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第40話 仲間だから

 その夜、ふと目が覚めた。隣でノーファが静かな寝息を立てている。その奥に目をやると、そこで寝ているはずのルンの姿がなかった。

 僕らは一枚の毛布を敷いて、並んで寝ていたのだが、どこに行ったんだろう。トイレにでも行ったのだろうか。

 しばらくしても、戻って来なかったので、建物の外に出てみた。

 月夜の中で、寝る前まで、暖を取る為と服を乾かした焚き火の跡が目に入った。ここにもいない。

 どこに行ったのだろう、そう考えた直後、静寂な暗闇の中で、どこか懐かしいわらべ歌のようなものが微かに聞こえた。

 その寂寥感が滲み出ている歌声を辿る。すると、切り株に腰をかけ、空を見上げる一人の少女がいた。傍には彼女の愛ユニコーン、カザマツが座りこんでいる。


「ルン」


 口ずさむ歌が止む。


「……アレルか」


 少女はその青い澄んだ瞳で僕のほうを見る。


「今の歌は?」

「うちの国で子供ん時、自然といつのまにか覚える歌や。これを歌うと不安な気持ちが和らぐねん」


 そう言って、彼女は夜空に視線を戻した。僕もそれに倣う。森の中にあって、この辺りだけは、木々がなく、はっきりと星空が映し出されている。昼間の豪雨が嘘のように満天の星が輝いている。


「眠れないの?」

「……国の事とか、姐様達の事とか色々考えてまうとな」


 国か……その言葉がこのコが背負ってるものは、僕なんかより遥かに大きいことを示している。


「うちはな、一刻も早くバルサロッサを倒して、平和な世界を取り戻したいねん。ほんで国の子供らに戦争だけやない、明るい未来があるんやでって教えてやりたいねん」


 ルンは正に皇族だということを知らしめる言葉を発した。彼女の小さな双肩には国という単位の計り知れない重いものがのし掛かっている。それに彼女は全身全霊で応えようとしている。


「僕らがやれること……それを必ずやり遂げないといけないな」


 彼女は「せや」と月に誓うように言った。


 しばらく、虫の鳴き声だけが静かな夜に彩りをつける。このまま何も考えないでこの夜長を更けるのをのんびり待ちたいところだが、今の状況ではそうもいかない。


「戻ろうか。寝て少しでも回復しとかないと。夜が明けたらミラン達と早く合流するために出発しなきゃならないしね」

「せやな…………」


 僕が踵を返して、戻ろうとした時、突如ルンが口を開いた。


「ひとつ聞きたいんやけど……」


 その声に振り返ると、月明かりの中、真っ直ぐな碧き瞳でこちらを見据えている。その力強い視線に僕の胸には徐々にさざ波が立ち始めた。

 そして、彼女は言葉を探し、一気にまくしたてた。


「なんであの時、うちを見捨てんと助けたん? 下手したらあんたやウオノメも死んでたかもしらへんのやで……そうなれば、この作戦は失敗に終わる。うち一人欠けるくらいならまだしも……国中のみんなが最期の希望としているこの作戦がおじゃんになるとこやったんやで!」


 ルンは目を涙で滲ませる。


 それを目にした瞬間、僕のさざ波がズキリと大きな波に変わり押し寄せる。


「……それは仲間だから……」


 咄嗟に何か言わなければとついた言葉だった。

 これは僕の本心なのだろうか。

 しかしながら、彼女はこの言葉に対して、戸惑いの色を顔に滲ませる。そして、再び言葉を探して言う。


「仲間やからって、自分の命や背負っている国の人達のことはどうでもええの!? そんなんアホがやることやん」

「だったら僕はアホでいい。目の前で仲間が危険なめに遭ってるのに見捨てることなんてできない。例えそれがどんなに大きなことと、引き換えになっても。誰になんて言われようとそれだけは揺るがないし、後悔しない」


 ルンは滲ませていた涙を流しながら、


「なんで……なんでよ……うちやったら……うちが逆の状況やったら……」


 そうか……そんな風に思っていたのか。彼女の涙には自分のせいで、僕らが死んでいたかもとか、作戦が失敗していたかもしれないとか、様々な理由もあるだろう。だが、一番の理由は罪悪感からだ。自分だったら僕らを見捨てていただろう、という罪の意識で自分を責めているのだ。

 ルンがその選択をしても間違いではないこともわかっている。


「……ルンが理にかなっているんだよ。だからそんなに自分を責めないで」


 彼女は顔を歪め、目からはポロポロと、とめどなく涙が溢れる。


「うわああああん!」


 彼女は泣き声を上げ、僕の胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくった。彼女の頭を優しく撫でる。

 僕は知っている。窮地に陥り、どんなに諦めようと、どんなに強がろうと、人は心のどこかで絶対に誰かに助けてほしいと願っていることを。

 だから、助けることによって自分に火の粉が降りかかろうが、何かを失おうが、僕は必ず手を差し伸べる。昔、僕がそうしてほしかったから……これは本当のことだ。

 だが、咄嗟に出た『仲間』という言葉もルンに言った言葉の羅列も本当の理由にならない。

 僕の心の根幹はすでに違うものになっていたのだから。


 夜が明けた。僕らは出立の準備を整え、建物の前に集合していた。上空は雲ひとつない晴天が顔を覗かせている。旅の出発にはもってこいの空模様だ。


「さあ行くで! 姐様のもとへ!」


 ユニコーンに跨り、元気はつらつのルン。 どうやら昨晩泣いて吹っ切れたようだ。


「と、その前に……」


 ルンは意味ありげな視線を僕らに飛ばす。


 なんだ!?


  珍しくなにか言いにくそうなモジモジした雰囲気。僕とノーファは不思議に思い、顔を見合わせた。


「あの、あれや……昨日は助けてくれて、お、おーきにな。アレル、ウオ……ノ、ノーファ」


 ツインテールをきっちり決めた青い髪の彼女は視線をそらし、はにかんだ。

「うん」と答える僕に対し、

ノーファは「仲間だから当然のことをしたまで、感謝の謂れはない」と答えた。


「な、なんやそれ! うちがわざわざ感謝してやってんのに、ありがたく受け取ったらええねん」

「別にいらない」

「くっ、あんたっちゅう奴は〜」


 知らん顔のノーファ。

 この二人、相変わらず馬が合わないな。だけど、二人共口元を僅かに綻ばせたのを僕は見逃さなかった。


「あんたらは歩いたらええねん!」


 ルンはカザマツを走らせた。


「おい、ルン、ちょっと待って!」


 まったくこのツンオコお姫様には手を焼いてしまう。


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