第37話 サイクロプス
「背後から何かが接近している!」
殿のノーファがいつになく大きな声でみんなに伝える。僕は振り返った。雨で視界が悪いが通ってきた森の木々が凄まじく揺れている。あきらかに風で揺れているというレベルではない。なにかわからないが、ドシンドシンと響く足音のようなものもしだいに大きさを増していく。
「みんな全速力で走って!」
ミランが叫んだ。
三頭のユニコーンが一気に駆け出す。
しかし、それでもどんどん何かが接近してくるのをヒシヒシと感じる。ものすごい圧力だ。
そして、あっという間にその全貌が明らかになった。
土色の汚い布を、5メートル以上はあろうかという体の全域に覆っており、手には巨大な棍棒。それよりもひときわ目を引いたのはギョロリとした大きな一つ目だ。
こいつが何者かは大体予想がついた。
一つ目の巨人、サイクロプスだ。
「この雷雨のせいで、気づくのが遅れた! 懸念していた怪物に出くわすなんて最悪ね!」
「あいつ、なんで僕らを追いかけてくるの?」
「ゼロ・エリアの住人である怪物は自分達以外の種族に縄張りを荒らされたくないのよ。このエリアを抜け出せば追ってこないはずなんだけど、エリアがどこまで続いてるかわかんないからまずいわ!」
ミランの言う通りだ。まだ距離はあるが、このままでは追いつかれるかもしれない。
現上、魔力を使えない僕たちがあれと戦って勝てる見込みは、1パーセントにも満たないだろう。
「うわっ!」というルンの声と共に並走していた、彼女のユニコーンが突如視界から消えた。
僕は咄嗟にセキトバから飛び降り、泥土の上にぐるりと受け身を取る。背中が湿り気を帯びる。
「アレル!」
ミランが少し先でセキトバを止めて叫んだ。
「先に行ってくれ!」
僕は倒れているルンの元へ駆け寄る。
「ルン! ルン!」
肩を叩きながら、反応を待つが気を失っているのか、まったく応答しない。彼女の口元に耳を当てる。雨音が邪魔だが、僅かに呼吸音が聞き取れた。
緊張の中で、少し安堵する。
「大事ないか?」
振り返ると、所々泥が跳ねたようなあとがついたノーファがいた。彼女も僕と同じようにユニコーンから飛び降りたようだ。
「ああ、息はあるからたぶん」
ホッとしたように鼻で息を吐くノーファ。
それも束の間ドシン、ドシンと地響きがもうそこまで、近づいてきていた。まさに地獄へのカウントダウンだ。
「アレルこれを使う」
ノーファは小瓶に入ったきらきら光る水を自分も含め振りまいた。
「それは?」
「聖水」
まもなくして棍棒を振り回す凶暴な巨軀がやって来た。ノーファとルンだけでも守らねば、と足掻く覚悟をして、彼女達をバックに身構えた。
しかし、サイクロプスはこちらに目もくれず、走り去った。
どういうことだ!?
僕が不思議がっていると、ノーファがそれに気づいて、空になった小瓶を掲げ説明する。
「エルナが渡してくれた。天界のみで採取可能な水……聖水。これを振りかけられた者は魔物や怪物から認識されなくなる」
「そんな便利な物があったんなら、エルナも早く使えばいいのに」
「それは無理。聖水はかなり貴重な物でたぶんこれしかなかった。それと、欠点がある」
「欠点?」
「その効力は1分ももたない」
そういうもんだよな……世の中そんなに甘くない。
本当に危機が訪れた時に使う代物だったのだろう。
「とりあえず、今のうちにここを離れよう。奴がいつ戻ってくるかわからないし」
「その心配はない。ミランとエルナが奴を引きつけて逃げる手筈になっている」
そうなのか、二人共無事だといいけど。
「それより、雨を凌げるところに移動して皇女の具合をみるのが先決」
「そうだね」
「ヒヒーン!」
僕の背後で馬の嘶く声。芦毛のユニコーンが心配そうにルンをみつめていた。
「怪我はないかい?」
おそらく雨で足元が滑ったか、何かにつまずいたかで転倒したのだろう。
「ブルルン!」と返事するルンの愛ユニ、カザマツ。
「大事ないみたい」
「よし、じゃあ行こう」
ルンは僕が背中に担ぎ、ノーファはカザマツの手綱を引っ張る。
出口の見えない雨の中を歩き通して、ようやく小さな白塗りの建物を見つけた。




