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第三章 士官候補生 2

 2


 部屋を飛び出すと涙が零れた。

 悔しい。辛い。恥ずかしい。

 感情がこんがらがって息が苦しくなる。別に憎んでいる相手に嫌われようが、無視されようが、何にも困ることなんて無い筈。なのに、ずっと本から視線を動かさないロッソの態度に、どうしてこんなにも感情が揺らぐのか、自分のことなのにヴィオには分からなかった。

 それに、選民意識なんて持ったことないつもりでいた。だけど、士官に挨拶してそれでよしとしたのは自分自身。しかも指摘されるまで気づけなかった体たらく。

 思わず廊下にしゃがみ込み、そのまま嗚咽を漏らす。

「随分泣き虫な王女様だね」

「え?」

 振り返ると、困ったように笑うルーカの姿があった。

「泣いてなんていません。何かご用ですか?」

「いやぁ、あの後、セラちゃんとサラちゃんに怒られちゃった」

「副長は隊長の目的がお分かりだったんですね」

「まぁ、何気に二〇年来の付き合いだからね」

「じゃあ、子供の頃からってことですか!?」

「そうだよ。ボクの両親があいつの実家で働いてたんだ」

「もしかして、隊長ってお金持ちなんですか?」

「……あれ? もしかして初耳?」

「はい」

「本当にあいつ、何にも話してないんだな」

「どうやら、私は嫌われているようですから……」

 先ほどのロッソとのやり取りを思い出してしまい、何故かまた涙が滲んできてしまう。

「ちょっちょっと、ここで泣かないで~。完全にボクが泣かせてる構図だよね。……本当はブリッジへ連れて行こうと思ったんだけど、このままじゃ難しいね」ルーカが顎に手をあてる。「う~ん、食堂もまだ人が居るだろうし。……あっ! あそこがあるじゃん!」

 何か閃いたらしく、ルーカはヴィオの手を引き、廊下を歩きだす。

「副長、どちらに行くのですか?」

 慌てて問いかけるヴィオにルーカがウィンクする。

「良い所だよ」


 少し歩くと食堂が目に入る。しかし、そこを素通りして、就業ブロックと生活ブロックの丁度境目の部屋の前でルーカが立ち止まる。

「医療室ですか?」

「そう。取り敢えず入ろっか」

 ルーカがドアのプレートに親指を当てると、自動ドアが開く。入り口に医療室と書いてあったので、てっきり白やグリーンを基調としたシンプルな部屋を想像していたが、中はピンクを基調としたフリルやレースで溢れる賑やかな空間だった。

「ルーカ君、また女の子を連れ込んで。ダメでしょ?」

 優しい声の女性がルーカを窘める。

「マニクーレ先生ったら人聞きが悪いですよ。それに、この子まだ子供ですし」

「あらあら、でも手を繋いでいるじゃない」

 白衣を着ている所から、この女性が医療室の主のようだ。桃色の髪の毛はゆるいウェーブがかかっており、腰の近くまである。瞳は碧色で、きちんと化粧を施している。出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいるその姿は、大人の女という言葉が相応しい。一応軍服だが、短いタイトスカートからは先ほどのクリーマ姉妹よりも、ほどよく肉付きの良い太ももを惜しげもなく披露している。

 ヴィオは思わず自分の足に目を落とす。肉付き自体は良い勝負だが、そもそも長さが違う。目の前の女性はロッソとほぼ同じくらいの身長。自分よりは二〇センチ以上大きいのだ。当然足も長い。女性はドクター用の椅子に腰掛けると、これまた惜しげもなくそのすらりと伸びた足を組んで見せた。

 今からあの長さになるのは無理だ、せめて細くしよう……と、ヴィオは再び明日からのダイエットを誓う。

「ここに連れて来るために、手を引っ張っていたんですよ」ルーカがゆっくり手を放すと、その様子をヴィオがじーっと見つめている。「ヴィオちゃん、どうしたの?」

「隊長に手を掴まれた時とは、感じが違っていたので……」

「あらあら、そう言えば、髪も瞳も紫ね。もしかしてこの子が例の子なのかしら?」

 ヴィオとルーカの会話を聞いていた白衣の女性が微笑む。

「例の子って何ですか?」

 ヴィオが不思議そうに女性を見つめ返す。

「あらあら、ごめんなさいね。私はこの宇宙軍第一三支部第六艦隊旗艦イデアーレ医療主任よ。みんなにはマニクーレ先生って呼ばれているわ。今度、ロー君の婚約者さんが乗艦するって噂になっていたから、とても楽しみにしていたのよ」

 どうやら、ロー君とはロッソのことを指している様だ。

「マニクーレ先生ですね。こちらこそご挨拶が遅れました。来月副官補佐で配属されるヴィオーラ=アメジストと申します」

 敬礼をするヴィオの周りを値踏みするようにマニクーレが歩く。そして――

――むにゅっ

「へ? あっ、きゃああぁぁぁぁ!」

 なんと、マニクーレが背後からヴィオの両胸を鷲掴みしたのだ。

「あらあらルーカ君、この子凄いわよ。Fは堅いわねぁ。うふふ」

――むにゅむにゅむにゅ

「あん、やっ、揉ま……ないで下さ……い」

「あらあら、感度もばっちりね」

 そのまま直ぐ脇にある診察台に押し倒される。

「きゃあぁ! 副長! 助けて下さい!」

 潤んだ瞳でルーカに助けを請うが、ルーカは赤くなって様子を見ているだけだ。

「ヴィオちゃんって、結構着やせするタイプなんだね」

「助けないなら、せめて見ないで下さい!」

 言い合いをしている間にも、マニクーレが覆い被さり体中をまさぐり始める。

「ロー君って、昔から胸の大きな子が好きなのよね。うふふ」

「え? マニクーレ先生も隊長と昔からの知り合いなんですか?」

「ええ、色々とね。うふふ」

 意味深に微笑むマニクーレの胸元に自然と視線が向いてしまう。白衣を着ているためジャケットは脱いでいて、ネクタイもしていない。白いシャツのボタンは二つほど開いており、くっきりと谷間が主張している。小柄なヴィオに大きな胸は不釣り合いだが、マニクーレの長身には良く合っている。まさにダイナマイトバディーなのだ。

「あー。マニクーレ先生、それ以上やるとロッソの先を越しちゃいますよ」

 ヴィオのプリーツにマニクーレが指を滑らせた所で、顔を赤くしたままルーカが忠告する。

「あらあら、ロー君ったら、まだこんなことしかしてないの?」

「こんなこともされていません!」

 マニクーレの腕をすり抜けて、何とか診察台から逃げ出す。

「あらあら、逃げられちゃった。それにしても、真の紫の申しヴェラ・アメジストって言うから、私たちとは随分違うのかと思ったけど、触った感じは変わらないわね」

「そりゃあ、真の紫の申し子なんて言っても、ただの縁起物なんですから」

 ヴィオが乱れた服を直しながら応える。

「あらあら、随分謙遜しているのね?」

「いえ、謙遜とかそう言うのじゃなくてですね……」

「ところで、何かご用があったのかしら?」

「ああそうでした。実はヴィオちゃん、艦内の人に挨拶して回っているんですよ」

「もしかして全員に?」

「はい」

「一〇〇人くらい居るわよ」

「ですが、隊長にご挨拶すると言ったので」

「そうなのね。じゃあ、ルーカ君は付き添い?」

「そんな所ですよ。さっき、ちょっと意地悪しちゃったんで、取り敢えずここまで案内したんです」

「じゃあ、久々に揉みごたえのある胸も揉ませてもらったし、良いものあげるわ。うふふ」

 そう言うと、マニクーレが医療机から電子パッドを取り出し、ヴィオに渡す。

「これは?」

「この艦の簡易見取り図と、クルー名簿よ」

「こんな大切なもの、良いんですか?」

「医療室には完全版の資料もあるし、明日にでもゆっくり返してくれれば良いわよ。ルーカ君もこれを渡して欲しかったのでしょう?」

「そうなんですよ。僕は簡易版持ってないので助かります」


 マニクーレとルーカに礼を言い、ヴィオは艦内を回ることにした。

 機関室、兵士控え室、食堂、ブリッジ、それから会えなかった兵士を捜して、廊下や倉庫も駆け回った。

 そして、再び自室兼ロッソの部屋の前に立つ。既に二回目の挨拶回り開始から、数時間が過ぎていた。それに、先ほど何度目かのワープを終えたという艦内アナウンスが流れた。帝国首都からは相当離れたのだろう。

 宇宙空間に時間の概念は無い。基本的には帝国標準時間が採用されている。その帝国標準時間では既に夜遅く。もうロッソが寝ていてもおかしくない時刻だ。

「入るわよ」

 扉を開けると、ロッソはまだ起きていた。ロッソは数時間前にヴィオが部屋を出た時のままの場所で、読書を続けていた。

「行ってきたのか」

 しかし、今度は顔を上げてヴィオの目を真っ直ぐに見つめる。

「ええ。私と隊長を抜かして総勢九八名のクルーに挨拶をしてきたわ」

「……そうか」

 そこでようやくロッソは本を閉じた。その様子にヴィオも先ほどまでの緊張が少しだけ解れる。

「では、今日の仕事はここまでだ」

 ロッソが自分の座っている三人掛けソファーをぽんと叩く。ヴィオはロッソの傍らに移動し、直立する。

「おい、毎回座れと命令させる気か?」

「出来ればそうして欲しいわね」

「面倒だ、慣れろ」

「……嫌よ」

 一人分間を空け、同じソファーに腰掛ける。

「随分嫌われているな」

「それはお互い様でしょ」

「ほぅ、随分言うじゃないか」

「私のことを嫌っているのは分かっているわ。やっぱり三年半前の……」

「俺がどうして挨拶に行かせたか、分かったか?」

 半ばヴィオの言葉に被せるようにロッソが切り出す。

「えっと、艦は士官だけでは動かないから、動かしている皆さんに挨拶して、そのことを実感する必要があったってことでしょ?」

「まぁ、半分正解だな」

「半分?」

「艦は士官だけでは動かせないっていうのは、その通りだな。だけど、そのことに気づけないまま何年も士官をやっているバカ共も少なくない。あと半分は士官って言うのは役割だってことだ」

「みんなをまとめるってこと?」

「それは仕事内容の一部だな。役割って言うのは、あくまで仕事中のポジションって言うことだ。つまり、この艦で言うなら仕事中は大佐である俺は一番偉い。けど、それ以外の時間帯では関係ないと言うことだ」

「プライベートは平等な関係……」

「そうだ。特に士官になりたてだと、何歳も年上の兵士や下士官たちが自分を敬ってくれるので勘違いしてしまうんだ。別に自分が偉くなったわけじゃなくて、そういう役職なんだ。それが分からなくて勘違いする奴が本当に多い」

 ヴィオは姿勢を正して、ロッソに視線を向ける。

「私も質問があるわ」

「何だ?」

「どうして挨拶の内容を確認しないの?」

 すると、ロッソがふっと微笑む。

「部下を信じるのが、上官の仕事だ。お前がちゃんと全員に挨拶してきたと言ったら、俺はそれを信じるさ……おっと、仕事は終わりだと言ったのに、仕事の話をしてしまったな。ヴィオーラ」

 呼び方が変わる。

「何よ?」

「もう少しこっちに来い」

 少し戸惑いながらもロッソの隣へと移動する。

「髪は長いままなんだな」

 ロッソがヴィオの紫苑色の髪に指を通す。

「実技の時はまとめていたから、別に邪魔にはならなかったわよ」

「そうか」

「ねえ、いつまでそうしているのよ?」

 どうしたら良いか分からなくて、ヴィオが上ずった声を上げる。

「ああ、すまない。お前の髪は真っ直ぐで触り心地が良いな。俺の髪とはやはり全然違う」

 謝りはしたが、髪にはそのまま触れ続けロッソが応える。確かにロッソの髪はかなり硬そうだ。

「あのっ、この忘れな草、もしかして隊長がくれたの?」

 取り敢えず違う話題を出そうと、テーブルに飾られている忘れな草を指さす。

「いや、どうしたんだ、これは?」

「隊長も知らないの? 私の卒業祝いらし……」

 ヴィオが口を開きかけたその時、警報が響いた。


 艦内放送が流れる。

「救難信号をキャッチ。民間船が襲われている模様。第二種警戒態勢。至急各持ち場に集合せよ」


「全く、ワープが終わった瞬間に救難信号か。ちょっとブリッジに行ってくる。お前は部屋に……」

「私も行くわ」

 ネクタイを締め直しながら立ち上がるロッソに、間髪入れずに申し出る。その様子にロッソはほんの少し思案してから頷いた。

「邪魔はするな」

「当然よ」


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