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OVER THE CONTRAIL  作者: 三毛
MISSION 2:クライイング・イーグル
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14話:最遠の島国

『各部電力系起動。主電源に問題なし』


『エンジンスタート』


『JFS正常に作動、回転数上昇』


『HUD及びディスプレイのテストプログラム開始。機体側からの送信を確認』


『HMDとのリンク正常。スクリーンに問題なし。同期完了』


『イグニッションまで、…3、2、1、点火』


『エンジン回転数正常値、JFSオフ。内部燃焼温度正常』


『テストプログラム全てクリア。オールグリーン』


『動力系、作動に支障なし。機体バイタル正常』


『発進せよ』


「了解」


 暗がりな格納庫から顔をのぞかせる。太陽が眩しい。機体から見下ろせば大勢の人、見慣れた格好でなく研究者たちのような風貌が多い。祈るような目で見つめる人も少なくない。


 小ぶりな手が操縦桿(サイドスティック)を握りしめる。こうする度に自分がどういうものか実感して、嫌になる気持ちがある。自分でも面倒な気持ちであると分かっているのだが、元来備わった”プログラム”のようなものだろうと、諦めている。今はこの時を興奮する自分が勝るので、直ぐに消えるだろう。


 飛ぶ日にはもってこいな晴れ空。雨と言う予報は何だったのか。雲はあれど快晴で良いレベル、近頃の予報は全くアテにならない。


02(ゼロツー)、聞こえているか」私を呼ぶ声がする。


「はい」


「こいつはイーグルとは違う。丁寧に扱え。横で見てるからって油断するなよ」


「了解」


 横には私と同じ機体。オーソドックスなグレーの迷彩を施しているのも同じ。若干向こうが青みがかっている。


『ランウェイ28、離陸を許可する。01(ゼロワン)から離陸せよ』


 二機が揃って滑走路に。今一度フラップやラダーの作動を確認する。


 緊張を吹き飛ばすような轟音を響かせて発進していく。紙飛行機が舞うようにふわりと飛びあがった。次は私の番だ。


「こちら02、離陸します」


 無限に続いてそうな滑走路から視界が青空へと移る。あっという間に地上は遥か下。私は空に吸い込まれた。


 操縦桿にかかる力がふっと抜ける。重たい筈のそれだが、今は軽く感じる。シミュレーターでどうしても慣れなかった重さだった。イーグルと似ていても言い表しにくい違いというものがある。


 亜音速で陸地を飛び抜け洋上へと入る。空から見る太平洋は飛ぶ度に姿が変わるお陰で飽きることは無い。テストは洋上で行われる予定だった。


『指定ポイントに到達。飛行テストを開始します』


 オペレーターから指示された動きを正確にこなすものだ。ただそれ通りに飛べば良いという単純作業ではなく、その動きごとに機体が重いとか、一瞬動力が遅れたとか、そういうメカニカルなレベルでの要求も含まれる。テストパイロットとはそういうもので、私はまだ選ばれたばかりのひよこでしかない。何だったらここでしくじれば出戻りだってある。


 集中、集中。余計な事は考えるな。気合いなんてアテにならない。


 加速や減速などの基本的なことはもうやった。これからは動きだ。指示されたパターンを描く。まずは円形だ。


 右回りでそのように操縦桿を倒す。倒すという表現は適切ではないかもしれない。これは手の圧力を電気信号に変えて制御する代物だ。操縦桿自体はビクともしない。


 気流の乱れもなく、至って普通に円を描いていく。チェイサー役として付いてきたF-15DJ(イーグル)が後方で追随する。振り返して逆回り。軽い。ピタリと動きがそのようになる。このまま徐々に半径を小さくできそうな感じだ。


「旋回は良好。エンジンのストールやフラップなどの動力系が不調になる兆候も無し」


『了解。一号機も開始してください』


 少し上昇して離れる。同じように円を描いていく一号機。長い時間だ。


 ビッ、と反応音。コックピットにある3枚のディスプレイの内の右側、レーダーディスプレイの反応だ。機数4。こんな時に。


「こちら02、”ローズ”。レーダーに反応があります。どこの航空団のですか」


「分からない、識別番号は…自衛隊機じゃないな」イーグルのパイロットがまさかと続ける。


「この時間は他のどの航空機とも重ならない筈ですよね、なぜ」


「01だ。テストを中止してチェイサーのイーグルにインターセプトを要請する。どうぞ」


『了解した。01と02はこのままの進路を維持』


 イーグルが機体を翻して離れて行く。



 ハワイのヒッカム空軍基地から飛び立った空中給油機から給油を受けて、日本まではあと少しという距離まで来た。上も下も青い面に挟まれながら何時間もこうして飛べば、どっちが空で海なのか分からなくなる。そう思って高度計を見れば、下はしっかりと海面という壁で、上は際限なく広がる空だということを数字で語りかけてくる。


 日本へ行くのは初めてだ。これまでは、母が任務で赴いた時の話や、原隊に居た時同僚から色々小話を聞かせてくれた程度しか記憶にない。あとはどこにでもある日本料理。僕らの基地にもあった。本物かどうかはさておいて、美味しかったのは事実だ。


 一度は訪れたかった。出来れば仕事ではなく旅行で。みんなが口にする、「日本は良いところだ」という言葉は少なからず信じている。それはさておいて、色んな話を思い出してみる。


 仕事に関係あるとすれば、気になるのは航空自衛隊という存在だ。かつてから”最強のイーグルドライバー集団”と呼び声が高い。僕らが乗るような旧世代機がまだ現役だった頃の話であるが、今まさに再びこう呼んでも差し支えないだろう。イーグルに限ったことでもないが、一つの機体に長い間乗るお陰で、誰もがその機体のスペシャリストだと言う先輩もいた。パイロットの質と錬度の高さが度々上がる話題の一つだった。米軍との模擬戦の話は最早伝説に近い。


 仮にここでの仕事が彼らと関係があるのならば、一度は見てみたい。同じイーグルドライバーとして。少年のような好奇心がコックピットを満たす。


 他は、ニュースで見聞きする日本だ。前大戦でも前線の拠点になり、一部で巻き込まれた国。そしてその大戦以前でもこの国を取り巻く環境はまさに台風の目の印象だった。


 南北朝鮮との悔恨、中国との領土問題。アメリカの安全保障同盟との板挟みの中にぽつりと浮かんでいる島国。すぐそこに脅威があって、近くて遠い隣国たち。戦場から遠い距離に国をおいて、自らは火を点ければ噴火する火山の淵に立つ。僕は、「戦場から最も遠く、戦争に最も近い国」と簡単に言い換えていた。


「そろそろ陸地が見えるんじゃないですか」リューデル中尉が言う。


「まだだ」クーパー大尉が返す。


 はあ。と中尉がわざとらしくため息をついた。


「レーダーに反応があります」


 そう言うエミリア大尉の声に反射的にレーダーを見る。4機。航法モードで飛行しているから探知できる距離も限られているのだが、反応があるということは自分たちからそう遠くない。


 見ていると2機が離れこちらに向かって来ている。識別は航空自衛隊のものだ。


『こちらは航空自衛隊である』


 流ちょうな英語だ。ジャパン・エアーセルフ・ディフェンスフォース。エアフォースと違うその響き方に改めてここはもう別世界なのだと知る。


『当機は我が方に接近しつつあり、所属と意図を明らかにせよ』


 肉眼で点と見えてきた。クーパー大尉が、俺がやると言う。


「こちらは国連軍機である。現在作戦行動中であり、厚木基地へと飛行中である」


『識別を確認した。誘導に従い飛行せよ』


 やや間が合って返答、イーグルが前方に出て先導する。


 明るいグレーの制空迷彩。翼に描かれた赤と白の円形の国籍マーク。所属部隊と思われるマーキングが施された左右対称の垂直尾翼。僕の乗るC型は左側にECM装置があって、非対称だ。武装は不思議なことに施していない。増槽が機体下部にあるだけの簡単な仕様だ。


 僕らが特徴的な白帯のマーキングを施しているだけに、まっさらなグレーのイーグルを見るのも原隊以来でとても久しぶりだった。日本は国連軍に参加していない。戦力を提供しているのではなく、基本的に物資輸送などの限定的な活動に留まっている。だから世界のどこかの空で日本機を見かけることなどまず無い。


「あれですよね、日本って」エミリア大尉が言う。


「ああ、あそこが新しいホームだな。一時的ではあるが」


「私初めてです。楽しみですね、ここでの任務が」


「ここから出れなくなりそうな予感がしますね。みんな」リューデル中尉がやれやれと言う。


「レイは初めて?」


「僕も初めてです。今まで同僚とか母からの話でしか記憶にないですから」


 そんな話をしながら陸地がはっきりと見えた。ヘルメットのバイザーを上げてみる。


 あれが、日本か。



「国連機だって?」


 インターセプトに向かったイーグルからの報告を聞いた01のパイロット、末川二尉の声が無線に飛び込んでくる。


「他には何か分かりました?」私は聞いた。


「いや。国連機は厚木に行く途中だったらしい。イーグルがエスコートしに行ったよ。俺たちだけでテストを続けるわけにいかないし、帰投命令も出た。帰るぞ」


「了解」機体を反転させる。


 とんだ邪魔が入ってしまったと頭の中でボヤきながら機体を着陸させる。折角この機体のポテンシャルを測れる機会だったというのに。スケジュールが狂うことだろう、次にいつ飛べるか分からない。気が沈む。


 エプロンで停止させ、外部タラップを使って機体から降りる。ヘルメットは小脇に抱えて、結んでいた長い髪を解いた。頭を振って張り付く邪魔な髪を掃う。肩までかかるそれ、そろそろ切るべきかと思った。ふわりと風に乗ってなびく。押さえつけるのに苦労する。


 歩きながら格納されていく機体、XF-3を眺める。私の乗るのは二号機で、表記ではXF-3-02と書かれる。最初に完成した一号機と共に準量産型に改修したものだ。機体の形状はオーソドックスな肩翼配置のクリップドデルタ、すらりと伸びる機首、小さくまとまるエアインテーク、実に半分も動くかなり斜めに傾いた双垂直尾翼、翼の半分から下反角に下がる水平尾翼。F-15やF-22など似ている機体を並べてそれとなく合成すれば、この機体が簡単に想像が付くかもしれない。


「篠原。おーい、(れい)」私を呼ぶ声がする。篠原玲、私の名前。


 振り返ると二尉がいた。パツパツなパイロットスーツ姿で戦闘機に乗るにしたら大柄、いつも窮屈そうに見えて、言うなれば壁だ。もちろんそんなこと言ったら私の命が危ない。彼も気にしているところなのだ。そして彼は私を下の名前で呼ぶ。原隊からの付き合いだ。上下関係で言えば私は後輩。


「なんでしょう」


「お前、飛べなくて怒ってるだろう」


「別に、怒ってなんかいません」怒ってないのは事実だ。


「これから本格的な飛行試験でこいつの能力を見れるチャンスだったのにな。残念だ」


「末川二尉はいつも乗ってたんだから良いじゃないですか」


「いつもってなんだ。俺だってそんなにポンポン乗ってたわけじゃないぞ」


「なんだって良いですよ」


 自然と速歩きになる。ああ早く寝てしまいたい。不貞寝がしたい。

 

 それほど高くない3階立ての隊舎に入って通常着に着替える。この後はデブリーフィングが待っている。寝るにもご飯を食べるにもそれからだ。


 イレギュラーな要因で中断してしまった今日のだが、しっかりとデータやパイロットからのフィードバックは欠かせない。短時間であってもそれが時に重要な要素を含んでいることがある。はい終わりでは終わらない。


 数えるくらいしかまだ触れていない玲だが、経験関係なく等しく質問が飛んで来る。


「フラットでした。どちらに傾けても素直に反応して、癖がありません」


 あの時の旋回はどうだったかと聞かれ、始めにこう答える。率直な感想だった。たったこれだけでも掘り下げる部分は掘り下げられてしまうから、あっという間に時間は過ぎる。


 食堂から見える滑走路が星空のようだ。空を見上げても同じように広がっている。まるで人が人なりのやり方で地上に落とし込んだかのようだ。


「知ってるか。昼間でも星は見えるんだぞ」


 背後からの声に、へっと変に驚いた声を出してしまった。


「そんなこと知ってます。マイナス4.0等級。常識です」目を細める。


「なんだ面白くない」


「悪かったですね」


「それで話は変わるんだが…」


 え?とまた変に返事をしてしまった。


「もしかしたらXF-3(あいつ)の性能テストに外部が参加するかもしれん」


「なんですって?」


「空自で新設するって噂の飛行隊絡みだ。あれが真っ先に配備される先にもあそこが関係しているし。一応頭に入れておいてくれ」


「は、はい…」


 じゃあなと肩を叩いて去っていく。とんでもないことを言ってくれたものだ。完全な調整が整い、量産型相当になればDACT(異機種間空戦訓練)をやるかもしれないと話にもあった。彼はいきなりそんな話をするものだから、いつも頭の整理に苦労する。紙に書き殴るべきだろう。


 おもむろに腕を空に伸ばす。人差し指、中指、薬指をくっつけ、親指と小指は外へ伸ばす。手で作る飛行機の出来上がりだ。すっと動かす。ズーム上昇、急降下、旋回、インメルマンターン、ループ、イーグルで散々やってきた機動。恋しいあの空を舞っているという感覚。あの機体でも出来るようになりたい。いや、それをさせるのが私の仕事だ。


 視線を感じて我に返る。何やってるのかと見られること数秒。


「良しっ」


 大きく息を吐いて立ち上がる。いつもの好きな曲を頭の中で歌いながら、自室へゆっくりと帰っていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] FAF機が通路を抜け、地球へと飛来したあのシーンを彷彿とさせながらも、テストパイロットの彼女の滑走路から青空、そして洋上へ移っていく視点が美しかったです。
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