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8話 遊びにでかけよう

「うぅ…」

…現実に戻ってきた…のだろう。

体には倦怠感がのしかかり、思わずベッドに横になる。時計を見れば5時のまま。

どうやら、本当にゲーム中は時間が止まっているらしい。

そうなると、拓哉らのゲームした時間はなんの時間なのだろうか…。そう考え始めると少し怖い気もしたが、仕組みについては今考えても意味がないし、分からないだろう。

現実での時間は一瞬でも、拓哉の意識はあそこで長い時間を過ごしていたことは、まぎれもない事実だ。

現実に戻ってきた拓哉が最初に感じたのは、足の痛みだった。このことから考えるに、進んでないのは時間だけであり、プレイヤーの体も同じ時間を過ごしていたようだ。

だとしたら、しゃがんでいるような体勢でゲームを始めたのは少し失敗だった。このままでは、体に負担がかかり過ぎる。これからは、ベッドで横になって始めることにしよう。

ゲームの中では、お腹に痛みは残っていたものの、ここに帰ってきてみれば、そんなものは一切無くなっていた。ゲームで感じた痛みが現実に持ち越されることもないようだ。

珍しく部屋でいろんなことを考えていると、部屋のドアがノックされる。

(誰だ…?この時間に…)

拓哉は、親父が帰ってきているのかと思い窓の外を見るが、あるのは母さんの車のみだ。

なら、扉の前にいるのは…

「渚…か?どうしたんだ?」

「うん!べんきょーでわからないところがあるから、おにいちゃんにおしえてもらおうとおもったの!」

扉越しに聞こえてくる、元気な渚の声。この声を聞いているだけで、さっきまでの疲れが取れてくるようだ。

勉強を教えるのは…明日は土曜なんだしゲームは明日でも良いだろう。渚の勉強の方が先決だ。

「分かったよ。部屋で待ってな」

「うん!ありがとね!」

渚を部屋に行かせ、拓哉もそこに向かう。

(そうだな…親父が帰ってくるまでに終わらせるか)


現在の時刻は10時過ぎ。

渚に勉強を教えた後、夕食を食べて、風呂に入って…というような、いつもの時間を過ごし、今は自分の部屋の椅子に座ってコツコツとゲームを進めている。

ちなみに、このゲームはPKLSではない。それどころか、ミユと別れた後はPKLSにログインしていない。

その理由としては、敵の数はミユが稼いでくるという安心だろう。レバル上げも、ミユと一緒の時の方が効率がいいだろうから、明日やろばいいだろう。

(それにしても…僕はこれからどうなっていくのだろう……)

突然だが、PKLSは、すごいものだと思う。

当初の目的であった、拓哉の退屈は解消されているだろうし、オマケ(?)としてミユとも知り合うことができたのだから。

でも、怖いことが無いわけでもない。

拓哉の望んだ形ではないにしろ、常に死と隣り合わせであり、現に拓哉は、明日にでも死んでしまうかもしれない。

…それはとても怖い。もっと母さんや渚と話していたい…。

でも…その想いと裏腹に戦いを楽しんでいる自分がいる…。退屈を紛らわして、戦うことをよしとするこの感情……。

これは一体なんなんだろう…。


土曜日。

今日の予定は特になく、昨日から決めていた、勉強という名の攻略を進めるつもりだ。

と思っていたのだが…、

「おにいちゃーん?おーい?」

また自分を呼ぶ声がする。

勉強のことだろうか?朝早くからとは、感心する妹だ。

「渚か…朝早くから勉強なんてえらいな」

「?、なにいってるの?おにいちゃんに、おきゃくさんだって」

「わかったよー」

なんて、素っ気なく返事をしたものの、拓哉はある事に気づいた。

(…お客さん?僕に?…宅急便か?いやでも、PKLS以来何かを頼んだ覚えは無いんだが…)

「そとでまってるから、はやくきないとだめだよー?」

渚はそう言って一階に戻っていった。土曜日の朝っぱらから何事だろう。

拓哉はすぐに着替えて玄関を出た。

家に来ていたのは、どうせ宅急便…くらいの気持ちだったのだが、そこにいる人を見て仰天する。

―そこにいたのは現実世界のミユ、高橋美結だった。

前のような制服姿ではなく、青のキャンディースリーブに白色のスカートという服装で、思わず視線を奪われるような、美しい格好だ。

今のミユには、ゲームの世界のような明るい雰囲気は無く、淑女のような落ち着いた雰囲気があった。

「あ、"拓哉くん"。おはよう」

なんて、自然に言ってきたので、思わずして、挨拶を返してしまう。

「あ、おはようございます。…じゃなくて!なんで"ミユ"が僕なんかの家に?!」

挨拶と同時に気になる所につっこむと、ミユはむすっとして、

「…それは後で説明するとして、リアルでゲームの呼び方は禁止。…分かんないかもしれないけど…常識だからね?」

と注意をされてしまう。オフ会的なことなんて一切経験のない拓哉には、初めて聞くことだった。

「す、すいません…。えと、それじゃ…先輩」

若干の恥ずかしさを滲ませそう言うと、美結は笑って、

「ふふ、先輩かぁ…。うん、よろしくね。拓哉くん」

そう言って笑う美結の姿はとても上品で、拓哉はつい見惚れてしまう。

(こんなに綺麗な人と一緒にゲームをしていたなんて、今考えるとちょっと信じられないな…)

なんて思っていると、美結から思いもよらない言葉が。

「それじゃ拓哉くん、お互い紹介も済んだことだし、茅島モールに行こっか」

「…えぇ?!」

拓哉は驚いて声を上げる。

(え?!どゆこと?!話が急すぎて分からないんですけど?!)

茅島モール。そこは、拓哉達の住む茅島市にある大型ショッピングモールだ。

だだっ広い建物の中に、服屋や食べ物屋、映画館にゲームセンターなど、ありとあらゆる施設が充実している場所だ。

若者が遊びに行ったり、家族ぐるみで出かけたりと、市内有数の人気スポットである。

(そんな場所に、美結と?!)

なにがどう間違えばそんなことが起こるのか、拓哉には理解できなかった。

「いやいや、先輩?そんなこと…いつ決めましたっけ?」

すると、美結が驚いた顔をして、

「え?!拓哉くん、明日はどうする、って聞いてきたじゃない?だから、任せてって言ったら、笑ってログアウトしたじゃない。それだから、私が決めていいんだあ…茅島モールにしようかなって…」

「いやいや、どうするっていうのは、PKLSの予定のことなんですけど…」

「え…」

…どうやら、美結は自分のかん違いを認識したようだ。まあ、話の内容を詳しく言っていなかったかもしれない自分にも責任があるが、誤解が解けてよかった。

なにより、自分なんかが先輩と出かけるなんて、恐れ多いにも程がある、そう考えたのだ。

(…さ、帰るか)

安心して家に戻ろうとしたその時、

「拓哉くんから誘ったのに…帰っちゃうの?」

美結が小さな声で拓哉に言ってくる。その声からは、道に捨てられている子犬を連想してしまう。いや、それ以前に拓哉から誘ったわけではないはずなのだが。

「だから、さっきも言ったように、誘ったわけ

じゃ…」

「拓哉くんのために、たくさん準備してきたのに…?」

…、……。なんかすごい気まずいんですが。

幸い、周りに人がいなかったから変な目で見られることも無かったが、もしそうであれば確実に拓哉が悪者になるだろう。

しばらく拓哉を見つめる美結、その視線から逃げるように目をそらす拓哉。

二人の間に気まずい雰囲気が漂う…。

だが、拓哉はすぐにこの沈黙に耐えられなくなり、白旗を上げる。

「じゃあ…分かりました。行きましょうか」

気を使って、自分のために準備してきたなんて言わせてしまった美結に罪悪感を感じ、拓哉が折れたのだ。

まあ、よくよく考えれば嫌じゃないのに断る理由もないだろう。…ただ、すごく不釣り合いな構図になってしまうが。

美結は悪戯っぽく笑って、

「うん、ありがとうね。…それじゃ、行こっか」

と言った。

なんだかすごく強引だった気もするが、そうそうこんなイベントとは巡り合わないだろうから、楽しんでおこう。

結果として拓哉は、すぐに用意と沙織への報告を済ませて、美結と茅島モールに向かったのだ。


「…着いたね」

静かな美結の声で、そこが茅島モールだと気づく。

拓哉の家から歩いて15分くらいの距離なので、歩いて行くことになったのだが…二人の間に、全くと言っていいほど会話が無かった。

当の拓哉はというと、美結が話しかけてこない以上、自分の方から話すのもなんか変だな、と思い何も話さなかった。

拓哉には、それが普通だと思っていた。むしろ、話しかけると嫌がるとさえ思っていた。

だが、その結果、最初は何かを期待していたような美結の顔は、モールに近づくにつれて不機嫌になってしまっていた。

これには、拓哉も首をかしげることになり、あまりの気まずさに下を向くことしかできなくなっていた。

むしろ、着いたね、と言ってくれなかったら、一緒にモールに入る勇気さえ出なかったかもしれない。

「…まあ、いいけど。はやく入ろ」

「はい」

気分を入れ替えたのか、少し表情が明るくなった美結に先導されながら、拓哉達はモール内に入る。

中は人で溢れていて、案の定、カップルや家族連れが多かった。

「じゃあ…どこからまわろうか?」

モール内の地図を見ながら聞いてくる美結。

「いや、ここは先輩に任せますよ」

と言って、ここは任せるようにした。

理由は単純で、拓哉はこの場所の構造を全く知らないからだ。小学生の時に何度か来た以来だから、構造や店が変わってしまっていた場合、恥をかかせるかもしれない。

「…うん、分かった。任せられたよ」

そう言った美結は、笑みを浮かべて地図を眺めて場所を決め始めた。

その姿はなんだかとても楽しそうに見える。よっぽどここに来れたことが嬉しいのだろう。

数分して、

「ふふ、よし。…じゃあ、ついてきて」

どこに行くか分からないまま、拓哉は美結に手を引かれ、モール内の人混みに消えていったのだった。


時刻は11時前。

拓哉は女性客が多い服屋の試着室の前で、ただ無心に待っていた。

先に言っておくが、別にやましいことをしているわけではない。ましてや、犯罪行為でもない。では、何をしているかといえば、

「拓哉くん、どう?これは?」

試着室にいる美結が試着した服を見せてくる。

そう、美結の服選びに付き合っているのだ。

まあ、女性とここに来る時点で、服屋に来ることは覚悟のうえだ。正直、ファッションなんて欠片も分からない拓哉だが、どう?と聞かれて、回答を間違えるほど馬鹿ではない。

「うん、かわいいと思いますよ」

「…そう?なら、ちょっと待ってて!別のも選んでくるから!」

そう言った美結は、また別のコーナーに行き服を選び始める。

ちなみにさっき言ったことは、決して建前などではなく正直な感想だ。服を変えれば、その人の印象も変わるし、新しい一面を発見したような気にさえなる。

…もとの素材が良いから何を着ても似合うというのがも、正直な感想だが。

そんな事を思っている間にも美結は、鼻歌を歌いながら服を選んでいる。その表情はとても楽しそうで、この顔を見ていられるなら、しばらくここにいてもいいのではないか、という気分にさえなってくる。

服選びは男にとっては決して楽しいものとは限らないが、女性の場合はみんなこうなのだろうか?それとも、美結が滅多にこんな場所に来れないだけなのか。

(…まあ何にせよ、先輩が楽しんでいるなら、なんでもいいか)

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