第55話 生きて
「ほんとはこの世界が平和になったとき、正体を明かすつもりだったんだけど、これが最後になるかもしれないから……」
「最後って……なにバカなことを言ってるんだよ!」
「……あっくんはあの頃から変わらず優しいままね。だから、あたしはずっとあっくんを……」
リンはなにかを心に刻むように瞼を閉じたあと、ゆっくりと目を開いた。
「嬉しかった! 二度と会えないと思っていたあんたに会えて、あんたと色んなことを話したり、カフェに行ったり、旅をしたり、一緒に過ごすことができて、ほんとに嬉しかった!」
彼女は涙を流し、弱々しい笑みを浮かべる。
「ありがとう、アレル……大好きよ!」
リンはそう言うと、僕の唇に自分の唇を重ねた。驚きのあまり身体が一瞬、強張ったがすぐに彼女の温もりを感じ、安心からか力が抜けていく。そして、余韻が残るようにゆっくりと離れた。
彼女は恥ずかしそうに、頬を赤らめている。僕もおそらく同様だ。
「ファ、ファーストキスはあたしからしたんだから、もし次会えたら、セカンドキスはアレルからしてよね」
リンはツンデレともいうべき、少しの意地悪と恥ずかしさが混じった顔をして言った。
「もし、なんて言うなよ。僕も一緒に戦うよ」
リンは寂しさを口元に表して、首を横に振った。
突如、目の前の空間が歪み始めた。
「もう行かないと……奴らがこじ開けようとしている」
リンはクルッと反対を向く。
「待って」
僕は彼女の腕を追いすがるように掴んだ。彼女は振り向くと、優しく笑みを浮かべた。それと同時に切ない光を瞳に宿していた。まるで『あたしを困らせないで』と語っているかのように。
リンは僕の手をそっと振りほどくと、この白い空間から彼女はいなくなった。
「生きて」と言い残して……。
どれくらいの時が経っただろうか。長い時間のようにも感じるし、それほど時間が経っていないようにも感じる。寂しげな静寂に包まれた白い空間。この空間から出ようと試みたが、僕の力ではどうしようもできなかった。
僕はミランもといリンの願いを聞かず、呆然としていた。リンがいなくなった世界、御堂テシマがいる世界、バルサロッサに支配された世界、そんな世界に生き残ってても意味なんかない。そんなのは生きていても死んでるのと同じだ。そんな世界での生への執着など僕にはこれっぽっちもなかった。あの人間界にいた時と同じだ。また毎日に怯え、暮らしていかなければならないなら、玉砕するほうがましだ。
なにも起こらないまま、時間だけが経過していく。この白くてなにもない空間が永遠にも続くような錯覚すら覚える。
しかしながら、空間が歪み、ひょっこりとリンが姿を現すんじゃないかという、淡い期待を僅かに抱く自分もいる。
そして、突如それは起こった。敷き詰めた白いパネルが消失していく。それはあることを意味していた。
白の空間がなくなり、そこは白夜の元に照らされた平原だった。




