07.クエストへ
先程宵月亭を出て、まだ2刻も経っていないが源十郎は再びここを訪れていた。
言うまでもなく試験の終わりを伝える為だ。
扉を開き、カウンターへ向かっていくと、そちらの方から怒号が聞こえてきた。
「なんでダメなんだよ!」
「ですから、規則です!」
見れば、燃えるような赤い髪の少年がカウンターを乗り越えん勢いで受付嬢に絡んでいた。
受付嬢はアイリスとはまた別の人物のようで、困り果てた顔をしている。
少年の後ろには、ヒラヒラした服を身にまとった二人の少女と、金髪の少年が立っていた。
源十郎は横目でそのやり取りを見ながら、アイリスの元へと歩んでいく。
源十郎の姿に気づいたアイリスはどこかホッとしたような顔で源十郎に笑みかける。
「あら、ゲンジュウロウさん……忘れごとですか?」
「やあアイリスさん、忘れごとと言うか、こちらゴブリンの耳と石です。」
「ええ!?」
小ぶりな革袋を源十郎がカウンターへ置くと、座っていたアイリスは椅子から転げ落ちんばかりに仰け反って驚いていた。
「え、あ、あの、まだ半日も経ってませんよ……?」
「ええ、運が良かったようで。偶然4匹と出会いまして。」
「よ、4匹ですか?」
源十郎の言葉を聞いて、アイリスは革袋の中を確かめる。
そこにはゴブリンの右耳と魔石4つが確かに入っていた。
「か、確認出来ました……。」
「して、何か厄介事のようですが、あちらはどうされたんでしょう?」
源十郎はアイリスに小さな声で問いかける、店内に響き渡る程の声でやり取りをしているのだから源十郎の囁きは少年に聞こえないだろう。
その言葉を聞いたアイリスは、溜息をつきながらやれやれ、と言った具合で返した。
「ああ……あちらのパーティは駆け出しの……全員が最下級なのですが、一つ上の依頼を受けさせろと無茶を言ってるんですよ。」
「……ふむ?依頼にも難易度があるんですねぇ。」
「ええ、本来は試験に受かった後にご説明させて頂くので、とはいえゲンジュウロウさんは問題なくクリアですので説明させて頂きますね。」
そう言うとアイリスはカウンターの下から数枚のカードを取り出し源十郎に見せた。
「こちら左から、白、銅、銀、金、黒のカードとなっておりまして、受注出来る依頼もそれに応じた物となっております。今回ゲンジュウロウさんも初登録ですので、白からのスタートとなりますね。」
「ははぁ、なるほど。確かに実力に見合った物を受けられるようになっていないと困りますか。」
「ご納得頂けたようでなによりです……最近の駆け出しにはこれを軽視して実力の伴ってない物を受けようとする方が増えてます。」
アイリスは再び溜息をつきながら、ちらりと横目で赤髪の少年を見た。
余程この手合が多いのだろう、アイリスの表情は心底面倒くさそうだった。
「と、失礼しました。そして、冒険者としてのランク上昇は依頼を実直に熟して頂くか、何らかの功績を残された場合に変わります。」
「功績、と言いますと?」
「そうですね、過去の例で上げさせて頂くとすれば。盗賊団を壊滅、捕縛した。災害レベルの魔物の討伐。後は、新たな治療法や呪いの解除法を考案した。などでしょうか。」
「ははぁ、なるほどぉ。」
源十郎は思い耽る、さすがにノーベル賞は取れないなと。
だが、アイリスの述べた例の2/3が既に達成済みだとは、本人も気づいていない。
「なお、カードは詐称が出来ないようになっておりまして、特殊な加工がされております。ですので、初回の発行でかかる費用は微々たるものですが、紛失や破損した場合の再発行はかなりお値段が張りますのでご注意なさってくださいね。」
「ええ、肝に銘じておきますよ。」
「では、ゲンジュウロウさん。改めて冒険者へようこそ。」
アイリスからカードが手渡され、この瞬間を持って源十郎は白級の冒険者となった。
源十郎からすれば免許証を手に入れた感覚しかないだろうが。
ともあれ、これでようやく身分を証明出来る物が手に入った事に少し安堵した。
源十郎が受け取ったカードを懐にしまっていると、隣から赤髪の少年が歩いてくる。
「爺さん、アンタ今冒険者になったばかりか?」
「……ん、ええ、そうですよ?」
「だったら臨時でオレらのパーティ入れよ、損はさせないから。」
改めて源十郎が赤髪の少年を見ると、目はギラギラと光り、とても興奮していることが伺えた。
人の心理などに別段詳しくもない源十郎でも理解が及ぶ、ああ、これは逃げられないだろうなと。
「私を?どうしてまた。」
「なんだっていいだろ、その歳で今から冒険者なんて他にどうせ誰もパーティなんざ組んでくれねぇんだから。」
聞いていたアイリスが眉を顰める。
僅かなりともアイリスも思っていた事だったが、それをズケズケと述べた少年に不快感を感じたのだろう。
「おい、これで5人だぜ!文句ないだろ!」
赤髪の少年は受付に向かってそう叫んだ。
源十郎は、まだ答えを出していなかったのだが、それについてはどうでもいいらしい。
そしてそれを聞いた源十郎も理解した。
どうやら受付嬢は、どうしても受けると言うなら5人は集めろと言ったのだろうと。
「……せめて何をするかくらいは教えて頂きたいんですがねぇ……。」
「ゴブリンの討伐だってさ。」
カウンターへ再び向かっていく赤髪の少年に投げかけた言葉は、別の所から拾われた。
少年の後ろに立っていた金髪の少年が源十郎の元へきていたのである。
「俺はシルフィ、まあ、よろしくな爺ちゃん。」
「ああこれはどうも、源十郎です。しかし、ゴブリン討伐が……えーと、銅級のお仕事で?」
「いやぁ、単なる討伐なら白級だろうけど。なんか巣があったらしいよ。」
シルフィはフードのついたローブの中で浅黒い手を腰に当て、一息ついて源十郎へ情報を伝えた。
「ああ、なるほど……。いち早く功績が欲しいというヤツですかねぇ。」
「そうねー。ってその口ぶりからすると、爺ちゃん功績が欲しいわけじゃないんだ?」
「ええ、私は旅するのに持っておいた方が得と伺ったので。」
「はぇー……その歳で一人旅始めるなんて、中々にファンキーな爺ちゃんだね。」
「元気だけが取り柄ですからねぇ、ハッハッハ。」
源十郎の言葉に驚きながらもシルフィが笑う。
容易く打ち解けた二人に比べ、赤髪の少年の後ろに付き従うようにしている少女達は源十郎と目を合わせる事すらしなかった。
その間に、赤髪の少年は話がついたようで、源十郎達の元へ歩いてきた。
「よっしゃ、ゴブリンの巣の討伐だ。おい爺さん、足引っ張んなよ。」
「ちょっとちょっと、勝手に呼んどいてそりゃ無いんじゃないの?」
嵐のように巻き込み、嵐のように爪痕を残す赤髪の少年に、シルフィは横から口を挟んだ。
互いの関係すら未だわかっていない源十郎から見れば、シルフィが彼にツッコミを入れるのは日常茶飯事なのかなと考える。
「ちょっとした注意喚起だろうが。」
「ええ、まあ、仲間となったからには頑張らせてもらいますよ。」
口を尖らせてそう告げた赤髪の少年に、源十郎は言葉を返した。
「じゃあ出発するか。」
源十郎の言葉は聞いたか聞かなかったか、特に何を返すでもなくそう告げる赤髪の少年。
それに対してシルフィは首を傾げた。
「げんじゅーろーの爺ちゃん、まだなんの準備も出来てないんだけど?」
「あぁ?冒険者なら常日頃から出れるようにしとけよ。」
「いやいや、構いませんよ。特に準備するモンもありませんので。」
シルフィと赤髪の少年の間で火花が飛び交う。
源十郎は苦笑いを浮かべながら手を横に振った。
それを見てブツブツ文句を言いながらも、赤髪の少年は二人の少女の元へと向かっていく。
「っても爺ちゃん、多分距離的に泊まりになるぜ?」
「地べたが湿ってなければどこでも寝れますよ。」
「そりゃ非効率だよ、しゃーねーな。俺が持ってるテントで嫌じゃなけりゃ一緒に使ってくれていいよ。」
「嫌だなんてとんでもない、むしろハゲたジジイと一緒で構わないんですか?」
「朝日の代わりになってくれるなら寝過ごさなくて済みそうだ。」
シルフィから返ってきた言葉に源十郎は笑う。
どうやらシルフィは相手との距離を詰めるの上手いようだ。
シルフィもエメラルドの瞳を片方だけ見せてニカッと笑った。
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ドリスを出発して日も暮れた頃、一行は森の中でテントを張り、火を起こしていた。
結局ここに来るまで源十郎に語りかけてきたのはシルフィのみで、赤髪の少年は愚か、連れの二人の名前すら知らない。
ここまで来ると源十郎も、これが2:3の臨時パーティだと理解出来た。
テントが組み上がって程なくした頃、赤髪の少年がようやく源十郎に話しかけてきた。
「爺さん、先に寝ていいぞ。どうせジジイはもう眠い時間だろ。」
「ありがとうございます……とは言え、見張りはいいんですかね?」
「見張りはオレとニーナとリリでやる。」
ここで源十郎は初めて少女たちの名前を知る、が。どちらがどちらの名前かまではわからない。
見張りをやると述べた赤髪の少年に礼をすると、源十郎はテントへ入って行った。
中には既にシルフィが横になっている。
「お邪魔しますよ。」
「やあ爺ちゃん、狭い我が家だが寛いでってくれ。」
片肘をついて手の平に頭を乗せた体勢で笑うシルフィ。
どうやら気を使う必要はなさそうだと、源十郎もテントで横になった。
「キャンプはいいんですが、ご飯無しだと眠れるかどうか不安ですねぇ。」
「まあ、干し肉齧った程度じゃ仕方ないけど、食料大量に持ってきたら歩みも遅くなるし、魔物に見つかっちまうからねぇ。」
これまで源十郎が口にした食料は、シルフィに分けて貰った干し肉と水のみ。
赤髪の少年たちは果物等も食べていたようだが、当然二人に分ける事は無かった。
「しかしまあ、諦めてたとは言え、まさか本当にそのまま出発とは思いもしなかったぜ。」
「本来は違うんですか?」
「いや、他所がどうかは知らないけど。今回の目的は巣だろ?目標は逃げないわけで、わざわざ日暮れが来るのわかっててあの時間に出る必要はないよな。」
「ゴブリンに襲われた誰かを救いたい、とかじゃないでしょうかねぇ?」
源十郎の言葉にシルフィは顔を歪ませながら考え込む。
幾度か唸って考えてはみたものの、どうにも納得出来なかったようだ。
「やー……わかんないけどさぁ。」
「まあ、実際巣に行ってみればわかることですかねぇ。今は寝ましょうか。」
「……ん、そだね。」
程なくしてシルフィが寝息を立て始めたのを確認すると、源十郎の意識も闇へ落ちていった。
この世界に来て2日目、寝心地は決して良くはない。
しかし、存外疲れていたのだろうか、源十郎は夢も見ることなく深い眠りへついていた。
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「……イ……」
ぼんやりとした声が聞こえた源十郎は、霞がかった視界と頭が徐々に覚醒していく。
仰向けになっていた源十郎を揺すり起こしていたのはシルフィだった。
「爺ちゃん、気持ち良く寝てるトコ悪いんだけどさ。」
「……ん、ああ……どうかされましたかね。」
「やられたぞ。」
そう告げたシルフィの言葉の意味がまだ入ってこない源十郎だったが、シルフィがテントの入り口を押し広げて外を見せた時にようやく違和感に気づく。
焚き火が消えており、辺りに闇が広がっていた。
自体に気づいた源十郎は徐々に理解する、恐らく、隣にあったはずのテントはもう無いのだろうと言う事に。
「……参りましたね、置いてかれちゃいましたか。」
「爺ちゃん、その程度の問題じゃないぜこれ。いや、アイツらはその程度の認識だったかもしれないけどさ。火も消して、見張りも無しだ。寝たまま魔物に食われる事だって有り得た。」
「つまり、どういう事に?」
「俺と爺ちゃんじゃなく、他の駆け出しだったら本当に死んでた可能性だってあるわけで、そんな冒険者放っておいたらどうなると思う?」
「ああ、なるほど………………?」
彼らは冒険者としてやってはいけない事をやったのだと言うことが源十郎にも理解出来た。
だが、その後にシルフィが述べた言葉に源十郎は引っかかりを覚える。
「他の冒険者だったら、とは?」
「爺ちゃん、強いだろ。それもとんでもなく。」
「登録したての白級ですよ?」
「だって、ここに来るまでの道中、息切れ一つしてなかったろ?そんなスキル見たことないよ。」
源十郎はその言葉に否定も肯定もせず、ただ少し笑ってみせた。
同じようにシルフィも笑う。
「まあ、強いかどうかはさておき。追っかけましょうか?」
「そーね、賛成。焚き火の匂いからしてそんな遠くないだろうし。」
「どちらに向かったかはわかりますか、坊っちゃん。」
「あん?……ああ、一応わかるよ。」
シルフィは手早くテントを畳んで収納すると、担ぎ直して地面を見た。
月明かりも木々に隠れて、ほぼ光の無い世界だが、シルフィには見えるのだろうか。
そう源十郎が考えていると、シルフィは松明に火をつけた。
やはり見えなかったようだ。
「んー……足跡に細工されてる感じも無いし、簡単にわかるなこれ。」
「では、頼りにさせてもらいますよ。」
源十郎は刀を手にして旅支度は終わった。
シルフィが先導して前を歩いて行く、が、思い出したように源十郎へ振り返った。
「ああ、そうだ爺ちゃん。」
「はい?」
「俺、一応女だから。」
源十郎は固まった。