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全てを断ち切る最強のジジイ 異世界に立つ  作者: Shine
始まりの章・神斬り
6/8

06.冒険者の酒場へ

この章の終わりまで考えてたらかなり遅くなってしまった。



「んー……100万円……ああ、リルカだったか。今ひとつ実感が湧かないねぇ……。」


活気ある街の往来を歩きながら、青紫色の水晶……リンクストーンを手に一人呟く源十郎。

つい先程、領主の屋敷から名残を惜しむレイチェルとラインハルトに別れを告げたところであった。

その際、レインから渡されたのは例の魔石の買取額をチャージされたリンクストーンと冒険者の酒場への手紙。

銀貨1000枚分、金貨にして1枚がこの宝石に入ってると言われても、源十郎にはピンと来なかった。


「流石にスマホに100万円チャージしたことはないもんなぁ……。」


もし金貨1枚を現物で受け取っていた場合どうなっていたか。

源十郎が近くにあった露店に視線を向けると、リンゴに似た果物が売っていた。

それの価格がおよそ100リルカだった場合、銀貨999枚と銅貨900枚が釣りとして返ってくる事となるだろう。

源十郎は考える、自分が店主だったら絶対断ると。

もっとも、これは源十郎がまだ小銅貨しかしらない故の発想だが。

とは言え、露店を見る限りではレイチェルの言っていた読み取りをする石とやらは見当たらない。

恐らく露店の方は硬貨のみの取扱なのだろう。


「これが使えるのは……ちゃんと建物でやってる店かねぇ。」


何もドリス内は露店ばかりと言うわけではなく、建物から看板の出ている店らしき物もあった。

最大の問題は、その店と思しき看板を源十郎が読めない事だった。

これまで出会った相手との会話に問題も無く、先日はレイチェルを家に送っていくのが先だったため、気に留めていなかったのだが。


「……まあ、酒場の場所は一応聞いてるからよしとしよう。」


兎にも角にも、身分を証明できる物が無い源十郎はレインから貰った靴で地面を蹴って進む。

履き心地はわるくないようだ。

そのまま源十郎は酒場へと辿り着いた。

然程悩む事無く到着出来たのは、看板に文字だけでは無く、ジョッキの絵が描かれていた事も理由としてあるだろう。

ガラス張りの扉に手をかけて開くと、昼間にも関わらず多くの人で賑わっていた。

程なくして、ウェイトレスの少女が源十郎の前に駆け寄ってきた。


「いらっしゃいませ、1名様でしょうか?」

「ん、ああ、失礼。こちらで冒険者の登録をしていると聞きましてねぇ。」


途端、驚いたようにウェイトレスは目を丸くした。


「え、あ……?ああ!ご依頼ですか?それでしたら、あちらのカウンターになりますよ。」


登録の事を依頼と呼ぶのだろうか、と源十郎は思いながら、ウェイトレスに指し示されたカウンターを見てみると受付嬢が立っているのがわかる。

ウェイトレスにありがとうと会釈をしてそちらへ近づいていくと、受付嬢が笑顔で源十郎に声をかけた。


「ようこそ、宵月亭へ。ご依頼でのお越しでしょうか?」

「ええ、冒険者の登録をこちらでしていると伺いましてねぇ。」

「はい、在籍している冒険者は数多くおります。どういったご依頼でしょう?」


互いに笑顔でやり取りをしたところで、再度ここに来た理由を問われた源十郎は首を傾げる。


「……ええと、ですから冒険者の登録を。」

「はい、承っておりますが……?」


次は受付嬢が首を傾げる番だった。

そして妙な間が二人に流れてしばらくした後、ようやく源十郎はその間の正体に思い当たった。


「ああ、失礼。私が冒険者として登録したいんですよ。」

「………………え?あ、ああ!そうでしたか、失礼しました!」


受付嬢の慌てっぷりを見て源十郎は苦笑いを浮かべる。

冒険者と言う家業は、先日簡単に聞いた限りで言えば正に命を掛けて日々を生きると言った物だろう。

老い若い問わない職種だとは言っても、いいとこ元傭兵や騎士崩れの30代くらいが一般的。

源十郎の歳でこれから初めて登録しよう、等と言う人はこの酒場にいる顔ぶれを見る限りそれこそ稀も稀なのだろう。

受付嬢の表情の意味を理解した源十郎は、懐から手紙を取り出すとカウンターへ置く。


「突然何を言ってるんだこのジジイは、と思われても仕方ないかも知れませんが。領主さんから推薦状を頂いてましてね。」

「ああいえ、単に勘違いでして……と、アインシュ様よりですか、拝見させて頂いても?」


どうぞ、と源十郎が告げると受付嬢は封筒から手紙を取り出し中身を確認した。

手紙を読み始めた受付嬢の表情が、真顔から驚きへ変化し、笑顔へ変化し、苦い顔へ変化する。

だが、生憎と源十郎はその手紙に何が書かれているかまでは知らない為、少々不安そうに待っていた。


「……なるほど、承りました。ゲンジュウロウ様ですね?」

「ええ、宜しくお願いします。」

「改めまして私は、こちらの宵月亭で受付をさせて頂いております、アイリスと申します。アインシュ様の推薦と言う事ですが、登録に伴い登録料と試験は必要になりますが、よろしいでしょうか?」


源十郎は頷きと共に少し安堵する。

領主を助けたとは言え、手紙の内容によっては変に特別扱いされる可能性を危惧していたのだが、アイリスを見る限りどうやら杞憂だったようだ。

腰の帯に縛り付けたリンクストーンを取ると、カウンターへ置く。

それを見たアイリスは次の言葉を急いで引き出した、どうやら先走りすぎたようだと源十郎はアイリスに申し訳無さが込み上げる。


「ええと、まず登録にかかる手数料ですが、2000リルカになります。こちらは試験の失敗、成功に関わらず頂く手数料となっておりますが、宜しいですか?」

「はい、それで構いませんが、試験とはどんな物でしょうかねぇ?」

「そうですね、魔物3体の討伐か、指定された薬草の採取となっております。」


その言葉を聞いた源十郎は少し困った、魔物に関する知識もなければ、この世界の草についての知識もない為だ。

もし人では無い物を見つけたとしても、それが果たしてこの世界においての通常の生き物なのか、魔物なのか、それすらわからない。


「ふむ……この辺りで出る、魔物、とやらの情報は頂けるんでしょうか?」

「エネミーペーパー……えーと、魔物の情報が書かれた紙は提供出来ますが、発行に1枚500リルカかかります。」

「ああ、でしたらそれ頂けますかねぇ。」


源十郎がホッと胸を撫で下ろし、アイリスが頷くと、カウンターへ置かれたリンクストーンに大きめの水晶玉を近づけてそれぞれの石を光らせた。

源十郎がこの世界の文字を読めなかった事を思い出したのは―――


「確かに2500リルカ頂きました。」


と、アイリスから言葉が出た後だった。


「続きまして、こちらの書類にお名前、年齢、所持スキルをお書き頂けますか?」


読めないだけでは無く、当然この世界の文字も書けない源十郎は再び困った。

無論、元の世界の文字であれば達者に筆も進むと言う物だが、そういうわけにもいかない。

何と説明しようか、源十郎が思い悩んでいると、アイリスから助け舟が出される。


「代筆が必要でしたら、150リルカで請け負っております。」

「ああ、代筆なんて物もあるんですねぇ。でしたらお願いします。」

「文字を習っていない方や、魔物との戦いで片目が不自由な方などもいらっしゃいますので……畏まりました。」


再びアイリスがリンクストーンを輝かせると、書類を自分の方へ戻してペンを手に取った。


「では、お名前はゲンジュウロウ様……お歳は?」

「52になりました。」

「52……と、お元気ですね。」

「ハッハッハ、それだけが取り柄ですよ。」


頭をピシャリと叩いて笑顔を浮かべる。

それにつられてアイリスも微笑んだ。


「それでは所持スキルを伺っても宜しいですか?」

「スキルと言うと……戦技(アーツ)という物ですかねぇ?」

「ええ、勿論魔法も大丈夫ですよ。」

「生憎と持っておりません。」

「畏まりました…………?」


頷いてペンを走らせていたアイリスの動きが止まった。

アーツ無しは登録出来ないのかと源十郎は渋い顔を浮かべたが、何とか再び動き出したアイリスを見て溜息をついた。


「えー……では、登録手続きをさせて頂きましたので……3日以内に、魔物討伐であれば素材、薬草類はそのままご納品頂ければ最下級の冒険者カードが配られます。」

「魔物の指定はあるんでしょうか?」

「特に決まった物はありませんが、この辺りですとはぐれのゴブリンを、駆け出しにはオススメさせて頂いております。」


アイリスはカウンターの下から紙を取り出し、源十郎の手元へ渡す。

書かれている文字はやはり読めない物だったが、ゴブリンの容姿は絵でとても丁寧に描かれていた為理解出来た。


「……ふむ、これがごぶりん、ですか。」

「……各地で生息しているとは思うのですが、見かけた事はありませんか?」

「ええ、生憎とこれまで出会う機会が無かったもので。」


源十郎の言葉を聞いてアイリスの顔は不安そうな表情へと変わる。

この世界においてのゴブリンとは、各地に点在して生息する人型の魔物である。

眼光鋭く、鼻と耳が高く、小賢しくて厄介な生き物だ。

戦闘力は、一般人の中でも稀にはぐれが狩られる程度の強さで、個々の強さはさして問題では無い。

ただ、ゴブリンは増えるのが早い。

種族として牝が居ないため、人の牝が襲われる事も往々にしてある。

そんな魔物として知名度の高いゴブリンすら見たことがなく、これから冒険者になろうとしている齢52のお爺ちゃんを見るアイリスの目が不安になるのも無理はなかった。


「ゲンジュウロウさん、無理だと思った時は辞めても結構です。命あっての仕事ですから。」

「ええ、気にかけてくださってありがとうございます。」


そんなアイリスの胸中に秘めた物などどこ吹く風。

アイリスへ深々とお辞儀をすると、源十郎はそのまま店を出ていった。

領主の推薦とは言え、老人を死地に追いやってしまった自身を責めるように、アイリスの胸には暗い感情が込み上げていた。




-----




宵月亭を後にしてから暫くたった頃、源十郎は街の門でピエールに声をかけられていた。


「やや、これはゲンジュウロウ様、如何なされました?」

「ああ、どうもピエールさん、ちょっと冒険者の試験で、ごぶりんってのと戦って来る事になりましてねぇ。」

「ゴブリンですと!?」


ピエールは驚いて声を上げた、周囲に人が居なかった為その叫びは宙空に消え去ったが。

もし人がいれば何事かと振り返る程には大きな声量だっただろう。

何故そこまで驚いたのだろうかと源十郎も驚いた。


「はて、そこまで驚く程の魔物なんですか?駆け出しには最適、と受付では伺ったんですがねぇ。」

「そりゃあもう!驚きますとも!ラインハルト様がお認めになったマスタークラスの御仁が、駆け出しの!あまつさえゴブリン討伐と!」


興奮気味のピエールの叫びに、源十郎は苦笑いするしかなかった。


「いやー、ピエールさん。私はどうにもそのマスタークラスって呼ばれ方が苦手でしてねぇ。まだまだ修行中の身ですし。」

「おお……なんと謙虚なお方か……。」

「ですので、それはナイショにして貰えますかね。私もただの源十郎で結構ですよ。」


次は感動に打ち震えているように見えるピエールを見て、また源十郎は苦笑いを浮かべた。

思いの外、感情に生きているピエールは素直に源十郎の言葉を受け入れた。


「わかりました、ゲンジュウロウさま!」

「ええ、宜しく……。と、それでピエールさん、差し支えなければごぶりんがいる場所を、ご存知であればお教え願いたいんですが。」

「そうですなぁ、ゴブリンであれば、数日前にあちらの方の森近くの平地で目撃情報が出ておりましたが、もしかすると既に討伐済みかも知れませんぞ。」

「ああ、どうもどうも。全く情報無しで徘徊するよりは余程ありがたいですよ。」


ピエールに礼を告げて源十郎は歩みを進める。

程なくしてピエールから聞いた場所に辿り着くが、突然出くわすなんて事は無い。

魔物も自我を持って生活している以上、そこに居たのには理由もあるのだろうが、いつまでもその場に留まっているわけでも無いだろう。

宵月亭もそれを当然見越しての期限3日だ。


(ふむ……空気は、日本より美味しい)


源十郎は木々と草むらから吹く風を身に浴びて、大きく息を吸い込んだ。

この世界に降り立って一日、あれよあれよと巻き込まれ気づけば魔物の討伐をする事となったが、元々縁側で日向ぼっこを趣味にする程度には、ゆったりと流れる時間を楽しむのが好きな男だった。

ようやくこの地の空気に対する危機感が薄れたのは、魔物蔓延る危険なエリアとは、なんとも皮肉な話だろう。


(飯は海外旅行と踏ん切りも付くが、せめて便所の紙がもう少し柔らかけりゃねぇ……。)


先日、源十郎がこの地に来て一番落胆したのは、トイレの紙だった。

この世界での製紙技術は、現代日本に比べるべくもない。

領主の家だけあってトイレは綺麗で、紙もあるにはあったのだが、ゴワゴワしていて、トイレットペーパーに慣れた身からするとかなり硬いだろう。


「まぁ、旅してれば多少マシな場所もあるかもしれないし……しょうがないかぁ」


これ以上ボヤいても現状が改善されるわけではない。

息を大きく吐き出すと、源十郎は再び歩き出した。

その直後。


「……」

「……」


草むらから出てきた人ならざる影4つと鉢合わせる源十郎。

互いに沈黙。

いや、源十郎だけではなく、ゴブリン達も驚いていたのだ。

まさかこの近距離で突然人と出くわすなどと思ってもみなかったらしい。


「ギャ、ギャウ!!」

「おおう、驚いた。まさかこんな早く出会えるとは。」


群れの一匹の叫びに触発され、呼応して叫びを上げたゴブリン達はすぐさま臨戦態勢へ入った。

源十郎にとって初めて知り、初めて見るゴブリンへ思う所が無かったわけではない。

しかし、この世界においての常識が欠落している源十郎は、仕方ない事だと自分を諌めた。


「……まあ、運が悪かったと思っておくれ。」


刀を腰に構えた源十郎に対し、警戒を始めるゴブリン達だったが。

鍛えられた一刀に迷いなし。

刃鳴りの音すらせず、次に聞こえた音はカチンと言う木のぶつかる音。

地面に伸びた四つの影は、刹那の間に倍へと増えていた。



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