7話:ハンターキラー作戦(下)
脚に張り付けた地図をちらりと見やる。赤い丸で印をつけたレーダー施設にかなり近づいていた。ここまででもかなりのバンディッツがいた。友軍機はどれだけ侵入できたのだろうか。
「こちらアルファチーム、デルタリーダー。敵レーダー施設及び対空兵器に攻撃を開始する。生きてる奴は突入するぞ。行け!行け!行け!」
アフターバーナーの炎を引きながら攻撃機が飛び込んで行く。
作戦名にもなっているハンターキラーとは、索敵する機体がハンター、攻撃する機体がキラーとなり二機で攻撃を行うことを指す。ハンターは敵のレーダー波を感知し、キラーがハンターからの指示で空対地ミサイルにて攻撃する。過去にはマルチロール機の登場とハンターキラーの効率性の悪さからほとんど行われて来なかった戦法でもあった。
今回はゾーン内での作戦なのもあって、キラー側の電子機器を補助する意味も含めて電子戦機をハンターに置き、レーダーとミサイルの誘導支援を受けつつキラーの攻撃機がミサイルを撃つといった構成になった。マルチロールでも1機では行えないと司令部が判断したのだ。
天井が丸い建物がレーダー施設だろう。隣にはアンテナも備えてあるのが見えた。攻撃機が攻撃態勢に移った。
「敵機が来るぞ、目標知らせ!急げ!」
「アルテミスリーダーより各機、目標を捉えた。確認できるか」
「確認した。こちらのハンターも捉えた、攻撃開始!」
「ハンター機は急速反転。照準ロック、ミサイル発射。マグナム、マグナム!」
「了解、ミサイル発射!」マグナムのコールは、対レーダーミサイルであるAGM-88ミサイルに使われていたものだ。今は派生形のそれだが。
攻撃機が横に並び発射する。ミサイルの白煙が一斉に浮き上がる。ハンター機が各々の方向に散らばる。バンディッツはそれを見逃さない。隙ありと言わんばかりに攻撃態勢に入る。
「SAMだ!」友軍の怒号と共に木々の間からミサイルが飛び出してくる。バンディッツはSAMの射程圏までの誘導役か。一斉に周辺の機体がブレイクする。対レーダーミサイルの着弾まであと1秒弱だがゆっくり確認する余裕はないようだ。
一番近い攻撃機が撃墜される。ミサイルの白煙と撃墜された戦闘機の爆炎で視界が覆われ始める。これでは敵機の位置がつかめない。
レイのイーグルにも警告音が鳴り始める。ミサイルではなく敵機のだ。まるで地面から飛び出して来たのかのように低空からバンディッツが現れた。一体どこからと考える間もなくバンディッツが背後に付ける。
「ステラー全機ブレイク!」クーパー大尉の声と共に操縦桿を目いっぱい引いてインメルマンターン。その下をバンディッツが通り行く。数は4機、機種はSu-27。バンディッツも反転を始める。
敵もこちらも纏まる余裕がなく乱戦になる。見えたものから追いかけるというように、バンディッツが突っ込んでくる。前方に敵機。だがレイに撃たせないともう一機が上方から降ってきた。右にブレイク。後方占位させまいとレイもらせん状に機動して振り切りを試みる。
またも前方に敵機。今度はヘッドオンだ。20mmを撃ってけん制する。ブレイクするバンディッツの後ろからもう一機がエミリア大尉と共にやってきた。完全に挟まれた。大尉の撃墜も間に合わない。
「レイ!!」エミリア大尉が叫ぶ。バンディッツのSu-27から放たれる30mmが見えた。避けても被弾は免れない。だが構うものか。負けるわけにはいかない。操縦桿を握りしめる。
視界が急激に揺れた。そしてブラックアウト。覚める視界から何が起きたか理解するよりも速く、バンディッツが爆散していく。何が起きた?
そして前方に敵機。さっきまで後方にいたはずだ。レイは混乱する頭でガンファイア。尾翼が捥げ錐揉みで墜落していく。撃墜。
「大丈夫かレイ?」クーパー大尉が尋ねる。
「僕は….どうなったんですか」速い呼吸を整えながら聞き返す。
「覚えてないのか?凄まじい機動をしたんだぞ」
クーパー大尉が言うには、まるで機体がジャンプするかのような機動をしたという。エアブレーキを最大拡張させて急減速、機体を上方斜めに捻りつつバレルロールを決めたらしい。
「良く機体が壊れなかったな。見たところ、左垂直尾翼に数発被弾しているが問題はなさそうだ」
「了解…」
「こちらステラー2、敵機は撃墜。レイは?」
「問題ない。行くぞ」
編隊を組み直す。
レーダー施設を破壊して判明したのは、敵がゾーンにも干渉していたということだった。つまりゾーンから発する電磁障害に上乗せして、ジャミングの装置も使用していた。無線の感度や電子機器が若干良くなったのは全体にとって良い方向に働いた。
「HQからブラボー、そちらはどうなっている」
「こちらヴァイパー1、増援のお陰でレーダー施設も破壊。多くが撃墜されたが作戦は継続できる。間もなく合流する予定だ」
「了解…待て、増援だと?」
「そちらが送ったんじゃないのか?だとしたら誰だ?」
「…いや、こちらが送った。すまない、作戦を続けてくれ」やや時間を置いて司令部が答えた。
「了解した。ヴァイパーアウト」
ステラー隊やアルテミス隊、その他の生き残った攻撃機部隊は編制を組み直してレールガン砲台まであと数マイルというところに来ていた。目の前にある山を越えればはっきりと視認できる。
「どうやら俺ら以外にも”お客”が来ていたみたいだな」アルテミス隊の一番機、ジェフ少佐が口を開いた。
「なぁライアン」
「俺に言うな。誰だろうと知らん、味方であるならな」さぞ鬱陶しいという口ぶりでクーパー大尉が返事をする。
「そう言うな。一言挨拶でもしていこうじゃないか」
「あんたらでやっててくれ。別に俺はいい」
軽やかに山を飛び越える。
「見えたぞ…あれは….」誰かが絶句する。
見えたのは、映画からでも飛び出してきたかのような見た目をしたレールガン砲台と周辺の施設群だった。天にそびえる二つの砲身やそれを支える砲台。宙に浮いているかのごとくそれはまさしくSF映画だ。上空から見た景色と全く違う異質の存在がそこにはあった。
「HQより全機に告ぐ。作戦をフェイズ2に移行。繰り返すフェイズ2に移行」
「あんなデカブツに怯むな、行け!」レーダー施設破壊と同じように攻撃機たちが加速して突っ込んでいく。
砲台周辺の対空兵器がこれに反応する形で攻撃を始めた。対空機銃が多いか。弾丸と攻撃機が互いをすり抜けていく。
「どう見る?ライアン」ややトーンを落とした声音でジェフ少佐が問いかける。
「あれは”硬い”な」クーパー大尉も同じように答える。
「ああ。あれは一方から攻撃しても大したダメージは無いだろう。多方向から効果的に撃ち込むことが出来ないと沈められない。それに加えて敵機もいる。でだ」
「で、編隊を組むと」
「同じことを考えてたな。流石だ。うちの編隊に入れ。役割はもちろん直堰だ。そこで、俺の直堰にお前の4番機を借りたい。ハンター中尉」
「レイを連れて何をするつもりだ。俺でも良いだろう」
「純粋な好奇心だ。任してみたいと思うんだ、背中をね」
「お前はどうだ、レイ」
「僕は…」
唐突に振られて困惑した。だが出撃前のことを思い出す。同じイーグルドライバーとしての掩護を任せたいというそれを。守ってみせろ、と。今がその時ならば、答えは、
「行きます」
「決まりだな。頼むぞ、ステラー隊」
「了解した。ステラー隊、アルテミスと編隊を組め。行くぞ!」
ステラーとアルテミスがお互いを二機ずつ組み合わせ、散会する。4編隊、つまり4方向からから攻撃を行って弱点となる部分を見出す。砲台破壊は一基ずつ。そういう作戦で行くことになった。
「飛行場より戦闘機発進!」無線が入る。
編隊を反転させ飛行場に向ける。防衛用とは言っても大きな滑走路が二本もある。戦闘機も大量に配置できるだろう。既に数機が離陸していくのが見えた。
「ステラー全機ミサイル発射。撃て!」
「ステラー4、フォックス2!」離陸したて、ランディングギアを丁度畳む機体にミサイルを放つ。至近距離、避ける暇もなくバンディッツが落ちて行く。タキシング中の機体は諦めずに離陸を強行しようとする。
ガンファイア。内蔵機銃の弾数がもうない。ディスプレイに浮かぶ000の数字。よくここまで保ったなと思う。あとはガンポッドのみだ。
砲台周辺をなぞるように飛ぶが、対空兵器の攻撃が止んでいるのに気が付いた。通り雨がいきなり上がるかのように静かだ。
ゴウン、という音がする。砲台が動いている?飛行している故にその判別はわかりにくい。だが…。
「なんてことだ、砲台が動いてるぞ!」
「落ち着け!まだ俺たちを狙ってるとは限らない、対空兵器の破壊に集中しろ!」ジェフ少佐がざわつく空気をいさめる。
レールガンは巨大だ。接近すれば撃たれて落ちる心配はないが激突する可能性がある。攻撃を止めてブレイクし始めた。
2つの砲身が空を向く。異質な存在がそびえるその景色は、なんとも言い難い不気味さを醸し出していた。何やら不味いという空気を無意識に感じ取り、各々がレールガン砲台から遠ざかる。
レイたちは敵機を追いかけていたためにこの状況を把握できていなかった。何かまた砲台が動いたなと思った。だがずっと見ていられるわけもなく、ミサイルを発射した。
ズシン。と一瞬の青白い閃光と共に地響きのような轟音が響いた。レールガンが発砲したのだ。どこに向けて撃ったのかレイには分からない、頭を巡らせ確認しようと努めた。
「爆撃機隊、チャーリーがレーダーからロスト!」
「随伴する護衛戦闘機もロスト、応答ありません!」
「どうなっている?何が起きた、報告しろ!」司令部の混乱の様子が無線越しに飛び込んでくる。
「レールガンが発砲した。恐らくは爆撃機隊を狙ったものだったと思われる」クーパー大尉が淡々と述べた。
小さく濃い火球が遠くに見えた。あれが撃墜された爆撃機か。止めを刺す役割を受け持っていたものがもういない。残された部隊と残り少ない弾薬をどうにかしてレールガン砲台に叩き込んで破壊するしかなくなってしまった。
「くそ…残存機で目標の破壊は可能か」長い沈黙の後、答えた。
「それは分からない。が、そうしないわけにもいかないだろう」
「そうだ。ここで止めるわけにもいかない….やってくれるか」
ざわめく無線。本当に続行するのか、数が少ない。など一種の諦めの空気が漂っている。
「俺たちは元よりそのつもりだ。その為にここにいる」
「”可能な限り”で良い。無理はするな。それと、」
「全機必ず帰れ。命令だ」語気を強め、祈るように言った。
さぁ行くぞ、とクーパー大尉とジェフ少佐が反転する。仮に通常部隊が諦めたとしても自分たちがやり遂げる。
再度砲台に接近する。残った僅かな対空兵器が発砲、駆けつけた残りのバンディッツが死守せんと攻撃態勢に入った。
レイはジェフ少佐が対空兵器を相手にする傍ら、一番近いものに照準を定める。ピーというロックオンの音。
「中尉、左だ!ブレイク、ポート!」
素早くミサイルのリリースボタンを押して上にブレイク。やり過ごして急旋回、少佐の背後に付こうとするバンディッツを捉える。ロック、受動誘導に切り替えた中距離ミサイルを発射する。ヨーを用い細かい姿勢制御を行いながら大きな回避機動で逸らされる前に到達させる。バンディッツが旋回をする直前にミサイルを自爆、バンディッツは主翼や水平尾翼が吹き飛びながら錐揉みして墜落して行った。
「ステラー4、敵機撃墜」荒い息づかいでなんとか報せる。
「良し、いいぞ。次だ」
砲台を中心にして円形に周回、進路上にある兵器を破壊し無力化。4分隊になったことで素早い対処が可能になる。直堰のステラー隊が数少ないバンディッツを落としていく。そこまでは良かった。
「ステラー1より各機。残弾はどうだ?」いよいよ砲台というところで、クーパー大尉が口を開いた。レイも見やる。ミサイルは短距離が1発のみ。ガンはガンポッドのがあと300発弱しかない。
「残弾によっては攻撃は一度きりだ。これで仕留められなかったら俺たちも終わりだ」
「こちらアルテミス1。残りは貫通爆弾が1発とミサイルが2発。ガンは200発ってところだ」
アルテミス隊の他の機体も同様な残弾数を示している。クーパー大尉の言うとおりになるかもしれない。チャンスは一度、ぶっつけ勝負ということだ。クライマックスに相応しいなと自嘲気味に思った。
また一旦砲台から離れる。
「攻撃するポイントとしたらどこを撃つ」
「砲身を動かしているレールがあるだろう。リング状のやつ。砲身に撃ったところで弾が足りない。ならば足場を崩してやる」
「俺たちはどうすれば良い」
「ステラー隊は砲台を引き付けてくれ。どうもさっきからこちらを追尾してるように砲身を動かしてる。こちらは高度を稼いで爆弾を投下、それまでを頼む」
「了解した。編成を解いて散会するか?」
「それでいこう」
「了解。ステラー隊、ブレイク」
レイもジェフ少佐から機体を離す。加速して上昇する。
「ステラー隊が先に入る。アルテミスはその後ズーム上昇して続いてくれ」
高速を維持して砲台を反時計周りに飛ぶ。ウィングマンはもちろんエミリア大尉だ。時計周りにクーパー大尉とリューデル中尉が飛ぶ。追尾はされているが一つしか動いていない。ならこのもう一つはアルテミス隊を狙っている可能性がある。
砲台の移動速度はそれほど早くない。反時計と時計周りを繰り返し、それを数回続けた頃にアフターバーナーに点火したアルテミス隊の4機が山から飛び出してきた。機体を背面に捻りながら緩く曲線を描いて上昇して行く。できる限りの追尾回避だ。
「撃ってくるぞ!」クーパー大尉が叫ぶ。
「大丈夫だ、信じろ!」
急降下。爆弾のリリースに入った彼らは砲身と砲身の間を狙ったポジションに付く。
「ボムリリース!引き起こせ!」
目に見ても分かるような凄まじい勢いで爆弾投下と引き起し。かなりのGがかかっているだろうとレイは思った。真似するのは難しい。
爆弾が突っ込むところまでは捉えられた。遅延信管のそれは直ぐに爆発しない。効果があることを祈るのみだ。
爆発。派手に爆炎と巻き上がる煙。固唾を飲んで見守る。
「くそったれ」少佐が静かに呟いた。
「アルテミス全機、残りのミサイルを着弾面に撃ち込め。無誘導でも構わない、全弾発射だ」
数える程度のミサイルが放たれ着弾していく、だが。
レイが見たのは、これほど攻撃を食らってもなお稼働しようとする砲台だった。明らかに崩れかかった砲台や砲身、その施設はあと一歩で瓦礫に変わろうとしているのだが、何がこれらにそうさせるのか、砲身をこちらに向けようとする。最後の一発だとしても必ず1機は落とすというような殺気を感じる。
不意に、砲身の基部が露わになっていることに気が付いた。ここに撃てば止めを刺せるかもしれない。
「こちらステラー4」レイは無線で呼びかける。
「どうしたステラー4、レイ」クーパー大尉が出る。
「稼働してるあの砲身、側面の装甲が取れて基部が見えてます。あそこに撃ち込めれば破壊しきれると思います」
「あり得なくもないが、俺たちには弾薬が残ってないんだぞ」
「あります。残りの対空ミサイルとガンが。それを撃ちます」
「何を言ってる。ガンはともかく、ミサイルをどうやって当てる」保証はないぞと続けた。
「最接近して無誘導で撃ちます。それしかありません」
「お前のやりたいことはわかった。だが誰がそれをやる?」
レイは黙った。言い出したのは自分だがそれを行える人がいることは考慮していなかった。
「それに賭けてみよう」ジェフ少佐が言った。
「アルテミス全機にはもう100発かそれに満たない数のガンしか残ってないが、撃ち尽くさせてもらおう」
「お前はいつもそうやって」
「ライアン、まだ手段がある内にやれることは全てやっておくのが戦士だ。まだ俺たちには残されているじゃないか。とやかく言うのはその後に取っておけ」
「…了解した。ステラー全機、基部に最後の攻撃を仕掛ける。全弾撃ち切っても構わない。これで終わら
せよう」
「了解」全員が返事。
加速して旋回。側面に回りこむ。見えた。
「あれだな…全機発砲!」一斉にガンやミサイルでの攻撃が始まった。
余った空対空ミサイルを無誘導で発射。基部の近くに当たっている。効果は直撃よりは少ない。
「こちらステラー3、残弾ゼロ!」
「ステラー2も同じく残弾ゼロ!」
近づくにつれ離れて行く数が増える。レイはギリギリまでガンファイアは控える。
「アルテミス1、残弾ゼロだ。離れる」
「レイ、お前のタイミングで合わせる。撃てる時に撃て」
内部の構造がはっきりと見える距離まで来た。速度を目いっぱい落とすが撃てる時間は30秒もない。少しでも失敗すれば激突する。
「ファイア!」
ガントリガーを引いて、引き続ける。300発弱の20mm機関砲が吠える。砲身加熱の警告など構うものか。ガンポッドが壊れてもいい。とにかく引き続けた。
引き起こし。操縦桿を目いっぱい引いて垂直上昇。インメルマンターン。クーパー大尉と揃って隊列に戻る。
地響きが聞こえてきた。レールガンが発砲したのでは無く、射撃した基部から砲身が切れ、その衝撃で砲台も崩れていくところだった。もう一方の砲身は崩壊に巻き込まれて無力に横たわった。
「やったぞ…」クーパー大尉が言った。
「こちらステラー1。レールガン砲台の完全沈黙を確認した。繰り返す….」
無線が歓声に包まれる。
帰りは夜だった。沈み行く夕日を高空から眺め、昇り行く星々を眺めながら、時間がそこだけゆっくりになったように飛ぶ。一旦ケチケメート空軍基地に戻る必要があり、そこまではもう少しだ。
さきほどまで大規模な戦闘があったとは考えられないほど、パイロット間の交信も静かだ。レーダーで見る限り、行きで確認した3分の2は消失していた。改めて今回の作戦がこれほどに大きかったのだと実感した。
「レイ」そんなことを考えてぼうっとしていた頭に、声が飛び込んでくる。エミリア大尉だ。
「大尉。どうしました」そつなく答える。
「今日は何が良い?」
「何が…ですか?」
「帰った時のご飯。良いのを食べようかなって」
「そうだな….そうですね、ビフテキが良いかな」
「決まりね。すぐに寝たら許さないから」
「分かってますよ。起きてます」自然と笑みが出る。緊張がほぐれた気がした。
そう言えば、と辺りを見回す。アルテミス隊の彼らがいない。そう言うと、
「あいつはそういう男だ」と返す。やはり何かあるのかと尋ねると、
「また今度」と煙に巻かれるのだった。
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その男にとって、今回の作戦はどうでもよかった。成功しようがしなかろうが、それは問題ではなかったからだ。
あくまでこれは彼らの舞台であり、”対象者”を観察することが目的であり、そのために自分たちの”客人”を送った。
テーブルと背の高い椅子、大きなスクリーンだけがある部屋――会議室などと呼ばれているが――の真ん中に座っている。まばゆいまでに明るい照明は身体に悪影響を及ぼすかもしれないと思わせるほどだ。
コンコン、とノックをする音がする。入れ、と促し一人の男が入ってくる。フライトスーツのままだ。帰投してからあまり時間は経ってないのは安易に分かる。
彼が敬礼をする。話すことは決まっている。
「彼らはどうだ?」短く尋ねる。
難しい質問ではないはずなのだが、目の前に立っている男はやや困ったような顔を見せた。それが役割であるのだから、直ぐに答えが飛んでくると思っていた。
「じきに障害となるかと」少し時間を置いて答えてきた。
「じきに?はっきりしないな」
どうやら答えを用意できていなかったらしい。そういうのは必要ない。
「障害となり得るのか、否か。それを聞こう。私が聞きたいのはそこだ」
私もその男も、身じろぎ一つしない。時計の針が進む音だけが、時間の経過を知らせていた。
「なり得ます」
「宜しい。行って良い」再び敬礼をして、失礼しましたと去っていく。
そうか。なり得るか。分かり切っていたことだが、少し残念にも思った。もしかしたら、と淡い期待を寄せていた。珍しくこの自分も含めて興味があると感じていただけに。
部屋の照明を落とし、薄暗いものにする。スクリーンを起動、片手には書類。
「始めようか」と独り言。
その男の見る大きなスクリーンには、1機の戦闘機が映っていた。