16話:集う鳥
召集。
絵を描いていた玲は名残惜しそうにスケッチを閉じて、駆けていく。
ブリーフィングルームにいたのは末川二尉と技研の連中だ。テストのことでまた新しいプログラムでも入ったのだろうか。この間中断したプログラムの再開の目処をまだ聞いていない。
キシキシと鳴くパイプ椅子に腰を降ろす。二尉が挨拶代わりに手を挙げる。
「この召集について何か聞いてます?」玲は開口一番そう尋ねる。
「いいや何も。テストプログラムのことだったら俺ら以外に3、4号機のパイロットも呼ばれるだろ。けど俺ら二人でもう揃ったかのような雰囲気だ」
「前に二尉が言った新部隊云々とか」
「かもしれん。あと二尉と呼ぶのはやめろ、ムズムズする」
「このような場で敬称略するのは流石に」
「当たり前だろうが」
末川二尉。本名は末川 章。私自身、さん付けで呼んだことは数えるくらいしかまだない。こちらも別の呼び方するとムズムズする。かゆい。
飛行開発実験団の司令が入って来る。起立して敬礼。着席。
「前置きはせずに、本題から話したい」
何を言われても良いように構える。唾を飲みこむ。
「末川二尉と篠原三尉は本日付けで、新部隊への出向を命ずる」
なんだって?と心の中で声を出す。
「新部隊、まだ仮称だが特殊対策飛行班という隊に行ってもらう。そこでXF-3の実動試験も合わせて行う。技研からの整備班などは引き続き同じメンバーだ。何か質問は?」
はい。と私は手を挙げる。
「その新部隊というのは?あれを持ち込んで実動試験とは具体的に何をするのです?」
「武装航空機テロ集団に対応するための部隊で、各地から選抜されたパイロットとその機体が混成した飛行隊となる予定だ。我々はこの機会を良いものだと捉えている。現在配備されている機体との相互運用との試験も兼ねて、一連のテストをこの部隊で引き継ぐ。テストが習熟し、この新部隊が稼働を始める時に戻って来てもらう。詳しいことは現地で直接説明してくれる。今は準備しておけ」
準備が整い次第出発するということで、私らはそれまで待機だ。向こうに持っていく荷物もあるし、年末の大掃除並みに忙しい。満足に眠れぬまま、その日を迎えた。
朝一番、飛行開始時間に合わせてホームの岐阜基地を飛び立った。何時間もかからずに目的地の百里基地に着く。
百里基地は茨城県にある首都防空の要たる基地だ。関東地方で唯一戦闘機が運用できる貴重な基地でもあって、非常に重要な場所だ。十数年前の前大戦時でも配備機がフル稼働で飛びまわっていて、ニュースでも取り上げられていたから印象に残っている。
南に霞ケ浦湖、田んぼや農地に囲まれた施設、特徴的なくの字の誘導路を空から眺めて、自分の番で降りる。北の風、軽風、ランウェイ03へ誘導される。タッチダウン。
エプロンにはF-15J,F-2とF-4EJがいる。それぞれ2機から3機ずつ纏まった組み合わせで向かい合いに並んでいる。これが特殊対策飛行班というものなのだろうか。
誘導員に従って、この列の更に隣に止める。二機だけなので向かいはいない。整備が外部タラップを用意して待機している。
降りて改めて揃った機体達に圧倒される。多様な機種がここまで集まるとまるで美術館のよう。日本の空を守ってきた翼たちがこの日に集う。そして農場特有の肥料の匂いが鼻を刺した。
案内されるまま付いたブリーフィングルームには、概ねメンバーが揃っていた。
長い正方形のテーブルを4つ程度くっつけて一つにした机、奥にはデスクと山積みの書類たち、飛行予定などのメモやスケジュールが書かれ貼られているホワイトボード…部屋は日差しがあって今は暖かい。暖房も効いている。
二人分の席が空いているのでそこに座る。机には資料。読んでおけということだろう。先に着いていた隊員達も黙々と目を通していて、そこに会話のかの字も無い。仕方がないので黙々と資料を読むことにした。
しばらくして二人の制服姿が入ってきた。一人は航空幕僚長、もう一人は…この部隊の隊長か。ウィングマークがある。遠山二佐と見えた。
敬礼。
「良く集まってくれた」空幕長が言う。自己紹介が済んでから、本題に移った。
テロ集団の名前はバンディッツ。国連軍は欧州や中東で数年前から交戦の経験があり、彼らは主に国連軍機や軍事施設への攻撃及び活動の妨害を行っている危険な存在。日本で同様のものが初めて観測されたのは4か月前の日本海。以後数回に渡り領空侵犯をしており、いつこれが攻撃的活動に変わるか分からない。等々、事態は切迫したものになっていた。
自分たちが集められたのはそれに対抗できるだけのスペシャリスト。選りすぐりの人員でこれに対抗するという狙いだ。つまりは特殊部隊。陸自とか警察とかがあるそれの空自版。
そして今日はその国連軍でバンディッツに対する戦闘で実績のある部隊が招かれたと言う。午後からは彼らとの顔合わせがあり、さらに込んだ説明が行われるのだとか。
昼休憩ということで購買店のコンビニでおにぎりとサンドイッチ、お茶を買う。それらを簡単に食べてしまった後は何があるか見に回ることにした。行ってみたのは詰所の屋上だった。
風がふわりと流れ行く。空は快晴。雲は目立つことなく、そのスカイブルーにキャンバスを明け渡す。今この空を支配するのはこの色だ。
雷鳴が聞こえる。正確にはジェットエンジンの音。自分たちがやってきたのと同じ方向から。音の伝わり方を考えれば複数いるだろう。
玲は見上げた。斜めに並ぶエシュロン隊形でやってくる4つの翼を。轟音を響かせ、風を巻き上げて。
4機。ファントムにグリペン、MiGにイーグル…不思議な顔ぶれだ。しかし馴染みのあるイーグルとファントムがいるのはなんだか心強く思う。元々イーグルに乗っていた玲はやや食い気味に見やってしまった。
国連軍の特殊飛行隊。海を渡り、雲をかき分け、この島にやってきた。玲は降りるのを最後まで見届けながら、駆け足で戻って行く。買ってきたお昼など持ったまま食べるのを忘れて。




