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第四章 食堂見習い 4~5

 4


 展望室に場面が移る。

 ロッソとルーカがひっそりと酒を飲んでいる。映像内の時刻の確認をすると、ロッソがヴィオに無理矢理キスをした少し後のようだ。ヴィオは自分が決闘で負けたシーンや、無理矢理キスされたシーンが記録されていなくて、少しほっとする。

「そんなに落ち込むなよ~」

 ルーカがロッソの肩を叩く。

「しかしだな、あんな子供に手を出して……俺も昼間のバカ貴族と何も違わないんじゃないのか」

「手を出したって、大げさだよ。ちょっとキスしただけだろ? ちゅって」

「いや、結構本気でした。……しかも二回も」

「うわぁ。十一歳には厳しいかもね。でも、皇帝や秘密施設に引き取られるのも忍びないからって、わざわざ婚約者にしたんだろ?」


 遠くからノックの音が聞こえて来る。ヴィオは意識をロッソの日記から現実へと戻す。

「帰って来ちゃった。早く消さないと」

 大慌てでシステムごと終了させて、扉を開ける。正直、頭が混乱していてどんな顔をしてロッソと向き合えばいいのか分からない。

「おーい、ヴィオーラ帰ったぞ~」

 そんなヴィオの心配とは裏腹に、顔を真っ赤にしたロッソが、ふらふらしながらルーカと医療主任のマニクーレに抱えられるように立っていた。

「隊長? あれ、副長にマニクーレ先生まで」

「三人で呑むなんて久しぶりだから呑ませ過ぎちゃった」

 ルーカが悪びれない表情で舌を出す。

「ロー君ったら、昔からあんまりお酒強くないのよね。うふふ」

 マニクーレがロッソの髪を梳きながら、微笑む。あまりにも慈愛に満ちた様子に、ヴィオは息を呑む。

「あのっ、マニクーレ先生はもしかして……」

「じゃあ、後はよろしくね~」

 どうやらルーカとマニクーレもかなり酔っているらしく、陽気にロッソをヴィオに押しつけると、去って言ってしまった。

「ちょっと、副長! マニクーレ先生! ……うぅ、お酒くさいし、重いし」

 身長は二〇センチ以上違うし、体重だって多分二〇キロ以上違う筈。半ば引きずるようにロッソを寝室のベッドへと運ぶ。最初は直ぐ側にあるソファーか和室にしようと思ったが、こんなに酔っている時くらい、しっかりベッドで寝かせてあげたいと思ってしまったのだ。

「こんなに酔っ払って、一体どれだけ呑めばこんなになるのよ?」

 ベッドに倒れ込むように下ろし、ヴィオが呟く。ヴィオ自身もパーティーなどでの飲酒経験はあるが、口を付ける程度でそんなにお酒が回る経験は……あの三年半前のあの日だけだ。それにあの日だって、足下はふらついていたが、意識ははっきりしていた。こんなに訳の分からない感じではなかったと思う。

「大人ってこんなに呑まなきゃ、やってられないことが多いの?」靴を脱がせてから、ロッソに毛布を掛けようとして、自分のスカートが掴まれていることに気づく。「毛布が掛けられないわよ。放して」

 しかし、ロッソは全く放そうとしない。当然起きる気配もない。

「ヴィオーラ」

「何よ?」

 名前を呼ばれたので、てっきり起きたのかと思ったのに、どうやら寝言だったようだ。

「ヴィオーラ」

「あっ」

 もう一度名前を呼ばれると、そのまま引っ張られてヴィオもベッドに倒れ込んでしまう。強く抱き締められるが、全く起きる気配がない。完全に抱き枕代わりにされている。

 ヴィオも暫くはじたばたしていたのだが、ロッソの寝息を聞いている内に眠気に誘われてしまった。

「私、本当は隊長に聞きたいことが沢山あったのよ。沢山……」


 朝の光が差し込める。

 瞼を閉じていても明るさを感じることが出来るが、昨日は眠った時間も遅かったので、もう少し微睡みながらベッドの中での時間を楽しむことにする。しかし、そんなヴィオの思惑とは裏腹に、直ぐ側で声が聞こえる。

「もう朝か。ん? 何だこの柔らかいのは?」

 胸の違和感でまだ重い目を開けると、目の前にはロッソの顔。しかもその右手はヴィオの左胸を鷲掴みにしている。

「「あっ」」

 思わず声が重なる。

「こっ、これは断じてだなぁ!」

 慌ててロッソはヴィオの胸から手を放す。

「最低」

 ヴィオが呟く。

「何だ、その言いぐさは! 大体、和室には入るなとあれほど……ん? ここは寝室か、どうして?」

「あんたが昨日、酔っ払って帰ってきたから、ここで寝かせてあげたのよ」

「酔ってだと? 記憶がなくなるほど酔ったのは、久しぶりだな」

「じゃあ、先に準備するわよ」

 テキパキと着替えを準備するヴィオに、気まずい口調でロッソが声をかける。

「おい、ヴィオーラ」

「何よ?」

「俺はお前に何かしてしまったか?」

「だから、何かって何よ?」

「何かって言ったら、何かだろう。なんと言うんだ、そのだなぁこう夜の営みというかだなぁ……おい! 部屋の物を投げるな!」

「営んでないわよ! いやらしい想像しないで! 本当もう最低!」

 大声で言い返し、ヴィオは浴室へと入ってしまう。

「じゃあ、何で一緒に寝てるんだ……分からん」

 ロッソの苦悩に満ちた呟きが、ヴィオの耳に入ることはなかった。


 5


「予定通り惑星アメジストに到着。これより上陸班は艦を下りる。残った者たちはこの機会に各々艦の整備をしておくように。また、場合によっては休暇の取得も予定しているから、みんな楽しみにしててね」

 後半から緊張感に欠けるルーカの声が、艦内アナウンスで流れる。上陸班は隊長のロッソに副長のルーカ、帝国語とアメジスト語の通訳にヴィオ。それに護衛役に白兵部主任バトバを始め数名の白兵部員。領土内の視察なので、大げさな護衛は付けないのだ。しかも、視察相手はロッソにとっては元上司のファレーナ。どちらかというと表敬訪問に近いのだ。

 仕事での訪問ではあるが、ヴィオにとっては初めての里帰り。色々複雑な事情を差し引いてもやはり嬉しさが勝る。


「本日の会談はどちらで行うのですか?」

 ヴィオがそっとルーカに尋ねる。何となくロッソに話しかけづらくて、ルーカに訊いてしまう。

「あれ? 聞いてないの? 紫水晶宮だよ。どうやら今はリゾート施設になっているみたいだけど」

「リゾート施設ですか?」

 あの歴史ある建物がリゾート施設になっているなんて想像出来ない。

「お城見てびっくりして倒れないでよ」

 ルーカが心配そうに微笑むが、その心配は無かった。

「これが惑星アメジスト!?」

 まず、街に入った段階であまりの変貌ぶりに腰を抜かしてしまったのだ。城下町は特に格調高く整備されていたのに、ネオンが派手に光り、娯楽施設がひしめいている。

「あっ、もしかしてヴィオーラ王女様ですか?」

 そこへ若い女性たちが駆け寄ってきた。籠にプレゼントを入れて配っているようだ。その露出度の多い服装にヴィオは驚いてしまう。惑星アメジストでは女性は控えめであることが美徳とされてきた。外でこんなに肌を露出させるなんて考えられなかったのだ。

「はい。そうですけど」

 ヴィオがそう答えると、女性たちが歓声を上げる。

「やっぱり~、士官になられたってお噂は聞いていたんですよ」

「おめでとうございます」

「相変わらずお美しいですね」

 女性は三人。ピンク、イエロー、ブルーと色違いの衣装を着た三人に、囲まれてしまう。女性は未婚なら白、既婚なら黒しか身にまとってはいけないという決まりは、もう消え失せたらしい。それに、以前はこんなに積極的に会話をしたら怒られていた筈なのに、時代の急激な変化に面食らってしまう。

「まだ、正式には士官ではないのですよ。候補生なんです」

「そうなんですか~。でも、王女様凄いですよ」

「私たちの希望です」

「ありがとうございます。皆さんはお元気に過ごされていますか?」

 母国語だと、ついつい王族特有のゆっくりとした口調で国民に話しかけてしまう。もう、王族ではないと分かっているのだが、癖になっているのでなかなか修正は難しそうだ。

「ええ、今はこうして仕事にも就いて、きちんとお給金も頂けて無事に過ごしております」

「仕事って、このプレゼントを配っているのですか?」

 ヴィオが不思議そうに籠へ視線を向ける。士官学校のある帝都ではこういう文化は無かったのだ。

「プレゼントじゃなくて、観光マップを配っているんですよ」

「この格好は何か意味があるんですか?」

「可愛いからじゃないですか? こういうインパクトのある格好の方が、受け取ってもらいやすいですし」

 ピンクの女性がくるりと回転してみせる。胸、尻、足を極端に露出したフリルの付いた衣装がふわりと翻り、衣装に負けないほどフリルの付いた下着が見え隠れする。その様子にヴィオは目を見開いてしまう。

「何だか、この国は変わりましたね。大通りもすっかり派手になってしまって……」

「確かに、ネオンはちょっと眩し過ぎるって思う時もありますが、裏通りとかもきちんと整備されたし、男女問わず学校にも行けるようになったし、やっぱり良いことの方が多いですよ。後は平和の象徴である王女様さえ戻ってきてくだされば……」

「裏通りって?」

「アメジスト候補生! 時間がないぞ」

 少しイライラしたようにロッソが帝国語で声を上げる。

「あっ、申し訳ありません」ヴィオも帝国語で応えた後、女性三人に振り返る。そして今度はアメジスト語で話しかける。「……それでは皆さん、声をかけてくださいましてありがとうございました。あなた方に紫水晶アメジストの幸福があらんことを」

 伝統的な挨拶をしてその場を後にした。

「隊長」

 ヴィオがロッソに駆け寄る。

「何だ」

「帝国領になってから裏通りの整備をしたの?」

「そりゃあ、あの酷い状態じゃあ整備するしかないだろう」

「酷い状態って……」

「ほら、もたもたしていないで歩け。もう着くぞ」


「これはレジャー施設というか……」

 紫水晶宮の入り口で、ルーカはあんぐりと口を開けてその施設を見上げる。ヴィオの手前はっきり言っていいのか迷っているのだろう。

「カジノだな」ロッソがそのものずばりの名称を挙げる。「じいさんもこれは流石にやり過ぎだろう」

 呆れたように一行は城を見上げる。街の変貌ぶりで既に度肝を抜かれているので、ヴィオも驚きはしているが、先ほどよりは落ち着いた様子だ。感覚が麻痺してきているのかも知れない。

 出入りの激しい入り口を通り、奥のカウンターへと向かう。帝国軍の制服を確認すると、年配の黒服が更に奥のエレベーターへと一行を案内する。

「最上階がオーナーのプライベートフロアとなっております」

 ほどなくして最上階へと辿り着く。

「こちらが最上階です。恐れ入りますが、今回はあくまで国内の視察ですし、護衛の方々は別室にておくつろぎください」

 黒服がバトバたちを別室へと案内しようとする。

「隊長」

 バトバが困ったようにロッソを見つめると、ロッソは首を縦に振る。その様子を確認してバトバは部下を連れて別室へ向かう。

「ご協力ありがとうございます」

 領主は元帝国軍人なのだから、当然帝国語が使えるのだが、現在惑星アメジストで主要なポストに就いている者の何割かは未だ帝国語に不自由な状態である。勿論、惑星アメジスト側でも用意出来るだろうが、通訳というのはデリケートな仕事だ。たとえプロでは無くても仲間に通訳して貰った方が安心出来ると言うのが、ロッソの方針だとルーカから聞いた。

 ヴィオとロッソ、それにルーカが領主の部屋へと通される。部屋の中央にあるデスク。そこに領主が腰掛けていたが、椅子が後ろを向いていたので、顔は見えない。

 重厚な扉が急に閉まり、鍵のかかる音がする。

「え?」

 ヴィオは背後を確認しようとしたが、出来なかった。否、それどころではなかった。扉が閉まるのと同時に振り返った男は、領主のファレーナではなかった。

 全く想像していない相手だった。

 でも、会いたかった相手でもある。

 優しくて、いつも自分の心配をしてくれた大切な家族。

「フレッド兄様……」


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