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第30話 僕だけでも

 パルラの話によると、ダーマがクラシカル軍に支配されて以来、パルラの村では、毎月『踏み絵』というものをやらされている。

 

 これはミランの補足だが、ダーマは元々宗教国家でダーマの民はダーマを造ったとされる七大悪魔『マモン』を崇拝している。

ダーマの民にとって、マモンは絶対神に等しい。それを踏みつけるなどもっての他なのだ。


 それを強要するのがクラシカル軍なのだが、踏み絵を拒んだ者は火炙りという原始的な方法で奴らに処刑されてしまう。


 それだけではない。


 踏み絵を拒んだ者の家族までも同罪とみなされる。

 つまり、パルラの母は踏み絵に耐えかねて拒んだので、パルラも処刑が執行されるということだ。

 残念なことにパルラの父は、すでに昨夜処刑されたらしい。

 奴らは見せしめの為か、一人ずつ日にちをずらし処刑する。

 そうすることによって、順番を待つ生きている者に恐怖と後悔の念を植え付けるのだろう。


 なんとか奴らの隙をついて、パルラだけは母が逃がしてくれたらしい。

 彼女は無我夢中で走り続け、この林の中に辿り着いたということだった。

 何度も涙を流し、肩を震わせながら話すパルラの心中は恐怖で埋め尽くされているに違いない。



 僕はなんとか助けてやりたいと思った。


「こんな惨い事をするなんて……みんな、助けにいこうよ!」


 全員が苦悩に満ちた表情をしている……が、誰一人、即座に僕に賛同してくれる者はいなかった。


 そんな中、碧眼のおてんば姫が口火を切った。


「お前、あほなんか? ここは敵の領地やで。罠の可能性やって少なからずあるし、ここでうちらは無駄な時間使うてる場合やないんやで」

「急がなきゃならないのはわかってるけど……ルンはこのコが嘘ついてるっていうの?」

「べ、別にそこまでは言ってないやろ」


 目に涙を溜めるパルラを見て、ルンは罰の悪そうな顔をする。


 ミランがその様子を見て口を開いた。


「アレル落ち着いて。ルンはあくまで可能性の話をしてるだけよ。まあ、その可能性は限りなくゼロに近いだろうけど……それよりあたし達が迂闊に動いて、あたし達の存在が目標に知られると、この作戦は意味を成さなくなるわ。それだけは避けないと」

「わかってるけど……このまま放っておくことなんて僕にはできない」


 ルンは呆れたような溜息をついた。


「お前なあ、このコの村みたいなとこなんて、ダーマにはいくつもあるんやで。それを全部助けることなんかでけへんやろ。それよりもうちらが成し遂げなあかんことを早くしたる方が、魔界全域救うことになるんやで。もちろんこのコの村やって」

「そんなことはわかってる! だけど、目の前で助けを求めてる人を見捨てることなんて、できないよ!」

「せやから時間もそない余裕があるわけやないし、奴らに知られるリスクもあるって言うてるやろ!」

「でも! だからって、そんな……」

「ちょっと二人共落ち着きなさい。エルナはどう思う?」


 ミランに問われたエルナは顎に手を当て、

「そうですわね。助けたいのは山々ですけど、ミランさんの仰る通り、リスクは回避しないといけませんわね。その為の隠密行動でありますし。このコだけは保護する方向でというのはいかがですか?」


 ミランは顔を曇らし答える。


「……残念だけど、やっぱりそうするのがベストよね。アレル、それでいい?」


 そうするしか仕方ないのか……。胸の内がキリキリと痛む。


 僕は納得が行かず、口を固く結びミランの目をみることしかできなかった。

 ミランは申し訳なさそうに苦い柔らかな笑みを浮かべた。


「しゃーないで。姐様、早く先を急ごう」

「そうね。このコを保護するように使い魔に伝令させるわ」


 ミランは黒い蝶を手の平から捻出する。


 僕はパルラの目線に合わせるように屈んだ。


「ごめんね、君のお母さんを助けてあげられなくて……」


 裸足の少女は俯いて、人形のように機械的に横へ首を振る。

 彼女の虚ろな瞳には諦めと同時に絶望の色を含んでいた。期待などしてはいけなかったのだ、結局他人は他人なのだ、手を差し伸べてくれる者などいないのだ、とそう彼女の瞳は訴えている。

 この瞳は僕が人間だった時と同じ瞳だ。僕はそう感じた瞬間、自然と口走っていた。


「ごめん、みんな、僕は一人でもこのコの村に行くよ」


 全員が驚きの表情をした。少しの沈黙のあと、重い空気を弾き飛ばすように、ルンが口を開いた。


「あんた、何言うてんねん。そんなこと許されるわけないやろ。魔界全域がバルサロッサの手に落ちてもええと言うてるんと一緒やで」

「僕、一人なら正体バレても問題ないだろ? 戦力的にもこの中じゃ、僕が一番劣ってるし、僕が抜けて足りないのであれば、今ならまだそこまで国から離れてないし、代わりを補充できるだろ?」

「あんた……」


 ギリリと歯を食い絞めるルン。


「そんな生半可な覚悟で、この作戦に臨んでたんか!」

「そんなことはない!」


 この作戦がどれほど重要かもわかっている。ルンケ将軍との誓いもある。だがそれ以上に……。


「ただ、このコの目を見て、僕の手が届く範囲で助けることができるなら助けたいと思ったんだ。大きな事を成し遂げる為に、本気で助けを求める人を犠牲にしなければならないなんて、今の僕にはできない。それに誰も手を差し伸べてくれない状況が、どれほど辛いものか、僕には痛いほどわかるんだ」

「くっ! そんなことはうちかてできるもんならそうしたいわ……姐様、こいつはほっといてもう先にいこうや」

「アレルが行くなら、私も行く。アレルは大事な仲間」


 この話し合い中、静観していたノーファが初めて口を開いた。


「ノーファ!」


 僕は嬉しくて、つい彼女の名前を叫んでいた。

 ミランは呆れた様子で息を吐き、ふふっと口角を上げた。そして、掌で舞う黒蝶を消した。


「仕方ないわね」

「姐様!」

「ルン、仕方ないわ。ノーファまで抜けられたら、この作戦の続行は不可能になるわ。それにアレルが抜けてもダメよ。あたし達は五人でひとつのチームなんだから。補充なんてできないわ。パルラの母親を救いましょう」

「くっ!」


 ルンは腑に落ちない色を表情に滲ませる。


「エルナもそれでいい?」


 エルナに視線が集まる。彼女は目を閉じ逡巡の色を見せた後、小さく頷いた。


「リーダーであるミランさんがそう判断されるのなら従いますの」


「決まりね」とミランの声が響いた。


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