第一章 帝国宇宙軍士官学校首席卒業生 4
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「え? クリ……?」
ルーカが何やら怪しい名称を挙げたが、それに対してヴィオが問いかける前に、浮遊型自動車が止まってしまった。どうやら宇宙港へと到着したようだ。黒い軍服に身を包んだ兵士たちが待機していた。
「お三方ともお急ぎください」
「出航時間ギリギリですよ」
「遅れるとまた始末書ですよ」
始末書という単語にロッソが血相を変える。
「それは勘弁だ。ほら、全員走るぞ!」
「「「了解!」」」
ヴィオ以外全員の声がハモり、走り出す。
「はっ? 走るの!? ちょっと待ちなさいってば!」
戸惑いつつヴィオを一行に付いて走り出した。
「うわぁ、綺麗な艦」
ステーションで待機する真っ赤な戦艦を眺め、ヴィオが思わずため息を漏らす。色んな戦艦の資料を見てきたが、全く見たことのない外観をしている。一般的な戦艦は、先端が円盤形になって広く使えるようになっているか、円柱型の安定したシルエットになっている場合が多い。しかし、目の前の戦艦は、様々なブロック毎にパーツが分かれており、大きな戦闘機と言った方が似合う外観をしているのだ。
「この帝都へ来るのが、処女航だったってくらい新造だからな」
ロッソも眩しそうに戦艦を眺める。
「実はまだ内装工事は完了していないんだよ。今も一部はみんなで工事してるんだ」
ルーカが呆れたようにヴィオに耳打ちする。
「余計なことを言うな。それに、宇宙航行に関してはもう何の問題もないんだ。早く乗らなきゃ勿体ないだろう」
「早く乗りたいだけのくせに」
「なんか言ったか?」
「何にも言ってませ~ん」
「もう、とにかく早く乗り込んでください!」
じゃれ合うロッソとルーカに下士官たちが悲鳴を上げる。
「分かってるよ~」
「ほら、乗り込むぞ」
隊長や副長より周りの方がよっぽどしっかりしている。そんな様子に呆れるヴィオも、一緒に入り口への階段を上がる。
戦艦の扉が開く直前、ロッソとルーカが軽くネクタイを直した。
「!」
その瞬間、確かに空気が一変した。さっきまでは無かった緊張感に、ヴィオは息苦しくなる。
「何、この緊張感は」
「出航準備報告!」
扉が開いた瞬間にロッソの声が艦内に響く。
先ほど自分やルーカと話していた声とはまるで別人。ヴィオは驚きを隠せない。今朝の卒業式と同じ、堂々とした話し方。それは二十四歳の青年の話し方ではないし、青年の放つ空気ではない。
「これが、帝国軍の大佐ってことなの……」
視線を動かすと、ルーカもてきぱきと部下たちに指示を出している。二人の仕事ぶりを目で追っているとロッソが振り返る。
「何だ、まだ居たのか? おーい、誰かアメジスト候補生を部屋に案内してやれ」
急に呼び方がファーストネームから仕事用に変わり、違和感を覚える。そんなヴィオに大柄で体格の良い男性が声をかけてきた。
「オレが案内するぜ」
「えっと、あなたは?」
「おう! オレはバトバ、階級は伍長だ。さあさあ、ここは通り道だから、部屋に行こうな」
砂色のスポーツ刈り頭が印象的なバトバが、浅黒い肌の中で光る白い歯を見せて微笑んだ。
「何かここの床、柔らかい」
「ああ、この艦は最新モデルだからな。この床も普段は足に負担をかけないように、柔らかくしてあるのさ」
「じゃあ、緊急時には固くなるんですね」
「おっ、流石に頭が良いな。お前さんの言うとおり、緊急時には速く走れることが、最優先になるんだ」
艦内を物珍しく眺めていると、いつの間にか立派な扉の前に案内されていた。
「ここが私の部屋ですか?」
「ああ。隊長とお前さんの部屋だ」
「は?」
「だから……」
「いや、聞こえています。違う部屋にしてください」
「無理だな」
「どうして?」
思わず声が大きくなってしまうが、バトバは気にしていない様子だ。
「理由が二つある。第一にこの艦はまだ内装工事が終わっていなくてな、部屋が不足しているのさ。幸い隊長とお前さんは婚約者同士。この大きな部屋だったら充分に寛げる筈だろう」
「寛げる筈って……」
「第二に」バトバが白い歯を見せつけるように、ニヤリと笑う。「オレには部屋を決める権限が無いんだな。部屋割りに関しては副長が担当だ。気に入らないなら、直接交渉してくれ」
「……分かりました」
ここまではっきり言われてしまったら、もうバトバを相手にごねても始まらない。ため息混じりに了承し、取り敢えず部屋へと通して貰うことにする。
「コーヒーと紅茶と各種ジュースもあるけど、何か飲むか?」
素早く室内備え付けのキッチンへ移動したバトバが、声をかけて来る。
「ミルクがあったらミルクで。無かったら紅茶でお願いします」
「大丈夫だ、ミルクもあるぞ。今日は冷えるからな、ホットにしておくぞ」
「ありがとうございます」
手持ちぶさたなヴィオは、少し迷ってから、近くのソファーに腰掛ける。目の前のテーブルには、青い忘れな草の花束が飾られている。
「私に?」
花にはカードが添えられていた。そこには『親愛なるヴィオへ』と記されていた。
「今日、この艦へ届けられた物だそうだ」
キッチンからバトバが応えてくれた。
「誰が贈ってくれたのかしら? でも、私の正式配属は来月なのに……」
「まぁ、正式配属前に配属先に来るのは珍しくないし、特に今回は隊長が士官学校の卒業式に行くことが決まっていたからな。事情を知っている誰かしらが贈ってくれたんだろうさ」
『私を忘れないで』と言う花言葉を持つ忘れな草を贈ってきたというのに、肝心の名前はどこにも記されていない。
「そうですか……でも、凄く綺麗な青色ね」
ぼんやりと忘れな草を眺めていると、湯気の立つカップが目の前に差し出される。
「暖かいうちに飲みな」
「あっ、ありがとう。頂きます」
「じゃあ、オレは戻るぞ」
退出しようとするバトバに、ヴィオは慌てて声をかける。
「あのっ」
「どうしたんだ?」
「一つ、お伺いしても良いですか?」
「おう、どうした?」
「紅の剣って何ですか?」
「おっ?」
「さっき、こちらへ来る時に副長が紅の剣って仰っていたので」
「お前さんは知らないのか? この第一三支部第六艦隊……といっても、この旗艦イデアーレのみの独立艦隊だが、その遂行能力の高さと、個性的な隊長以下クルーを総じて紅の剣って呼ばれているのさ。前の旗艦も赤かったんだ。隊長の髪の毛の色って光に当たると赤く見えるだろ? どうやらその辺が名前の由来らしいぞ」
「そう言えば、士官学校時代に特徴のある部隊は、特別に名前が付けられることがあると聞いたことがあります」
ただ、よっぽどじゃ無いと、別名なんて付かないと聞いている。じゃあ、ここはそんなよっぽどな所なんだな……と、ヴィオは頭を軽く抱える。しかし、そんなヴィオの様子にはお構いなしに、バトバが続ける。
「腕に付けているこのバンダナが、紅の剣のマークみたいな物さ」
バトバが誇らしげに左腕に巻かれたバンダナを見せる。確かに、隊長副長を始め、他のクルーも同じような物をしていた気がする。よく見ると、赤い生地に刺繍が一カ所されている。どうやら剣のようだ。
「でも、紅は皇帝の色だって聞いたことがあるんですけど、別名とは言え、よく紅の剣って名前に出来ましたね」
紅は歴代皇帝のミドルネームとされており、特別な色なのだ。
「そもそも別名って言うのは、自分でつける物じゃないからな。オレがここに入った時には既に名前がつけられていたから、詳しい経緯は知らないが、どうやら隊長のめざましい活躍によって特別に認められた証らしいぞ」
「そうなんですか」
ロッソが褒められるのを聞いても詰まらないだけなので、曖昧に返事をする。
「それじゃあ、オレは戻るぞ。この部屋と寝室の二カ所に内線があるからな。何かあったら七番で兵士の待機部屋に繋がるから」
そう言うと、バトバは退出していった。
「なんか慌ただしい一日だったわ……」
ふぅと息を漏らし、ミルクに口を付ける。暖かさが体に広がり、緊張感や疲れがカップの中へ溶けていく。
「それにしても、このソファーは相変わらず、ふかふかね」
三年半前に使っていたソファーに体を預け、ヴィオはそのまま眠りに落ちていった。
――三年半前。
当時十一歳だったヴィオの生活が一変する事件が起こったのだ。




