第五章 紅の剣 2
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周りの助けを借り、どうにか医療室へと運ぶ。
イデアーレも襲撃されたのだろうか、医療室には数名の怪我人が居た。しかし、ルーカほどの重傷者は居ないようだ。
「あらあら、ルーカ君どうしたの!?」
血まみれのルーカの様子に、マニクーレも驚きが隠せない様子だ。
「副長は手を怪我されているのに、私を庇って……それに隊長も……」
言いながらどんどん涙が零れるのをヴィオは止められない。
「隊長もって、ロー君はどこなの?」
ルーカの輸血準備をしながらマニクーレが尋ねる。
「……わっ、ひっく私の代わりに人質になりました……うぐっ……自分は皇帝の子供だから自分の方が人質としての価値があると仰って……」
「何ですって?」丁度輸血を開始させたマニクーレが振り返る。「ロー君が自分でそう言ったの?」
「……そうです。うっ……うぅ」
もう涙が止められない。
「ヴィオちゃん」
薄らと目を開けたルーカがヴィオを呼ぶ。
「副長!」
ヴィオが側に駆け寄ると――
乾いた音が響く。
頬に痛みが走り、ヴィオはようやく自分が叩かれたのだと気づく。
「副長?」
「ロッソは、自分に皇帝の血が流れていることを嫌悪しているんだよ。それを君のためにわざわざ宣言したんだよ。それなのに、君は泣いてるだけなの?」
「ちっ違います!」
その言葉に頷いたルーカは、視線をマニクーレへ移す。
「マニクーレ先生、艦内放送繋いでくれる?」
「ええ」
マニクーレが艦内放送用マイクを差し出す。
「ありがと」そう言ってルーカがマイクをオンにする。「あ~、艦内のみんな聞こえてる? この艦の指揮権はヴィオちゃんに委ねるよ」
「私にですか?」
「セラちゃんとサラちゃんはパイロットだし、他に指揮官が居ないからね」
「副長……」
「ヴィオちゃん。否、アメジスト候補生」ルーカが弱り切った表情を一瞬強めヴィオを見つめる。「君が指揮を執るんだ」
「はい」
力強いヴィオの返事を確認すると、安心したのかルーカは再び意識を失ってしまった。
「副長!?」
「大丈夫。眠っているだけよ」
ヴィオはロッソの腕から取ってしまった、紅の剣のバンダナを見つめ、それを自分の左腕へと縛り付ける。そして、ルーカの枕元からマイクを借り、話し始める。
「現時刻より、私ヴィオーラ=アメジストに指揮権が委任されます。以後、全員指示に従うように」
言い終わりマイクのスイッチを切ると、ヴィオが目を閉じたままのルーカの方を振り返る。
「私だって、隊長に格好付けられたままなんてゴメンですから」
そう言い捨てて、ブリッジに向かって走り出した。
ブリッジに入ると、全員が立ち上がりヴィオに敬礼をする。ヴィオもそれに応え、司令官席に腰を下ろす。初めて座る司令官席の重圧に一瞬躊躇いそうになったが、自分がおどおどすることで、クルーを不安にしてしまうと考え、表に出さないようにした。
それに、クルーとは毎日食堂で顔を合わせ、沢山話もした。全然知らない間柄ではないだけでも、随分安心感がある。
もしかして、こうして指揮を執る時のために食堂に居させたのかな。
そんな考えが頭を過ぎるが、真意は本人を助け出してみないと分からない。
「これより、再び惑星アメジストへ強行着陸する」いつもより声の高さを下げ、落ち着いた話し方を心がける。たった今脱出した惑星へとんぼ返りするというのに、誰も異議を唱える者は居なかった。みんなの思いも同じと言うことだろう。「目的はレジスタンスにより占領されつつある惑星アメジストの領地奪還、及び隊長の奪還である。これより第一種戦闘態勢に入る。総員配置に付け!」
ヴィオの宣言と同時に艦内の照明が赤へと変化する。
「ヴィオ」パイロット席に座るサラが口を開く。名前を呼ばれるのは初めてだ。「普通には降りられない」
「着陸と同時に攻撃される」
セラが続ける。
「……確かに宇宙港へ優雅に着陸は難しいですよね」
「「違う。あれが邪魔をする」」
姉妹がスクリーンの端を指差す。そこには青く輝く戦艦が映し出されていた。
「あれは、前に逃げられた戦艦」
数週間前に逃亡した青い戦艦が、新たな護衛を付け、イデアーレに向かって来る。
「「護衛艦は問題ない。あの武装でイデアーレは傷つけられない。問題は青いのだけ」」
「では、爆鎮形態に移行しましょう」
「「駄目。爆鎮形態では大気圏内で充分に動けない」」
「それでは一体……」
ヴィオが頭を抱えると、二人がお互いを見て頷き合う。
「「強襲形態で突撃すれば可能」」
「強襲形態ですか?」
「「スピード重視の突撃形態。側面を犠牲にしているから、航行形態と遜色ない速度を出すことが可能」」
「それは……確かに突撃作戦には打って付けですが、上陸の際にバランスを取るのが困難なのではないですか?」
「「着陸はさせるのが私たちの仕事。命令するのがヴィオの仕事」」
「セラさん、サラさん……。分かりました。なるべく紫水晶宮の近くにお願いします。これより本艦は惑星アメジストに強行着陸します。かなりの衝撃が予想される。着陸次第、白兵部隊は私と共に城へ向かう。艦に残る者は後方より前線の援護及び、非常時の脱出に備えるように。これより作戦を開始する! イーディア、強襲形態へ緊急移行」
「これより強襲形態へ移行します。緊急移行により、シーケンス六~一三二、二三一~三二一は省略。移行終了まで、カウント八」
オペレーターがカウントを開始する。
「緊急モードで移行するから全員巻き込まれないように!」
ヴィオが館内アナウンスを流す。本来副官の仕事なのだが、代理が居ないので自分でやるしかない。
装甲の下に収納された武装が、せり出し始める。砲身は全て前方に向けられている。更に、推進翼が開き、シールドを展開し出す。
「移行終了まで、三、二、一、移行完了」
「これより、本艦は強襲を掛ける。目標、紫水晶宮!」
先端の鋭い強襲形態へと変形すると、そのままノータイムで加速を開始する。重力制御以上の動きのため、重力がのし掛かる。
「突撃!」
加速を開始するまさにその時、青い戦艦の主砲がイデアーレに照準を合わせた。警報が鳴り響く。
「「問題ない。これなら避わせる」」
イデアーレは速度を上げながら不規則に動き出す。姉妹の宣言通り、青い戦艦はイデアーレを捕らえられない。
「「ヴィオ。攻撃命令を」」
「ええ。着陸を阻む物は容赦しません。攻撃開始!」
「「了解」」クリーマ姉妹が僅かに口角を上げて微笑む。今度はイデアーレが青い戦艦に突撃をする。無数のミサイルが放たれ、次の瞬間には青い戦艦は姿を失っていた。「「殲滅完了。これより着陸する」」
そのまま、ほぼ直滑降に近い形で惑星アメジストの大気圏に突入する。急な変化に機体が悲鳴を上げる。
「「もうすぐで地上。頑張って」」
雲を抜けるとあっという間に海が飛び込んで来る。
「「着陸!」」
艦を持ち上げ地面に水平になるようにする。海面で何度かバウンドをして、そのまま城に程近い海岸に漂着する。
「何とか無事に……」
「司令官!」
ヴィオが安堵のため息を吐こうとした時、オペレーターが悲鳴に近い声を上げる。
「どうしたのですか?」
「惑星アメジスト上空の人工衛星から高レベルのエネルギーが観測されます。標的は当艦です」
「まさか! 惑星の上空には気象観測用の衛星しか無い筈ですよ!」
「数値に間違いはありません。恐らく軍事用に改良が施されているのでしょう」
「主砲は射程圏外だし……どうしたら……」
頭を抱えるヴィオをいつの間にか移動してきたクリーマ姉妹が挟む。
「「ここに手を置いて」」
司令官モニターのパネルを指さす。
「ここに?」
「「早く」」
二人の様子を怪訝に思いつつ、ヴィオは言うとおりにする。サラがモニターを操作する。すると、何やら見覚えのない画面が開かれる。どうやら艦の武器情報らしい。
「――超時空破砲の名称を設定してください――」
システム音声が流れる。
「「この設定は指揮官しか出来ない。この艦最強の武器。早く名前を決めて」」
「名前?」
「「名前を司令官が言わないと、起動出来ない」」
「……分かりました。システム登録。超時空破砲名称は紅蓮砲とする。承認コード二九八〇一〇一〇φVOA」
「――名称登録完了しました。以降、本機能の使用形態を紅蓮形態と呼称します――」
「「これなら、大気圏外の衛星にも届く」」
「ええ。紅蓮砲。緊急発射準備」
「紅蓮形態へ移行開始。移行と同時に紅蓮砲チャージ開始。フェノメノンエンジンと紅蓮砲直結完了。エネルギー充填完了まで五八秒」
オペレーターが素早く返事をする。地上での変形のため、艦が大きく揺れる。
次々と武装が装甲の下に仕舞われていく。残っているのは迎撃兵器のみ。更に、イデアーレの前方が三つに分かれ、間から二本の長い杭が飛び出す。中央の連結装甲が解除され、前方を更に前に押し出す。推進翼を全てたたんだその姿は、まるで強大な砲筒である。
「衛星内部にエネルギーの増加を確認。本艦への攻撃範囲に入るのに二八秒」
一瞬、ヴィオは狼狽えそうになったが、ロッソの顔を思い出し、落ち着きを払う。
「どの程度のエネルギーで破壊出来るのですか?」
「あっ、あの規模の衛星なら、五六パーセントのチャージで破壊可能です」
「衛星の攻撃範囲入る時のチャージ予測は?」
「六八パーセントです」
ヴィオは、モニターに映るそれぞれのエネルギー値による衝撃を概算する。
「衛星の攻撃と同時に紅蓮砲を撃つ。カウントダウン開始」
「カウント……二〇……大気圏内のため、姿勢制御にエネルギーを取られて予定より充填に時間がかかっています」
オペレーターの声に焦りの色が混じる。ヴィオも心臓が跳ね返りそうになる。だが、拳を握りしめ、ロッソの顔を思い浮かべる。
小さく深呼吸をしてから、ヴィオは足を組みモニターに映る衛星を不敵な笑みで見つめてみせた。
隊長だったら、きっとこの席にふんぞり返りながら、こう言う筈――。
「構わん。五六パーセント以上あれば破壊可能なんだ」
声は全然違うのに、あまりにロッソにそっくりな言い回しに、ブリッジのクルーたちが一瞬振り返る。しかし、そこに座っているのは小さな候補生だった。
「三、二、一。エネルギー充填率五九パーセント。衛星からの攻撃来ます!」
「紅蓮砲、ファイヤー!」
砲撃が強力な余り、艦体が地面にめり込んでいく。しかし、攻撃は止めない。丁度大気圏の境目辺りで衛星のビームと紅蓮砲がぶつかる。季節はまだ春にすらなっていないのに、あまりに強い光が放たれ、まるで夏のように周囲を照らす。
「余剰出力を紅蓮砲に回して!」
「バイパス、三番~一三番をカット。紅蓮砲へ連結完了」
「貫け!!」
まるでヴィオの声に反応したように、紅蓮砲の威力が上昇し、ビームを打ち消したかと思うと、そのまま衛星も吹き飛ばした。
「ひゅう、なかなかだな」
ヴィオとロッソの剣を抱えたバトバが、感心したように様子を見つめる。
「バトバ伍長」
「白兵部隊の準備はばっちりだ。こっからは本当に体力勝負だ。走るぞ、司令官殿」
「分かりました。セラさん、サラさん、艦を頼みます」
「「了解」」
バトバから剣を受け取り、ヴィオは艦外へと、ロッソの元へと走り出した。