6話:ハンターキラー作戦(上)
日誌に一言付け加えるとしたら、後にも先にも、この日を越える体験はしないと思う。
群鳥。
一言で言えばそのような空模様だった。
ケチケメート空軍基地を発進したレイらステラー隊、ジェフ少佐のアルテミス隊、その他の飛行小隊は高度8千メートルと少し上を飛行する。上昇すればレイらより以西の飛行場から発進した飛行隊と合流した。ダイヤモンド、デルタ、アローヘッドなど各々間隔を大きく開けて編隊を組んでいる。ステラー隊はフィンガーチップという真っ直ぐに伸ばした手の形のような編隊を組んで飛行する。
既にこの時だけでも20機近い数が飛んでいる。窮屈な空だとレイは思う。これほどの数の戦闘機が一つの空域に飛行するのは見たことが無い。レーダーディスプレイ上にも友軍機を示す青いマーカーが表示されている。数が多いせいか一塊にも映って見えた。
また一小隊と増えて行く。随伴する電子戦機や早期警戒機なども見て取れる。彼らもこの作戦の要だ。通常部隊では手に負えないバンディッツであっても、ジャミングなどの電子支援で以て少しでも弱体化させれば奴らを撃墜できる確率も上がる。
ただし、ゾーン外で接敵したときでの場合だが。ゾーン内での電子戦機は主に無線やミサイル誘導、その他支援の役割だ。対策としてそのための機器も装備した上で来ているのだろう。
各機体の起こす乱気流に機体が少し揺れる。レイはそっと操縦桿を握って機体を正す。まるでサーフィンをしているようだ。空が海、風が波。ただしレイ自身サーフィンはやったことがないので想像に過ぎないが。
「見えてきたぞ」誰かがオープンチャンネルで呟いた。
前方下部の雲海から鮫のヒレのような形のものが出てくる。垂直尾翼だ。ゆっくりと鯨のように姿を現すそれは大型の可変翼爆撃機、B-1Bランサー。それが二機。そこを飛ぶだけで圧倒されるその存在感に慄く。戦闘機がコバンザメのようだ。
「HQより全機に告ぐ」ふいに交信が入る。
「これより各方面、ハンガリー側をアルファ、ルーマニア側をブラボー、そしてハンガリー方面より参加する爆撃機隊をチャーリーと呼称する。ゾーンまであと300マイル。各方面隊は現在の高度を維持せよ。会敵予想は現在不明」
バンディッツはいつ現れるか分からない。レーダーに映るだけがバンディッツじゃない。既にここでさえも交戦空域足り得るのだ。どれだけのパイロットがそれを認識しているのだろう。奴らがいる限り、安全な空域など存在しない。
空中給油機からの補給を受ける。どれだけ飛んだだろうか。後方へ退避せよという命令に空中給油機が従い、グッドラックと言って重たい胴体を傾けて旋回していった。
「ゾーンまで100マイル。各方面戦闘準備。攻撃機部隊は低空侵入に備えろ。戦闘機部隊は前進、敵機襲来に備え警戒」
前方を飛ぶ攻撃機などが進路を空ける。先にはどこまでも青い空と敵があるだけだ。
守りきれるだろうか。ふとレイはそんなことを思った。これだけの数となれば、バンディッツ側も同じ数を用意していると考えるのが普通だ。いくら対バンディッツを専門に担当する自分ら(SFSD)でも限度がある。
余計な考えは無しだ。今一度再考する。飛ぶこと以外は全てコックピットの外に追いやった筈だ。目を閉じて深呼吸。目を開く。
太陽の光で機体が煌めく。先頭を飛ぶクーパー大尉のファントムが異質に映った。彼の機体は後席が戦闘支援AIを積んでいて後席部は装甲化されている。この場に飛ぶ機体のどれよりも煌めき方が”違って”見えた。
「ステラー1より各機へ」クーパー大尉から無線が入る。
「まとまって各個確実に撃破する。散会するタイミングはおれが出す。距離感に注意していけ。アルテミスの連中の掩護が俺たちとしての主な役割でもある。それも忘れるな」
了解と各自応答。それと、と続ける。
「いつも通りにやれ」
いつも通り。これがステラー隊の一種の合図でもある。
エミリア大尉がこちらに向かって拳を挙げる。レイもそれに応えた。
「ゾーンまで50マイル。攻撃機は降下、低空侵入にて敵レーダーその他防空網を無力化する。フェイズ1開始。繰り返すフェイズ1開始」
「早期警戒機”セイバーホーク1”よりアルファ全機へ。敵機接近、高度6000、方位3-6-0」
コックピット左側、多目的ディスプレイの傍にあるマスターアームスイッチを入れる。マスターアームオン。全搭載武装の安全装置解除。
「各機接敵次第、攻撃を許可する。マスターアームオン、エンゲージ!」
攻撃機が次々にパワーダイブ。敵機を見とめた戦闘機は増槽を捨て、青い空を背に機体を捻って連続降下。レイらステラー隊も同じように降下を始める。見える敵機は2機。クーパー大尉のファントムとエミリア大尉のグリペンが仕掛ける。その内1機が左に分かれる。レイは即座に反応して切り返す。ガンを選択、RDY。
後方に最接近して敵機を見た。黒い色に赤い不規則な模様。バンディッツだ。旋回した一瞬のガンの軸線をレイは逃さない。素早くトリガーを引く。エンジンに命中、敵機から黒い煙が出る。無理して追いかけない。ミサイルを選択している間にその敵機は火球となって散っている。次だ。
クーパー大尉が降下。それに続く。降下中の攻撃機に食らいつく敵機に照準を収める。ロックオン。
「撃て!」ステラー隊の4機が撃ちっ放し型の中距離ミサイルを同時発射。機体を引き起こしてミサイルが放つ白煙を避ける。HMDバイザー上の画面に”命中”の文字が出る。上昇して旋回。煌めく太陽と周囲の戦闘機が入り乱れ、敵機がどの程度いるか把握出来ない。
「12時にバンディッツ!」リューデル中尉の声。
前方で友軍機が火球となって散り、それを突き抜けて突っ込んでくる。冷静にリューデル中尉がミサイルを発射しブレイクする。すれ違う一瞬に爆散した。至近距離の火炎に目を細める。
ビーと警告音、後方警戒レーダーが後ろに敵機がいることを知らせる。レイはすかさず右にブレイクする。
「ステラー4、チェックシックス!」レイの報告に呼応し残りの3機がレイの後ろに張り付く。軽く降下して速度が乗ったところで水平に戻し急減速。敵機が反応できずレイをオーバーシュートする。その隙にクーパー大尉がガン射撃で撃墜した。
乱戦下での戦闘隊列を組んでの戦闘はおそらく自分たちしか行っていない。バンディッツに絶対負けない為の戦術でもあった。それぞれがどの位置にいても必ずバックアップできる位置に付ける。一見バラバラに動いていそうで実は理にかなった戦法だ。レイ自身まだそれが未熟ではあるのだが。
「攻撃機ゾーンに突入」
司令部からは淡々と状況だけを伝えてくる。こちらの状況などおかまいなしに。左も右もどこを見ても友軍機かバンディッツか分からない火球がある。おそらくは友軍機なのだろう。
「ステラー各機。ゾーンに行くぞ。降下する、ついてこい」
速度を上げて降下していく。青い空に別れを告げて地上が近づく。間に合えば良いが、と思う。
「こちらオスカー1、戦闘機支援はまだか!振り切れない!」
「敵機が来ているぞ、デルタ3ブレイクしろ!右だ右!」
「くそう被弾した!推力が落ちる!」
無線は怒号と悲鳴の嵐だ。やはり厳しいものがある。バンディッツ相手には通常部隊だけじゃ追いつくのにすら精一杯だ。攻撃機なら尚更だろう。振り切るなんてまず無理だ。
ゾーンに突入したとバイザー上の画面が告げる。ここからはレーダーじゃなく目視が頼りだ。ガンを選択し直す。前方に攻撃機に対し低空接近するバンディッツを確認した。機種は…、ユーロファイター・タイフーンか。デルタ翼に下向きのカナードが特徴だ。が2機。
こちらに気づいた2機は急旋回。ゾーンの影響で乱れる機器から敵機が攻撃状態にあると伝えてきた。あの機体はデルタ翼とカナードの相乗効果で優れた旋回性能と安定性が発揮でき、レイのイーグルやリューデル中尉のファルクラムと言った格闘戦闘機が相手でも十分に渡り合える。ゾーンで無かったらここまで近づく前にミサイルの撃ち合いにもなっているだろう。電子機器も目を見張るものがある。
クーパー大尉が翼を振って散会の合図。即座に行う。レイはエミリア大尉の後方、スターボード側につけた。
2機のバンディッツは自身らが散らばるとまずいと判断したのかそのまま固まって突っ込んでくる。エミリア大尉がガンファイア。バンディッツのタイフーンも応射。ダラララという双方の27mm機関砲の音が響き渡る。煙を吐く敵とすれ違った。レイは機体をバンクさせながら速度を極力落とさずに旋回。エミリア大尉もややあってレイのポート側につける。ループを交えタイフーンの背後に付く。だが射線に入れない。別方向からクーパー大尉らが追いかけるもう一機が差し込んでくる。レイはブレイク。こんなところで足止めされるわけにはいかないという焦りが混じる。2機で4機を上手くあしらうバンディッツはここで時間を稼ぐと言わんばかりだ。
「こちらアルテミス、ステラーはどこだ。支援は」ノイズ混じりで呼びかけてくる。
「バンディッツが数機向かってくる。SEAD機は真っ直ぐレーダーサイトに向かえて無い。至る所で奴らが待ち構えている。戦闘機の支援も間に合ってない。ステラー隊そちらはどうだ。まだ上か?」
「こちらステラー1、クーパー大尉」戦闘中のためにややあって返事をする。
「ステラー隊は今低空でバンディッツ2機と交戦中だ。アルテミスや後方の支援に向かいたいところだがこいつらを片付けないことには進めない」
「どれくらいで片付けられる」
「直ぐだ。それまで自力対処を頼む」
「了解した。ジェフ、アウト」
バンディッツのタイフーン2機が交差するようにかく乱してくる。照準を定まらせないように動く。機体が乱れる。低空での安定性はタイフーンの方が上だ。下手に乗るとバランスを崩してこちらが危ない。
煙を吹く一方が一瞬遅れて旋回した。リューデル中尉がすかさず攻撃。ファルクラムの30mm機関砲が機首に命中。白い煙を吹きながら自由落下していく。あと1機になればいくら高性能機であってももう勝ち目はない。逃げるか戦うか迷う素振りを見せたあと、逃げられないと判断したのか機関砲を撃ちながらヘッドオンを挑んできた。エミリア大尉の放つ機関砲を上昇でかわした隙にレイとクーパー大尉が叩き込んだ。全機撃墜。
山々の谷間を抜けてレールガン砲台に辿り着くコースではあるのだが、前回偵察に来た時よりも思った以上に難解なものだった。最も、この間のレイ達はハンガリー方面からではなく自基地があるドイツ方面から直接来たため、このようなところは高空から眺める程度のものであった。もちろん、高空からのその風景もカメラが記録し、地図と照らし合わせてあるからそれを元に導き出したコースだ。
谷間のやや上を這うようにして飛ぶ。前方に機影。複数機が固まって動いている。おそらくはアルテミス隊と他の攻撃機、あとはバンディッツだ。機関砲の曳光弾の軌跡も見える。
「ステラー各機。散会して友軍を掩護する。確実に各個撃破していけ」
「了解」
バンディッツは目算で3。あちこちで敵か味方か分からないが地面から黒煙が上がっている。できれば味方であって欲しくないと思いながら機体を加速させた。
爆装する機体は基本重たい。格闘戦どころか通常の空対空戦闘や戦闘回避にすら向かない。機体性能が優れていようとこのディスアドバンテージは覆せない。
F-16を追いかけるバンディッツに目をつけた。バンディッツの機種はまたもタイフーンだ。F-16の方はどこか被弾しているのか、それてもスタミナがもう無いのか、動きに明らかな鈍さがある。バンディッツの方は弄んでいるのか、本気で弾を当てに行けなのか。そうこう分析しているうちに至近距離に捉えている。
レーダーモードはボアサイト。乱れる機器に対して無意識に行っている。機関砲の残弾は500発近く。そろそろガンポッドに切り替えるべきかとも思う。ガンポッドの弾数は800発ある。合計で見れば十分に過ぎるが、油断はできない。
「こちらダイバー6!敵機に追われている、誰でも良い掩護を頼む!」
「ダイバー6踏ん張れ、友軍機が来る!」
フレアをまき散らしながらF-16がシザースを行う。レイは深く呼吸をしながら照準を定めた。機動が軸線に乗ったところで2秒弱のガンファイア。命中する。機関砲の射程に近すぎず遠すぎずの距離だ。ノズルに命中したのか盛大な炎を吹いて落ちてゆく。レイは助けた機体に横づけた。
「SFSD?感謝する!成功したら一杯奢るぞ!」
レイは軽くそのパイロットに敬礼をして機体をバンクさせ、次の目標へと向かった。