第一章 帝国宇宙軍士官学校首席卒業生 3
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「こんな真っ昼間からいちゃついてて良いご身分ですな~」
丁度、日を背にして近寄ってきたので、ヴィオとロッソに影がかかる。ヴィオが声のかかった方へ視線を向けると、体格の良い男たちが五人ほど立っていた。
「悪いな、デート中なんだ。邪魔だから下がってくれ」
ロッソが周りを見渡しながら、応える。
「おっと、ロッソ=レオーネ大佐ともあろうお方が、そんな態度で良いんですかい? それに、そちらのお嬢さんは、今年の栄えある首席卒業生のヴィオーラ=アメジストさんじゃありませんか」
「俺たちの名前を知っていると言うことは、何か言いたいことでもあるのか?」
ロッソがヴィオを陰に隠すように立ち上がる。
「今日の祝辞も素晴らしかったって言うんじゃありませんか」
「帝国のエンブレムより、自分の矜持に従えなんてなかなか言えませんよ」
「こんな反帝国思想者をよく大佐になんかしたもんだ」
徐々に男たちが詰め寄って来る。
「俺が今まで帝国のためにどれだけのことをしてきたか、貴様らなんぞには分かるまい」
ロッソが吐き捨てるように言うと、中心に居た男が飛びかかって来る。
「その思想が危険なんだ!」
男の右ストレートをしゃがんで避けると、そのまま腕を掴み投げ飛ばす。
「ぬぉっ!」
男の大きな体が倒れ、仲間たちが一瞬怯む。その瞬間に、ロッソはヴィオの手を引き、その場から駆け出す。
「ヴィオーラ、来い!」
「ちょっと、手放してよ!」
「煩い! 取り敢えず逃げるぞ」
ロッソは、ヴィオの手を引いたままコートを翻し、歩道を駆け抜け、大通りから路地へと入る。
「やっつけないの?」
「お前みたいな足手まといが居るのに、五人も相手にするのはきつい。それに、あんな所で一般市民と喧嘩なんてしてみろ。一体どれだけの始末書を書かされるか分かったもんじゃないぞ」
「向こうが悪いのに、こっちが始末書を書くの?」
「向こうが悪いことを証明するために書かされるんだ。ここじゃあ人目が多過ぎるんだよ。これ以上書類が増えるのは勘弁だ」
ちらりと後ろを向き、追っ手が付いてきていることを確認すると、ロッソはヴィオの手を強く握り、更にスピードを上げる。
「結構面倒くさがり屋なのね。あと、一つ言っておきたいんだけど」
「何だ?」
「私、喧嘩では足手まといにならないわ。結構強いから」
「……そう言えば、そうだったな」
言うのと同時に、ビルの谷間へと入り込む。良い天気だというのに、湿っぽい臭いが鼻を刺激する。ヴィオは空いている手で口元を押さえつつ、周囲を確認する。
「大佐行き止まりじゃないの!」
「分かっている。そのためにここへ入ったんだ」
「どういうこと?」
「一人通るのがやっとな広さなんだから、相手だって一人ずつ来るしかないだろう。こっちはお前の体が小さい分だけ身動きが取りやすい。それに路地裏で過激な思想家が倒れ込んでいても、誰がやったかは分からないだろ。始末書も書かなくて済む」
「ホントに始末書が嫌いなのね」
「お前もそのうち分かるさ」
そうこう話しているうちに、男たちがヴィオとロッソを見つけ路地裏へと入って来る。
「ちょこまかと逃げやがって!」
狭いビルの谷間に大柄な男たちが押し寄せる。狭そうだが何とか通れる広さのようだ。
「そっちの首席卒業生のお嬢ちゃんだけ置いていってくれれば、兄ちゃんの命は助けてあげるぞ」
「そうそう、お嬢ちゃんは俺たちが可愛がってやるさ」
舐めるように見つめる男たちから、ヴィオを隠すようにロッソが立つ。
「それで俺に卑怯者のレッテルを貼り退役させるって魂胆か。やり方が汚い上に稚拙だな。もしうちの作戦参謀でそんなつまらない案を出したら、コンマ一秒で却下するレベルだな」
「何だと! 舐めやがって!」
そう言って、一番手前の男が懐からダガーを取り出す。
「刃物か」
この惑星エテルノは帝都だけあって法律が非常に厳しい。一般人はおろか軍人でも申請無しに街中で銃器を始め刃物すら刃渡りで所持が制限されている。男が出したダガーは容易に規制ラインを突破している代物だ。
「大佐殿が刃物ごときで慌てるなよ!」
ダガーを構えロッソに真っ直ぐ向かって来る。ロッソも避けることなく真っ正面で迎え撃つ。刃物を握った右手首を掴み上げ容赦なく捻り倒す。しかし、男を回転して地面に叩き付けるには狭過ぎた。
「なっ!」
「残念だったな、大佐」
男が再びダガーを振りかざした瞬間……
「隙あり!」
男の握っていたダガーが下から押される形で中へと飛ぶ。何回転かしたダガーがロッソの手へと収まる。
「ヴィオーラ!?」
なんとヴィオがロッソと男の間に入り、下から男の腕を蹴り上げたのだ。
「このガキ!」
男がヴィオに掴みかかる。
「攻撃が直線的過ぎ。それじゃあ私には勝てないわよ!」
ヴィオは逆手でロッソの肩を掴むと、鉄棒の逆上がりの要領で飛び上がり、男の顎に下から強烈な蹴りを加える。スカートのプリーツが大きく翻り、ヴィオの動きに数秒遅れて元の形に戻る。
「ぐはっ!」
そのまま男が後ろへ倒れると、その男を踏みつけるように次の男が現れる。一人一人の体が大きくてよく見えないが、最初より人数が増えて見える。
「大佐、このまま各個撃破で良いの?」
「それが一番確実だからな。しかし、数が増えたのは面倒だな。お前、これを羽織れ」
二番目の男と睨み合ったまま、ロッソが自分のコートをヴィオに掛ける。
「何よ、いきなり。長過ぎて動き辛いんだけど」
「一応、防刃仕様だ。それに……なるべく蹴り以外の攻撃をしろ。はしたないだろうが」
「蹴りが一番得意なんだから、仕方ないじゃない」
「なに二人でごちゃごちゃ話してるんだ!」
二番目の男も似たようなダガーを取り出す。先ほどの物と大きさは変わらないが、刃の部分がギザギザしていてより危険な形をしている。
「とにかく倒していくぞ」
「分かってるわよ!」
ヴィオとロッソが構えた瞬間。
「ん?」
目の前の男の動きが止まる。ダガーを握っていた腕に、いつの間にかカードが突き刺さっていた。スペードのジャックが描かれている。
「痛っ!」
自分の状態を確認して、男が悲鳴を上げる。その間に、後ろからも次々に悲鳴が上がる。
「今だ! 早くこっちへ!」
男たちの後方から青年の声が響く。
「遅いぞ!」
その声の主に心当たりがあるのか、ロッソがぶっきらぼうに応え、ヴィオの手を引く。腕や足にカードの刺さった男たちをかき分けてビルの谷間を抜けると、そこには何枚ものカードを構えた黄金色の髪をした青年が立っていた。
「ちゃんと約束した場所で、待っていられないのかい?」
「あんな目立つ所で待たせるから、こんなことになるんだ」
「口が減らないな。じゃあ、行くよ!」
両手に構えていたカードを一気に投げ、男たちの動きを封じると、直ぐ側に駐めてあった真っ赤な浮遊型自動車に乗り込む。
「二人とも早く乗って!」
「トロトロするな」
ロッソに引っ張られ、ヴィオも後部座席に乗り込む。すると真っ赤な浮遊型自動車は、駐車用のタイヤを出したまま、猛スピードで走り出す。大通りから一歩入った小さな道を、強引なコーナリングで疾走する。
「きゃあ!」
あまりに荒い運転に、思わず隣に座るロッソに縋り付く。
「お前、この程度で悲鳴上げていたら、戦艦暮らしなんて出来ないぞ」
「訓練では平気だったわ」
「ほぅ。後、一つ言っておくが、正式任官して士官用の制服を作る時にはもうワンサイズ大きい物にしろ」
「何で?」
ヴィオが不思議そうに見つめると、ロッソが気まずそうに自分の二の腕にすり寄せられているヴィオの上半身に目を向ける。
「……ジャケットがきつそうだ」
瞬間的にロッソから離れヴィオが血相を変えて立ち上がる。
「バッカじゃないの! これは別に太っているとかそう言うのじゃ無いんだからね!」
「分かっている、そうは言っていないだろう!」
「背を伸ばそうと思ってミルクばかり飲んでたら、こんなになっちゃっただけなんだから!」
ふんぞり返り説明するヴィオの胸が重そうに揺れる。
「立ってると危ないよ~」
運転席から陽気な声が聞こえるのと同時に大きくコーナーを曲がり、車体が傾く。
「あっ」
「うおっ」
ヴィオがふんぞり返ったままロッソに倒れ込み、その重量感のある上半身を顔面で受け止めた。
「きゃあ、何するのよ!」
「はんへもいいはらほへ」
「そのまま喋らないで。……くすぐったい」
身を捩るヴィオの肩を掴み、ロッソが座席へと座らせる。
「何でも良いからどけ! 窒息させる気か!」
「いいなーロッソ。今度は僕に代わってよ」
運転席の青年が振り返る。
「ふざけてないで、前を見ろよ、ルーカ」
「もう自動運転に切り替えたよ。追っ手も来てないし、大通りに入ったからね」そこで青年は視線をロッソからヴィオへ移す。「あっ、申し遅れました。僕はルーカ=ファルコ。よろしくね」
群青色の瞳でウィンクをする。先ほど見た所、背はかなり高かったが、顔立ちはロッソよりも遙かに柔らかい。まるで天使の様だ。それに引き替え自分の隣で偉そうに足を組んでいる男は目つきも悪いし、まるで悪魔みたいだ……と、ヴィオはちらりとロッソに目を向ける。
「ヴィオーラ=アメジストです」
「うわぁ、本当に綺麗になったね」
「えっとー」
多分、初対面の筈と困惑する。
「ごめんごめん、前にあった時はちらっとしか会ってないから、覚えて無くても仕方ないよ。それに……」一旦言葉を句切ると、ルーカがヴィオの手を握り、そこへ口づける。「これから知り合えば良いんだから。そう、じっくりとね」
「ひゃっ」
「おい、ルーカ」
「うわっ、婚約者様が怒った。まぁ、冗談は抜きにしても、僕が君の直属の上官になるからね。困ったことがあったら何でも言ってね」
「どういうことですか?」
「あれ? 資料届かなかった?」
「辞令がギリギリだったので、いただけませんでした」
「そうなんだ。えーと、君はこの我が儘大王の副官補佐で配属されるんだよ。で、僕が第一三支部第六艦隊副司令官。つまり副官を補佐するのが君の仕事だから、僕が直属の上官ってわけ」
「副官補佐?」
聞き慣れない役職に、思わず聞き返してしまう。
「要は見習いってことだ」
不機嫌そうにロッソが直訳する。
「また、ロッソは身も蓋もない」
ルーカが再び前を向き、ルート確認の操作を始める。
「私ってレオーネ大佐の補佐の補佐なんですか」
「そうだヴィオーラ、お前に言っておくことがある」
「また制服のサイズの話?」
「そうじゃない。その呼び方は何とかならんのか?」
「呼び方って?」
「大佐と呼ばれるのは好かん。せめて仕事以外の時間は名前で呼べないのか?」
「……それは、命令?」
「命令じゃないと呼べないってことか。……まあ良い。では、せめて俺のことは隊長って呼んでくれ。艦隊の仲間たちからもそう呼ばれている」
「隊長……」
「それも命令しないと駄目か?」
「必要ないわ。これからは隊長って呼ぶことにするわよ」
「そうか」
ヴィオの返事にロッソも納得したように頷く。
「因みに僕は副長って呼ばれてるからよろしくね。勿論、ファーストネームでも構わないよ」
操作を終えたルーカが振り返る。
「改めて、よろしくお願いいたします。副長」
「うわっ、ガード堅いね。……それはそうともうすぐ到着するよ」
「どこへ到着するんですか?」
「宇宙港に決まっているだろうが」
「そういうこと。ようこそ、第一三支部第六艦隊――通称紅の剣へ」




