2話 PKLS
「勉強は進んでるのか?拓哉」
「…うん、まあね」
「学年トップだとしても、まだ油断はできん。これからもトップでい続けられるな?」
「そう…だね」
拓哉は曖昧な返事を繰り返していた。
拓哉自身、晃正とは話したくもなく、反抗しようと思った事も何度もある。だが、一度でも口答えすれば、どうなるかわかったもんじゃない。
こんな時、ゲームの主人公ならば、晃正を説き伏せ、自分の進みたい道を進むのだろう。
( …でも僕には、特殊な力もないし、この世の主人公なんてものでもない、ただの凡人だ…。ああ…なんて退屈な人生なんだ……)
そう思っていたら、晃正はとんでもないことを言い出しのだ。
「そうだ…間宮高校への説明会と見学の申し込み、済ませておいたから予定を空けておけ」
「……!…わかった」
拓哉は一瞬、晃正に反抗しそうになった。
間宮高校。それは、晃正が拓哉を最も行かせたがっている高校であり、拓哉の最も行きたくない高校だ。
偏差値は約70のエリート高校で、全国有数の天才が集まるところ…らしい。そのくらいレベルの高いところなのか、敷地は広大で、勉強、部活、娯楽など、ありとあらゆることを楽しめる高校なのだ。
でも、拓哉自身、こんなところには行きたくなかった。親の決めるところに行きたくないというのもあるが、この学校の下校時間が夜の8時というところが特に嫌だった。部屋でパソコンをいじる時間を何より楽しみとする拓哉にとって、この学校は好きになれなかった。
(…なによりあそこは…いや、こんな事考えても仕方ないか…アレはもう終わったことなんだから…)
拓哉は、沙織にだけ、行きたくない、と言っていたのだが、まさか晃正が手続きを進めていたとは思っていなかった。
「あと30分もすれば夜食ができる。それまでは勉強しておけよ」
そう言い残して、拓哉の部屋から出ていった。
拓哉の心に残ったのは、後味の悪いなにかだった。
「なんなんだよ…!勉強勉強って。賢い高校に行くことだけが高校生なのかよ…!」
パソコンをつけなおしてゲームを探しながら、恨み言のように拓哉は呟いた。
(そりゃあ、あいつの言うことが正しいのは分かってる。でも………あそこだけは…!)
いくら心で嘆いても変わらないものは変わらない。拓哉は再びマウスを動かし始めたのだが…、
「…?、なんだ…これ…」
そこには、今まで考えてたこと全てが吹き飛ぶほど驚くようなものがあった。
「…これこそが本当のゲーム!……PKLS?…レビュー0で、購入者は…0?!」
そう、これがその正体、PKLSだった。発売日は無記入。おそらく、全く無名のゲームだろう。なのに、これこそが本当のゲームと銘打っていることや、パッケージが無いこと。そして…
「購入を押した場合、あなたの部屋にすぐ転送されます…?…なんだこれ…」
これが、拓哉の最大の気がかりだった。
すぐに転送…とは、どういう意味なのだろう。
非常に興味をそそるソフトだが、宅配方法に指定がないため、晃正に見つかる可能性がある。
だが、拓哉は驚くと同時に、これを買いたいとも思っていた。
このゲームは間違いなく自分に刺激を与えてくれる、そんな気がしたのだ。未だ誰もプレイしたことのないこのゲームをクリアすれば、自分は変われる気がする。そんな気さえ起こった。
「よし…このゲーム…最初にクリアしてやる!」
つい勢いで購入ボタンを押した、いや、押してしまったという方が正しいのだろうか。
その刹那、部屋の中央が光だした。そう、文字通りに。次第にその光は無数の粒子となり、直方体を形作っていく。まさか、この形が…
「……PK…LS?」
パソコンで見たとうりの見た目のPKLSだった。
すぐに転送、というものが拓哉の想像を遥かに上回っていたことにも驚きいていた。
非科学的すぎる、非現実的だ、今時のアニメでもこんな演出はそうそう無いだろう。
だが、拓哉はPKLSが間違いなく、この退屈な生活に終止符を打ってくれることを直感したのだ。
朝7時。
拓哉はいつも通りの時間に目覚めた。
結局あの後、PKLSは隠しておいて、夜食を食べてから風呂に入って寝ただけだった。
もちろん、昨日の間にPKLSをやっておこうとも思ったのだが、中途半端に終わってしまうのも嫌なので、時間もある今日にやろう、という結論に至ったのだ。
ようやく眠りから覚めた体を起こして、一階に降りていく。
そこには、拓哉より先に目覚めていた妹と沙織がいた。
「おはよう」
「あ!おにいちゃん!おはよー!」
「ふふ、おはよう。渚ったら元気がいいのね」
朝の挨拶を交わして、拓哉と渚はテレビでニュースを見る。その間に沙織が朝食の準備をするのだ。
『では、次のニュースです。昨日もまた、変死体が発見されました』
(…また…なのか)
そう思ったのは、拓哉がこのニュースを1カ月以上も前から聞いているからだ。隣にいる渚も、少し顔をしかめていた。
このニュースの驚くべきところは、何度も聞くニュースの割に、内容は凄惨なものであるということだ。
なんの関係もないであろう人が、突然血を吹き出して死亡する、などの変死事件。ほかにも、首が突然もげたり、お腹に穴が空いたりなど、様々である。
そして、この事件は凶器であろうものが一切わかっていないのだ。
どこかを殴られたわけでもなければ、自殺したわけでもない。
そして、現場には犯人の痕跡ひとつ残っていないという、なんとも不思議な話だった。
「おにいちゃん、渚たちはだいじょーぶなのかな?」
渚がいつになく不安な声できいてきた。
確かに、こんな頻繁に事件が起こっていれば、いつかこの事件に関係するかもしれない。それこそ、拓哉だって今日にでも死ぬかもしれない。渚がそんなふうに考えてしまっても仕方ないかもしれない。
でもだからといって、渚にはそんな事を言うわけにはいかないだろう。
「当たり前だろ?この家は母さんと、と…うん、そのなんだ、見えない力に守られてるから、僕も渚も母さんもみんなみーんな安全なんだ」
そう言って渚の頭を撫でてやると、いつも通りに笑ってくれた。なんとも、微笑ましい限りだ。
この笑顔を失くさないためにも、事件の終息を密かに願い、拓哉は朝食を食べた。