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第二章 惑星アメジスト第五王女 5~第三章 士官候補生 1

 5


――翌朝。

 食堂で朝食を取るロッソの元へ、ヴィオが駆け寄ってきた。

「おはよう、中佐」

「……おはよう」

 訝しげな視線を向けながらロッソもヴィオに挨拶をする。

「私、中佐にお願いがあるの」

「随分とフランクな口の利き方だな」

「あんたに敬語なんか勿体ないわ」

「ほぅ。お願いする相手に随分言うな。で、欲しいものでもあるのか? 言ってみろ」」

「私、帝国軍士官学校に入学するわ! 受験を許可しなさい!」

「何だと!?」

 思わずロッソが立ち上がると、周囲の士官や兵士たちがそーっと視線を向ける。ロッソが睨むと皆視線を戻し、朝食を再開する。そんな様子をお構いなしにヴィオは一冊の本をテーブルに広げる。

「これは、帝国軍人指針か?」

「そうよ。ここを読んで」

 ヴィオが指さした場所をロッソは読み上げる。

「――帝国軍、及び帝国軍士官学校を始め各種学校を志願するものを妨げることは、何人にも許されない」

「そういうことよ」

「成程、そう来たか」

 ふっと笑うとロッソが別のページを開く。

「お前の狙いはこれだろう?」

「あっ」

 ヴィオは一瞬目を見開く。

「図星か」

 そのページには領主の説明が書かれていた。

 ――優秀な士官は、その戦果に応じて領地が与えられることがある。領主となった場合は退役し、以後領地の保全に努める。尚、戦果によっては士官自ら領地を決めることも出来る。また、既に他の者の領地となっている場合は、両者間の話し合いによって、領地の交換という形でその引き継ぎを行うことが出来る。

 つまり、優秀な士官は好きな星の領主になれるのだ。もし、他の人が既に領地にしていても交換することが出来る。

 領主には、その星の政治を動かす権限が与えられている。完全な独立ではないが、見ず知らずの帝国軍人に星の政治を任せるより、自分が領主となることを選択したヴィオの考えは強ち的外れではない。本来、帝国に吸収合併される際の国家側の最大目標は、王や政治指導者をそのまま領主に据え置くことである。

「何のこと?」

 しかし、ヴィオはあくまで白を切るつもりらしい。

「お前、本当に面白いな。だが、士官学校は通常十五歳からだぞ。お前はまだ十一歳だっただろう?」

「試験さえ突破できれば、飛び級も可能って書いてあるわ」

「士官学校の試験は、この宇宙域で一番の難関だ。それに受験まであと半年もないぞ」

「これから勉強するわよ。いいから受験させなさい」

「……まあ、良いだろう。受験を許可する」

「ありがとう!」

「ただし」飛び上がるヴィオの瞳を、真っ直ぐに見つめる。「受けるからには必ず合格しろ」

「誰に言ってるのよ!」

 その瞳をそらさず、ヴィオは笑顔で答えた。


第三章 士官候補生


 1


「……ラ、お……」

 遠くから声が聞こえる。

「ん?」

 うっすらと目を開けると、それは見慣れた寮の景色ではなかった。しかも目の前には男の顔。

「ヴィオーラ、起きろ!」

「え? あっ、レオーネ中佐……」

「中佐だったのは三年以上前だ。おい、大丈夫か?」

 顔を覗き込まれてそこで意識がはっきりする。

「あっ、夢か。って、大佐じゃなかった……隊長!」

 大慌てで立ち上がり、距離を取る。

「どうした、寝不足か?」

「違うけど……」

「別に体調が悪いわけでもなさそうだな」

「ええ、問題ないわ」

「分かった。それではアメジスト候補生」

 呼び方が仕事用に変わる。

「何よ?」

「お前に一つ簡単な仕事を任せよう。ここのクルーに挨拶をしてこい」

「挨拶?」

 ヴィオは拍子抜けした表情で聞き返す。

「そうだ、挨拶だ。出来ないのか?」

「出来るわよ。ただ挨拶をしてくれば良いの?」

「出来るなら、つべこべ言わずにさっさと行ってこい」

「わっ、分かったわよ」

 これ以上質問の出来る様子では無かったので、ヴィオは急いで部屋を出る。

「いつの間にか宇宙に出てたのね。私、どれくらい寝ていたのかしら?」

 廊下の窓には宇宙が広がっていた。

 時計を確認すると、数時間ほど眠っていたらしい。ワープを使っているかも知れないし、今どの辺りに居るのかは分からない。しかし、あまり人工物などが無さそうな様子から、所謂宇宙の田舎道を航行していることは想像出来る。

 取り敢えず、廊下に掲示されている見取り図を確認する。卒業直前の配置命令だったので、この戦艦のことを調べることも出来なかったのだ。勿論、誰でも見られる所に全ての情報が描かれているわけではないが、おおよそのブロックくらいは分かるようになっている。

「ブリッジはっ……と、結構近いわね」

 現在地と目的地を指でなぞると、床に矢印が現れた。進む方向を示しているのだ。

「随分、便利なシステムね」

 ヴィオは感心しつつ、矢印が示した方へと向かうことにした。



 ブリッジに入ると、中心にある司令官席にはルーカが座っていた。ロッソがブリッジに居ない間の代理なのだろう。ブリッジではルーカの他に、数名の士官と十名ほどの一般兵がそれぞれの仕事をこなしていた。

「失礼します」

「あれ? ヴィオちゃん、どうしたの?」

 ルーカが立ち上がり、出迎えてくれる。

「副長、ヴィオちゃんって……今は仕事中ですよ」

「あはは、お堅いなぁ。じゃあ、プライベートでは呼んで良いの?」

「……分かりました。ご自由にして下さい」

「じゃあ、やっぱりヴィオちゃんって呼ぼう。で、どうしたの? ロッソにまた変なことされた?」

「またって! 副長はあの時のことご存じなんですか?」

「ふっふっふ。まぁ、ロッソの名誉のためにノーコメントってことで。いやぁそれにしてもロッソの奴、君が待っているよって言ったら、一回目のワープが終わって直ぐに部屋に戻るって言うんだもん。いつもだったら、後何時間かはブリッジに居るのに、分かりやすいよな」

 ルーカが面白そうに笑うが、ヴィオには理由が分からず、きょとんとしてしまう。

「私のことを信用していないのでしょうね」

「うわっ、そっちに行っちゃうんだ。でも今日から同じ部屋だし、仲良く出来ると良いね」

「あっ、そうだ! 同じ部屋で思い出しました。副長が部屋替えの権限をお持ちだと伺ったのですが」

「そうだよ」

「他の部屋に変え……」

「ダメ」

「……せめて被せないで、最後まで言わせて下さい」

「最後まで言っても返事は変わらないって。それに、あの部屋割りにはロッソも賛成しているからね」

「隊長もなんですか?」

 あんなに自分に突っかかって来るのに、同室に賛成なんてさっぱり理解出来ない。と、ヴィオは驚きを隠せない。

「そう言うことだから、まっ、諦めなって。もしかして、用事ってこのことだった?」

「いっいえ、隊長からここのクルーに挨拶してきなさいと仰せつかったので、参上いたしました」

「ふぅん、そういうことか……。サラちゃん、セラちゃん、ちょっとこっちに来てくれ」

 ルーカはにんまりと微笑むと、パイロット席の方へ向かって声をかけた。

「「はい」」

 完全に同じタイミングで返事をし、パイロット席の二人が立ち上がった。そして、全く同じ歩調でヴィオとルーカの方へと歩み寄る。

 並んだ二人は、一卵性の双子だった。ヴィオよりは何歳か上のようだが、かなり若い。それに華奢だから遠目では小柄に見えたが、実際に目の前にしてみるとヴィオより一〇センチほど大きい。スカートからすらりと伸びる足が長い上に細くて、思わずヴィオは下を向き自分のスカートから伸びた足を確認してしまう。

「はぁ」

 思わずため息が漏れ、明日からのダイエットを誓う。

「ヴィオちゃん、この二人がウチのメインパイロットのサラ=クリーマ中尉と、セラ=クリーマ中尉だよ。サラちゃんにセラちゃん、こっちは来月から正式に副官補佐として配属になるヴィオーラ=アメジスト候補生だよ。学年は一個しか違わないから、仲良くね」

 ルーカがそれぞれの紹介をすると、双子はやはり同時に頷き、右側にいた少女が先に口を開いた。容姿は何もかもそっくりだが、髪型だけが少し違う。右側の少女は銀色の髪を頭のてっぺんで一つのお団子にしている。左側の少女は頭の両サイドで二つのお団子にしているのだ。それ以外は本当に何もかも同じ。色も形も猫のような金色の瞳をヴィオに向けている。

「サラ=クリーマ。メインパイロット」

 まず、お団子一つが口を開き、お団子二つがそれに続く。

「セラ=クリーマ。以下同じ」

 全く表情を変えずに言うのでヴィオは呆気にとられてしまうが、直ぐに姿勢を戻し、敬礼する。

「ヴィオーラ=アメジスト候補生であります。正式任官は来月からですが、少しでも早くお役に立てるよう、誠心誠意努力する所存です」

 普通、こういった時は上官の側から激励の言葉の一つも有る筈だが、双子はどちらも口を開こうとしない。

「えっと、この二人はちょっとだけ無口なんだ。でも、腕は確かだからね! じゃあ、二人とも持ち場に戻って良いよ」

 無言に耐えかねてルーカが口を挟むと、双子は敬礼をし、席へと戻っていった。

「この旗艦イデアーレに居る士官はロッソと君を加えて五人。これで全部だよ。挨拶はもうお終いで大丈夫かい?」

 ルーカがヴィオを覗き込む。この三年半でヴィオの身長も一〇センチほど伸びたのだが、それでもルーカはヴィオより三〇センチ以上大きい。完全に腰を折って視線を合わせている。

「ええ、大丈夫です。どうもありがとうございました」

「それとも、もうちょっとここでゆっくりしていく?」

「いえ、遠慮しておきます。副長もお仕事頑張って下さい」

 完璧な微笑みでルーカの申し出を躱し、ヴィオはブリッジを後にした。

「「副長、性格悪い」」

 ヴィオが扉を出るのと同時に双子が呟いた。

「何のことかな?」

 ルーカが意地悪く微笑んだが、それらの会話はヴィオの耳には届かなかった。


「入るわよ」

 自分の部屋でもあるとは言われたが、やはり何も言わないで入室することは躊躇われ、念のために一声かけてから、部屋へ入った。しかし、居間のソファーで読書をしているロッソは視線を本から動かすことはない。

「随分早かったな」

「副長に紹介して貰ったのよ」

「誰に挨拶をした?」

「副長と、メインパイロットの中尉お二人だけど」

「他には?」

「他?」

 ルーカはヴィオとロッソを入れて、士官は五人と言った。漏れはない筈。

「俺は、ここのクルーに挨拶をしてこいと言った筈だが」

「あっ!」

 そこまで言われて、ようやくヴィオはロッソが何を言っていたのかを理解する。

「士官にさえ挨拶すれば良いという訳か」

「……そういうつもりじゃ」

「実際にそうだろう。お城で大事に育てられ、そのまま飛び級で士官学校に行ったんだ。特別扱いに慣れたお前の選民意識が強くても仕方ないな」

 相変わらずこっちを見ず、ロッソが淡々と告げる。

 こちらを向く価値もないと言うことだろうか。

 どうしたら良いか分からず、悔しくて零れそうになる涙をどうにか押さえ込む。

「お前が士官だけで何でも出来ると思っていて、下士官や兵士を蔑ろにする指揮官を目指すなら俺は止めない。お前の人生だ。好きにすればいい。しかし、俺はそういう指揮官を軽蔑しているし、そういう奴にだけは絶対に負けたくないと思っている」

「……他の方たちにも挨拶してきます」

「別に行かなくても良いんだぞ。お前の生き方だ」

「行くわ!」

「……好きにしろ」

 その言葉を聞くのと同時に、ヴィオは部屋を飛び出した。


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