第18話 幸福と悪夢
あのクラシカルの襲撃からひと月が過ぎようとしていた。
僕は練魔館の帰りに、ミランに呼び出され、彼女の大好きなパンケーキ屋、エッグハッピーでお茶をしている。
当たり前だが、女性客が多い。3時のおやつといったところだろう。
対面に座る銀髪の少女は、甘く香ばしい匂いを放つパンケーキをあいも変わらず満面の笑みで頬張りながら、今の状況について、いろいろと話してくれた。
ミランの話によると、奴らの狙いは学園だったようで、それ以外の被害は概ねなかったらしい。
城にも襲撃してきたらしいが、学園に援軍を向かわせないための、いわば軍の足止めをする陽動だったらしい。
最終的に学園での死者は全校生徒の三分の一に昇った。先生も数名が犠牲になった。
負傷者はそれ以上いて、いまだに入院中の者もいる。
「どうして、学園を狙ってきたんだろ?」
ミランは口の中のパンケーキをごくんと飲み込み返答する。
「おそらく、学園の機能を奪うのと、後々脅威になる魔導戦士の数を減らすためね」
「未来の戦力削減が目的だったということか」
「そうね……お城では今回の急襲は大規模な攻撃の下準備といったところという見解をしているわ」
「じゃあ、いずれこの国にも!?」
「ええ」
ミランは紅茶を口に含み、喉を潤し、続ける。
「カメリアへの侵攻もカメリア軍の防衛とエイジアの増援で、撤退してからは、今のところクラシカルは沈黙を保っているわ。だけど、奴らは同盟を結んでいるエイジアとカメリアへの同時侵攻を目論んでいるとみて間違いないわ」
もう戦争が始まるのが間近ということか……。
手元にあるアイスコーヒーの氷がカランと音を立てた。
僕はいつのまにか口の中がカラカラに乾いていたのに気づき、それを一気に飲み干した。
「そんな深刻な顔しなくても、バルサロッサがまだ戦場に出てきてないし、別に今日、明日侵攻して来るわけではないんだから」
ミランの言葉に僕は少し緊張が和らぎ、フッと笑みを漏らした。
「それに……あんたはあたしが必ず守ってみせるから」
そう言って、銀髪の少女はその大きな瞳で僕を見つめる。僕を安心させるために言ってくれてるのだろう。
「ありがとう。でも、僕も強くならないと」
今度はミランがフッと息を漏らし、微笑んだ。
「そうね。とにかく会議でいろんな案は出てるし、それが決まるまではなにも始まらないわ」
ミランはここ連日、城で国の防衛策についての幹部会議に出席している。
「とにかく、明日から授業も再開されるし、あんたは学校に行って、やれることをやればいいのよ」
ようやく、学園は授業をなんとかできるくらい修繕され、負傷していた先生も生徒も通えるほどの人数にはなったので、明日から学園の授業は再開されるのだ。
「了解しました! レベルレッド殿!」
僕は暗くなった雰囲気を吹き飛ばすため、冗談っぽく、ビシッと敬礼してみせた。
「ふふっ! なによそれ!」
ミランは言葉とは裏腹に楽しそうに笑う。
僕は返答の代わりに恥ずかしそうにはにかんだ。
「あんた、パンケーキ残ってるじゃない」
「食べたかったらあげるよ」
「ほんとに!」
「ああ」
彼女は自分のフォークで残り三つに切り分けているパンケーキを刺して、次々と幸せそうに口に運ぶ。
本当に幸せそうなその光景を見ていて、僕は自然と口元が緩んでいた。
その幸福感満載の少女はそれに気づいて、少し顔を赤らめた。
「な、なによ、そんなにジロジロ見ないでよ」
「いや、別に」
「ふん!」
ミランはプイッと顔を背けてみせた。
しかし、そのあと、残り一切れになったパンケーキにゆっくりと視線を落とした。なにかを考えているのか、目を右に左に泳がせ始めた。
少しして、フォークでパンケーキを刺し、僕の口の前に持ってくる。
「はい、あ~ん」
「えっ!?」
戸惑いと驚きから思わず声を出してしまった。
ぼっ! と湯沸かし器の如く彼女は、一瞬で顔全体を真っ赤に染める。
「いや、あの、その……あ、あんたが食べたそうにしてたから仕方なく食べさせてあげようと思って」
「僕はもういいからミランが食べなよ」
僕はパンケーキが刺さったままの彼女のフォークをヒョイと奪い取って、彼女の口に持っていく。
「はい、あ~ん」
彼女は目を丸くして、少しためらったが頬を紅潮させながら、恥ずかしそうにパクリと食べた。その表情がなんともかわいい。
「あたし、今日……幸せかも……」
「そりゃ、それだけ食べればね!」
「違うわよバカっ! 鈍感男!」
なんで怒るんだ!?
そんな会話中、突如ミランのスマホのアラームが鳴った。
「そろそろ行かなきゃ」
今日も今から城で会議らしい。
僕らはエッグハッピーを出て、手を振って別れる。茜色の陽光の中を飛んでいくミランの後ろ姿が影のように黒くなり、遠くなっていく。それを見ていて思った。彼女だけは絶対に失いたくない……と。
「おい、神月……さっきの続きやるからそこに立てよ」
僕は奴のひと言で、教室の後方の窓際に立った。そうしなければ、さらなる酷い目にあわされるからだ。
「ほら、早く脱げよ!」
僕は従うままにパンツ一枚の姿になる。カラダ中に1~8の数字が油性マジックで書かれている。そして、額に9と水性マジックで書かれる。なぜ、9だけが簡単に消すことのできる水性なのか、それは額だけは服を着てもごまかせないからだ。彼らなりの先生対策でもあるし、休み時間になるとすぐ再開できるからだ。
「これでよし! と。じゃあ、もう一回順番決めようぜ」
奴のグループの三人がジャンケンを始める。投げる順番を決めているのだ。
「やり! 俺一番」
奴が嬉しそうに言った。
このゲームは人間ストラックアウト。奴らが僕のカラダに書かれた数字めがけて、野球の硬球を投げるのだ。当たった場所の数字×100のお金が分配されるという卑劣極まりないゲーム。もちろん、お金の支給元も僕である。
彼ら以外の生徒は見て見ぬふりをする者もいれば、裸になっている僕をまるで汚物でも見るような視線を飛ばす者、さらには楽しそうに観戦している者もいる。
もし、この行いに異を唱えようならば、ターゲットは自分になるおそれがあるから、誰もこの状況を打破する者などいない。僕に手を差し伸べてくれる者などいないのだ。
「よ~し、神月、手を広げろよ!」
僕は両手を広げる。彼が構えて、投げた。ボールは唸りを上げて、僕の額めがけて飛んできた……。
僕はびっしょりと寝汗をかいていた。
おぞましいリアルな夢だった。学園襲撃以来、度々、人間だった時の夢を見るようになった。この世界に来てからは、夢などあまりみず、忘れかけていた出来事に等しかったのに。
なぜだろうか。襲撃の恐怖で、僕の中に眠る忌まわしい過去が呼び起こされたのだろうか……。




