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第二章 惑星アメジスト第五王女 1~2

第二章 惑星アメジスト第五王女


 1


 星歴二九九二年九月。

 第四宇宙域内独立惑星アメジスト上空に、初めてガラッシア帝国艦が進入した。


「フレッドお兄様、あれが帝国の戦艦なのですか?」

「そうだよ、ヴィオ。宇宙の法則に基づいて分析したところ、危ないね。さぁ、城の中に入ろう」

 余所の惑星に入るには、当然許可が必要だ。しかし、帝国は申請など一切せずに惑星アメジストへ侵入してきた。帝国は外交に来たわけではなく、制圧に来たのだと、惑星アメジストが理解するには充分過ぎる登場であった。

 その日まで、惑星アメジストは王国であった。

 その名の通り、紫水晶アメジストが名産であり、他にも多くの宝石が採れる豊かな国であった。豊かさの象徴として、王宮は巨大な紫水晶の山をくり抜いて作られており、紫水晶宮アメジスト・パレスと呼ばれていた。王宮のデザインは母なる惑星のヨーロッパという地域の文化が由来になっているらしい。紫水晶宮は渚に建てられており、西の海には大きな紫水晶の山が海底からそびえ立っている。紫水晶宮の素となった山とは姉妹山だったと言われている。

 王室御用達の宇宙港は、紫水晶宮の南に造られていた。不躾にも帝国軍はその宇宙港へ着陸しようとしていたのだ。紫水晶宮のバルコニーでは、王子と王女の二人がその様子を眺めていた。

「私はここで帝国艦の着陸を見届けます」

 ヴィオが真っ直ぐ戦艦を見つめていると、

「宇宙の法則に基づいて現状を分析してみたけど、見ていてもどうにもならないさ」

 十歳年上の異母兄が、奥歯を噛みしめながら呟く。

 異母兄であるフレッド=アメジストは、この年二一歳。空色の髪と深海色の瞳を持つ青年で、この惑星アメジストの第二王子である。温暖な気候の惑星アメジストであるが、その空色の髪は殆どがフードで覆われ、体は幾重にも異なる柄の布を重ね着している。布は腰に巻き付けたベルトで固定されており、更に肩からマントを羽織っていた。大変暑そうだが、これがこの国の正装なのだ。

 隣にいるヴィオことヴィオーラ=オリジネ=アメジストは十一歳。同じく惑星アメジストの第五王女である。ヴィオの格好も異母兄と似たり寄ったりだ。髪はスカーフで覆われ、体も沢山の布で隠されている。しかし、フレッドの布は様々な柄であったが、ヴィオは白一色。この国の女性は未婚なら白、既婚なら黒以外を身につけてはいけないのだ。因みにヴィオにだけミドルネームがあるのは、ヴィオが正妻である王妃の子供で、フレッドが第二婦人の子供だからである。

「フレッド兄様」

「なんだい?」

「どうにもならなくても、私たちは見届けなければなりません。それが私たち王族の義務だと思います」

「……そうだな。よし宇宙の法則に基づいて、ボクもここで見届けよう」

 フレッドが、手首にスナップを効かせ、まるで風が舞ったように空色の髪をかき上げる。とても良い兄ではあるのだが、少し動きが芝居がかり過ぎなのが玉に瑕だと、ヴィオは感じていた。……何というか、一つ一つの動作が大げさなのだ。折角整った容姿が勿体ないと思い、一度忠告したことがある。けれど、動きがまだ洗練されていないせいだと思い込まれてしまい、ますます動作が大げさになってしまった。以来、この件に関しては、触れないことにしているのだ。

「ありがとうございます」

 二人が城のバルコニーから帝国艦の様子を眺めていると、爆音と共に赤い戦艦が惑星アメジストの大地へ降り立った。

「戦争にはなりませんでしたね」

 ヴィオが呟くと、フレッドがその美しい紫苑色の髪をそっと撫でる。

 着陸した戦艦に向かって攻撃が放たれることもなく、待機していた惑星アメジスト側の重鎮たちが出迎える。勿論、惑星アメジストにも軍隊はあった。一つの惑星だけでは勝ち目が無くとも、周辺の独立惑星たちと連合を組んで、迎え撃つことは出来る筈だったのだ。実際にそれが今回の防衛計画の要でもあった。

 しかし、帝国の方が何枚も上手だった。

 帝国はまず、半年ほど前から惑星アメジストを含め各惑星で内乱を誘発させた。理由は食糧危機であったり、インフレ、デフレであったり、様々だった。各惑星で事情は異なったが、ほぼ一斉に勃発した。各惑星が自国の回復に集中している隙を突いて、帝国は一斉に制圧を始めたのだ。慌てて連合を組もうとした瞬間には、既に手遅れ。もうどうにもならない状態だった。

「さてと、これから交渉会議が始まるから。宇宙の法則に基づいてボクは戻るよ」

「皆が少しでも幸せになれるように、よろしくお願いします」

「任せてくれと言いたい所だけど……宇宙の法則に基づいて考えても、それは難しいかもね。ボクは一応、成人した王族男子ってことで会議への参加が許されているだけだから。第一王子だって発言出来るか分からない状態で、ましてやボクは第二王子だしね。」

 フレッドが大げさに肩を竦める。

「そんなこと仰らないでください。フレッド兄様がこの国のためにいつも勉学に励んでおられたのを私は知っております」

 ヴィオは王族男子と同じ教育を受ける許可を貰うまでは、フレッドとフレッドの母である、第二婦人ブリーナの暮らすエリアで育てられたのだ。

「随分買い被られてしまったね。ボクは宇宙の法則でもある母上に怒られるのが怖くて勉強しているだけだよ」

「もう、フレッド兄様ったら。こんな時にもご冗談なんて」

 ヴィオも緊張した顔を一瞬解いて微笑む。

「それじゃあ、行ってくるよ」

「はい」

 フレッドはヴィオの紫苑色の髪に手を滑らせ、その真っ直ぐな髪に口づけをすると、バルコニーを後にした。


 2


 ヴィオが城内の王族控え室に戻ると、大型モニターに会議室の映像が中継されていた。王族や主要貴族の中で、会議への出席が許されていない者は、この控え室で会議の様子を見ることになっていたのだ。しかし、肝心の映像には、まだ誰も映っていない。会議の開始時刻まではまだ少し余裕がある。

「ヴィオおね~さま」

「ヴィオーラ王女」

 室内へ入った途端、幼い弟妹や、第三、第四婦人に囲まれてしまう。ヴィオの母親であるアメジスト王妃は、ヴィオを産んで暫くして亡くなってしまった。第二婦人ブリーナもヴィオが王子と同じ教育を受けるようになり、本邸である紫水晶宮で暮らすようになった数年前から、体調を崩し始めてしまった。本日も別邸で休養しているとのことだ。

 国王には、故人である王妃を含めて四人も妻が居る。故に子供は多く、四男七女である。しかし、成人しているのは第一、第二王子のみ。その後四人はいずれも十代後半の王女で、既に嫁いでいる。そして第五王女がヴィオで、残りの二男二女はまだ幼子ばかりだ。

 惑星アメジストでは、男性が表に立ち、女性は控えることが美徳とされている。そのため、こうした政治的な局面を女性たちが垣間見る機会はほぼ無い。しかし、ヴィオは王から特別に、王子たちと同じ教育を受けさせて貰っていたので、トラブルがあった時には何かと他の婦人や弟妹に頼られてしまうのだ。

「会議が始まりますから、皆さんとにかく座りましょう」

 頼られるのはありがたいが、ヴィオもまだ十一歳。混乱する一族を、どうにか着席させるだけで精一杯だ。それに、婦人や弟妹よりは政治や外交の知識はあるかも知れない。けれど、あくまで知識のみ。実際にこう言った場面に立ち会ったことがない。この部屋にいる他の者たちと何ら変わらないのだ。

「あっ、誰か入って来たよ!」

 末の王子が、モニターを指さす。いつの間にか、会議の開始時刻になっていたようだ。アメジスト国王を始め、大臣や王子たちが着席する。そして少し間を置いて、白い軍服を着た帝国兵たちが会議室へ入って来る。黒い軍服の者も何名かは居るが、着席はしない。護衛用の一般兵なのだろう。勿論、惑星アメジスト側も王国兵が護衛として立っている。

 ヴィオはモニターを見ながら顎に手を当てる。王国側の出席者の顔はしっかり映っているのだが、帝国側は主に後頭部しか見えない。恐らく、撮影許可が出た際の帝国が出した条件なのだろう。


「これより惑星アメジスト及び、ガラッシア帝国の交渉会議を開催いたします」

 緊張した面持ちの大臣が帝国語で宣言をし、会議が始まった。アメジスト語はあまりメジャーな言語ではない。従って、会議では帝国語が選ばれたようだ。しかし、通常アメジスト人は帝国語の教育を受けていないので、同時通訳が入る。王族や貴族の男性、そしてヴィオは、教養として習っているので、通訳を待たずに内容が理解出来る。

「まずこちらからは……」

「いや、時間の無駄だ。こちらの条件を述べよう」

 大臣が話を切り出そうとした瞬間、その言葉に被せるように帝国側から声が響いた。後ろ姿だけなので、誰の発言かは定かでは無かった。しかし、声の位置からして国王の正面、つまり帝国側の責任者が発言したようだ。声は意外と若い。国王の言葉が詰まったのを了承の合図と捉えたのか、帝国側がそのまま話を続ける。

「結論から言おう。独立惑星アメジストは、本日を以て我がガラッシア帝国の領土とする。そちらが戦闘意思を示さない限り、一般市民に危害を加えるつもりはない」

 その宣言に、会議室の空気が緩んだ。その空気を感じ取ってか、控え室でも安堵のため息が漏れた。もう、こうなってしまった以上、惑星アメジストの帝国領化は避けられないことは誰もが理解していた。だから、せめて被害を少なくできただけでも、ひとまず御の字なのだ。ここからどこまで権限や財産を守れるかが、交渉の最重要課題なのだ。交渉が上手く行った惑星では、元国王がそのまま領主へ就いた例もある。

「だが」再び帝国側の責任者が口を開いたので緊張の空気に包まれる。「王族及び主要貴族の成年男子は処刑とする。また、女子及び未成年の男子は、この惑星アメジストでの居住を禁止とする」

 会議室が一気にどよめく。

「静まれ!」

 国王バレーナ=オリジネ=アメジストの声が一際大きく響き、会場は表面上の落ち着きを取り戻す。国王は成人した子供も居るというのに、まるで青年のような容姿をしている。第一王子や第二王子フレッドと並ぶとまるで兄弟のようだ。

「戦火を開いていない国に対してここまで重い処置を下した例を私は知らぬ。理由を聞く権利くらいはあるな?」

「この惑星の王族や貴族を残しても、害にしかなら無いと言うことだ」

 帝国側のあまりの言いように、再び会場がざわめく。


「なんということでしょう」

 控え室でも状況は変わらない。まさかこんなに重い処置が下るとは、誰も予想していなかったのだ。すすり泣く声がそこら中から聞こえる。

「…………」

 ヴィオは泣かなかった。悲しくないわけではない。

 ただ、それよりも悔しいという感情が強かった。

――王族に産まれ、教育も受けたのに、何も出来ない自分。

 さめざめと泣く一同に目を向け、拳を強く握りしめる。

「まだ、出来ることはあるわ!」

「ヴィオーラ王女!?」

 急に立ち上がると、ヴィオは控え室に飾ってあった剣を二本掴み取り、部屋から飛び出した。

 制止する従者たちを振り切り、どうにか会議室の前に辿り着く。

「ここを開けなさい!」

 しかし、会議室の扉は固く閉ざされ、その正面を王国と帝国両方の兵士が守っている。

「ヴィオーラ王女、どうかお戻りください」

 王国兵がヴィオをなだめようとするが、ヴィオはその手をふりほどく。

「無礼者! 良いからここを開けなさい!」

「しかしですね……」

「責任は私が取ります! 早くしなさい!」

「早くこの娘を追い払ってください」

 帝国兵が帝国語で言う。

「?」

 しかし、アメジスト兵には通じない。

「なんと無礼な。私はこの惑星アメジストの第五王女ヴィオーラ=オリジネ=アメジストです。あなた方の責任者に言いたいことがあるのです。即刻通しなさい!」

 けれど、帝国語を理解出来るヴィオは、帝国兵をきっと睨み、全く淀みのない帝国語で言い返す。

――ギィッ

 その時、困惑する兵士たちの背後で扉がゆっくりと開いた。

「どうぞお入りください。国王陛下と帝国の許可が出ました」

 顔を出した大臣が手短に伝える。

「分かりました」

 そのまま会議室へ入ろうとすると、帝国兵が呼び止める。

「武器の持ち込みを許すわけにはいきません。こちらでお預かりします」

「ですが、これは……」

「構わん。とにかく入室させろ。五月蠅くて敵わん」

 ヴィオが言いかけるのとほぼ同時に、室内から声が響いた。

「はっ!」

 その声に反応して、帝国兵がヴィオの制止を解く。やっと会議室内へ通されたヴィオは、真っ直ぐ帝国側の上座に向かって歩き出す。帝国軍人たちがヴィオの剣に目をやり立ち上がろうとするが、上座に座る男が手でそれを制する。

 双方の視線を一身に集め、ヴィオは真っ直ぐ上座へと向かう。

「貴方が責任者ですか?」

「いかにも……で、そんな儀礼刀を抱えて王女様が何の用だ?」

 やっと上座に辿り着くと、正面に座る青年がヴィオを見て目を細める。座っている位置からして責任者に間違いないとは思ったが、その青年があまりにも若かったので、ヴィオは思わずそう訪ねてしまったのだ。

「これは儀礼刀ではありません。私はヴィオーラ=オリジネ=アメジスト。この国の第五王女です。貴方に決闘を申し込みます」

「ほぅ。噂に聞く真の紫の申しヴェラ・アメジストの王女か。私は宇宙軍第一三支部第一艦隊のロッソ=レオーネ。中佐だ。決闘とは随分物騒な申し出だな」

「父や兄、大臣たちは、流血を避けるために、貴方がたの入国を認めました。その返答が処刑だなんてあんまりです。貴方が責任者と言うことは、この中で一番強いのでしょう? でしたら、私と決闘してください。そして、私が勝った暁には、父たちの処刑を取り止めてください」

「私が勝ったら王女はどうするんだ?」

「え?」

 思わず言葉が詰まる。正直、決闘を申し込む以外のことなんて、考えていなかったのだ。その様子を見て、ロッソが足を組む。

「まさか、こちらだけがリスクを負うわけではあるまい」

「…………」数秒、ヴィオは目を伏せて思案した。そして、再び大きな紫の瞳をロッソへ向ける。「……私の命を賭けます」

 その言葉に、ロッソは鋭い目を細めて微笑む。

「面白い。その申し出、受けよう」

「ヴィオ! 何を言っているんだ? 宇宙の法則に基づいて考えても、危険だって分かるだろう!」

 誰よりも早くフレッドが立ち上がり、抗議する。

「その通りですぞ、王女様が命を賭ける必要はありますまい」

「代わりに私が決闘に出るぞ」

 その声をきっかけに、王国側が一斉に抗議を始める。しかし――

「喧しい!」

 それをロッソが一喝した。

「!」

 抗議の声が一瞬で静まる。

「この王女は、貴様らの命を守るために、決闘を申し出たんだ。それを今更抗議するなら、どうして先に立ち上がらなかったのだ」

「――――っ!」

 誰も的確な返答が出来ず、押し黙る。その様子を見て、ロッソは呆れたように続ける。

「で、王女はいつ決闘したいのだ?」

「今すぐで構いません」

「良い返事だ」

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