える。ここまで全てミミエルの思い通りに事が進んでいると思うと不安になってきた。今現在、彼女の株は絶賛大暴落中なのだ。
そんなミミエルは隣で不思議なダンスを踊りながら、軽快に手拍子していた。気が散るのでやめて頂きたい。
「早く♪早く♪」
「よ、よし!いくぞ……」
「早く♪早く♪」
「これ鍵回した途端、爆発とかしないよね?」
「早く♪早く♪」
「聞けよッ!!」
仕方ない……
覚悟を決めて鍵を回す。ガチャリと音を立てて、手をかけてもいないのに扉は勝手に開きだした。
中は意外と狭かった。人ひとりがようやく入れるくらいだろうか。そこに彼女は居た。
「……女の子?」
淡い金色のツインテール。場違いなメイド服。胸には鍵穴のあるハート型のブローチをしている。背は俺より頭一つ分低い。まるで作り物かと思ってしまうくらい綺麗な顔をしていた。
彼女は目を瞑ったまま、微動だにしない。その姿がより一層彼女の人間味を無くしていた。
「彼女はアゼルハイミル。この洞窟に眠る伝説の魔導兵器……ガーディアンさ!」
「彼女がゴーレム……?」
俺が知っているゴーレムと全然違うが、なんとなく納得してしまう。
それくらい、彼女は整い過ぎているのだ。
「彼女は今、永い眠りから目覚めようとしている……さぁ!ユキ君!今度は彼女のブローチに、その鍵をッ!!」
ここに来てからの怒涛の展開に、俺の思考は追いついていなかった。
「ま、待ってくれよ!意味が……」
「彼女のブローチに、その鍵をッ!!」
「だから……全然ついていけ……」
「その鍵をッ!!」
「さっきからなんなの!?めっちゃ急かすんだけどこの天使!?」
よーく分かった。ミミエルはシナリオの進行が止まると、決まったことしか話さなくなる。まるでRPGの村人のように……だ。ゲームのような世界とはよく言ったもんだ。絶対わざとだろうけどな!
もうこうなりゃヤケだ!後の事は知らん!やってやろうじゃねーか!
「……えぇーい!ままよッ!!」
――鍵をッ!!回すッ!!