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OVER THE CONTRAIL  作者: 三毛
MISSION1:イン・トゥ・スカイ
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13話:リクエスト・オーダー

僕らが飛行禁止になってから一週間が過ぎた。


 簡単に言えば謹慎処分だ。ステラー隊や他部隊は一切の活動が出来ない。勿論整備も。SSGも僕らと共に基地へ戻って来るや、同じ処分が下された。


 色々なことがあった。僕がジェフ少佐を撃墜してから、ニューヨーク本部にある情報軍の一部区画が謎の爆発事故を起こし――恐らく少佐と繋がりがあったところだろう――、11番基地の司令がそれに続くように自殺をし、数十名の情報軍のエージェントが行方不明になった。国連軍の発表も全て「原因不明の事故・事件」で処理された。


 僕たちや中佐はこの後、本部に召喚され事情聴取が行われた。とりわけ僕は酷く長い間拘束された。当時の状況や飛行行動の意図、そしてレールガン破壊作戦まで遡っての下りなどを、お偉いさん方も同席する場で話し続けなければならなかった。事実上の軍法会議だ。


 話すことは話し、あとは判断を仰ぐのみ。兵士が口出すことは許されない。何を言われようが黙って待って聞くしかない。結果はこの通りだ。中佐が上手くやったのだろうか。彼はまだこの基地へ帰ってきていない。


 ともあれ、部隊の即解体などの最悪な事態は免れたわけだ。次に来る決定が何のか待つ間は、宙ぶらりんな時間だけが僕らを支配している。暇と言われれば暇だった。


 レイは格納庫に来ていた。IDカードをスキャンして入る。


 正面の扉は閉じられ、完全に締め切った状態だ。機体も外部タラップを取りつけたままで駐機している。がらんとした空気にたたずむ戦闘機。今はただの置物に過ぎない鋼鉄の翼。


 自分の機体の前まで歩く。F‐15C(イーグル)。翼や尾翼など、あの時の傷が生々しく残ったままだ。これから整備という段階で謹慎処分だったので、するにも出来ず仕舞になっている。


「すまない。痛いだろうに」


 レイは愛機に語りかけた。


痛み。機械の塊な戦闘機に痛覚の概念など無いが、つい人間のそれと重ねてしまう自分がいる。昔からそうだった。モノに対する考え方は幼い頃から何ら変わっていない。


 機首に触れた。無機質な冷たさが身体に語りかける。この箇所にも弾痕がある。まるで泣いているかのようだ。同胞を撃ち、傷つき飛べない猛禽類。この冷たさは涙の冷たさだ。イーグルにも泣き、休む時間も必要かもしれない。今がその時だ。レイは再度すまないと呟いて入ってきたゲートへ歩き出した。


 ガチャン、とそのゲートが開いた。人のシルエットが二つ見える。


「こんなところでイーグルと何の相談だ?」クーパー大尉の声だ。


「久しぶりだね。中尉どの」ロシア帽、ウシャンカを被ったかの”088の魔術師”もいた。いや、今はアーヴィング大尉と呼んだ方が良いか。


「申し訳ありません。謹慎中というのに勝手に入って」敬礼する。


「いや良い。このことくらいは目を瞑る。俺もお前を探す名目で入ってしまったしな。部外者もなんて尚更だ」


 クーパー大尉が笑う。隣のアーヴィング大尉も同じようにしている。


「ところで僕に用事でも?」


「あぁ、ちょっと話そうかと思ってな。話す場所にここが一番良いから行ってみたら、レイがいたわけだ」


 こっちだと歩いていく方に付いて行く。あの時の出撃そのままに隅に片付けてあったテーブルと椅子を用意する。レイが最後に座った。


 テーブルはファントムの後方を臨む位置にあった。大きな双発のエンジンノズルとそれを覆うように上から下へ斜めに伸びる水平尾翼が底なしに大きく見えた。


 さて、とクーパー大尉が懐からビールを出してレイとアーヴィング大尉にも配る。


「僕は飲みませんよ。それとハンガー内は禁煙です」ウシャンカを頭から外し、ポケットから煙草を出そうとしていたアーヴィング大尉に注意する。


「これは失礼した。歳を取るとどこでも吸ってしまいそうになってね。いけないいけない」


 さっとポケットの奥に仕舞うのをしっかりと見た。煙草を近くで吸われるのはあまり好きではない。


「乾杯」


見かけは一仕事終えたパイロットどうしが寂しく語り合う光景が始まった。


「この時期のドイツも寒い。まるで祖国からの寒波を受け止めてくれているかのようだよ。それでもセヴェロモルスクよりは暖かく感じるがね」


「ウォッカがあればどこも同じだろう。寒さなんて」


「そうとも。身体を内側から温めてくれるものに関してこれに変えられるものはない。寒さが苦手な同志諸君にも是非とも飲んでもらいたいものだ」

 

にこやかな笑顔を浮かべながらそう言ってまた一口ウォッカを飲んでいる。


「中尉は、寒さは苦手かね。クーパー大尉と同じアメリカ出身なのだろう。地元は暖かいかな」


「中部出身です。暖かいですよ。野菜も良く育つ、苦手ではないです」


「良いことだ。どこだったか、ネバダには行ったことがある。暑くて年寄りにはきついね」


「ネバダは砂漠ばかりだ。肌の水分全部持っていかれて干からびちまう」とクーパー大尉。


「ああ本当だよ。まだコックピットの方が快適だった」


 二人の大尉がまた酒を飲む。酔っているのかどうかは分からない。


 それで、と揃ってレイに視線を向けた。


「あいつは、どんなパイロットだった?」クーパー大尉が聞いてきた。


「どんな、ですか」


「大尉、それは漠然とし過ぎているよ。もっと簡単に言えば…、彼は君の目にどう映ったか。というところかな、中尉」


 あの墓地で語ったような“魔術師”の目になったアーヴィング大尉が言う。


「一緒に飛んだ印象でも?」


「そういうことだ」


 ふむ、と少し考えてしまう。


「ジェフ少佐は、どこかで僕と翼を交えてみたがっていたのかもしれません」


 撃ちそうになってしまったあの偵察作戦、初めて向かい合って話したケチケメート基地、破壊作戦。少佐は初めから僕に興味があったに違いない。思い上がりだろうか?そうではないと思う。


「味方として飛んでも、彼は既に僕らとは飛ぶ空を違えていた。アーヴィング大尉が言っていた監視役も多分、少佐が率先して志願したのではないか。今ならそう思います。面白い奴がいると」


「俺があいつの下に入って飛ぶようになったのも、ほぼ引き抜きに近かった。見る眼はあるんだよ。コックピットの映像でもなんでも見ればすぐにな。お前にこだわり始めたのもきっとそうだろう、レイ」


 背もたれにかかりながら、クーパー大尉が腕を組んで言う。懐かしんでいた。


「きっと彼も嬉しかったのだと思う。私がそっちの情報軍とパイプと持っていた時には私に任される筈だったのだよ。クーパー大尉の言う通り、彼が自分で志願した。私がやるとね。それ以外には話していなかったが」


「だからこそ、クーパー大尉にではなく僕に撃ってもらうことを選んだのかもしれません」


 あの状況と人間関係を考えれば、ジェフ少佐を止めたかったのはクーパー大尉の筈だ。


 僕を直に指名して一騎打ちしたあの夜、残された大尉がどういう気持ちだったのかは推して知るべきだ。表情に出さなくても、それを口には出すまい。大尉にしたってそれは同じことで、話したくはないだろう。


「そうだな。あいつも本望だろうよ」


「だと良いですけどね。少佐の引いた飛行機雲だけは、忘れたくはないものです」


 カチャ、と二人の大尉が缶ビールを乾杯させる。レイも空けてないそれを持って、倣った。


「アーヴィング大尉はこれからどうするのです?」


「私かね、この基地へ配属になったよ」


 クーパー大尉がビールを噴いた。レイも椅子から転げ落ちそうなのを間一髪で堪えた。


「それは聞いてないぞ大尉」


「いつ言おうか迷っていてね。丁度中尉が質問してくれたので助かった」


 この人は何かと抜けているところがあるなと、改めて思った。


「それで、どういうことだ。ここに配属って」


「君たちに代わってというべきか。SFSDとの協力関係の初めとして、派遣される」


「僕たちはどうなるのでしょうか」代わりということは僕らはどこか別のところへ飛ばされるわけだ。


「今回の事件でSFSDのみならず各方面は結構なスキャンダルになってしまった。ほとぼりが冷めるまで、ステラー隊は恐らく今の任務から離れたところに行かされるだろう。中尉と少佐が話したあの交信記録をストークマン中佐が持っていなかったら危なかっただろうね。実はというと私もほぼ左遷だよ。この基地なのは中佐の計らいだし、感謝しないといけない」


 任務から離れたところ。少なくともバンディッツや”遺産”に関わることはしばらくないかもしれない。アイデンティティと言えるこの二つの要素を取り上げたとしたら退屈そうにしている通常部隊の仲間入りというわけだ。戦地から遠いどこかの。


「安心したまえ、そんなに長い間じゃないことは確かだ。中佐から教えて貰ったのは内緒にしておいて欲しい」


 年不相応な笑みを浮かべる。このおじさまは、と言いそうになる。


「それで、ここで何をするんだ。大尉」クーパー大尉が聞く。


「君たちの任務を引き継ぐだけだと思うがね。なに、私たちも同じことをしていた。心配は要らないよ。ちょっとばかり部屋が汚くなるかもしれない」


「俺の部屋だったら定期的に使用状況を聞くからな」


「”魔術師”である私が部屋を汚いままにしておくと思うかい?」


「…けっ」降参したようだ。


 3人揃って寝ていたようで、起きた頃にはもう日が沈みかけていた。


 この区画を使う簡単な手続きを済ませば、そそくさと乗ってきた連絡機に乗り込んでいった。全翼機。あの高速戦闘機に名だたるMiG-31から尾翼を取って胴体を薄くしたような中くらいな機体だ。かの前大戦で使われていた第6世代の迎撃戦闘機らしい。年齢を感じないズーム上昇を決めて青空に吸い込まれていった。



 それからまた2日が過ぎ、グローブマスターで中佐が基地へ戻ってきた。僕らへ次の辞令を出すためだ。


「日本へ行ってもらう」


 閑静なブリーフィングルームに響くジャパンという言葉。誰もが意外な顔をする。


「第51飛行隊は、これから3週間程の間日本での任務に就いてもらうことになる。国連極東方面軍・横田基地司令部へこのことは既に伝達済みだ。整備が完了次第発進、空中給油を繰り返した後、まずは米・国連海軍の基地がある厚木海軍飛行場へ降りて次の支持を待て。何か質問は?」


 はい、とエミリア大尉が言う。


「なぜ私たちが?他の部隊は?」


 そうかエミリア大尉たちはあの”魔術師”と会っていない。知らなくて当然だった。


「本当は何も起こらないでしばらく飛行停止のままにしたかった。私の力不足だ。上の意向ではしばらく君たちを切り離しておきたいらしい。他の部隊は今回の事件の整理が終わるまで条件付きの行動が約束された。SSGに関しては君たちに付いていくことにしておいた。私の仕事が終わるまで手間をかける。本当にすまない。だが、必ずやり遂げてくれると信じている」


「は」無意識の内に敬礼する。周りもそれに合わせた。


「日本での任務、検討を祈る。以上だ」


 出発の朝、イーグルは見違えるように綺麗になっていた。涙はもう乾いたようだ。


 コックピットに座り、ヘルメットを被りながら横を見る。一番端どうしだがクーパー大尉と目が合った。


「ジェフ少佐に言われたんです」レイは話しかけた。


「何をだ」


「俺についてくれば、回避できるものもあるって。不都合に直面してそれを受け入れる覚悟はあるかって」


「レイ、お前は自分の選択を信じていないのか」


「いえ…そんなことはありません」


「なら信じてやれ。それがせめてもの、あいつへの手向けだ」


「そうですね」


 発進準備が整い滑走路へ向かう。雲一つない快晴だ。


「ステラー隊、発進してよし。クリアードフォー・テイクオフ」


 またどこかの空へ向けて、イーグルを羽ばたかせた。


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