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OVER THE CONTRAIL  作者: 三毛
MISSION 3:ネバーエンディング・レイン
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39話:エンド・オブ・レイン(1)

「大尉!もう何か言ってください」


 エミリア大尉を抱えたままでろくに走れもしない。レイは完全に脱力した彼女を抱えて、あのパイロットが向かえと言った格納庫に向かっている。先ほどから話しかけても何も返してくれない。この野郎と言ってみてやりたい。レイは思った。


 格納庫がもうすぐだと信じたい。だが着いたとして二人で乗れる機体じゃなかったら?兵士たちが言うことを無視して撃って来たら?悪い考えばかりが頭をよぎる。動ける自分が彼女を守らねばならない。空に上がるまで、死ぬことはできない。


「帰ったら高級スイーツ、奢ってもらいますから」


 止まった足を動かす。


「おいお前!」


 振り返ると2人組みの兵士が大型の自動小銃を構えていた。まずった。とレイは思った。振り返ったからには逃げようがない。それに彼らは見逃してくれそうもない。


 俺はあいつほど優しくないぞ。と一人が言う。それはそうだろうさ。僕じゃなくたって国連軍兵士とかなら誰もかれも撃ちそうな奴にしか見えないんだから。晴らせれば誰でも良いんだ。


「やっちまえ」


 彼らがトリガーに指をかけた。こんなところで死んではつまらない。そう思った。


 カラン。金属の何かが床を弾ける音が聞こえてくる。刹那、兵士が倒れているのだ。レイは思わず後ずさった。


 薄暗い廊下から、影が生えるように人が出て来た。一人に見えるが、数人いる。幽霊のように揺ら揺らと揺れる影。


「大丈夫か」見覚えのある顔が現れる。そして短く静音性に最適化されたライフル。


「脅かすなよ。ビショップ」


「得意分野でね。首尾は?」


「生きてるよ」


 彼らは僕らの地上版。プロ。それ以外に言葉は要らない。


「なら、僭越ながらデートのエスコートをさせていただいても?」


 身体を覆うほどの装備に身を包んでも、紳士のように右手を差し出される。僕はその手を軽くたたいて答えた。


 彼らは何も準備しないで来たわけじゃない。この敵基地を既に知り尽くしている。歩みに迷いは無かった。ついでに”遺産”の管制装置も壊したらしい。じきに晴れるから楽しみにしていろよ、と笑って言う。


「レイ。そっちじゃない」


 進むべき方向とは別の道に身体が動いた。呼ばれている気がする。ここに眠る戦闘機に。


「でも僕らは行かなきゃいけないんだ」


「空に、か」


「うん。空に」


 ビショップは顎に手を当て考え込んでいるようだった。彼からすればそんな時間1秒でも惜しいところなのに、さてどうしたものかというような顔つきをする。


 分かった。それだけ言って、僕に何かを手渡してきた。大型のそれ。


「これは?」


1911(ナインティーイレブン)。俺のお守りだ。失くすなよ」


「いや、そうじゃなくて」


「良いか。大尉を守れるのはお前だけだ。俺たちが守るのはあくまで、レイたち2人だ。だがな、彼女個人を守るのはレイしか出来ん。こいつらはお前らの言うところのバンディッツだ。なら空で相棒を守る様に、地上でもそうしろ。死ぬ前に」


 手のひらくらい大きな塊。トリガーが付いて、弾が出るもの。右手に沈む重量感が生々しく感じられる。


「彼女に傷一つでも付いていたら、その時は覚悟しろよ」


「・・・分かった」


 スライドを軽く引いて、弾が込められているのを確認する。


 僕らは走り始めた。無機質から漂う無限遠な廊下を。


 そして突入する。そよ風が吹くかのように。


 ハンガーというよりは、空間をくり抜いて作った大講堂のように感じられた。”大戦”期の北欧諸国は、このようにして前線基地を築いて戦力を温存したのだと言う。空母の中というよりは、ロボットが出撃しそうな雰囲気に似ていた。


 いたぞ、と誰かが叫んだ。やけくそに連射してくるのに対して、単射で応戦する。太鼓をひっきりなしに叩いている音に、無言の弾を返す。当たった奴らから黙っていくのがなんとなく銃声の減り具合で分かる。


 染みこむように敵へと浸透して行く様。味方の動きは速かった。空には形容できない世界、ここが上空なら付いて行くこともできる。けれど僕は下の世界では無力に等しい。


「レイ!」


 死角から躍り出た敵と目が合った。バンディッツと呼んで良いのか分からない。けどそれは僕を撃とうとしている。地上にIFF(敵味方識別装置)はない。


 右手に握られたそれを構える。照星と敵兵が重なる。ロックオンはない。素手な分、ダイレクトに伝わるトリガーの重み。


 銃声。


 スライドが後退して、エキストラクターから火薬の熱を帯びた空薬莢がキン、と弾き出される。ズシリと重い感触が腕と脳を揺さぶった。


 二度、銃声。


 これは引き続けて弾の出るバルカンとは違う。腕がまた揺れる。腕の波が収まる頃に照星から敵が消えていた。よれた戦闘服をじわじわと赤くしながら男が倒れていた。銃をその手に握ったまま。出来れば即死であることを祈った。


 お見事。と言われた。そんなに長く見ていたくなったので、早く行こうと言った。しかしながらマシンガンを馬鹿に撃ちまくる奴がいるんだ、と返される。


 火気厳禁なのにこれだけの銃火が飛び交うのは、ひょっとしたら敵に残されたものは限りなくゼロに近いのかもしれない。僕が目指す戦闘機を除いて。最早撃つ以外に感情表現ができないのだとすれば、それはとても悲しいことだろう。


 マシンガンの銃声が止めば、小火器の銃声がする。それは即ちチャンスでもある。前に進んで、確実に処理をする。声にならない無言の弾は、敵も無口にさせていく。時折僕もその派手な声を響かせながら、ついていった。


 大尉はこんなに騒がしくても目は虚ろなまま、仲間に担がれたままだ。僕はいよいよ引っ叩いてやろうかと思い始める。


 仲間の一人が筒を投げた。フラッシュバン。


 炸裂した音が聞こえない。不発?これはブラフだ。ぬるりと黒い影が僕の前から立ち上がる。それからは早かった。右、左。空薬莢の転がる音が聞こえる頃には、みんな黙っていた。


 起き上がろうとしてきた敵に右手が動いた。空でも、墜ちると分かっても最後の余力で撃ってくるやつがいる。それでやられるのは全くの間抜け。だからかわいそうだなんて思わずに、手っ取り早くとどめを刺してあげた方が、お互い楽なのだ。僕はここでも変わらずそうした。少し距離があったので、近くでなくて良かったと思う。


「これか?目指していたのは」


 しばらくして見つけた戦闘機。案の定というか、機種はドラケンだった。ミサイルも付いている。下部のコネクションケーブルが乱暴に外された跡があるから、きっと飛ばすつもりでいたのだろう。これに乗れと言った理由が分かった。


 僕はそうだと答えた。


「飛んで、その後どうする。基地に帰るか?」


「戦う」


「なんだって?」


「もう一度、奴らと飛ばなくちゃいけない。そうしたら本当に空が晴れるから」


 呆れた顔をされるのも当然だ。だが分かった、と返してくれる。飛び立つまで、掩護をしてくれるのだ。


 大尉。とレイは話しかける。機体の側で座らせていた。


「エミリア大尉、飛びますよ。準備してください」


 彼女は何も返さない。試しに、エミリア。と呼び捨てで呼んでみる。肩が動いた。


「一体いつまでこうしているんですか。この空で彼らと区切りを付けるんじゃないのですか。何を話したのかは知りません。けど、飛ぶことを止めたら、大尉は何をしにここまで来たのですか。撃ち落とされにですか」


 口が動いた。『うるさい』と言った気がする。


「後でそうやってするなら良い。けど今はダメだ。今は、飛ばなきゃダメだ。空で何かを変えられるまで。この空が、重たく悲しい雲を掃うもの必要としている。エミリア、この間言っていましたよね。空に真っ直ぐ引かれた境目の話、飛ぶことで生み出せる空のこと。これが、そうじゃないのですか」


 彼女の欠片というやつが、全て拾われたわけでは無いと思う。それでも僕は、飛ぶことで欠片以外の何かを拾って欲しかった。


「うるさい・・・」


「飛んでくれ、エミリア。飛んでくれ!」


「うるさい!」


 視界が揺れた。突然立ち上がったと思ったら、殴られていた。僕とそう変わらない高さにある顔が、触れ合わんばかりに近寄る。彼女の特徴的な金髪は、くしゃくしゃだった。


「私だって、ずっと考えてた。けれど、それは話したところで納得するものじゃない。彼らと飛ばなくちゃ、飛ぶことでしか分からないかもしれない。本当にそれで良いと思う?」


「なら、尚更飛ばなきゃ。彼らの為にも」


 フライトスーツから掴む手が離れる。彼女は、そうね。と答えた。


「結局、空で起こしたことは、空でしか解決できない。雨を上がらせるのが、空であるように」


 そう言って、エミリア大尉はドラケンのステップに脚を掛けた。ヘルメットや酸素ホースを取り出して、使えるかチェックしている。


 目の前の戦闘機、J35(ドラケン)は、リバイヴ・ファイターであるらしかった。だから着るものは最新のもので、時代の差がアンバランスに映し出される。


 僕の分は、ビショップらが捜して取って来てくれた。規格は同じだから、僕もすらすらと着ていく。


 準備は良い?と声を掛けられた時には、大尉は既にコックピットの中にいた。返事をしながら、レイも乗り込んだ。複座のコックピット、後席には操縦桿があった。前席とそっくり同じものが。


 あっという間にエンジンの始動から何まで終えて、誘導されながら発進ゲートまでたどり着く。開けば直ぐに外界がある。後方では耐熱シールドが立ち上がった。


「ありがとう」


 大尉はヘルメットのバイザーを降ろす。


 思えば、あの”氷空のドラケン”からそれほど月日は経っていない。


 ゲートが開かれた。


 待っている、僕らが上がってくるのを。


 一瞬で飛び立てば、再び翼を雨に濡らした。


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