第五章 紅の剣 3
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白兵部隊と合流し、浮遊装甲車に乗り込む。艦底部のハッチが開き、浮遊装甲車が飛び出す。
「雑魚には構うな! 一気に紫水晶宮に向かえ」
バトバが窓から爆弾を投げつつ叫ぶ。
「どこから進入しますか?」
運転手に向かってバトバが豪快に応える。
「正面だ。このまま突っ込むぞ」
「了解。このまま突っ込みます」
「あのっ」
「どうした?」
「まだ一般人が残っている可能性が高いです。正面からこの車で突撃するのは賛成出来ません」
「はっはっは、問題ないさ。これは浮遊自動車じゃない。リミッターも外しているし、短距離だが一〇メートル程度の高さまで飛べるさ。上の階にはカジノの客も居なかった筈だ」
「そうですね。では、行きましょう」
ヴィオが納得したのを確認して、バドバは太い腕でヴィオの体を固定する。
「舌噛むなよ」
「はい」
「浮遊します!」
運転手が叫ぶ。浮遊装甲車は真っ赤な炎をはき出しながら紫色の壁に吸い込まれていく。轟音と共に浮遊装甲車が飛び込んだのは、三階の広間だった。
「伍長。侵入完了です」
「良くやった。このまま行けるとこまで行け」
「了解」
黒服たちが浮遊装甲車を囲むが、煙を吐き出しつつ上階に向かって加速を続ける。テーブルや椅子を弾き飛ばしながら奥を目指す。
「これ以上はこの車で進めません。道が狭すぎます」
「後方の浮遊システムから出火」
部下たちが報告する。
「降りるぞ! ここからは足を使うしかないな。司令官殿、走るぞ」
そう言った次の瞬間、バドバは後部のドアを開け、すかさず光拡散爆弾を投げる。閃光が瞬くと同時に、他の隊員もドアから飛び出す。ヴィオもその後に続き剣を抜く。
「この奥が謁見の間に続く道です」
奥を指差す。
「このまま一気に駆け上がります!」
「全員抜刀!」
「主任は斧でしょうが」
バトバのかけ声に思わず部下たちが笑いを漏らす。しかし、歯を見せたのはそこまで。黒服の姿を確認すると、全員が表情を引き締めた。
フロア再奥の階段に向かって走る。すると当然のように黒服たちが攻撃を仕掛けて来るが、素早く白兵部隊が前へ出る。
「ここは自分たちにお任せ下さい!」
数名の部員がその場で黒服たちを食い止める。そのままヴィオたちは勢いを止めることなく上へ上へと進む。途中で黒服に囲まれそうになる度に、白兵部隊員が少しずつ残り応戦した。最上階へ辿り着いた時には、ヴィオとバトバの二人になっていた。
「はぁ、はぁ、……みんな大丈夫かしら」
「なぁに、あいつらはそんなに柔な鍛え方してないぞ。それより、あの部屋に辿り着くことだけを考えろ」
バトバが舌なめずりをして、黒服たちに視線を向ける。数自体は多くないが、ここまで駆け上がる間に相当体力を消耗している。
「紅の剣所属バトバ伍長である! 全員全力でかかってこい!」
そう言いながらありったけの光拡散爆弾と閃光弾を黒服たちに投げつける。
「うわっ!」
フロア全体が光に包まれ、ヴィオの視界も白く染まる。何も見えない中、まるでタイヤの様な手がヴィオの腕を掴んだ。
「伍長!?」
「ここは俺に任せろ。隊長を頼むぞ」
何かを蹴り飛ばす音が聞こえたかと思うと、ヴィオは勢いよく投げ飛ばされる。
「ぎゃっ」
咄嗟に受け身は取ったが、まだ視界が戻らない。徐々に視界を取り戻すと……
「隊長! それにフレッド兄様!」
フレッドが椅子に縛り付けたロッソに剣を突きつけて、まさに今とどめを刺そうかと言う、場面であった。
「フレッド兄様、隊長を放してください!」
「おお、麗しいヴィオ。やはりボクの元に戻ってきてくれたんだね。ボクたちはこの宇宙の法則に基づいて結ばれるべき運命だと、産まれる前から決まっているのさ」
ヴィオの姿を確認したフレッドは、ロッソに向けた剣を下ろし、マントを翻しながらヴィオの方へと向かう。
「何でこんなことをするのですか?」
「それは決まっているよ。ボクたちの王国を取り戻すためさ。そのために、宇宙の法則に基づいてこの領主館兼カジノに潜入し、秘密裏に実権を握ったのだ」
「私も、領主となってこの国に戻るために、三年半努力して参りました」
「それは素晴らしい。流石我が妹であり、妻となる者だ。やはり宇宙の法則に基づいてボクと結ばれるだけあって、実に優秀であるな」
フレッドがヴィオを抱き締め、紫苑色の髪を撫でる。
「ですが、兄様は何のためにこの惑星を取り戻すのですか?」
「どういうことだ?」
「この惑星は私の様な紫の申し子を輸出することで、平和を保ってきたのだと知りました。その様な惑星に戻したいのですか? 城下町で働く女性たちの元気な姿を見ましたか? この惑星は少々方向を間違っている気がしますが、良い方へ変化しているのではありませんか?」
「何を言っているんだ? 平民の女が元気でも仕方ないだろ。それに、こんな帝国軍や平民がのさばっているのが、正常な状態だとでも言うのかい? 惑星アメジストは宇宙の法則に基づいて最も優れているとされている、貴族社会だ。宇宙の法則に基づいて選ばれて血統の者たちの繁栄こそが平和の証なのさ。平民はボクたちが繁栄するための駒に過ぎないんだよ」
「兄様、どうしてそんなことを仰るのですか?」
ヴィオはフレッドとの価値観の溝に驚くが、フレッドはそのことに気がつかない様子だ。自分が変わってしまったのか、フレッドが変わってしまったのか、ヴィオには分からない。そんなヴィオの葛藤はお構いなしにフレッドが話を続ける。
「そして最後に必要になるのは、結局力なのさ。その力に屈してボクは一番大切なお前をこんな奴に奪われてしまった」
フレッドがヴィオの髪を握りしめる。ヴィオはフレッドの腕を払いのけるが、髪が掴まれたままだ。
「何が幸福の象徴よ! 兄も幸せに出来ないなんて!」
そう呟くと、ヴィオはフレッドに掴まれた髪を持っていた剣で切り落とす。
紫苑色の髪が、まるで花びらのように床へと落ちる。
腰まであった髪は、やっと肩に着く程度の長さになっていた。
「ヴィオ!?」
「兄様」ヴィオがフレッドの目を真っ直ぐに見つめる。「決闘を申し込みます」
「何だと?」
「私が勝ったら自首してください」
「ボクが勝ったら?」
「私の命を掛けたい所ですが、もう使ってしまっているので……」
「代わりに俺の命を掛けよう」
ロッソが宣言する。
「皇帝閣下のご子息が命をね。宇宙の法則に基づいて考えても不足無い対価だな。分かった、受けよう。審判は……」
「俺がしよう。他に人手も無さそうだしな」
「宇宙の法則に基づいて、それが妥当だろう」
「しかし、護衛も付けないとは、腕に相当の自信があるのか?」
ロッソの問いに、フレッドが目を丸くしてから、大笑いをする。
「ははは、宇宙の法則の中では随分初歩的な質問だな。本当に大切なことをする時は、一人でするに限るのさ」
「何だと?」
「だってそうだろう? 宇宙の法則に基づいて考えても、他人なんて信用できないさ。他人が何をしてくれた? 母を奪い、国を奪い、妹を奪い、全て失った。ボクがどれだけのことをして、再びこの紫水晶給に足を踏み入れたか、貴様に理解できるか!?」
「まるで貴様一人が不幸みたいな言いぐさだな」
「皇帝のご子息には、泥水を啜って生きながらえた人間の気持ちなんて分からないだろう」そこまで言うと、フレッドはヴィオに視線を移す。「宇宙の法則に基づいて沢山のお金を手に入れた。その金でこの城も、沢山の駒も手に入れた。だけど、ボクが欲しいのはヴィオ、君だけだよ」
「兄様、私は仲間に助けられて、再びここに辿り着くことが出来ました」
「それは違うな。仲間なんて幻想だ! 他人なんてただの駒なのさ! メリットがあるから側に置くんだ。使えなくなったら捨てればいい。そんな者がいなくても、宇宙の法則によって。ボクたちが何度でも再会できることは決まっているのさ」
フレッドの言葉にヴィオは一筋の涙を零す。しかし、それを拳で拭う。
「……兄様、続きは剣で話しましょう。それから、このままでは決闘に支障が出ますので、隊長の拘束は解いてください」
「許可出来かねるな。危険ではないか」
「もし、隊長が私と兄様の決闘を邪魔したら、その瞬間に私は自害します」
ヴィオが真っ直ぐフレッドを見つめる。
「分かった。拘束を解こう」
肩を竦めてフレッドがロッソの拘束を解く。ロッソはヴィオを見つめ一度頷くと、二人の間へと立った。
「では、宇宙の法則に基づいてボクも用意しよう」
そう言って、部屋の隅に飾られていた武器の中から剣を選ぶ。そして盾を二つ選び、片方をヴィオへ投げる。
ヴィオが盾を装備すると、フレッドも部屋の中央へと移動する。
ヴィオとフレッドは五メートルほど距離を置き立つ。
「制限時間無制限、一本勝負になる。降参か、仕留めた状態に追い込むか、戦闘不能、死亡で勝敗は決まる。また、今回の武器は剣だ。これ以外の隠し武器等での決着は反則となる」
ロッソが決闘の条文を暗唱する。
「分かりました」
「了解だ」
「では、両名前へ」
ヴィオとフレッドが一歩ずつ前へ進む。
「始め!」
ロッソの声が響き、双方が一気に切り込む。
剣がぶつかり合う音が鳴り、その反動で間合いが開く。
「こうして二人で剣を交えるなんて、まるで昔に戻って稽古をしているようで懐かしいな」
フレッドが剣を振り上げるが、ヴィオがそれを受け流す。
「兄様、私はこの三年間士官学校で経験を積んできました。もし、危険を感じたら降参してください」
「ふっ、面白いことを言い出す。そもそもお前に剣を稽古したのはボクだって忘れたの? 宇宙の法則に基づいてお前の癖なら誰よりも詳しいさ」
そう言うのと同時に、フレッドが動きを加速させる。上段からの構えで一気にヴィオに斬りかかる。
「くっ」
ヴィオは受けるだけで精一杯。あっという間に部屋の隅まで追いやられてしまう。
――勝てない……。
負けるイメージが頭をよぎり、唇を噛みしめる。
「ヴィオーラ!」その時、ロッソが大声を張り上げた。「お前の命は俺のモノだ。勝手に諦める許可を出した覚えはないぞ!」
「誰が貴方のモノよ!」
ヴィオが言い返すが、その瞳には光が戻る。
「そうだ。宇宙の法則に基づいてヴィオは僕のモノだ!」
ロッソの言葉に反応したフレッドが、再度上段からの一撃を加えようとする。
「え?」
しかし、丁度ヴィオの隙を突いてしまい、ヴィオの反応が完全に遅れる。慌てて剣を構え直すが、このままでは直撃を避けられない。