後編
★注意事項★
森羅理苑が初めて考えついた作品です。
個人的に思い入れはとても強い作品です。
森羅のスキルアップの為に、皆様からのご意見ご感想を賜りたく、公開する事にいたしました。
面白い作品をお探しの方は、お引き取り下さい。本当に酷いです。
ミステリが好きで、一風変わった作品を読んでみたい、ミステリ分析や研究が好きな方、能力も才能も無い森羅にアドバイスしてやっても良い、と思っていただけた方に、是非ご覧いただきたいです。
この作品のどこが駄目なのか、どうかご教示下さい。
事件発生・四 第四の事件
こうした状況で、再び事件は発生する事となる。四人目の被害者に就いて述べていく事にしよう。もうご承知の事とは思うが、この節に於いて記述される内容は、これまで通り、すべて絶対的な事実であり、彼等の世界で現実に起るのである。
さて、今度の被害者は、娘である。
彼女は、その後も自室でずっと泣き続けていた。机に向い、臥せったまま一度も顔を上げる事はなかった。そうして机に突っ伏した状態で、その生涯に幕を閉じた。
むろん娘の部屋は、扉も窓も完全に施錠されたままであり、外部からの侵入も外部への脱出も不可能なのである。それに加えて、他の登場人物達は、友人を除いて皆自分の部屋へと閉じ籠っていたのである。リビングに居た友人も、そこから出る事は無かったので、状況は同じであると云えるだろう。
こうした状況で、娘は死んだのである。
もちろん、直接手を下す以外にも人を殺害する事はできるのだという事だけは、絶対に忘れてはならない。
これが、娘が死に至った過程となる。貴方は、犯人の行動などに就いては頭を働かせる必要はない。それが誰に依って為されたものであるのか、その事だけを常に念頭に置いて、先へ進んでいただきたい。
次の節でもまた、犯人に依る虚偽記述が含まれ得る。述べられている情報の吟味には、慎重に慎重を重ね、充分に注意を払ってほしい。
事件世界の様子・四
一
目許を腕で覆うようにしながら、息子は仰向けに寝転っていた。涙はすでに収まっており、大分気持ちも落ち着いてきていた。
(……喉が渇いた)
息子は、ふとそう考える。
(こんなに泣いたのは初めてだったかも知れない。涙を流すと、喉が渇くものなのかな)
躰を起き上がらせると、息子は扉の方へと眼を向ける。しっかりと掛け金が下ろされており、自分の安全を守ってくれるその扉に、彼は頼もしさすら感じられた。
(水を飲むなら、あの扉を開けなくてはいけない。そして、不審者が徘徊しているかも知れない廊下へと足を踏み出して、犯人が隠れ潜んでいるかも判らないリビングへと下りていかなければならない)
そうしてしばらく逡巡した後に、息子は溜め息を吐いて立ち上がった。
(……もう、どうでも良いか。殺すと云うのなら殺せば良い。こんな事になってしまって、今更僕は生きていく気力も無い。自殺する気力すら無いが、死んでしまうのであればそれでも良い)
ベッドから立ち上がると、息子は覚束ない足取りで扉の前まで歩いていく。そして、頼みの綱である掛け金を外して、扉を自分の手で開いた。そうして人気の無い廊下へと足を踏み出すと、大した警戒心も見せないままに、独り、歩を進めていくのであった。
ゆっくりと階段を下りていくと、彼はリビングに先客が居た事に気が付いた。もちろん、そこに居たのは友人である。
その事に息子は少し驚いたようだったが、呆れたように息を吐きだして云った。
「まさか、ずっとリビングに居たのですか? もしかしたら何者かが潜んでいるかも知れないというのに」
力無くそう訊ねる息子に、友人は肩を竦めてみせた。ソファに腰を下ろしていた友人はすっかり憔悴しきった表情を浮かべていたが、息子の無事な姿を認めると、虚ろな笑顔を浮かべて応えるのだった。
「自分でも呆れた事にね。何だか頭が錆び付いてしまったような気がするよ。実を云うと、つい今しがた、自分がぼんやりしていた事に気が付いたんだ」
そう云いながら軽く自嘲すると、友人は辺りを見回してから述べた。
「大丈夫、不審者なんて居ないようだよ。無防備な姿を堂堂と晒していた僕は、こうして生きているのだからね」
友人は、手に持っていたグラスの水を煽って一息吐くと、そのグラスを見詰めながら云った。
「君の方こそ、どうしてここへ? 水でも飲みにきたのかい?」
「ええ、そうです。殺される恐怖よりも、喉の渇きの方が勝ったもので」
息子は消え入りそうな笑顔を浮かべてそう応えると、友人の居る場所へ歩いていった。すると友人は、ローテーブルの上の水差しを息子の方へと移動させる。もしかしたらそれは、容疑者の一人である息子から距離を取るために本能的にした行動であるのかも知れない。
しかし息子は、一向に意に介さないようだった。彼は台所へと足を向け、グラスを一つ手に取った。そうして、ローテーブルを挟んで友人と対峙する位置のソファへ腰を下すのだった。
息子は水差しを手に取って、その中身をグラスへ注いだ。しかし、いざそれを口にしようとしたところで手が止まる。彼は淋し気な目で、その水を見詰めていた。
その様子を見て、友人が苦笑する。
「君も疑り深いな。もっともこの場合は、その態度こそが正しいのだろうけれどね。
確かに、僕が今飲み干した水が、その水差しに入っていたものだという根拠はどこにも無い。もしかしたらその中身は、誰かが水を飲みにくる事を予測して、僕が毒薬でも入れておいたものかも知れないね」
その言葉を受けて、息子は頭を緩く振ると、一気にグラスを呷るのだった。
「今となっては、どうでも良い事ですよ。それに僕は、元元推理には向かないんだ」
そうして、一呼吸ほどの間が空いた。息子の躰には異変は無い。息子は、さして安心したような素振りも見せなかった。
友人は、息子の顔を見据えながら口を開く。
「推理は苦手だなんて云っているけれど、これまでにも中中堂に入った考え方をしていたではないか。とても頼もしかったよ」
「父さんだったら、もっと頼りになりましたよ。もしかしたらこんな事件、立ちどころに解決してしまったかも知れない」
あり得る事のない可能性を口にし、息子は弱弱しく肩を竦めてみせた。主人はもう、死んでしまっている。
友人は手振りで、水差しを求めた。息子は、無言で水差しを友人の側へと置く。
その中身を手に持っていたグラスに注ぎ、友人は一気に飲み干した。そして、空になったグラスを音が立つように机に置いて、友人は息子に向かって云うのだった。
「次の被害者になってしまう事が怖くなければ、ちょっとお喋りでもしないかい」
息子は意外そうな表情をしたが、やがて口許に笑みを浮かべてみせると友人の続く言葉を待ち受けるようにして坐り直した。
友人は満足そうに頷いて述べる。
「うん、いい度胸だ。真相を求めるならば、時には大胆でないとね」
まだ事件の解決を諦めていない友人に苦笑するようにしながら、同時に自分を嘲笑うかのようにして息子は云った。
「命知らずな事ですね、お互い」
その言葉に頷いて、友人は冗談めかすようにして応える。
「自殺するつもりはないけれど、殺されるというのなら、もはやそれでもいいかな、なんて思ってしまってね。それなら最期の瞬間まで、好きな事をしようかなと」
息子も小さく頷いた。
「同じように僕も考えたのですよ。放っておいたところで事件が終わるようにも思えないし、どうせ死ぬなら何をしたって同じ事だ」
「それで、喉が渇いたから水を飲みに来た訳か。眼が少し腫れているようだね」
友人の言葉に、息子は決まりが悪そうにして述べた。
「これまでむりやりに気丈ぶっていましたけれどね。どうあっても僕は、父のように論理に徹する事はできないらしい」
すると、それまで飄飄としてみせていた友人が、初めて悲しそうな眼で虚空を眺めたのだった。
「……アイツは、家族が死んでしまったなら、絶対に涙を流したと思うよ」
息子は目を伏せ、呟くようにして応える。
「もちろん、解ってますよ。普段、論理だ理屈だ騒いでいる割に、やたら義理人情に厚い人だったから」
主人の実の息子である彼の言葉に、友人は顔を顰めるのだった。
「申し訳無い。出過ぎた事を云ったね」
「とんでもない。父の事をこれほどよく理解している方がいて下さって、息子としては嬉しい限りですよ」
そう云うと、息子は少し身を乗り出した。そして、今は亡き主人の話題を嫌うかのようにして口を開くのだった。
「そんな訳で論理には弱い僕ですが、貴方ならば何か思い付いた事があるのではないですか。話を理解するくらいならできますから、お伺いしますよ」
しかし友人は、まるで首が折れてしまったかのように俯けると、弱弱しい口調で云った。
「残念ながら、お手上げだね。実を云うと、愚痴でも聞いてもらえないかなと思って誘ったんだ」
そうして溜め息を吐き出す友人に、息子は独り言のようにして呟いた。
「僕には、つい先程の事件は全く不可解でしたよ。何しろ、容疑者である僕らは皆リビングに集合していたというのに、ほんの僅かな時間席を外しただけで、家政婦さんはあんな事に……」
その言葉に、友人も力無く云う。
「そうだね。一体どう考えたら良いのだろう」
そうして二人は、顔を俯けて悩み込んでしまう。事件の不可解さに、彼等は頭を随分と痛めていた。
友人は溜め息混じりに云う。
「実は、気掛りな事があるんだ」
「気掛りな事ですか?」
息子が鸚鵡返しに訊ねると、友人は真直ぐに息子の顔を見据えて述べた。
「君も気が付いたのではないかな。どうも、僕が一番怪しいと言及した人物が次の被害者になっているようなんだ」
そこで、息子は口許に手を当てて考え込む。そして少しの間の後に怪訝そうな顔で友人の方へ顔を向けた。
「確かにそうですね。父さんの事件では母さんが疑われ、その母さんの時には家政婦さんが、そして今回、家政婦さんが被害者となった……」
この事実に、息子は身震いするのだった。
むろんこの現象は、偶然の出来事などでは決してない。犯人は、自分の計画した通りに事を進め、次次に不可能状況を演出している。この世界の彼等を利用して、楽しんでいるのだ。
到達できぬ犯人に対して、友人は舌打ちをするのだった。
そうして二人は口を噤んだ。次の被害者を予測する事ができるようになったところで、犯人の指摘にはまだ繋がらない。
それに、友人の述べる最有力容疑者が被害者となるのだろうというこの考えが、そもそも本当に正しい事であるのかどうかを彼等には判断できないのだ。
結局この謎に就いても結論は得られそうになく、彼等は溜め息を吐き出す事しかできないのであった。
しかしそうしていても、状況は何も変わらない。閉じ籠る場所がリビングだというだけで、事態は依然好転せず、このままでは犯人に殺されるのを待つだけだ。
そこで息子は、じっとしてはいられないとばかりに提案する。
「もう一度、家政婦さんの部屋へ行ってみませんか。もしかしたら、何か見落とした事があるかも知れない」
しかし、友人は首を振るのだった。
「君も見ただろう。あの部屋は……いや、他の部屋も同様だが、何も手掛りは無い。まるで綺麗に整ったままなんだ」
「それでも、万が一という事もあるでしょう。あの時は混乱もしていたし、二人掛りならばあるいは何かに気が付くかも知れませんよ」
この提案に、友人はあまり期待してはいなかった。実際に事件現場を検証した友人には、あの部屋からはどうしても、事件解決の糸口となるもの的証拠などは見付からないように思えているのだった。そして、その考えは全くもって正しいのである。どれだけあの部屋を調べたところで、事件解決には絶対に至らないだろう。
友人は腰を上げようとはしなかったが、息子を真直ぐに見詰めながら口を開いた。
「現場の捜査はあれで充分だ。そしてここには、推理に慣れ親しんだ二人が揃っているのだから、眼ではなくて頭を動かす事にしようじゃないか」
表情には疲労の色が浮かんでいたが、鋭く輝く友人の瞳に、息子は力強く頷いてみせた。
「判りました。家政婦さん殺害事件の考察を、僕達二人で始めることにしましょう」
二
するとそこへ、もう一人の命知らずがやって来たのであった。二人は吃驚して、入り口の方へと眼を向ける。
そこに立っているのは、執事であった。彼もリビングに二人が居る様子を見て、その顔に驚愕の色を浮かべるのだった。
友人は気を取り直したようにして云う。
「やあ、執事さん。貴方も喉が渇いたのですか」
場違いなほどに剽軽なその言葉を受けて、執事は呆れたようにして小さく微笑んだ。
「そのような理由でわざわざ部屋を出たのですか。お二人共、随分とご勇敢でいらっしゃる」
「これ以上どうなってしまおうともう知った事ではない、などと思ったものですから」
息子が戯けたようにしてそう云うと、執事も俯いて同意するのだった。
「お気持ちは、痛いほど判ります。実を申しますと、私もそのように考えました次第でございます」
そう云って落胆する執事の姿を見て、友人は不思議そうな顔をしながら云う。
「そうかと云って、お互い自殺なんかするつもりは毛頭ない様で、ある種安心ではありますがね。しかし水を飲みに来たのでなければ、執事さんはどうしてこちらへ?」
すると執事は、二人の許へと歩み寄って溜め息混じりに述べた。
「まずは、お二人に謝罪を申し上げます。この家を預からせていただいている身でありながら、このような不祥事に充分な対応をする事ができず、大変申し訳ございません。私は使用人失格であり、もはや皆様にお仕えする資格が無いものであると自覚しております」
すっかり悄気た様子でそう云う執事の姿に、友人と息子は顔を見合わせるのだった。執事の云う事を、彼等は俄には理解できないのであった。
しかし、そうした二人の様子に気が付かないのか、執事は粛粛と言葉を続けていく。
「本来であれば、私はすぐにでも荷物を纏めてこの家を出ていくのが筋であると存じます。ですが、不意の嵐に因ってこの家から出ていく事も叶わなくなってしまいましたものでございますため、まだこの邸内にこの身を置かせていただいている事をなにとぞご容赦下さいませ」
そこで息子は、執事の懺悔の言葉を押し留めるようにして口を挟んだ。
「ちょっと執事さん、落ち着いて下さい。誰も貴方が使用人失格だとか、この家に居てはいけないなどと考えてはおりませんよ」
息子の言葉に続けて、友人も口を開く。
「それに、今回の事件は貴方のせいではないのですから、そんなに自分を責める事は無いではありませんか。それは、貴方がこれまでの事件の犯人なのであれば話は別でしょうが、そうではないのでしょう?」
「むろん、左様にございます。忠誠をお誓いしました旦那様とそのご家族に、あのような真似を致す筈などございません」
執事は沈痛の面持ちでそう応えた。それを受けて、息子は宥めるような口調で云う。
「それなら、何も問題は無いですよ。貴方は立派な使用人ですし、僕達は非常に感謝しているのです。むしろ、この上貴方までもがいなくなってしまっては、この家はいよいよお終いだ」
二人がそのように述べる事は、執事にとっては予想外の事であった。その望外の喜びに、執事は涙腺を緩ませながら云った。
「身に余るお言葉、真に光栄でございます。それでは僭越ながら、この先もご厄介になります。かと申しましても、無償でそのようにさせていただこうなどと虫の良い事は、もちろん考えてございません。
私は皆様からの信頼を裏切るような真似をしてしまい、使用人としてはもう死んでしまっているも同然でございます。従いまして、この躰の最期の瞬間まで、命を懸けて皆様にご奉仕致そうと考えたのです。
そこで、なぜ私がここへ足を運んだのかという質問への返答になりますが、事件解決への手始めに邸内の見回りをしようと思い立ちまして、自室から出て参りました次第でございます」
その説明を受けて、息子は感謝するようにして述べた。
「そうだったのですか。執事さんの勇気ある行動、お心遣い、痛み入るばかりですよ」
執事は息子に向って、深深と頭を下げて云う。
「勿体無いお言葉でございます。そして、お二人がご無事のご様子でまずは安心致しました」
そこで友人は、思い付いたようにして呟いた。
「これから先どうなるかは、まだ判りませんけれどね。しかし、結局こうしてリビングに集まってしまいましたね。そう云えば、娘さんは大丈夫だろうか」
友人のこの言葉に、執事は急に不安を覚えたのだった。
「ご様子を窺って参りましょう。……もうお嬢様は、私に心を開いては下さらないでしょうが、声をお掛けすればお返事くらいはいただけましょう」
先程の娘の剣幕を思い出し、執事は苦い顔を浮かべながらそう云う。息子は頷いて、執事に向って告げた。
「そうですね、お願いできますか。もちろん、無事であるようなら無理に連れてくる必要はありません。部屋に閉じ籠っている方が、確かに安全なのですから」
そうして、執事は了解の返事をすると、二階へと上がっていった。その様子を見届けながら、息子は再度友人に云った。
「またしても妙な事になってきましたね。安全な自室を抜けだして、わざわざ危険なリビングに皆が集合するだなんて」
「そうだね。命知らずにも程がある。事件の奇怪さに当てられたのかも知れないな。もしかしたら、僕達のこの行動さえも犯人の計画通りであるかも判らない」
そこで息子は、先程の話を蒸し返した。
「少し考えていたのですけれど、やはり一度、家政婦さんの部屋へ行きませんか?」
友人は首を傾げながら訊ねる。
「もう観るべきものは、本当に無いと思うよ」
「いや、僕は記憶力があまりよくないのです。現場を実際に観ながらの方が、考えが進むのではないか、と思うのです。ここに居坐っていても状況は変わらないのだし、そんなに大した労力でもないでしょう」
息子が頑なにそう主張するので、友人は肩を竦めて腰を上げるのだった。
「解った解った。それでは、もう一度行ってみることにしよう」
そして、二人は連れ立ってリビングを出た。因みに、これと同じ頃、執事はようやく階段を上がり終えたところであった。彼は真直ぐに娘の部屋を目指し、足を進めていく。彼はまだ、娘がすでに死んでしまっている事を知らない。
さて、友人と息子の行動へと視点を戻そう。家政婦の部屋へと向かう道中、息子は友人に向って云った。
「やはり、外部の者が邸内へ侵入しているのでしょうか」
友人は首を振って応える。
「判らない。これまでに、一度も姿を見せないどころか、気配すら感じさせる事が無かったんだ。僕には、この家には僕達しかいないとしか思えない。
だが、家政婦さんが殺害されたのは、その僕達全員がリビングに集まっている間の犯行だった。だから論理的に考えるならば、その可能性は否定できなさそうに思える。
もっとも、直接手を下さずに人を殺す方法なんて幾らでもあるだろうから、推理を混乱させるための内部犯の策略かも知れないのだけれど」
そのように述べると友人は、ここまで事件が進んでも、いまだに何も判らない、と云って口を閉ざした。息子は、自分も同じように考えていた、とばかりに溜め息を吐くのだった。
そうして話している内に、二人は家政婦の部屋の前へと到着した。
「さあ、着いた。何か、見落とした手掛りが発見できれば良いんだがね」
友人はそう云って、家政婦の部屋の扉に手を伸ばす。
するとそこへ、執事の声が聞こえてきたのだった。それと同時に、奇妙な物音もしている。
その事に気が付くと、息子は友人の手を引いて云った。
「待って下さい。何か、聞こえませんか?」
息子がそう云うまでもなく、友人も物音に気が付いていた。友人は呆然とした様子で述べる。
「あれは、少し前にも聞いた音だ。扉を打ち破ろうとして体当たりをする……」
息子は目を見開いて云った。
「まさか、二階で何か?」
「行こう!」
そう叫ぶが早いか、友人は来た廊下を一気に駆け戻った。息子も遅れず、それに続く。体当たりの音と執事の呼ぶ声は、いまだに繰り返されている。
二人はリビングに飛び込み、そのままの勢いで階段を上がっていく。そして彼等が二階へ辿り着くと、執事が娘の部屋の扉に向かって体当たりをしているのだった。
「執事さん!」
友人が呼び掛けると、執事は躰を休める事なく叫んだ。
「呼び掛けてもお返事がございません! 恐らく、またしても!」
そして二人も協力し、三人掛りで扉に躰を打ち付ける。幾度かの突進の後に扉を打ち破ると、三人は娘の部屋へと雪崩れるようにして倒れ込んだ。友人はすぐに体勢を立て直して、体を持ち上げる。
すると部屋の中には、机に突っ伏したままの娘の姿が認められるのだった。
「二人共、これ以上入らないように! 廊下へ出て!」
室内の状況を受けて友人は、扉の上に倒れ込んでいる二人に向かって叫んだ。ここへ至っても、彼はまだ事件の解決を諦めていないのだ。息子と執事は逆らう事なく廊下へと出ていく。そして、苦渋に満ちた表情を浮かべながら、祈るようにして友人の一挙手一投足を見守った。
こうして、第四の事件はようやく発覚する事となった。友人は歯軋りをするように顔を顰めると、第四の事件の捜査を開始するのであった。
三
最初に友人は、表情を引き締めて遺体の検屍へと当たるのであった。
彼は一瞬、娘はもしかしたら泣き疲れて眠り込んでいるだけなのではないか、とも考えた。しかしそれが間違いである事は、すぐに判ったのであった。貴方もご存知の通り、彼女は確実に絶命している。
さて、娘の死の理由は、殴殺された事に拠っているのであった。彼女は後頭部を一殴りされており、それが致命傷となって絶命したのだ。そしてまた、彼女の遺体も綺麗なもので、その躰には不審な箇所は一切無い。これまでの被害者達と同様、傍目から見れば確かに眠っているようにも思えるほどなのであった。
娘の躰は、とくに華奢なものである訳ではなかった。か弱い女性であるとはいえ、拳で殴ったくらいでは命を落とす訳はない。彼女を殴殺するには、多少の力では不可能であるだろう。むろんいずれにせよ、鈍器などを用いる必要はあったと云える。
ここで思い出していただきたいが、この世界の登場人物達の中で、一番屈強な者は誰であっただろうか。これまでにも何度か述べてきた事であるが、庭仕事などを任されている執事は、図体が大きく、筋肉も充分に付いているのである。
それに比べて友人や息子は、自分でも腕力には自信を持てずにいる程度には貧弱なのであった。もちろん、決して非力な訳ではないし、鈍器を用いれば人を殴り殺す事もできるだろう。しかしそれでも、もしも一殴りで人を絶命させられるとしたら、執事ほどそれらしい人物は他にいない。
さて、娘の検屍を終えると、友人はこれまでにもそうしてきたようにして娘に黙祷を捧げた。
友人と娘は、あまり面識は無かった。娘はよく外を出歩いていたし、友人は主人や息子と推理小説談義に花を咲かせる事が多かったからである。友人がこの家を訪れた際に、軽い挨拶や世間話を少し交わす程度にしか交流は無かったのである。
しかしそれでも、友人の心は痛むのだった。何しろ娘は、よく見知った顔であり、加えて大切な親友の子供なのだ。
黙祷を終えると、友人は室内を大雑把に見渡した。しかし、その態度は今までのものとは異なっているのだった。まるで、どうせこの部屋にも手掛りは無いのであろうと云わんばかりの、投げ遣りな様子であった。そしてその考えは正しいものであり、この部屋にもやはり、手掛りは一切存在していないのである。
それでも念のためと、彼は部屋の死角となっている箇所を杜撰に捜査した。もちろん不審者は隠れておらず、兇器も手掛りとなるものも見付ける事ができなかった。
友人は舌打ちをして廊下へと出る。そして室内を振り返ると、今度は極めて殊勝な態度で、もう一度娘に黙祷を捧げ、静かに扉を閉めた。
四
そうして彼は、溜め息を零す。その後、息子と執事の二人の方へ振り返ると、友人は力無く述べた。
「またしても事件が起きました。犯人はどちらなのですか」
その直接的な言葉に、二人は面食らったようだった。息子は慌てて口を開く。
「ちょっと待ってください。その発言は唐突ではありませんか。それに失礼ですが、貴方が犯人でないとも、まだ云い切れないでしょう」
それに続いて、執事も述べた。
「私達の中に犯人がいるのかも知れませんが、明確にそうであると判るまでは、我我は啀み合うべきではございませんでしょう。こんな奇妙な事件がまた起ったからこそ、貴方の明晰な頭脳が我我には必要なのでございますから、どうかお心を落ち着けて下さい」
そうした二人の言葉を受けて、友人は大きく深呼吸をした。そして、頭を下げて云う。
「二人共、申し訳無い。事件の不可解さに苛立ってしまいました。こういう時こそ冷静になるのが一番だと判っているのに、つい取り乱しました」
執事と息子は胸を撫で下ろし、ほっと息を吐いた。
「それでは、まあ云うまでもないかも知れませんが、いちおう現場を検証した結果を報告しましょう。ご覧の通り、手掛り無しです。不審者もまるで当然の事のように隠れていません」
それに加えて、この事件現場は、友人と息子、そして執事の三人が体当りする事で、つい先程密室状態が解かれた事もお忘れなきように。
犯人がいかにして娘に手を掛けたのかということは考えてもらう必要はもちろん無いのだが、犯行方法に見当がつく事があったなら、それは大きな収穫と云える筈だ。むろん、再三再四お伝えするが、犯行方法などに目をくれなくとも、犯人は特定できる。
さて、こうした不可解な状況に、常に冷静であろうとする友人の精神も、すっかり参ってしまっているのであった。彼は、頭痛がするというようにして額に拳を遣りながら、呟くようにして云った。
「何も判らない。僕が断言できるのは、自分が犯人ではないという事だけだ」
息子も力無く項垂れて応じる。
「それは、僕も同じです」
執事も同じくして述べた。
「私も同様です。私は犯人ではございません」
そうして彼等は、三人共自分の無実を主張した。
もしもこの中の誰かが嘘を吐いていれば、その者は直ちに犯人であると云える。しかし、それは現時点ではまだ難しいであろう。
そして、発狂するかのようにして友人は頭を掻き毟り、捲し立てるようにして述べた。
「一体何がどうなっているというのだ。今度の場合には、容疑者の全員が部屋に閉じ籠っていたんだ。それに、娘さんはしっかりと扉に鍵を掛けていたようであるし、窓にも鍵が掛っている。この事件現場は完全に密室状態にあったのだ。普通なら、誰も出入りできる筈がないじゃないか。それでは、何某かの道具でも使って遠隔殺人を行ったのか。それならばなぜ、この部屋の中にはそうした妙な装置が欠片も見付からない。あるいは毒殺でもしたのだろうか、それとも持病が発症したか。だとしたらなぜ、こんなにも彼女の遺体は綺麗なままなんだ。まるで泣き疲れて、眠っていたら二度と起きる気が失くなってしまったかの様ではないか。どうやったらこんな状況が成立するというのだ。常識的に考えてあり得ない。こんな事は現実には絶対にあり得る訳がない。正しく、夢でも見ているかのようだ。それも、飛び切りの悪夢だ。それならそれで、もう構わない。これが夢だというのならば、今すぐにでも醒めてくれ。殺人事件など、推理小説の中だけで充分だ。誰が、現実にこんな事件を望んだ。それも、現実に起り得る訳がない、こんな事件をだ。あり得ない。僕には理解ができない」
そうした友人の剣幕につられての事か、友人と同様に日頃から冷静沈着な態度を崩す事の無かった執事も、頭を抱えるようにして喚くのであった。忠誠を誓った主人が死に、その夫人が絶命し、良き友であった家政婦を失い、そして、信頼を回復する事もできないままに娘をも失った。彼の心はもはや崩壊してしまっているのだった。
「もう嫌だ、訳が判らない。どうせ皆、殺されてしまうのだ。それも、何がどうなっているのか判断も付かないような状況に於いてだ。私もこのまま死んでいくのだ。それならば私は、最期の際まで、旦那様のお傍にお仕えするのだ。私は、この一生を旦那様に捧げると誓ったのだから。私のいるべき場所は、こんな現実離れした世界ではない、旦那様のお傍だけが私の居場所なのだ」
そして、執事は主人の部屋へと足を引き摺っていくのだった。
そうした二人のあまりの豹変に、息子は咄嗟の反応ができずにいた。しばらくの後にようやく我に返ると、なおも独り言を呟いている友人に向かって声を掛ける。
「ご友人殿、お願いだから落ち着いて下さい。貴方が取り乱してしまっては、もうお終いだ。このまま大人しく死を待つなんて、余りにも莫迦莫迦しい事でしょう。
いや、僕は自分が殺される分にはもう構わないが、これ以上見知った顔が殺される事なんて望んではいない。今や僕の肉親は皆居なくなってしまったんだ。この上、貴方や執事さんまでもが殺されてしまうなんて、僕にはとても耐えられない。
もはやこうなってしまっては、腸が煮えくり返って仕方がないのです。何としても僕は犯人を見付け出したい。そしてそのためには、貴方の力が必要なんです。貴方の親友であった父さんの敵を討つために、どうか協力して下さい」
必死にそう云う息子の態度に、それまで無意識に言葉を発していた友人は徐徐に我を取り戻していくのだった。そうして意識を取り戻すと、顔を顰めながら息子の顔を真直ぐに見据え、普段通りの口調で述べた。
「そうだね。すまなかった。何としてもこの事件を解決しよう」
しかし、それは虚しい決意なのであった。彼等には、この事件の真相を知る事はできないのである。そんな彼等を不憫に思うのであれば、ぜひとも論理的な推理に拠って、犯人に到達していただきたいと願う。読者である貴方になら、犯人を指摘する事ができる筈だ。
事件発生・五 第五の事件
突然だが、ここで第五の事件の発生をお伝えしよう。この節の内容はすべて、疑う必要も無く事実であり、彼等の世界で確かに現実のものとなる。
今回の被害者は、執事である。
前の節の通り、執事は友人と息子を二階の廊下に残して主人の部屋の中へと立ち入った。その後、友人と息子の二人は廊下で先述の遣り取りをしているのだが、それと同じ頃、執事は主人の遺体の傍にしゃがみ込み、まるで指示を待つかのようにして控えているのであった。
この状態で、執事はその生涯を終えた。
こうして彼は被害者となってしまったのだ。廊下に居る二人は、まだその事に気が付いていない。
すでにご承知の事とは思うが、念のために述べておこう。
今回の事件現場は主人の部屋である。ここは、主人の死亡後に幾度か執事が立ち入りはしたものの、状況が変わるような事は無かった。窓はずっと閉められたままであり、もちろん今後も、開けられる事は絶対にない。そして、第一の事件で破壊された扉も修理される事は無いままに壁に立て掛けられている。
唯一の変更点は、それまで一つしか存在していなかった遺体が、今や二つとなってしまったのだ、という事だけである。
状況はご理解いただけたであろうか。それでは、場所をリビングに移した友人と息子の推理を見ていく事にしよう。次の節からはやはり、犯人に依る虚偽の記述が含まれ得るのであり、最後まで気を抜く事無く情報を収集していってほしい。
事件世界の様子・五
一
友人は大きく息を吸い込んで一気に吐き出すと、気落ちしたような表情で息子に云った。
「取り乱してしまって申し訳無い、もう大丈夫だ。とにかく、ここに居ても落ち着かない。もう一度リビングへ下りることにしよう」
正気に戻った様子の友人を見て、息子は安堵の溜め息を吐き出した。そして、今度は主人の部屋の方へ、心配そうな顔を向ける。
「それは良いのですが、執事さんをこのまま置いていくのも気が引けませんか?」
友人も同じようにして主人の部屋を見据え、唸りながら応えた。
「確かに不安ではあるのだが……しかしまあ、彼なら大丈夫だろう。人の事は云えないけれど、随分錯乱していたようだしね。しばらくはそっとしておいた方が良い」
しかし、息子はその言葉には納得し兼ねるようであった。
「父さんの部屋では、密室状態であるにも拘らず事件が起きたのですよ。そんな場所に独りきりで居るなんて、不用心ではないでしょうか」
すると友人は、重い足取りで階段の方へと向いながら云った。
「突き放した云い方をするなら、彼は死を覚悟して部屋から出てきたのだろう。何が起ろうと、きっと巧く立ち回る筈さ。それに彼の体躯ならば、むろん過信はできないけれど、おいそれとやられたりもしないと思うよ」
そうして歩いていく友人の背中に、息子は声を掛ける。
「それなら、せめて一声掛けてきますよ。僕達はリビングに居るから、何かあったらすぐに呼んでくれって」
友人は、足を止めて振り返ると、判ったとばかりに頷いてみせた。それを受けて、息子は主人の部屋へと駆け出した。
そして室内へ顔を覗かせながら、息子は口を開く。
「執事さん、僕達は――」
しかし、息子の口からその先の言葉は出てこなかった。彼はすっかり絶句してしまい、その場に立ち竦んでしまう。何しろ室内には、主人の遺体の傍に倒れ伏している執事の姿があったのだから。
つい直前まで、確かに生きていて言葉を交しもしたばかりの執事が、自分達が居た場所のすぐ傍の部屋で、すでに殺害されているのだ。息子はすっかり混乱してしまい、絶叫を上げるのだった。
「何だ、どうしたんだ!」
そう云って、友人はすぐに駆け付ける。そして彼も、同様にして驚愕の声を上げた。
「今、彼は生きていたではないか。どうして悲鳴を上げる事も無く、不審な物音も立てずに絶命してしまうんだ。廊下には誰も来なかったのに、犯人はどこへ消えたんだ」
そして友人は、再度頭を掻き毟り出した。息子は両手で頭を抱えてしゃがみ込み、苛立ちの言葉を吐き出す。
「どうしてこうも、異常な現象ばかりが起きるんだ。信じられない、理解できない、こんな事、普通じゃない。絶対にあり得る筈がない」
息子が悲鳴のようにそう云うと、友人も同様の事を喚き散らすのだった。二人はすっかり錯乱してしまい、自分の中から溢れ出てくる大声を留めようとしなかった。
そうしてしばらくの間、廊下は狂騒に包まれた。それを咎める者は、この邸内には存在していない。もうこの家には、彼等二人しか存在していないのだ。
そうして幾許かの時が経過した。呼吸が落ち着いてくると、友人は投げ遣りな様子で云い放った。
「検屍をする」
そして独り室内へと立ち入ると、友人は執事の許へと足を進めた。
彼は、すぐにその遺体を乱雑に検め始める。頭に血が上り、苛立ちばかりが先行してしまっているようだった。
さて、執事の遺体は、銃殺されているのであった。ここで、思い返していただきたい事がある。
それは、この部屋の主である主人の、推理小説以外の趣味に就いての情報である。奇しくもと云うべきか当然と云うべきか、射撃を得意としている主人の部屋で、執事は殺されていたのである。
この執事の遺体にもまた、格闘の痕跡などは無かった。まるで眠り込んでしまったかのように絶命したのではないかとさえ、友人には思えるのだった。
友人は、遺体を検め終えると立ち上がる。そして室内を文字通り眺め回して、死角となる部分を簡単に確認してから廊下へと出ていった。
「行こう。手掛りは無い」
いまだに項垂れていた息子は、友人の杜撰な現場検証に文句も云わなかった。
しかし、時間を掛けて隅隅まで確かめる必要は無い事は、貴方ならばきっと、すでにご承知の事であろう。
こうして遂に二人きりになった友人と息子は、覚束ない足取りでリビングへと戻ると、脱力してしまったようにしてソファに腰を下ろしたのだった。
二
そうして二人は、言葉を交わす事なく坐り込んでいた。永遠とも思えるような沈黙が場を支配する。背凭れに倚り掛って頭を俯けたまま、二人はずっと項垂れていた。
幾許かの後にその沈黙を打ち破ったのは、息子であった。
「こうして、僕達以外には皆殺されてしまったようですね。それで、次に怪しいのはどちらなのですか」
「決まっている。僕は犯人ではないのだから、君が犯人なのだろう。これでようやく、事件に幕が下ろせそうだな」
友人はぶっきらぼうにそう云った。しかし、その言葉は本心から出たものではない。その事は理解しながらも、息子は嘲笑うかのようにして応じた。
「つまり、次の被害者は僕だと云う事ですね。やっと容疑の圏内から逃れる事ができる訳だ。惜しむらくは、余りにも遅すぎた、という事ですが」
息子のそうした遠回しな表現に対して、友人は直接的な言葉で返す。
「それは違う。僕は、君が犯人なのだろう、と云ったんだ。君は被害者にはならないだろうさ」
そして、二人は同時に溜め息を吐き出す。
自分で口にした事に就いて、もし本心でそう疑ってあるのであれば、事件解決のための推理をしているという事になるだろう。そうした姿勢で望めば捜査も進展したかも知れない。
しかし実際には、彼等のしているのは推理合戦ではなく、只のお喋りでしかない。いつまでそうしていても、無駄に時間が進んでいくだけだ。
もはや毒突く元気すら失くなり、息子は溜め息を吐いて云った。
「止めましょう。こんな事、無意味で虚しいだけです」
「そうだね、悪かった」
短くそう云って力無く謝ると、友人は坐り直して姿勢を正して口を開いた。
「それにしても、本当にどうなっているのだろうね。今までの事はすべて、都合の良い作り話のような事ばかりではないか。果たして現実に、こんな事が起きるものなのかな」
この言葉に、息子が頭を振って応える。
「現実には絶対にあり得ないですよ。これはきっと夢なんだ」
「そうなら良いのだけれどね。しかしこれは間違いなく、僕達の現実なんだ。逃げ出してしまいたいが、ここまできて眼を背ける訳にも行かないね」
そして二人は、ひときわ大きな溜め息を吐き出す。
「もう一度、事件に挑んでみましょうか。僕ら二人がリビングで話し合っているなら、これほど判り易い状況は無い。……もうこれ以上、他の人に気を配る必要は無いのだから」
息子はそう云って項垂れる。友人は頷いて云った。
「そうだね。彼等の弔い代わりに、絶対に犯人を見付け出そう。外部に犯人がいるのだというならもちろん、仮に僕らのどちらかであっても、もう遠慮はいらないだろう。遠慮や礼儀を排除して、極めて冷静に、論理的に、犯人を推理していこう」
友人の言葉に、息子は力強く頷いてみせる。今こそ父親に追いつく時だと云うかのように、息子は気を引き締めたのだった。
その様子に頼もしさを感じ、友人も頷き返す。そして、一度深呼吸をしてから前屈みになり、口を開いた。
「それでは、先程中断していた話を再開することにしよう。家政婦さんが殺害された、第三の事件の考察からだ」
三
友人は腕を組んで云う。
「まず、あの時の状況の確認から始めよう。
僕達は全員、確かにリビングに集まっていた。そして、家政婦さんだけが独り、自分の部屋へと向っていった。僕は皆の様子を観察していたが、席を外した者は誰も居なかったし、不審な素振りを見せる者もいなかった」
息子は同意して頷く。
「僕にも違和感は感じられませんでした。
そして、どれくらいの時間が経ったかは定かではありませんが、しばらくして妹が云ったのでしたね。家政婦さんの帰りが遅いと」
「それを受けて僕達は、一斉にリビングを飛び出した。そして家政婦さんの部屋に辿り着くと、あの人はすでに絶命していたのだったね。したがって、僕達の誰にも家政婦さんを直接手に掛ける事はできなかった筈だ」
そう云って、友人は目を閉じた。息子は溜め息を吐きながら呟く。
「やはり、何者かが邸内に忍び込んでいたのだという事なのでしょうね。今この瞬間でも、僕達はまだその姿を目撃できていませんが」
二人はそこで口を噤んだ。そして、辺りの様子に耳を峙たせる。しかし誰かが動き回るような音は聞こえてこなかったし、二人以外の気配も感じ取る事ができなかった。
「もう出ていってしまったのかも知れないね。庭から先へは出ていけない筈だが、こんな奇妙な事件を起すような奴だ、領内に居なくても不思議ではないとさえ云えそうだな。むざむざ殺されてやる理由も無いのだからそれならそれでも良いけれどね」
友人はそう云って力無く云う。息子は溜め息混じりに肩を竦めてみせた。
「とにかく、以上が家政婦さんの事件の起った状況ですね。話が単純なのは良いが、随分と不可解な事件を起してくれたものだ」
息子がそう呟くと、友人は肩を竦ませた。そして前屈みに坐り直すと、組んだ両手に口許を預けながら云った。
「僕達の誰にも犯行は不可能そうだった。それでは、もし外部犯が存在していたのなら事件はどういった真相になるのだろうか」
四
友人の言葉に、息子は虚空を眺めながら云う。
「まず、あの時に何者かが邸内へ侵入してきたようには思えませんね。玄関が開く音はしなかったし、家政婦さんのものらしい足音以外に誰かが徘徊しているような気配も無かった。
もしも誰かがやってきたのなら、妹の時がそうだったように、僕達はきっと気が付いた筈でしょう」
そこへ、友人が念のためにというようにして訊ねた。
「邸内に侵入してくる際、犯人は足音を忍ばせていたのだ、という考えはどうかな。そのせいで僕達は気が付かなかった」
それでも、息子は頭を振って応える。
「それはあり得ないと思いますよ。玄関には鍵を掛けておいたのですから」
驚いたようにして友人は顔を上げた。
「鍵を掛けた? 君が、かい?」
息子は頷いて云う。
「そうですよ。家政婦さんの事件が起る前に、僕と妹が庭へ飛び出した事を憶えているでしょう。
僕は妹と一緒に邸内へ戻ってくる際に、確かに玄関の施錠をしておきました。絶対に間違いはありません。何しろ、すでに二度も事件が起きているのですから、まさか開け放しておく訳にいかないでしょう。
まあ、とくに効果は無かったようですけれどね」
それを受けて友人は、細かく頷いた。
「そうか、確かにそうだったね。しかしそうだとすると、君達が庭へ飛び出している最中に、何者かが邸内へ入り込んだのだという可能性が出てくる」
息子は唸りながら云う。
「僕には、そんな風には思えないですね。気配がしなかったというのもそうですが、玄関からリビングへと続く廊下には、娘が付けたものらしい水の足跡が残っているだけでした。庭に隠れていた不審者が玄関から入り込んだのなら、もっと濡れてたと思います」
友人は、目を閉じて頭を仰け反らせながら、呻くような声を出した。
「それでは、あらかじめ邸内に潜んでいた、という事になるのかな。しかしリビングではあり得ないし、二階に居たのでは家政婦さんに手を掛ける事はできない。
もしかしたら、それこそ家政婦さんの部屋に隠れていたのかも知れない」
その考えに、息子も頷いてみせた。友人は首を捻りながら息子に云う。
「何だかそれも無理があるようにも思える。しかし、とりあえず話を先に進めることにしようか。ある程度の違和感には後で説明を付けることにする。推理が進めば判る事もあるかも知れないからね」
「そうですね。いつまでも同じ場ところで足踏みをしていても仕方がない」
息子はそう応えると、推理を進めることにした。
「それでは、不審者は家政婦さんの部屋に隠れていたのだという前提で考えていきましょう。家政婦さんはお菓子を取りにいった筈でしたが、現場検証の時にはお菓子なんて見当たりませんでしたよね?」
「きっと、お菓子はタンスに入っていたのだろうね。そんな場所には人間は隠れられないから確認もしなかったが、家政婦さんは部屋の奥にあるそのタンスに向うようにして倒れていた。
それはつまり、部屋に入ったところで死に至らしめられた、という事になるだろう。ここまではまあ、とくに違和感は無さそうだね」
そこで、息子は口許に手を当てながら云った。
「不審な点があるのはこの後の事ですね。犯行を為し終えた犯人は、一体どこへ消えてしまったのか」
友人は思い返すようにしながら述べる。
「あの時、僕達はリビングに集まっていた。そこに誰もやってこなかったのは確実だ。
そして、皆揃って廊下へと出て、真直ぐに家政婦さんの部屋へ向っていった。僕は現場を検証したが、家政婦さんの部屋の中には誰も居なかった。廊下には僕以外の皆が立っていた。
つまり犯人は、家政婦さんの部屋よりも玄関側のどこかにしか隠れられなかったという事になる。あの部屋の窓には鍵が掛っていたのだから、庭へ逃れられたとも思えないしね」
そこで、息子は独り言のようにして云った。
「廊下を挟んで、家政婦さんの部屋の向いには執事さんの部屋がある。そのさらに玄関側の方にはお風呂場などがある。一番玄関の傍にある部屋は、ご友人が利用している客間だ。
隠れられるとしたら、このどこかという事になるのでしょうね」
しかし、友人は息子の言葉が聞こえていないかのように押し黙っていた。その事に気が付くと、息子は怪訝そうに訊ねた。
「どうかしたのですか?」
一拍の間を空けて、友人は溜め息を吐き出して応える。
「いや、やはり外部犯の線は無さそうだね」
突然のその言葉に息子は面食らった。確かに無理のある状況が幾つもあったが、友人がここまで断定する理由が息子には判らなかった。
「なぜですか? あの時、周辺の部屋は確認しなかったのですから、犯人が隠れている可能性は充分にあるのではありませんか」
友人は頭を振って云う。
「それでも、駄目なんだよ。どこかに隠れる事はできたかも知れないけれど、その不審者はそれ以降の犯行を為す事ができない」
家政婦の事件を発見した後、彼等は皆それぞれの部屋へと閉じ籠った。しかし、友人だけは、家政婦の部屋からリビングへ戻り、ずっとそこに腰を落ち着けていたのだという事を思い出してほしい。結論から云えば、犯人は二階へ上がる事はできなかったのである。不審者は、二階にある自室に居た娘を手に掛ける事はでき得ないのだ。
ようやくその事に思い至った息子も、項垂れて云った。
「確かにその通りです。幾ら何でも、この事を無視して話を進める訳にはいきませんね。やはり不審者なんて、最初から存在していなかったのだろうか。しかしそれでは、いよいよ事件が成立しなくなってしまう」
五
そうして息子が口を閉ざすと、友人はソファの背凭れに倚り掛って云った。
「という事で、一度は容疑から外した僕達に就いて、改めて可能性を考えていく必要があることになる訳だね」
しかし息子は首を捻りながら訊ねる。
「でも怪しい様子を見せている人なんて居ませんでしたよ」
判っていると云うようにして、友人は頷いた。
「それは僕も保証できる。しかし、人を殺害するのは何も直接手を下すばかりではないだろう。遠く離れた場所に居る相手を殺す事くらい、誰にでも簡単に行えるじゃないか」
息子は顔を顰めながら云う。
「毒物ですか」
そこで友人は、目を伏せながら述べる。
「家政婦さんが殺害された後、君達が部屋に引き上げた時に僕がリビングに居たのだということは憶えているよね。僕はその時にも、いちおう推理を進めていたんだ。
その時は外部犯の可能性に就いては考慮していなかったのだが、結局今の話し合いで不審者ではなさそうだと結論が出たね。
そして、その時に僕が思い当たった、家政婦さん殺害の最有力容疑者は……」
友人の言葉に、息子は目を見開いて訊ねた。
「まさか、妹が?」
項垂れるようにして、友人は頷いた。
「薬学部生の妹さんなら、大学から毒薬のサンプルを盗み出す事もできただろうし、誰よりも毒殺犯らしい人物だ」
その言葉を受けて、息子は力無く頭を振って云った。
「確かにそうとも考えられますね。それに加えて、その妹は第四の事件の被害者になっていた、と。
何という事だ。もしそうであるなら、今度は貴方が告発をするよりも前に、最有力容疑者が殺害されてしまった事になってしまうではありませんか」
友人は歯軋りしながら云う。
「まるで、犯人の手の内で踊らされているかのようだ。一体どうやったら、このような事が起るというのだろう。全てが犯人の都合良く進められている」
そう云って、彼等は項垂れてしまった。二人は完全に、犯人の思惑に翻弄されてしまっている。どれほど足掻いたところで、彼等は絶対に逃れる事はできないのだ。
そうして言葉を失ったまま、二人はしばらくの間頭を垂れていた。しかし、大きく息を吐き出すと、友人は顔を上げて先を続けるのだった。
「とにかく、今度は娘さんが犯人だと仮定して話を進めていくことにしよう。もっとも、その後で命を落としてしまっているのだから、彼女は執事さん殺害の犯人ではあり得ないのだけれどね」
そこで息子が云った。
「そうして考えてしまうと、不審者も一人ではなかったとも云えてしまいますね。複数人で行うのであれば、不可能状況を作り出す事も可能かも知れない。
あるいは本当に、家族同士で殺し合いでもしていたのかな。父さんを母さんが殺して、その母さんを家政婦さんが殺害して、そしてその家政婦さんの命を妹が奪った。可能性で云えば、充分にありそうな事でしょう」
友人は投げ遣りに云う。
「単純な事件ばかりなのに、話は複雑になっていくばかりだ。僕はもう頭が痛くなってきたよ。
まあ皆が犯人だったという可能性は、だとするとそれぞれの事件は突発的に為されたものである筈なのに、随分綿密に実行されているという点で不審さは残るのだけれどね。前前から計画していて、順番に犯行を為したのだ、という訳もないだろうし」
そうして、二人は再度溜め息を吐く。友人は、緩く頭を振って口を開いた。
「また脱線してしまったね。ともあれ、娘さんになら家政婦さんを殺す事ができただろうと思われる。この前提で考えていこう」
その言葉を受けて、息子は当時のリビングの様子を思い返す。
「犯人が毒物を用いたと云うのであれば、きっと紅茶に混入させていたのでしょうね。それを一番行い易いのは……家政婦さんですか?」
息子の発言に、友人も目を見開いた。
「確かに紅茶を用意した家政婦さんなら幾らでも毒薬を混ぜる事は可能だった筈だ」
そして、一拍の間が空いた。その直後、二人は同時に首を振るのだった。
「そんな手の込んだ自殺を、あの場面でする訳が無いね。
それに、もし誰かを殺そうとしていたのだとしても、ポットの中に毒を入れる筈も無い。皆のカップに入れておけば自分だけは絶対安全だし、そもそも自分だけは紅茶を飲まなければ死んでしまう心配は絶対に無かったんだ。
にも拘らず、家政婦さんは死んでしまっている。彼女が毒を使用した筈が無い」
友人がそう云うと、息子も何度も頷くのだった。そして、次の可能性へと移っていく。
「という事で容疑者は、僕、貴方、執事さん、そして妹の四人となりますね。この中の誰一人として怪しい素振りを見せた者はいませんでしたが、誰かのカップに毒を入れる事は不可能ではなかったでしょう」
息子の主張は、娘こそが犯人だと断定するだけの根拠が見当たらない、という事を意味していた。それに対して、友人は腕を組みながら云う。
「僕にも君にもできた筈だね。こうして僕達が生き残っているのだから、やはり考え易いのはどちらかが犯人だ、という事だ。
しかし僕が思うのは、毒物を入手するのは困難だ、という事なんだよ」
「入手経路を考慮すれば、薬学部生である妹が一番犯人であり得そう、ですか」
息子は俄には納得し兼ねているのだった。
「僕も貴方も、推理小説をよく読んでいるでしょう。人を殺すつもりは無くとも、何か実験でもしてみたくなって毒物を探し求めたのだ、という可能性も無くはないのではありませんか?」
この言葉に、友人は頷くようにしつつも同意しなかった。
「しかし、幾ら毒物に対する知識を持っているからといって、一般人が簡単に毒薬を購入する事はできないよ。しかし、大学に行けば教材用のサンプルが置かれているだろうから、娘さんならそれを盗み出す事ができ得る。
もちろんこの事だって、随分無理のある云い掛りではあるのだけれどね。それでも、僕達に毒薬を手に入れる事ができるのであれば、娘さんならそれ以上に入手し易かったと云えるだろう」
息子は巧い反論ができずに黙り込んでしまった。
立て続けに引き起される怪事件に、彼等はすっかり混乱してしまっている。毒物の入手が可能であろうが容易であろうが、それをもって犯人の断定に繋がる訳ではないのだ。しかし、疲弊しきっている二人は、この事件に継ぎ接ぎだらけの仮説を打ち立てるだけで精一杯なのだった。
彼等のように事件に翻弄される事無く、貴方は冷静に推理を組み立てていってほしい。友人達の推理は的外れであるかも知れないが、貴方が推理を構築するためには、ある程度の役に立つであろう。
こうして友人と息子の二人は、家政婦が殺害された第三の事件の最有力容疑者は娘である、と仮の結論を下すのだった。
六
二人は気を取り直すようにして、第四の事件の推理へと話を進めるのだった。
「次は、その娘さんが被害者となってしまった事件だね。状況の確認から始めよう」
友人がそう云うと、息子は思い返しながら口を開く。
「家政婦さんの事件を発見した後、まず妹が自分の部屋へ駆け出していったのですね。そして、僕も自分の部屋へと戻りました。ちなみに、その時リビングには誰も居ませんでしたよ。
その後の事は僕は知りませんけれど、貴方と執事さんはどうしていたのですか?」
友人は姿勢を変えて坐り直して云った。
「とくに何も無いよ。僕達もすぐに別れたんだ。
まず執事さんが自分の部屋へと入っていったよ。僕はしばらく立ち尽くしていたのだけれど、自分の部屋へ向わずにリビングに行く事にしたんだ」
そこで、息子は友人に訊ねる。
「そう云えば、どうして貴方はご自分の部屋へ戻らなかったのですか? 結局部屋を出た僕が云う事では無いかも知れませんが、幾ら何でも不用心でしょう」
すると友人は、虚ろな眼をして力無く云う。
「自分でもよく判らないな。今もそうだけれど、もう疲れきってしまっていたんだと思う。あまり、殺されてしまうのではないかという恐怖は感じていなかった気がするな。
それに、リビングに居れば皆の様子も何となく判るしね。僕が使わせてもらってる部屋は玄関のすぐ傍にある客間だから、何かあった時にすぐ動く事ができない。
いや、明確にそう考えて行動した訳ではないけれど、本能的にと云うか何となくと云うか、リビングに居坐った方が都合が良いと考えたんだろうな」
息子は納得したように頷いた。そして、周りを眺め回しながら訊ねる。
「そうしている間、もちろんリビングで不審な事は起きなかったのですよね?」
「ああ、そうだよ。少しぼんやりとしていたように思うけれど、何かあったなら気が付いた筈だ。現に僕は、二階から誰かが下りてくることには気が付いたんだ。むろん、君の事だけれどね。そしてそれ以外には、不審な事は絶対に無かった」
そう云って、友人もリビングの様子を見回した。リビングは、これまでと何ら変わる様子を見せていなかった。
「そうそう今更の事だけれど、この水差しを使わせてもらったよ。僕が考え事とぼんやりする以外に行った行動はそのくらいだ」
そう云って、友人はローテーブルの上に置かれたままになっていた水差しを取り上げてみせた。
「水道から出る水なら安全でしょうから幾らでも飲んで下さい。そうだ、ずっと喋り続けて喉が渇きましたね。水を入れてきましょうか」
息子がそう云って立ち上がると、苦笑しながら友人も席を立った。
「気を悪くしないでくれよ。念のために、ね」
その様子に、息子も肩を竦めてみせた。この期に及んで、毒入りの水差しを手渡されたのでは叶わないと友人は判断したのだった。
そうして、二人は連れ立って台所へと足を進める。息子は蛇口を捻り、水道から出てくる水を水差しに入れる。中身を満たすと水を止め、二人はソファへと戻っていった。
その間、二人はお互いに怪しい素振りは見せなかった。それどころか、自分の挙動をいちいち相手に確認させるかのようにしていたのだった。
二人はソファに腰を下すと、自分の飲む分の水を自分でグラスに注いだ。そして互いに目を合わせると、その中身を同時に口にした。一拍の間が空き、自分の躰に異変が生じない事を確認すると、吹き出すようにして笑い合うのだった。
「少し慎重になりすぎているかな。もしどちらかが犯人だったとしても、相手を殺害しようと思うなら、さっさと絞め殺してしまえばいいんだ」
友人がそう云うと、息子も頷きながら応じる。
「全くですね。そもそも、毒薬を入手するのは僕らには困難だ、と話し合ったばかりだと云うのに。僕達は本当にどうかしてしまっている。色色考えてはみるものの、どうも空回りしてしまっていけないですね」
「やはり精神は参ってしまっているようだね。それに、死んでしまっても構わないといってこのリビングに居坐っていた筈なのに、こうして死ぬ事を拒んでいる。
まあ、みすみすやられるつもりが無いというのはそうなのだけれどね。何だか自分が自分ではなくなってしまったようだよ」
そう云いながら、友人は自嘲してみせる。同感だ、と云って息子も肩を竦めるのだった。
そうして一息吐くと、二人は話の続きを再開した。
「さて、僕がリビングに居たのだというところまで確認したね。ここまでに異変は無かった。そして、君が下りてきたんだ。喉が渇いたのだと云っていたね」
「そうですね。その後は、僕達二人はこのリビングで、今と同じようにして色色と話していたんでしたね。ようやくあの時の場面に戻る事ができました」
息子がそう云うと、友人は頷いて云った。
「僕らは、家政婦さんの事件に就いて考えようとしていたんだったね。あの時は執事さんがやってきたのだった。
そうして執事さんは二階へと上がっていき、僕らは君の考えで家政婦さんの部屋へと向っていった」
そこで、友人は目を伏せて述べた。
「僕らが家政婦さんの部屋の前に辿り着いたところで、執事さんの呼ぶ声と体当たりの音が聞こえてきたのだった。執事さんの云う事が本当なら、この時点ですでに、娘さんは殺害されてしまっていたのだと云える訳だ」
息子は腕を組みながら先を続ける。
「僕らは慌てて二階へ駆け上がり、執事さんと三人で室内へ踊り込んだ。そして妹の死を発見し、貴方が現場を検証した。またしても現場は密室状態にあったし、不審者の姿は無かった。
以上が、第四の事件の概要ですね」
そうして二人は、少しの間黙り込んだ。それは、絶句してしまったのだというよりも、お互いに云い辛い事を口に出せずにいるような素振りであった。
しかし彼等は、遠慮や感情を排して推理しようと決めた筈である。深呼吸をしてから、友人は呟くようにして云った。
「もちろん、不審な点はあるのだけれどね」
息子も云う。
「しかしまあ、一番考え易い事としては……」
二人は溜め息を吐き出して、同時に口を開くのだった。
「執事さん、か」
そうして彼等は、互いに同じ事を考えていたのだという事を理解し、頭を項垂れさせるのだった。
「最有力容疑者が次の被害者、か」
友人が呟く。
「今度はいつの間に推理したんですか?」
息子も云う。
そして、友人は嘆息して応えた。
「判っている筈だろう。僕らはたった今、一緒にそう考えたんじゃないか」
息子は蹲るようにして躰を傾ける。そして、消え入りそうな声で云った。
「今度は推理する前に、容疑者が殺されたのですか。僕達は、完全に犯人に弄ばれているのですね。どうしたらそんな事が可能なんだか」
友人はソファに身を預け、眼を閉じながら云う。
「執事さんが犯人だとしか思えない状況になるように、犯人は僕らの行動すら操ったのかな。随分と細かい部分まで計画を建てて実行しているじゃないか」
実際のところ、犯人は友人の推理とは関係なく事件を起していっているのである。どういう状況になれば、彼等がどういう行動を取るか、そういったところまで計算し、時には誘導して、不可能状況を構築する。そうする事で犯人が、自分には到達されないようにしているのだ。
友人と息子は多くの推理小説を読んでおり、頭脳も人並み以上に優れている。彼等のどちらであっても、このような複雑な計画を建てる事はできたであろう。現時点ではまだ犯人の特定はできず、友人が犯人とも息子が犯人とも判断できそうである。全ての事件の犯人は、友人なのか、息子なのか、あるいはそれ以外の可能性があり得るのか。
貴方には、犯人の見当が付いてきたであろうか。それでも最後まで気を抜く事無く、頁を読み進めていってほしい。
二人はしばらくの間、無言で頭を俯けているのだった。
七
しばらくして、友人は顔を上げて云った。
「いちおう、僕達にも犯行が可能ではなかったかの確認をしておこうか。犯行の機会が無かったのなら執事さんに対する疑いが深くなるし、機会があったのなら考慮に入れなければいけない」
息子は力無く頷いた。状況の不可解さに、すっかり参ってしまっているようだった。友人はそれに構わず話を続ける。
「まずは僕に就いて考えいてこう。
僕はリビングに居たと述べた。しかし、その事を保証してくれる人はいないし、僕が犯人なら、きっと嘘を吐いているのだ、という事になるだろう。
それでは、僕が犯人であるとしたら、僕はどういう行動を取ったのか。もちろん、娘さんは自分の部屋に居るのだから、二階に向ったに決まっている。君や執事さんが部屋に閉じ籠もっているのなら、姿を目撃される心配も無い」
そこで、友人は口許に手を当てながら云った。
「ここで疑問に思うのは、僕が二階に行ったのであれば、君は気が付いたのではないかなという事なんだ。幾ら足を忍ばせていたとしても、娘さんの部屋に侵入するには、扉をノックして娘さんを呼び出し、鍵を開けてもらう必要があるだろう」
息子はようやく顔を上げると、力無く云った。
「僕は、そんな物音は耳にしませんでしたね。娘の部屋の隣に居た訳だから、偶に妹の啜り泣くような声は微かに聞こえてきましたよ。しかし、施錠を解く音も扉を開く音も、悲鳴も何も、不審なものは聞こえませんでした」
それを受けて、友人は満足そうに頷いた。
「つまり、僕には犯行は不可能だったと云えるのではないかな。君がリビングへ下りてくるまでには、君以外の誰にも娘さんに手を出す事はできなかったと云えるだろう。
もっとも、第一の事件はそうした状態で起ったのだけれどね。事件現場の隣の部屋に居たご夫人は、すっかり眠り込んでいたのだった」
すると息子は頭を振って応える。
「大丈夫、僕はずっと起きていましたよ。自分だって襲われる可能性があったのですからね、周囲の物音には一層注意したいました。不審な物音は、ありませんでした」
「という事で、僕は犯人ではあり得ないと云えそうだね」
友人はそう云って、息子の返答を待った。息子は少し考え込むようにしていたが、問題が見当たらなかったので頷き返してみせるのだった。
八
その様子を受けて、友人は息子の顔をじっと見据えながら口を開いた。
「それでは、今度は君の番だね。もしも君が犯人だったとしたら、どのようにして事件を起していったのだろうか。もっとも、僕には君が犯人であるようにも思えないのだけれどね」
友人の言葉に、息子は肩を竦めながら応える。
「それは有難い話ですが、その根拠はどういったものですか?」
すると、友人は少し考え込むようにしてから、口を開いた。
「すでに述べたように、君達が部屋へ戻った後も僕は独りでこのリビングに居たんだ。そして、君が下りてくるまで不審な物音は聞こえなかった。
つまり、もしも君が犯人だったなら、僕は何か耳にしていてもいい筈だという事だよ。実際のところ、僕は君がやってくる際に、扉の開閉する音などは耳にしているのだからね」
この言葉に、息子は頷きながらも質問をした。
「しかしつい先程、執事さんが死んだ時には、僕達はすぐ傍に居たというのに何の物音もしませんでしたよ。いや、もちろん僕は犯人ではないですけれど」
友人は、それが問題なのだというようにして顔を歪める。
「そう、そこは僕も疑問に思っているんだ。他に犯人がいようと、僕達のどちらかが犯人なのであろうと、あの状況で一言も発さずに執事さんが死ぬなんて思えないんだ」
しかし、友人は首を振って云った。
「その事は、とりあえず後に回す事にしよう。物音を立てずに娘さんの部屋に侵入する事はできなかったと思う。そして、君がリビングへ下りてきてからは、今この瞬間まで僕達はずっと一緒に居た。
したがって、君には犯行の機会が無かったと云える」
そう云って友人は口を閉じる。息子はまたしても頷いてみせるのだった。
そして沈黙が訪れた。友人が続けて何かを云うのだろうと息子は思っていたが、どうやらそうでは無い様であった。息子は、不意に友人の方へと目を遣る。すると、友人は何か考え込むようにして腕を組んでいた。
「どうかしたのですか?」
友人の顔を覗き込むようにしながら、息子は訊ねる。すると友人は、煮え切らないように唸りながら口を開く。
「気になる事が、あると云えばあるんだよ。しかし、それがとくに何かを意味しているとも思えない」
「何ですか? 僕の行動に不審な点でもありましたか」
息子がそう訊ねると、ようやく友人は息子の顔を見据えて述べた。
「執事さんがリビングへやってくる前の事だよ。家政婦さんの部屋には手掛りは無いと僕は云ったが、君は随分と家政婦さんの部屋に向いたがっていた。しかし、だからと云って君が娘さんを殺害できる筈はないし、気にする必要はないのかも知れないが」
その友人の言葉に、息子は拍子抜けしたような表情をした。
「それは、さすがに考え過ぎですよ。僕は自分で現場を検証した訳ではないですからね。貴方は不審者が隠れられそうな箇所しか調べなかったようでしたから、そこに何かありはしないかと思っただけなんですよ」
友人は頷いて応える。
「それはそうだね。とくに気に掛ける事でもないだろうとは思う。まあ、何となく気になっただけだよ」
「そう云うなら、逆の事も云えますね。貴方は随分家政婦さんの部屋へ向いたがらなかった。あるいは、僕が家政婦さんの部屋に立ち入るのを嫌がっていたのかも知れない。それはあの部屋に、見られたくないものがあったからだ……。
何だかこちらの方が有力な考え方であるように思えますね。まさか本当に、そんな事があるのではないでしょうね」
息子はそう云って戯けてみせる。友人は肩を竦めて応えた。
「そんな莫迦な。何なら、今からでも家政婦さんの部屋に行ってみるかい」
しかし、息子は頭を振って云う。
「その必要も無いでしょう。貴方が犯人なら、僕はとっくに殺されてしまっている筈だ」
「何某かの理由があって、まだ生かしておいているのかも知れないよ」
友人は苦笑しながらそういったが、息子はもう充分だろうとばかりに先を促すのだった。
九
「それ以上に有力な可能性が残っているでしょう。そちらの方へ進みましょう」
息子の言葉に、友人は頷いて口を開いた。
「それでは、話を元に戻す事にしよう。娘さんを殺害した犯人は、執事さんだったのではないか、という可能性だ」
そこで、友人は視線を下げて云う。
「もちろん、確信がある訳ではないよ。いずれにしても不審な点はあるように思えるし、その執事さん自身も死んでしまっているのだからね。
しかし、誰が一番怪しいかと云われれば、それはやはり執事さんであると思えてしまう。まずは、彼が犯人だという仮定を基に事件の再現をしていこう。
彼が娘さんの部屋へ向かった時には、僕達は家政婦さんの部屋の方へ足を進めていた。つまり、執事さんがしたであろうノックの音や、執事さんと娘さんのやり取りが僕達の耳に届いていなかったとしても無理はないだろう。
僕達がリビングを出ていったのは、いわば偶然の事だったけれど、それが執事さんにとって都合が良かったのか悪かったのか判らないね」
友人の言葉を受けて、息子は腕を組みながら口を開く。
「僕達がリビングに居坐り続けていたら、犯行の音が聞こえてしまったかも知れない。そう云う意味では、僕達がリビングに居なかったのは執事さんにとって好ましい事だったでしょう。
しかし、それなら執事さんは、僕達をどうにかしてリビングから追い出したのではないでしょうか。彼は僕達に大した興味も示さなかったように思えましたよ」
そこで、友人も考え込む。
「確かにその通りだね。あるいは、物音を立てる事なく犯行を成し遂げる事が本当に可能なのか……」
友人はそう呟くと黙り込んでしまった。息子も口許に手を当てて頭を悩ませる。しかし、しばらくの間そうしていても巧く考えは纏まらないのであった。友人は気を取り直して話を続ける。
「とりあえず、この事も棚上げしておこう。僕達はリビングを離れていたのだから、物音が聞こえなくても無理はなかっただろう。そうして、執事さんは犯人である可能性が出てきた」
そこへ、息子が口を挟んだ。
「気になるのですが、誰かが部屋を訪ねてきたら、妹はまた大声を出したのではないでしょうか。あれだけの剣幕で泣きじゃくっていたのですからね。
机に突っ伏して泣いていたであろう娘の耳に、ノックの音が飛び込む。兄として永年一緒に過ごしてきた僕としては、あの子だったら、誰なの、って叫び訊ねるように思えますよ」
この言葉に、納得がいくような納得し兼ねるような唸り声を上げながら、友人は腕を組んで考え込んだ。
「ありそうな事だね。しかし、すっかり泣き疲れてそんな元気も無かったかも知れない。君は先程、啜り泣くような声が聞こえていた、と云っていたよね」
息子は頷いてみせた。
「少なくとも僕が部屋に戻った時にはすでに、号泣はしていませんでしたね。少しは落ち着いてきたのかなと思ったりもしたのですが」
友人は頭を掻き毟りながら云う。
「しかし、どれほど感情が落ち着いたとしても、あれだけ怯えていた彼女が扉を開けるとは思えないな。せいぜい、施錠したままの扉を挟んで遣り取りをする事ができるくらいだろう。執事さんに限らず、犯人はどうやって室内へと入り込んだのか」
そこで、友人は短く声を上げた。息子は何事かと友人の方へ顔を向ける。しかし一言も発する事無いままに、友人は目を見開き、口許を手で覆うようにしながら身動ぎもしなかった。
「どうしました、具合でも悪くなったのですか?」
息子が慌ててそう云うと、友人は緩やかに息子の方へ向き直って口を開いたのだった。
「もしかしたら、密室は破れるのかも知れない」
しばらくの間、息子は友人の様子に就いていけずにいた。それでも、何か思い付いた事があるのだと気が付くと、喰い掛るようにして訊ねた。
「どういう事ですか? 鍵の掛けられた娘の部屋に侵入する方法が判ったのですか」
友人は少しの間を空けて、頷いてみせた。
「きっと、執事さんは物音を立てずに部屋へ入り込んだんだ。そして娘さんを殺害した」
「どうやって?」
息子は躰を乗り出して訊ねる。そこで、友人はようやく冷静さを取り戻して説明を始めた。
「いや、画期的なトリックがあったという訳では無いんだ。推理小説の真相場面でこんな事が書かれていたら、きっと読者は呆れ返るだろう。
単純過ぎてすっかり失念していたが、部屋の鍵はどれも掛け金式なのだろう。つまり、扉の隙間に薄い板でも差し込めば、鍵を持ち上げて開ける事ができるじゃないか」
友人の言葉を受けて、息子は呆気にとられた。それは、余りにも陳腐な事実であったのだ。彼等は日常生活の中で、他人の部屋に侵入しようと考えた事すら無かったので、その事実を見逃していたのである。
「そうか、確かに単純な話ですね。だとすると、いよいよ執事さんには犯行が可能だった事になる」
息子はそう云って、ソファに倒れ込んだ。そして、独り言を呟くようにして口を開いた。
「執事さんは、そうして妹の部屋に入り込んだ。妹は机に突っ伏して泣いていただろうから、その事には気が付いていなかったのかも知れませんね。
そして、執事さんは妹を殺害した。この時にも物音はしていないのですが……まあ、このような状況なら、悲鳴も上げさせずに殺す事も難しくはないでしょう。それに、妹が呻き声を上げたくらいでは、一階に居た僕達には聞こえない」
友人も云う。
「そして執事さんはすぐに部屋を出た。扉には鍵が掛っていたのだから、元に戻す必要があるだろう。しかしその方法は、第一の事件の時に僕がすでに述べている。執事さんはそうして現場を密室状態に戻したかも知れないし、あるいはその必要すらも無かったのかも知れない」
そこで息子は、思い当たったようにして述べた。
「そうか。僕達が駆け付けた時には、執事さんはすでに扉に体当たりをしていた。あの時、実際に部屋が密室であったかどうかの確認はしていなかった」
友人は頷き、先を続ける。
「このように考えれば、短時間で犯行を為し遂げる事も不可能ではない。執事さんが犯人だとしても、時間が随分短いように僕は思っていた。しかし、とくに問題は無さそうだね」
こうして、二人の結論は決まったのだった。もっとも、その直後に執事が死んでいることに対する疑問はまだ解決されていない。この後で彼等二人は、執事が死ぬ事となった第五の事件の考察を始めていく事になる。
しかし頁を捲る前に、もう一度娘が死亡したのがいつの事であったのかを思い出していただきたい。これは、友人達には知り様も無い事であるが、貴方はすでにご存知の筈である。
娘が殺害されたのは、皆がそれぞれの部屋に籠っていた時の事なのだ。そのため、彼等のこの推理は間違っていることになる。何しろ彼等が解決してしまっては、貴方の出番が失くなってしまうのだ。事件はこの程度では解決しない。最後の最後まで、論理的思考を捨て去らずにお付き合い願いたい。
十
二人は、第五の事件の推理へと進んだ。第四の事件の発覚直後に起った、執事が殺害された事件である。
「やはり、もう一度状況を確認しておこう。この事件こそ、不可解が極まったものだ」
友人がそう云うと、息子は大きく頷いて云った。
「僕、貴方、執事さんの三人は、妹の部屋の前に居ました。そして、執事さんは父さんの部屋へと向い、僕ら二人はその場に留まっていました。不審な物音は一切していません。
そして、僕らはリビングに下りることに決め、僕は執事さんにそれを告げるために父さんの部屋を覗きました。
するとそこには、父さんの遺体の傍に倒れ込んでいる執事さんの姿があったのです。貴方もやってきて現場を検証しましたが、不審者は居らず、窓には鍵が掛けられていました」
そう述べると、息子は口を閉ざした。友人の顔は、いよいよ険しくなっている。
「普通に考えるなら、自殺だろうね」
ようやくそういった友人に対して、息子も云った。
「犯人が居た筈がないし、僕らにも犯行は為せなかった。貴方は父さんの部屋に近付いてもいないし、僕は貴方に行動を見られていましたよね」
友人は頷く。
「僕が見た限り、君が取った行動は次のようなものだったよ。アイツの部屋へ向い、中を覗き込んで悲鳴を上げた。絶対に執事さんを殺せた訳が無い」
しかし、そこで二人は黙り込んでしまうのだった。このまま、執事は自殺したのだという線で推理は終わりとはできないようだ。
友人が云う。
「自殺……なのだろうか。執事さんは、アイツの傍に仕えるのだと云っていたような気がする。後を追って死んだのだ、という事か?」
息子も云う。
「あの人ならば、あり得そうな事ではあります。僕達家族にもよく尽くしてくれましたが、そもそも執事さんの直接の主人は父さんだったのです。何なら、父さんが死んでしまった時点で後を追うという事すらあったかも知れないのです」
執事の忠誠心は相当なものであった。彼は人生を掛けて主人に仕えていたのだということは、貴方はすでにご承知だろう。そして、そのような事は、友人や息子も理解していた。
にも拘らず、彼等は執事の自殺説には納得がいっていないようであった。
「巧く云えないのだけれど……釈然としないね」
友人がそう呟くと、息子も頷いて云った。
「何と云うのか……腑に落ちませんね」
そもそも、人間はそう簡単に自殺する事はできない。首を括ろうにも時間は掛るし、道具だって必要となる。毒薬を飲めばすぐに死ねるかも知れないが、執事が毒薬を持っていたとは考え難い。こうした事が、彼等二人に疑問を落としているのだろう。
そして、貴方が何より忘れてはいけない事がある。
それはもちろん、執事は銃殺されていたのだという事だ。それも、射撃を特技とする主人の部屋で、である。
ここへ至って、息子も、執事が主人の部屋で死んでいた事に、何か意味を見出したようだった。彼は、小首を傾げている友人に向って云った。
「こんなにあり得ない事件ばかりが起きているのですから、その真相も突拍子もないものであるのかも知れない、と思いませんか?」
「どういう事だい?」
友人は目線だけを息子に向けてそう訊ねる。息子は自分でも肩を竦めながら口を開いた。
「つまりですね、もし執事さんが殺されたのなら、その傍に居た父さんが犯人なのではないかな、などと考えたのです」
息子のこの言葉に、友人は随分と驚いたのだった。彼は目を見開いて息子に訊く。
「アイツが犯人だって? もうすでに死んでしまっている人間がどうやったら殺人を犯せるんだい」
すると、照れ笑いするようにして息子は応えた。
「いや、具体的な事に就いては何も思いついていません。しかしまあ、父さんが犯人だったとしたら、他の事件に就いても説明が付くのではないのかな、なんて思いまして」
友人は訝しがるようにしていたが、一度深呼吸をすると、息子の顔を見据えながら云った。
「執事さんが自殺した、という考えには納得がいかないし、かと云って他に犯人がいるとも思えない。アイツが死んでいる事は僕が保証するが、試しにその線で考えていってみようか。真相の筋さえ浮かび上がれば、真犯人に辿り着けるかも知れないしね」
そう云うと、友人は一度瞼を閉じて、第一の事件から考え直し始めた。
十一
「僕の検屍は充分なものではなく、実はアイツは生きていたのだと仮定しよう。もちろん、アイツが全ての事件の犯人だという前提でだ」
そう云って口を開く友人に、息子は頷いてみせた。友人は口許で両手を組み合せて先を続ける。
「とすると、第一の事件などは無かった事になる。なぜかは判らないが、アイツは一家心中か何かでも企てて、今回の事件を起していったのだろうとも考えられる」
そこで、友人は少し考え込むようにしてから口を開いた。
「という訳で、第二の事件から考えていこう。ご夫人が自分の部屋へ戻り、家政婦さんがそれを追いかけていった」
そこで、息子が述べた。
「ここで気になるのは、執事さんはこの時に父さんの部屋へ立ち入っている、という事ですね。それはきっと偶然の事だったのでしょうけれど、執事さんが来る気配でも察したのか、父さんは死んだ振りでもして気付かれまいとした筈です。執事さんは何の異変も感じなかったようですからね」
この考えに、友人は少し考え込むような素振りを見せた。
「もしかして、執事さんも共犯だったのだろうか。執事さんは事ある毎にアイツの部屋へ行って、アイツは確かに死んでいるのだと僕達に思い込ませた、とかね」
それを受けて、息子も腕を組んだ。しかししばらくの後に、友人は頭を振って云う。
「まあ良い。とりあえずは先に進む事にしよう。執事さんが共犯者なら、より事件は簡単になるだろうから、まずはアイツ一人でどう犯行を為し遂げたのかを考えよう」
息子は頷いて云った。
「判りました。
それで父さんは、執事さんをやり過ごし、家政婦さんが部屋を出るのを待ったのですね。そして、家政婦さんがリビングへ下りていったところで行動を開始する。
疲れきっていたらしい母さんが扉に鍵を掛けたかは判りませんが、いずれにせよ鍵を開ける事は可能ですね。そうして中へ入り込み、母さんを殺した。その後は自分の部屋へ駆け戻り、また死んだ振りをすればそれで良い」
友人は虚空を眺めながら述べる。
「犯行時間は短いが、不可能とは云えなさそうだね。外へ逃げ出す必要も無いのだから、他の誰よりも時間は長かっただろう」
溜め息を細く吐き出し、友人は話を進めた。
「それでは、第三の事件に就いてはどうだろう。被害者は家政婦さんで、現場は一階にある家政婦さんの部屋だ。アイツが自分の部屋に居たのなら、どうにかして一階へ下りなくてはならないのだが」
息子はすっかり頭を悩ませる。
「リビングには全員が集まっていた。幾ら執事さんが共犯だったとしても、階段を下りてこれた筈はありませんね。執事さんにも怪しい素振りは無かったのだし」
「アイツが階段を下りてこれた筈はない、か。慎重な云い回しだが、それこそが真相に繋がるかも知れないな」
呟くようにしてそういった友人に、息子は訝し気な顔を向けた。
「どういう事ですか?」
友人は階段の方へ目を向けながら云う。
「階段を使わずに下へやってきたのだ、という事だよ」
この言葉に、息子は最初戸惑うような表情を浮かべていたが、ふと何かに気が付いたようにして目を見開いた。
「自分の部屋の窓から庭へ下りたのですか」
友人は頷く。
「あの時僕達は二階の様子なんて知りようがなかったのだからね。それを見越してかどうかは判らないが、アイツはいつの間にか、窓から庭へと脱出していた。そして、どうにかして邸内へ侵入する。
たとえば、君と娘さんが庭にいたのはけっして短い時間ではなかった。君は気が付かなかったと云ったが、何者かが邸内へ入り込む機会は、やはりあったのではないかな」
その言葉に、息子は不安そうな顔をするのだった。
「そう云われると確かに……。随分興奮していたせいで時間の経過は意識していませんでしたが、すっかり躰が冷え込んでしまう程度には外に居たのですね。もっと周りに意識を向けておくべきでした」
「あの時には仕方が無いだろう。何より君には、娘さんを連れ戻すという大事な役割があったのだからね」
友人はそう云うと、話を続けた。
「そうして、アイツは邸内へと戻ってきた。廊下の水跡は娘さんの分しか無かったようだと君は云っていたから、アイツはレインコートを着たりしていたのかな。そして、家政婦さんがやってくる前に、家政婦さんの部屋に隠れ潜む」
「家政婦さんが戻ってきたところを襲い、僕達兄妹がリビングに戻るのを待ってからまた外へ逃れた。その後で僕達が家政婦さんの部屋へやってきて、現場の状況に驚いていたのだ、という事ですね」
息子はそう云って、腕を組む。主人が犯人なのではないか、という考えは何となく発したものだった。しかし、笑い捨てるにしては随分と話が巧く進んでいく事に驚きを感じるのであった。
「アイツは、執事さんの梯子を使って自分の部屋へと舞い戻る。先程は窓の外にまでは意識を向けなったからね、もしかしたら窓の下の方に梯子が倒れているかも知れないな。
これで、第三の事件は完了だ」
友人はそう云って、一度大きく息を吐き出す。
「何だか、恐いほどに筋が通るようだな。しかし、この先に就いてはどうなのだろう。第四の事件は、娘さんが被害者だった」
友人は口許に手を当てながらそう云う。息子は目を閉じ、腕を組んで述べた。
「僕達は皆して、それぞれの部屋に閉じ籠っていたのですからね。貴方だってリビングに居たのだから、父さんが二階を徘徊していたとしても気が付く筈がない。そして、密室を解く事は可能なのだし、父さんにはいつでも犯行を為せたでしょう。
それでも僕は、隣の部屋から妙な物音がしたようには思えなかった。その事も考慮すると、やはり僕がリビングへ下りてから行動を開始したのでしょうね」
そこで友人は口を挟んだ。
「アイツは、君がリビングへ下りていく事を計画に組み込めたのだろうか。殺されるのが厭で部屋に閉じこもった人間がもう一度部屋の外へ出ていくなんて、都合が良過ぎないかな」
息子は訝しがるようにしながらも、絶対にあり得ない事だとは云わなかった。
「父さんは僕の事をよく理解してくれていました。だからきっと、これだけ家族が殺されて、しかも不可能状況の事件だ、となれば、推理小説に登場する探偵の真似をして、家中を捜査して回るだろうなんて考えていたのではないでしょうか。
僕自身も、身内が殺されたのでなければきっとそうしていただろうと思いますからね。実際には少し異なりましたが、まあ予想の範疇だっただろうと思いますよ」
この言葉に、友人は曖昧に頷いて先を続けた。
「判った。そうしてアイツは、君が居なくなったのを見計らって、娘さんの部屋に侵入して殺害した。
この時、娘さんの部屋は密室に戻す必要はあっただろうね。執事さんが共犯者だと云うのならそのままでも良かったかも知れないが、僕には、執事さんも被害者の一人だったとしか思えない。密室を構築する方法も無くはないし、僕ら三人とは違ってアイツには時間はあった。
そして扉に細工をして、アイツは部屋へと舞い戻り、死んだ振りでもしていたのだろう」
友人が云い終えると、息子は溜め息を吐き出して口を開いた。
「その後、部屋へやってきた執事さんを殺害する。執事さんも随分と精神が参っていたようでしたからね。父さんは隙を見て、速攻で仕留めたのでしょう。
それから、死んだ振りをして僕達をやり過ごした。もしかしたらまだ生きているのかも知れないですね」
「そして、この遣り取りを聞いていて、殺害の機会を伺っているのかな」
友人は呟くようにしてそう云った。しかしその言葉には妙な迫力が宿っていた。息子は驚いて肩を震わせ、友人自身も咄嗟に辺りを見回すのだった。
周囲に人影は無い。
「自分でも怖くなる冗談、止めて下さいよ」
息子は呼吸を乱しながらそう云う。友人は罰が悪そうに応えた。
「申し訳ない、可能性を考えていたら、このまま僕達を殺さない理由が見当たらなかったものだから」
そして二人は黙り込み、心を落ち着けた。しばらくしても主人が姿を現す事はなく、リビングは普段と変わった様子を見せないのであった。
十二
しばらくしてから、友人が口を開く。
「いや、しかしこれもまた間違っている。確かに随分と巧く話が纏まったけれど、アイツは確かに絶命していたんだから」
友人の言葉に、息子は首を傾げながら訊ねる。
「本当に、父さんは死んでいましたか? ここまで全ての事件に説明がつくのですから、僕にはこれが真相であるように思えるのですが。
もちろん、父さんが犯人だなんて信じたくはないですよ。けれど、そうした情を捨て去って考えるならば、この推理はあり得そうな事ではありませんか」
しかし、友人は頭を振って応える。
「いや、アイツは第一の事件の時点で確かに絶命していたよ。呼吸はしておらず、瞳孔は開きっ放しになっていた。心臓も動いていなかったし、生体反応はなかったんだ」
それでも息子は食い下がる。
「何かの間違いだ、というような事は無いのですか? 実は父さんは仮死状態になっていたのだ、とか」
すると友人は顔を俯け、言葉を詰らせた。
「それは……否定できない。僕は決して専門家ではないし、今云ったような確認を行っただけだ。一時的に仮死状態になれる薬でも飲んで、やり過ごしたのかも知れない」
それでも、友人は顔を上げると息子の顔を真直ぐに見据えて述べる。
「だが、きっとアイツは死んでいた筈だ。誤診の可能性は否定できないが、それはあくまでも可能性の話だ」
息子は腕を組み、虚空を仰ぎながら訊ねる。
「そこまで仰るのですから、僕も強く疑う訳ではありませんけれど。しかし父さんが犯人だという考えは当を得ているように思えて、こちらを否定する事もできないのです。
父さんが死んでいなかったのであれば全ては解決すると思うのですが……ここにも巧い説明が付けられないものですかね」
そこで、息子が思い出したようにして口を開いた。
「そう云えば、貴方にずっと訊きたい事があったのですよ。色色な事があってすっかり忘れていました」
「訊きたい事? 何に就いての話だい?」
友人がそう訊ねると、息子は身を乗り出して云った。
「これまでの全ての事件で訊きそびれていましたが、皆の死因はそれぞれ、どういったものだったのですか? 父さんは、どうやって殺されていたのでしょうか」
この質問に、友人は多少の戸惑いを見せた。しばらくの間、彼は言葉を失うようにして押し黙っていた。しかし、ふと我に返ったようにすると、友人は口を開いた。
「そうか、現場を検証した結果は報告していたけれど、皆の検屍結果に就いては説明していなかったか。
もちろん、隠していた訳ではないんだよ。被害者たちが絶命している事は何となく伝えていたと思うけれど、それでもう報告は済んだものだと思い込んでしまっていたよ」
そう云うと、友人は顔を顰めながら述べるのだった。
「しかし……彼等の死因に就いては、まるで判らなかったんだ。
皆、確かに死んではいる。これは絶対に間違いないと断言できる。
だが、その原因は判断できなかったんだ。それは、アイツの死因だけじゃない。全ての事件に於いて、被害者の死因は見当も付かなかったんだよ。
現場の検証をする度に述べていた事だけど、殺された人達の状態も含めて、事件現場には本当に何の手掛りも無かったんだ」
この報告を受けて、息子はこれまでに無いほどに驚愕した。驚きのあまり、彼はソファから立ち上がって友人に云った。
「まるで判らないって、だって貴方は、色色な死因に就いても詳しかったのではありませんか?」
息子が驚きながら訊ねると、友人は益益狼狽を見せた。
「そうなんだ。僕は――もちろん、専門的な事までは知らないけれど、一般以上の知識は持っているつもりだよ。
しかしそれでも、判らなかったんだ。屍体に、外傷や反応、何か特徴があれば、素人ながらにも何某かの推測はできただろうと思う。
けれど本当に、文字通りの意味で、何も無かったんだよ。いきなり命が途絶えてしまったように死んでいたんだ」
この発言に、息子は混乱し、友人も戸惑いを見せていた。そうして二人は、言葉も無いままにソファに坐り込んで、すっかり頭を悩ませてしまうのであった。
さて、一体誰が、犯人なのだろうか。
事件発生・六 最後の事件
ここで、最後の事件が起る事となる。この章に記載される内容はすべて事実である事を、最後に念押ししておこう。
以上のように、友人と息子の二人はリビングでソファに坐っていた。家の外ではまだ大雨が吹き荒れており、天候は益益悪くなっていく。次第に雷鳴が轟き、唸り声を上げ始めるのだった。
ある時、ひときわ強い雷光がリビングを照らし、轟音が響き渡った。そして、その一瞬が切り出されたかのようにして光ったリビングには、唯二人の人物だけが存在していた。一人は友人であり、もう一人は息子である。それ以外には誰も居らず、生き残っているのは彼等だけであった。
雷鳴の直後、リビングで悲鳴が上げられた。それは友人の口から発せられたものであった。息子が声を発する事は無かった。
この状況に於いて、友人、息子の二人は命を落とした。この頃、二人の間でどのような遣り取りがあったのかは記述しない。
こうして、この事件世界の登場人物達は皆死に絶えてしまい、後には誰も残らなかった。
事実記録
事件世界に於ける流れは、前章の通りである。ここからは、この事件に就いての、絶対的な事実を述べていく事としよう。
この章に記述されている情報は、すべて疑いようもない事実であり、手放しに信じ込んでいただいて良い事を約束しよう。ぜひ、犯人を特定するための手掛りとして存分に活用していただきたい。
まず、事件世界の登場人物達に関して述べよう。事件世界に登場するのは、主人、夫人、息子、娘、執事、家政婦、友人の七人である。このそれぞれに就いて……
○主人……事件世界の舞台となる家の主人である。論理的思考が身に付いており、非論理的な事を嫌う。推理小説以外の趣味には狩猟があり、実銃を所持している。第一の事件の被害者である。
○夫人……主人の妻である。指先が器用であり、普段は針子仕事をしている。その他にも、趣味で編物もする。第二の事件の被害者である。
○息子……主人と夫人の一人目の子供である。父親の影響で推理小説を好んでいるが、論理性よりも意外な事が好きである。最後の事件の被害者の一人である。
○娘……主人と夫人の二人目の子供である。風景画を好んでおり、自身の画力も高い。某大学の薬学部に在籍しており、成績は優秀。大学の講義により、毒物に就いての知識も多少持ち合わせている。第四の事件の被害者である。
○執事……主人に永く仕えている使用人であり、家族達からの信頼が厚い。大柄で頑強な躰をしていて力は強く、庭仕事などの力仕事を担当している。その他、主人の補佐も行う。第五の事件の被害者である。
○家政婦……夫人の昔馴染みであり、その縁から家族の許で使用人をしている。邸内の清掃や毎食の調理を担当しており、包丁の扱いに非常に手馴れている。第三の事件の被害者である。
○友人……主人の親友であり、推理小説愛好家。法医学や事件捜査の実用にも長けており、一般的な死因に就いても明るい。彼が検屍を行ったなら、現実に起り得る死因は大体の見当が付くほどである。最後の事件の被害者の一人である。
次に、それぞれの事件の状況を整理しておこう。
○第一の事件……各人が自由に過ごしている中、自室内で主人が殺された。現場は密室状態になっており、何者も出入りできない状況だった。第一発見者は執事であり、彼が扉へ体当りする事で初めて密室が解かれた。
○第二の事件……第一の事件の推理の場が解散し、自室へと戻った夫人が室内で殺害された。夫人の部屋は窓が開いており、扉には鍵は掛けられていなかった。第一発見者は友人であり、夫人と最後に面会していたのは家政婦であった。
○第三の事件……一同がリビングに会している中、自室へ戻った家政婦が殺された。第一発見者は、その時生きていた全員である。
○第四の事件……友人がリビングに独りで残り、それ以外の人物は自室へと籠り、それぞれ密室状態を構築した。この状況で、娘が殺された。第一発見者は執事であった。
○第五の事件……主人の部屋で執事が殺された。そのすぐ近くの廊下には友人と息子が話をしており、何者かが廊下を渡る事はできなかった。事件現場は状況的に密室状態にあったとも云える。
○最後の事件……友人と息子の二人がリビングに居た。そして、その二人は同時に殺害されたのだった。
被害者達の死因は、検屍を担当した友人には全く解らないものであった。
最後に、それぞれの事件に於いて、被害者が絶命した瞬間の他の人物達の行動をここに記述する事とする。怪しい行動を取っている人物がいるかどうか、判断してほしい。
○主人死亡時
夫人……自室で眠っていた。
息子……自室で本を読んでいた。
娘……家の外で買い物をしていた。
執事……庭を掃除していた。
家政婦……風呂場を掃除していた。
友人……リビングで読書をしていた。
○夫人死亡時
息子……リビングで項垂れていた。
娘……庭で転寝をしていた。
執事……主人の部屋で、主人の遺体に黙祷を捧げていた。
家政婦……二階の廊下を渡り、一階への階段に向っていた。
友人……リビングで項垂れていた。
○家政婦死亡時
息子……リビングのソファに腰を下ろしていた。
娘……リビングのソファに腰を下ろしていた。
執事……リビングのソファに腰を下ろしていた。
友人……リビングのソファに腰を下ろしていた。
○娘死亡時
息子……自室で涙を流していた。
執事……自室で頭を抱えていた。
友人……リビングで事件に就いて考えていた。
○執事死亡時
息子……二階の廊下で友人と会話していた。
友人……二階の廊下で息子と会話していた。
○息子、友人死亡時
息子……リビングのソファに坐っていた。
友人……リビングのソファに坐っていた。
ここに至り、犯人を特定するために必要な情報がすべて呈示された事を約束しよう。
感情を排し、論理的に推理すれば、絶対に犯人を特定する事ができる。事件世界章に於ける虚偽の記述には注意しつつ、作中の情報のみを根拠として犯人を指摘してほしい。
次の章では、いよいよ真相を明かすこととなる。そこにももちろん虚偽は無い。
再三確認しておくが、犯人に依る虚偽が含まれるのは、事件世界の様子、という節に於いてのみであり、読者への挑戦章、事件世界章の内の事件発生の節、この事実記録章、そして次の真相章には一切の虚偽は無い。
貴方に推理が許されているのは、真相章の頁を読み始めるまで、である。ここでぜひもう一度、自身の推理を振り返ってほしい。
さて、貴方には犯人が判ったであろうか。
ネタバレ回避を目的に、
ご意見ご感想などは、真相編の方で書き込んで頂くようにお願い致します。