第36話 ゼロ・エリア
1時間前。
逢魔ヶ森は昼間だというのに陽があまり差し込まず、そのせいか視界も暗い。
冷んやりとした空気が森の中を支配し、時折、聞こえてくるカラスの鳴き声は森の不気味さを際立たせている。
ユニコーンの索敵に魔力を持つ魔物がそこら中に引っかかり、そこに近づかないように僕らは注意深くゆっくりと進む。走ったりすると、出くわす可能性があるからだ。
しばらくして、離れたところに何かがいるのが見えた。暗いからはっきりとは見えないが、禍々しい翼を持つ人間のように見えた。
「ミラン、あそこに見えるのは?」
気になって、前に乗るミランに尋ねた。
「あれはレッドアリーマーよ。人間界でも知られてるんじゃない?」
「あれがレッドアリーマー!?」
魔界街というレトロなゲームで見たことあるけど、実物もあんなのなんだ。
「刺激しなければ別に襲ってきたりしないわよ」
「赤ハゲがいるってことはこの辺は低級な魔物しかいーひんってことやな。このルートで正解やったな、姐様」
並歩するルンがミランに同意を求めた。それにしても赤ハゲって……ルンの奴は相変わらずお姫様のくせに口が悪いな。
「そうね。ちょうど指標になる魔物がいて良かったわ」
「まだ気を抜くのは早い」
僕らの後ろを闊歩するユニコーン上のノーファが忠告する。
「なんやねん、あんたびびってんねやろ?」
「別にそんなことはない」
「嘘やん? 絶対びびってるわ」
「…………」
ルンの挑発気味の言葉に対して、何も言わないノーファ。
エルナがノーファと同じユニコーンの前に座っているので、振り返っても無言の彼女の表情は見えない。エルナは僕と目が合い、苦笑いする。しばしの沈黙が訪れた。だんだん、暗さが増してきているような気がする。
僕は上空に目をやった。生い茂る木々の合間から太陽がまったく覗いていない。湿気を帯びた雨の匂いが漂い出している。
「大丈夫や、なんか出てきてもうちが退治したるさかいに。だからウオノメは震えといたらええねん」
ルンは気に障っていたのか、さらに挑発気味に言い放った。
「震えていたら戦えない」
「だから、うちが戦ったるから安心して震えといたらええねん」
前から思ってたけど、この二人、なんか気質的にウマが合わないようだ。
「もう、やめなさい」
ミランはルンに戒めるような視線を送った。
「うっ、だって……!?」
ルンが何かを言おうとした時、突然変な感覚がまとわりついた。いや、正確にいうと力が抜けるという感覚だ。
「これは……無魔気空間……」とミランが鬼気迫る口調で言う。
ゼロ・エリア……学園で習ったことがある。魔界にはまったく魔気が存在しない場所があり、それをゼロ・エリアと呼ぶ。魔気が存在しないそこでは魔力をまったく使えないのだ。いうなれば、悪魔もただの人間となんら変わらない存在になるということだ。
「エルナ、あんたもこの場所では魔法は使えないわよね」
エルナは神妙な顔つきで頷いた。
「残念ながら天使も魔界では魔気を糧にしていますから」
「じゃあ、魔物に見つからないようにゼロ・エリアを突破しないと。みんな、ユニコーンの索敵もここでは力を発揮できないわ。目視で注意深く進むしか手がないから、気を抜かずしっかりね」
ミランが鼓舞するように呼びかける。
僕はひとつ疑問を問いかけた。
「魔物も魔力が使えないんじゃ、襲われても大丈夫じゃないの?」
ルンはその碧眼てギロリと怖い目つきで睨む。
「アホ! 魔装できひんうちらが魔物に勝てるわけないやろ! 魔力が使えへんくても、魔物の腕力とか人間界の獣以上やで」
「そうなのか……」
「それに魔物以外にも懸念材料があるわ。だからみんな警戒を怠らないで」
ミランの言葉で再び気を引き締める。
僕らはゼロ・エリアを今まで以上に気を張り、慎重に進み始めた。
全員の入念な警戒で魔物を回避しつつ、順調に進んでいたが、途中でポツポツと雨が降り始めた。しだいにその雨は雷を伴う豪雨に変わり始めた。
その時だった、奴が現れたのは……。




