第五章 紅の剣 1
第五章 紅の剣
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いつの間にかヴィオたち三人の後ろにそれぞれ黒服が立ち、銃口を向けていた。銃の威力を減少させる道具は幾つか開発されているし、ヴィオたちの装備にも含まれている。しかし、この近距離で不審な動きをしたら無事では済まないだろう。
「兄様だと?」
「ええ、フレッド兄様。惑星アメジスト第二王子であり、私の異母兄です」
ロッソは一度会っている筈だが、どうやら兄妹だとは思っていなかったらしい。二人の顔を見比べる。
「フレッド兄様がどうしてここにいらっしゃるのですか?」
「久しいな。我が愛しの妹、ヴィオーラよ。これも宇宙の法則に基づいた運命さ」
ヴィオも問いには全く応えず、芝居がかった台詞が、フレッドの薄い唇から紡ぎだされる。「お前を取り戻すためだけに、この数年間を生き抜いてきた。卒業祝いの青い忘れな草は気に入ってくれたかな? あれを見ただけで直ぐにボクの元に帰ってきて欲しかったのだけど、どうやら、その隣の奴が邪魔し続けたみたいだね」一気にそこまで言うと、フレッドは白い手袋に覆われた右手をヴィオへ差し出す。「さぁ! 宇宙の法則に基づいて、ボクと一緒に惑星アメジストを取り戻……」
「これはどう言うことなんだ?」
折角用意していた詩的な台詞をロッソに遮られる。それが面白くなかったのかフレッドは露骨に顔を歪めて声の主を睨み付ける。
「ああ、貴方も久し振りですね。宇宙の法則に基づいて、ボクのことは覚えていらっしゃいますよね? レオーネ大佐」
「あの決闘で介添人をしていたな。で、ヴィオーラの兄さんが何のようだ?」
「ヴィオを馴れ馴れしく名前で呼ぶな」ロッソの言葉に激高し、フレッドはヴィオを自分の腕の中へ引き寄せる。「ヴィオは宇宙の法則に基づいて私の妻になるのだ。何処の馬の骨とも分からん貴様になんて渡さないぞ。ボクが新惑星アメジストの初代国王になり、ヴィオは初代王妃となるのだ!」
「フレッド兄様!?」
「何を言っているんだ、お前らは兄妹だろう!」
「惑星アメジストでは兄妹婚も別に珍しくない」
強く言い返し、ヴィオを抱き締める。
「――っ!」
その瞬間、ルーカが懐に隠していたカードに手をかけた。
「させるかよ!」
光線銃がルーカの右手に命中した。幸い貫通はしていないが、血飛沫が上がる。銃を撃ったのは……
「お前、帝都のチンピラか!」
卒業式の帰りに因縁をつけてきた男たちであった。
「全く、あの場で掴まってくれていれば、こんなに苦労せずに済んだのにな」
「それに、金髪の兄ちゃんのカードには痛い目に遭わされたしな。カードの端を刃物のように鋭くするとは、考えたな。お陰でこっちは怪我人続出さ」
「もしかして、あの青い艦もお前たちだったのか?」
「おっ、金髪の兄ちゃんは頭も切れるみたいだな。その通りさ」
黒服の男たちが不敵に笑う。
その時、扉の外から大きな音が響き、次の瞬間、扉が蹴り開けられた。
「隊長! 大丈夫ですかい!?」
同時に光拡散爆弾が投げ入れられる。光線銃の光拡散率を最大値まで変更してしまう気体を詰めた爆弾である。光拡散爆弾は爆発こそしないが、この気体がある内は光線銃の光が広がってしまい、ただのライトになってしまう。気体はそのうち拡散してしまうが、部屋から外への拡散には暫く時間がかかる。つまり、もうこの部屋では光線銃は無力なのだ。
「バトバ伍長か!」
ロッソが扉を見て叫ぶ。
「遅くなって、すんません!」
そこには、別室に通された護衛チームが立っていた。服装の乱れや、怪我の具合からあちらも相当苦労したことが伺える。
「さて、俺も本気を出すか」一瞬の隙を突いて、ロッソが自分の後ろの黒服に裏拳を決め、真っ直ぐヴィオとフレッドの元へ向かう。「俺の婚約者に馴れ馴れしく触るな」
ヴィオの腕を掴み、強引に二人を引き離す。
「貴様! 一度ならず二度までも、このボクの腕からヴィオを奪うというのだな。なんたる無礼! なんたる不届き! 宇宙の法則に基づいて、その愚かさを悔いる隙すら与えぬぞ!」
怒りに顔を歪めたフレッドが、棒状の鞭を握りしめロッソに殴りかかる。
「兄様止めて!」
「なっ!」
その間にヴィオが入るが、フレッドは勢いを押さえることが出来ない。
「馬鹿野郎!」咄嗟にロッソがヴィオを庇い、その衝撃を背中で受ける。「ぐはっ」
苦痛に顔を歪めたロッソであったが、力を振り絞り、ヴィオの背中を押し、ルーカの方へ突き飛ばす。
「隊長!?」
ヴィオはロッソの腕を掴もうとするが、ロッソの左腕に縛られている紅の剣のバンダナを掴んだだけであった。
「ルーカ、退避だ」
「ロッソ、良いのか?」
「ヴィオを連れて退避しろ!」
「……分かった。バトバ伍長! 退避だ!」
左手で何枚かカードを投げ、扉付近の黒服たちを倒すと、ルーカはヴィオを抱えて走り出した。バトバたちもそれに続く。当然黒服たちもヴィオを追いかけようとするが、そこでロッソが大声を上げた。
「あんな小娘追っても仕方ないぞ! 俺を誰だと思っている? 俺の名は、ロッソ=紅=レオーネ=ガラッシア。第二六代ガラッシア帝国皇帝、フィアンマ=紅=ガラッシアただ一人の息子だ! この宇宙域で俺以上の人質なんていないぞ!」
「本当なのか?」
フレッドも一瞬動きを止める。
「血液検査でも何でもしてみろ」
ロッソが吐き捨てるようにそう告げる。
「隊長が皇帝の息子ってどういうことですか!?」
「何でそんなことも知らないんだよ~。データ見なかったの?」
「惑星アメジスト関連しか見ていませんよ!」
「全く……。隠し子だから大っぴらには出来ないけど、実は結構有名な話だよ」攻撃を躱しつつ、ルーカがため息を吐く。「とにかく今は逃げるのが先決だ!」
そのまま護衛チームを連れて滑り込むようにエレベーターに乗り込む。何人かの黒服が乗り込もうとしたが、
「定員オーバーよ!」
ルーカに抱えられたままのヴィオが蹴り飛ばす。
「足癖が悪いね。ロッソが苦労する筈だ」
「褒め言葉として受け取っておきます。……って、これ一階までの直通エレベーターですね。きっと下にはうじゃうじゃ待機してますよ」
「きっとそうだろうね」
「どうするんですか?」
「道がなければ、作ればいい。伍長」
「あいよ!」
返事をしたバトバが正拳突きでエレベーター装置を破壊する。すると急ブレーキがかかり、エレベーターが緊急停止する。
「この中は光線銃も使えそうだね」ルーカはエレベーターのモニターを確認してから、光線銃で背面の壁を吹き飛ばした。「三階くらいの高さか。丁度良いね」
ルーカが自分で作った穴から外を眺める。
「副長!?」
「舌切るかも知れないから、口は閉じてて」
短く伝え、ルーカはヴィオを抱えたまま、地上へ向かって飛び降りた。
「いやぁぁぁ!」
結構な高さに思わず叫んでしまったヴィオであったが、全く衝撃は感じなかった。
「くっ、このままイデアーレに帰るよ」
ヴィオの下で苦しそうにルーカが告げる。ルーカが下敷きになっていたからヴィオは衝撃を感じなかったのだ。
「副長!」
背後を見ると護衛チームは受け身をとりつつ、無事に着地をした所だった。
「いたぞ!」
「あそこだ!」
壁を破壊する音で、エレベーターを壊したことに気づいた黒服たちが駆けつけ始めている。
「このままじゃ、追いつかれるな」
ルーカが奥歯を噛みしめたその時、目の前に真っ赤な浮遊型自動車が猛スピードで突っ込んできた。
「うわっ!」
浮遊型自動車は一八〇度ターンをして、その場に急停車する。
「早く乗って」
「セラちゃん!」
運転していたのは、セラ=クリーマであった。定員は完全にオーバーしているが、全員が車に飛び乗る。
「かなり荒い操縦をする。掴まっていて」
セラはいつも通りの口調でそう告げると、いきなりアクセルをベタ踏みで加速する。
「えっ? セラさん、そっちは崖ですよ!」
ヴィオが叫ぶが、セラはスピードを緩めない。そのまま崖を飛び降りる――
「イデアーレ!?」
恐怖の余りヴィオが助手席のシートを掴んだその時、崖下から赤く輝く戦艦イデアーレが現れた。上昇中であったが、搭乗口を開けて、飛び込んできた浮遊型自動車を受け入れる。
激しいバウンドを繰り返し、浮遊型自動車は搭乗口の中で何とか停車した。
「……どうやら、助かったみたいだね」
無事にイデアーレへ乗り込んだことを確認すると、そのままルーカは床に倒れ込む。
「副長!」