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第56話 絶望からの覚醒

 僕の視線の先には、見覚えのある女のコの姿が突っ伏して倒れていた。衣服も所々破れ、泥で汚れており、彼女の愛刀『イフリート』も無造作に転がっている。


「リン……」


 そんな……嘘だ……無意識に彼女に向かって足が動く。


「リン!」


「なんだ、誰の名前を呼んでるんだ?」


 リンに駆け寄ろうとする僕の背後から、忌まわしい声が聞こえてきた。

 振り返ると、バルサロッサはじめ、御堂テシマ、ベルリッタ、傀儡にされたエルナがいた。


「誰の名前だよ。そこで寝ているゴミクズはミランだろ? 頭がいかれちまっのか」

「お前がやったのか……」

「あん? 聞こえねえなあ。まあ、これでエイジアも終わりだな、ってか魔界完全制覇ってやつだな」

「お前がやったのか?」

「ああ~、そのゴミクズか? なんか黒髪になって戻ってきたらなんかさっきより弱かったぜ。まあどっちにしろ俺たちに挑むにはちょっと調子に乗りすぎたな……ってか、お前、隠れてたんじゃなかったのか? のこのこ姿現すなんてバカじゃね~の! そのゴミクズも浮かばれね~なあ。はっはっは!」


 リンのもとに行き、そっと抱き起こす。彼女の口元から流れ滲んだ血は乾き、身体はもう熱を帯びていない。


 急に顔面に衝撃が弾け、僕は吹き飛んだ。


「おい! シカトかよ! 神月~、いい身分になっだもんだな」


 テシマに蹴られたのだ。


「あっ、そうだ! この世界でも、俺への服従心と恐怖心を植え付けてやるぜ。はっはっは! 人間だった時、お前には殺されかけたからな。たっぷりと復讐させてもらうぜ!」


 テシマの高らかな笑い声がこだまするが、僕にはどうでもよかった。


 なぜ、僕はあの時彼女の腕をもう一度掴まなかったのか?


 答えは簡単だった。僕は御堂テシマが怖かったのだ。彼女の為ならいつ死んでも良かったはずなのに。眼前で嘲笑している奴の聞くだけで身が竦み、見るだけで背中に冷たいものが何度も往復する顔、そこにあるだけでどんよりとした空気が支配する姿。すべてが怖かったから……死ぬ事よりも御堂テシマを目の前にする事の方に恐怖していたからだ。

 だからミランに……リンに最後の最後に甘えてしまったのだ。彼女の強さに勝手に淡い期待を抱いて、彼女ならどうにかしてくれるんじゃないか、と……僕を救おうする人なんて人間の時は一人もいなかったから……初めて希望を持ってしまった……僕は馬鹿だ。


 後悔という荒波が一気に押し寄せる。こんなに後悔するのならもう一度あの腕を掴むべきだったのだ。

 人間だったときもそうだった。誰も助けてなどくれなくて、諦め、毎日のなにも変わらない、変わることのない日常にただ屈していた。イジメる側が悪いのか、イジメられる側が悪いのか、そんなのはどっちだっていい。戦えるなら戦えばいいし、怖いなら逃げたっていい、一緒に戦ってくれる誰かに助けを求めたっていい。ただ他人任せにしたら駄目なんだ。


 いつか誰かがどうにかしてくれるんじゃないか? とすべてを放棄し、ありのままに屈したのがこの結果だ。人間界でも魔界でも。わかっていたはずなのに……自分から動きださなければなにも変わらないことは……。

 自分への失望と大切な人を失った絶望が心臓を破るような痛みとなって加速する。


……ドクン……ドクン……ドクン……


 身体の中でなにかが息づく。僕はそれを知っている。人間だった時にテシマを殺そうとした時に現れたなにかだ。人も悪魔も誰しも同じだ。その内なるなにかは誰にでも潜んでいる。ただ、その何かは本当に絶望した時にしか現れない。人だった時は自分の絶望……そして、今はリンを失った絶望だ。そのなにかがうねりをあげて沸き起こる。続けて、尻尾が熱を帯び始めた。

 自然と過呼吸のだるさは終息を迎え、エルナに受けたダメージもどこか遠くにいったのか感じない。

 

 なんだ……これは……。


「おい、なんだ? 尻尾を光らせてやがるがやる気かあ?」と御堂は見下したように言う。


「おかしいわねぇ、アレルちゃんはグリーンだったはず。でも、その色はイエローかしらぁ? イエローにしてはなんか輝きが違うような……?」


 ベルリッタが首を傾げながら言った。


「魔力が低下してるだけだろ」と御堂が素っ気なく返す。


「リン、少しの間ここで待ってて」


 僕は立ち上がった。


「お前達だけは許さない!」


 僕は気迫と共に御堂に鋭い視線を飛ばした。

 御堂は一瞬、顔を引きつらせてからこちらを睨みつける。


「なんだやっぱりやる気か? 調子に乗るなよ! 昔みたいにもっと痛い目をみないとわからないらしいな。ベルリッタ! 殺さない程度に痛めつけて、俺の前に連れてこい」

「わかったわぁ!」


 緑に尾を光らせたベルリッタが僕に向かって、急突進してくる。しかしながら、ベルリッタが放つ拳や蹴りは空を切るばかりだ。ベルリッタから余裕の笑みが消える。


「なんで? どうして? 当たらないのよぉ!」


 僕は完全に見切っていた。そして、奴が大振りのパンチを放とうとした瞬間に懐に入り、鳩尾に発勁を打ち込んだ。


「ぐぼっ!」


 黄金色に輝く一撃。ベルリッタはがっくりと沈んだ。


「おいおい、悪い冗談だろ」


 驚いた表情をする御堂。


「エルナ」


 バルサロッサの一声で、エルナがこちらに飛び出す。音速のジェルクさえも凌ぐ、エルナのスピードは、いつもの僕なら捉えることは不可能だろう。だが、今の僕には十分に見えていた。


「があああ!」


 獣のようなエルナの雄叫び。それと同時に白い炎を帯びた拳の一突き。しかし、僕はそれをあっさりと躱すと瞬時に氷魔法を放った。


「エルナ、少しの間ごめん」


 操られた天使はみるみると全身が凍りついていく。銀色がかったオブジェのように。

これでエルナの動きは封じた。


「なんだよ……その女はレッドクラスだろ? 神月なんかにやられるわけが……なんなんだよ! なんでお前に銀氷が生み出せるんだよ!」


 訳が分からないといった焦りと怯えが混同した表情をみせる御堂。


 僕は白夜によって映し出された荒れた平原の中、ゆっくりと奴へと歩を進める。

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