第12話 同じ世界
「雷電刀!」
雷を帯びた手刀を黒い侵入者に浴びせた。ドサリと崩れ落ちた。
「ハアハア」
よし、あと一人だ。食堂の惨劇を見て、後悔する。震えなんか気にせずに、もっと早く僕が戦っていれば……。
「アレ兄!」
突如、食堂の入り口からシャルが現れた。
「アレ兄! エヴァが……エヴァが!」
緊迫した表情のシャル。まずいことが起きているのが痛いほどわかる表情だ。
「どうした、落ち着いて話せ! 大きく深呼吸をしろ」
シャルは素早く何度も頷いて、
「すぅーはあーすぅーはあー」
この間、敵はノーファが牽制している。
「よし、大丈夫か?」
「うん」
シャルはゴクリと唾を飲み込む。
「なにがあった?」
「エヴァが俺たちを逃がすために戦ってて!アレ兄、エヴァを助けてやってくれよぉ!」
切羽詰まった表情で懇願するシャル。よく見ると、彼は泥だらけだ。大変な思いをしてここまでやってきたんだろう。
「外の状況も酷いのか?」
「学園のあちこちに黒ずくめの奴らがいる。先生達も応戦はしてるけど……敵が多すぎて……」
奴らの狙いは何かわからないが、とんでもない状況だということは確かだ。先生は基本的にレベルブルー以上だから、敵と対等に戦えるだろうが、生徒の多くはホワイトだから、早くしないと犠牲者が増えるばかりだ。エヴァもブルーだが、数で圧倒されていたらまずい。
「……わかった、ノーファ!」
「ここは私が引き受ける」
ノーファは僕の呼びかけの意図を汲み取った。
「エヴァはどこだ? 教えてくれ」
「俺が案内する」
「だけど、外は危険なんだろ? シャルはどこかに避難を」
「嫌だ! 俺もエヴァを助けたい!」
「だけど……」
「あいつとはほんと小さい頃からの付き合いなんだ! だから……だから……頼むよ、アレ兄……俺のできることは助けを呼びにいくことくらいしかできなくて」
涙を目に溜めるシャル。それでいて、力強い目で僕を見る。
「……わかった」
本気の意志を帯びた目に、僕は説得できる術を持っていない。
「案内してくれ」
シャルは頷いた。そのときだった、背筋がゾクリとする声がしたのは。
「み~つっけた! ここにいたのねぇ~!」
この声は……ベルリッタ!
視線を窓の方に移すと、レベルブルーを二人従えたベルリッタが浮遊していた。
「さてっと、アレルちゃ~ん、ミランちゃんがいない今のうちに死んでもらうわよ~!」
「僕が狙いなのか!」
ベルリッタは恍惚な笑みを浮かべて、
「そうねぇ~、それもあるけどぉ~、一番はこの学園の生徒さんをぉ~、皆殺しにすることねぇ~。そのためにカメリアに陽動かけたんだからぁ~。ミランちゃんがいなければぁ~、楽だからねぇ~」
ミランを誘い出すためにカメリアを攻めたということか。
「そうはさせない」とノーファが言った。いつものように抑揚はないが、その言葉には強い意志を宿っている。
「あら、ノーファちゃん。ナメテもらっちゃ困るのよねぇ~!」
「お前程度では私には遠く及ばない」
「ふふ~ん、あなたぁ、調子に乗るんじゃないわよぉ~!」
「な!?」と思わず、僕は声を上げてしまった。ベルリッタの尻尾が緑色に変化したのだ。
ノーファも珍しく、眉間にシワを寄せている。それは状勢が厳しくなったことを物語っている。
くそっ! 同じレベルグリーンのノーファは、ベルリッタを抑えるのに手一杯になるだろう。ベルリッタが引き連れてきたブルーが二人で、残ってる奴と合わせて計三人。まだ、増援が来る可能性もある。
僕がここを離れれば、食堂にいる生徒たちは皆殺しにされてしまう。かといって、外も敵がいるからうかつには外に逃がすこともできない。
僕がこのレベルブルー三人を残りの魔力で瞬殺できるか!? いや、するしかない! 生徒もエヴァも救うにはそうするしか道がない。
僕が覚悟を決めて、全開に魔装をしようとした瞬間、
「炎飛槍!」
僕の背後から炎の槍が飛び出した。それはベルリッタに向かって一直線に飛んでいく。
ベルリッタはそれを手のひらで受け止めた。いや、正確には炎が手のひらに飲まれるようにかき消された。
「ちっ! マジでレベルグリーンかよ」
背後からした舌打ちとその声は聞き覚えのあるものだ。
僕は振り返るや否や、「ローマン!」と叫んだ。
彼はフンと鼻を鳴らして、ニヤリとした。
「もう大丈夫なの?」
「こんな時に寝てられるか。町全体に警報が鳴り響くわ、病室から学園に煙が上がったのが見えるわで、来てみればとんでもねぇことになってんじゃねえか」
そう言って、あたりを見回すローマン。
「おい、おまえのお守りをしているレベルレッドはどうした? 城か?」
「ミランはカメリアに援軍として派遣されていて、今はいなんだよ」
「ちっ、ここに来る途中、城の方からも爆発音が聞こえてきたから、あの女がいないんじゃ、城からの援軍も望めねえな。やべぇな……」
「アレ兄……」
不安そうな表情をするシャル。僕は一つの提案をローマンに持ちかける。
「病み上がりのとこ悪いんだけど、ここを任せてもいい……かな?」
ローマンは眉をしかめる。
「僕は初等部のコを助けに行きたいんだ」
ローマンはジロリと僕を見て、シャルに視線を移す。
「……フン! お前には借りがあるし、しゃーねーな!」
僕はその言葉にニコリと微笑んだ。
その直後、
「炎大化花」とノーファが僕らの頭上に手を向け、呟いた。
大輪の焔の花が僕らの頭上に咲き誇る。直後にドスドスドス! と僕らの周りに鋭敏な氷柱が突き刺さる。ノーファの魔法で僕らに降り注ぐはずだった氷柱は蒸発したようだ。
「ここは戦場。気を抜くと死ぬ」
無表情で言うノーファ。
「ご、ごめん」
「お、おう」
僕もローマンも苦い顔になる。
「私を無視しないでくれるかしらぁ?……ローマンさ~ん、もう回復したのねぇ~。さすがはカラダだけは丈夫な脳筋だけはあるわねぇ~」
魔法で氷柱を落とした張本人、ベルリッタが挑発する。
「なんだその気持ちわりぃ喋り方」
「あなたみたいなバカを持ち上げていたなんて、思い出しただけでヘドが出るわぁ。ここぞというときも役立たずだったしねぇ~」
「黙れ! この金魚のフン野郎が! 双炎飛槍!」
ローマンは炎で創られたニ本の槍を飛ばす。
「アレル、行く。ここは私とローマンで対応する」
ノーファはベルリッタから目を離さずに言った。
「おい、動ける奴はアレル達が出て行ったら出口になんでもいいから全員でシールドを張れ! 前方の敵だけに集中したいからな」
ローマンが生き残っている生徒に呼びかけた。
「二人とも死なないでくれよ!」
「御意」
「お前こそ、外もどこで敵が襲ってくるかわかんねぇから気をつけろよ!」
「うん! シャル! エヴァを助けにいくよ!」
僕とシャルは食堂を飛び出した。
空はどす黒い陰りを見せている。僕らが駆けている中、レベルブルーが一人襲ってきたが、時間のロスをしている場合ではないので、魔力の消費はもったいないが、得意の雷の魔法で蹴散らした。
それにしても、あちらこちらで爆発音が聞こえる。先生たちが応戦しているのだろう。
僕はシャルの走るスピードに合わせている。さっきみたいに敵が襲って来る可能性があるからだ。
「あそこや!」
まだだいぶ遠くだが、シャルが指差した先は練魔館。新しい魔法を生み出す為や魔法の練度を上げる為の修練場だ。
並走するシャルに尋ねる。
「新しい魔法でも練っていたのか?」
「……まあ、そんなとこかな……エヴァは俺に付き合ってくれてただけだけど……」
「そうか。他には生徒はいるのか?」
「俺ら以外に下級生が二人いたけど、エヴァが襲ってきた二人のレベルブルーを引きつけてくれたおかげで逃げれた」
「じゃあ、今はエヴァだけなんだな?」
「……うん、俺……俺なにもできなくて……いても足手まといになるからってエヴァに……」
「わかってる。お前が気に止むことはないよ」
そうだ、ホワイトのシャルが魔力を洗練したブルーに向かっていったところで、自殺行為に等しいのだ。エヴァの判断は正しい。
彼らを守りながら戦う方が自分の生存率を下げるだろう。色の違いはそれほどまでに魔力の差があるのだ。シャルが子供ではなく、大人でしっかり魔力が練度されていれば少しは戦えるかもしれないが。
「よく、僕を呼びにきてくれたよ」
この戦火の中、足が竦むことなく、避難せずに助けを求めに来たシャルは勇気があると思う。
「アレ兄……俺たち物心着く頃から一緒にいたんだよ……頼むから……ヒック……エヴァを助けてあげてほしい……ヒック」
「ああ、もちろんだ」
頼むからエヴァ、無事でいてくれ……シャルの為にも……。
「シャルは僕の後ろに隠れて」
僕が練魔館の扉に手を掛けると、扉が勝手に開いた。
「な!?」
相手も驚きの表情をする。
顔を見せたのは知らない男と女……黒ずくめの服装から見て、今まで襲ってきた奴らと同じクラシカルの魔導戦士だろう。
僕は魔装し、背後にいたシャルを抱えて、大きくバックステップして距離を置く。まさか……こいつらが出てきたということは……。
奴らは目を丸くし身構えた。
「おいおい、レベルイエローじゃねえか!」
「ヤバイわねぇ」
シャルがザッと前に出て、
「お、おまえら……」と呟いた。
「あら、さっき逃げていった男のコじゃないの!?」
「エヴァは……エヴァはどうした!」
シャルが叫んだ。
「エヴァ?……ああ、中で殺してやったガキのことか。なかなか手こずったぜ! 教師以外はあまりブルー以上はいないって聞いてたか……」
「雷鳴波!」
僕の手から電撃が迸る。
「ぐあっ!」
男が崩れ落ちた。奴の言葉に絶望の色を一瞬で浮かべるシャルの顔を見ていられなかった。この世界に来て、初めて憎悪というものを感じた。
「くっ! 卑怯な!」
「ここは戦場だろ。あんたたちの方が急襲してきたんだ。しかも、幼い女のコにまで手をかけるなんて」
「くっ! この!」
女が突っ込んで来て、左回し蹴りを放ってきたが魔装状態の僕には見えている。右腕でそれをなんなく弾き、瞬時にそのまま回転して右後ろ回し蹴りを放った。
女はそのまま吹き飛んで壁にブチ当たり意識をなくした。
「シャル!」
シャルはすぐさま扉の中に急いだ。僕もあとを追う。
入って目にしたのは、部屋の中央で無造作に横たわるエヴァの姿だった。シャルは彼女の元へ走り、僕は最悪の結末を目にしたくない為にゆっくりと歩み寄る。まだ、生きていることを願いながら……。
シャルはエヴァを抱き起こし揺さぶる。
「エヴァ! エヴァ!」
シャルはすがるように叫ぶ。
「なあ、頼むから目を開けてくれよぉ!」
シャルの悲痛な叫びに、僕は隣で立ちすくむことしかできない。願いは傷みに変わってしまった。胸が張り裂けんばかりの悲しみに覆われる。
「遅い! っていつものように俺を叱れよ!ほら……ほら早く……目ぇ開けろよ!」
エヴァからの返事はなく、シャルの言葉だけが虚しく館内に響きわたる。
大粒の涙をぼたぼたと落とすシャル。
これが戦争なのか!? こんなにも悲しいことが起きてしまうものなのか!?
こんな世界おかしい。弱者がいたぶられる世界なんて、これじゃあ、僕が人間界で受けていたいじめと同じじゃないか……問答無用に力で屈服させる世界……。
僕は何もできなかった悔しさから拳を握りしめることしかできない。
シャルは強くエヴァを抱きしめ、泣き震えている。
「すまない……」
僕は彼の震える肩にそっと手を置いた。
「違う……こいつを助けられなかったのは俺が弱い……ぐすっ、から……」
「そんなことは……」
僕はそのあとの言葉が続かなかった。どんな言葉をかけても慰みにすらならないから。
「エヴァ、ごめん、ごめんなあ……」
悲しさを噛みしめるようにシャルが言った。
虚空を見上げ目を閉じる、僕の頬に涙が伝ってゆく。
しばらく、僕はその場から動くことができなかった。




