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第四章 食堂見習い 3

 3


「クラッキングって気が引けるんだよね」

 部屋に戻り、ロッソの端末にアクセスをしながらヴィオが呟く。簡単なセキュリティは施されていたが、主に外部に資料を持ち出さないようにするセキュリティばかりだった。この端末内での情報閲覧に関してはほぼザル状態だったので、ヴィオは直ぐに内部にアクセスすることが出来た。そこで日時別の記録ファイルを発見する。記録形式からして航宙日誌……寧ろ日記に近いものと判断できた。ファイルはテキスト形式で作成されていたが、専用ソフトを経由することで、立体映像としても閲覧出来る。

 映像の方が手っ取り早いので、専用ソフトを立ち上げる。すると、ロッソの仕事デスクの直ぐ側の床の一部が光り出した。

 部屋の床から天井までを直径一メートル程度の光の円柱が通っている。ロッソの端末のように部屋に備え付けの機械は部屋のシステムに同期されている場合が多く、専用の再生機が無くても部屋の設備で立体映像などの再生が可能なのだ。

 光る円柱の中に入ると視界が一気に変わる。

 ヴィオが開いたファイルは星歴二九九二年九月の日記。日付は惑星アメジストが降伏する数日前だった。


 そこは宇宙戦艦の中だった。

 状況を把握しようとするヴィオの側を、現在より幾分か若いロッソが通り過ぎる。カメラがロッソ中心に動くので、ヴィオもその後に付いていく。当たり前だが、ロッソや日記の住民はヴィオを認識出来ない。ヴィオはあくまでも観客なのだ。それにロッソの日記なので、ロッソが見ていない景色などは機械が不自然じゃない程度に合成している代物に過ぎない。

「失礼します。ロッソ=レオーネただいま到着しました」

 暫く歩いた後、ロッソは敬礼をしてから立派な部屋へ入っていった。ヴィオもそれに続く。そこは司令官室だった。司令官席には前宇宙軍第一三支部長ファレーナ元少将が座っている。別にヴィオも退役軍人に詳しいわけではない。ただ、このファレーナ元少将が現在の惑星アメジスト領主だから知っているだけだ。確か六〇代半ばだった筈だが、屈強な体格に年老いていない眼光からはとてもそうは見えない。

「まあ、掛けなさい」

「はっ」

 二人はテーブルを挟んでソファーに腰掛ける。部屋には副官や従者はおらず、二人だけだ。

「惑星アメジスト及びその周辺国家を帝国領にする計画は知っているな」

「はい。幾つかのプロセスには関わらせて頂きましたので、存じております」

「それでは単刀直入に言うが、レオーネ中佐には惑星アメジストを担当して貰いたい」

「了解しました」

「まあ、話は最後まで聞け。条件が二つあるんだ」

「二つですか?」

 ロッソが怪訝そうな顔をする。

「まずは、惑星アメジスト自体の軍力はたかが知れている。他の惑星にも軍を割く必要があるので、単独艦隊で行って欲しい。それから、これは非公式な要請なのだが、王家や主要貴族の成年男子は極力処刑とするようにとのことだ」

「どういうことですか?」

 ロッソの目つきが変わる。すると、ファレーナがハンディ端末をロッソに差し出した。どうやら中には資料が入っているようだ。ヴィオも一緒に覗き込む。

「この者たちは何ですか?」

「紫の申し子と言うのだよ。目や髪が紫色だろ」

「はぁ、そう言われてみれば……」

 興味が無さそうな様子で、ロッソが資料に目を通す。

「惑星アメジストは宝石の輸出が盛んだが、それはあくまでも表の顔なのだ。この紫の申し子が惑星アメジスト一番の財産なのだ。そして、帝国のお偉いさんたちが非公式ながら、王家や主要貴族の成人男子を処刑して欲しいと頼んでくる原因でもある」

「この者たちが……ですか?」

 ロッソが眉を顰める。ヴィオはこの話をこれ以上聞くことが怖くなり、目を逸らしそうになる。きっと聞かない方がいい話なのは分かる。でも、聞かなければならない話だと言うことも、同時に理解出来る。震える足でどうにかその場に留まる。

「一般的には、紫の申し子は紫水晶アメジストの加護を受けた幸福の象徴として持て囃されている。当の紫の申し子たちですら、自分たちをただの幸福の象徴だと思っているらしい」

 ヴィオは息を呑む。ヴィオ自身、今の今までそう思っていた。というか、そう思っている。

「何か超常能力があるのですか?」

「いや」ロッソの疑問を、ファレーナがいともあっさりと否定する。「紫の申し子自体には超常能力はない。精々美しいものが多いくらいだ。彼らの価値というのは、体内に保有している特殊な酵素なのだ」

「酵素……ですか?」

「人権問題や領土問題の関係で、まだ研究は殆ど進んでいないが、紫の申し子だけが体内に保有している特殊な酵素が、老化に携わる遺伝子に働きかけ、紫の申し子と通じたものにもその効果を与えるらしいのだ」

「要はこの紫の申し子たちとセックスしたら、老化が遅れると言うことですか?」

「君のその身も蓋もない言い回しもなかなか好感を覚えるな。まあ、その通りだ。まだ俗説の域は出ていないのだが、興味を持っているお偉いさんは沢山居ると言うことだ。それに、惑星アメジストから一人、飛び切りの逸材を交渉材料に差し出されている」

「アメジスト側からですか?」

「ああ、それが奴らのいつものやり方なのだ。その次のファイルだ」

 ロッソが端末を操作し写真を表示させる。紫の申し子たちが何人も映っている。

「最後の写真だ」

 あっという間に端末には一一歳のヴィオの姿が映し出される。

「惑星アメジスト第五王女ヴィオーラ=オリジネ=アメジスト、確か一一歳だったかな」

「この王女は、髪も目も紫なのですか」

「良く気づいたな。真の紫の申し子というらしい。紫の申し子を多く輩出させる王家でも、真の紫の申し子は現在この王女しかいないそうだ。しかも、第一から第四王女までは既に嫁いでいて、年齢的にも外見的にも王国側が出せる最大の切り札の王女なのだ」

「まだ子供じゃないですか」

「この国はそういう輸出が盛んらしくてな、身分の高い女子ほど早く婚姻させられるそうだ。王家や主要な貴族だと十代前半も珍しくないらしい」

 ロッソは呆れてため息を漏らす。そしてまた資料をさっと眺める。

「まさか少将は、この一一歳の王女を交渉材料に受け取るおつもりなんですか?」

「その方が穏便に解決できるが、今回は出来ないのだ。王族と主要貴族の成人男子は処刑が望ましいそうだからな」

「それは何故なのですか?」

「帝国のお偉いさんたちは恐れているのさ」ファレーナがまだまだ揃っている白い歯を見せながら、ニヤリと笑う。「惑星アメジストの王族や主要貴族は紫の申し子を積極的に正妻や愛人に迎えている。紫の申し子は一種の突然変異だ。紫の申し子と交わることにより、老化防止以外にも有益な作用がある場合、交わっている者たちに帝国側の人間が劣ってしまう可能性がある。帝国のお偉いさんたちは自分たちより優秀な人種が表に出るのが怖いのさ。だから非公式に処刑を希望している」

「子供はまだ紫の申し子とセックスしていないだろうし、体裁のために殺さない。そして特に紫の申し子の女は自分たちの優秀な子供を産ませるために生かす、と言うことですか」

「そうだ。それに、先ほどの王女は皇帝に差し出すようにと、これも非公式に要請が来ている」

「皇帝へ!? もう四〇に手が届くというのに、こんな子供を貰っても仕方ないでしょう」

「皇帝陛下自ら希望したわけではあるまい。その王女を手土産にしたい輩が居るのだろう」

「差し出す方も差し出す方だが、受け取る方も受け取る方だ」

 ロッソが忌々しいとばかりに顔を歪める。

「まぁ、男子の誕生が望まれているからな。この手の土産は絶えないだろう。皇妃が娘を三人ほど産んだが、それっきりだしな。側室たちからもめでたい話はとんと無いときたもんだ。お偉いさんたちは躍起なのさ」

「いっそ断絶してしまえば良いのに」

「日々の活躍に免じて、今のは聞かなかったことにしておこう。それに、どの道私は今回の作戦で定年だ。作戦成功の暁には惑星アメジストの初代領主になることが内定している」

「だから貴方直々に惑星アメジストに手を下さず、私に命令されたのですね」

「や~、本当にストレートだな。その通りだがな。最初から嫌われていると領地が治めづらいからな。あの惑星は一大リゾート地にする予定なのだ。明るい雰囲気でなければいかんだろう」

「状況は理解できましたが、どの辺まで作戦は遵守すればいいのですか?」

 ここへ来てようやく本題なのだ。

「まあ、リゾート地にするからあんまりドンパチせずに解決してくれたまえ。上は色々煩いが、後は君の判断に任せるよ」

「良いのですか?」

「構わんさ。君の様な問題児を押しつけられて三年、上に詫びるのは得意になった」

「申し訳ありません」

「だが君は、私が君のせいで書いた始末書の一〇倍は役に立っている。あと一枚始末書が増えても、その評価は揺るがんさ」

「……分かりました。それでは失礼します」

 ロッソが司令官室を出ると、そこにはいつの間にかルーカが控えていた。


「へぇ、この王女は本当に可愛いね。あと十年したらお相手願いたいなぁ」

 ルーカが資料端末のヴィオの写真を見て呟く。

「このまま無事にことが運べば、その王女は皇帝の側室になるらしいぞ」

「あちゃあ。世継ぎが欲しくて仕方ないんだね」

「その王女は気の毒だと思うが、皇帝の側室じゃなきゃ、帝国の秘密施設入りだろうな。真の紫の申し子と言うのが現在は殆ど居ないらしい」

「親子ほど年の離れた皇帝の側室になるのと、研究材料にされるのと、どっちがマシなんだろうね」

「その王女のことも気がかりだが……、王家と貴族の成年男子は処刑か……」

「気が進まない?」

「そうだな。だが、帝国の意図はさておき、処刑した方が良さそうなら決行するしかないだろう。こちらに屈しない程度の根性は見せて欲しい所だが」

「綺麗な紫色の人たちを輸出することでのうのうと生きてきた奴らに、そんな根性あるのかな?」

「どうだろうな。それも、交渉してみれば自ずと分かるだろう」


 一瞬暗転して、シーンが切り替わる。今度は戦艦が惑星アメジストに着陸した直後だ。

 大臣たちがロッソ一行を恭しく出迎える。

 惑星アメジストの土を初めて踏んだロッソが、崖にそびえ立つ紫水晶宮を一瞬見上げる。

 紫水晶宮のバルコニーには、十一歳のヴィオと異母兄のフレッドが立っていた。凄く小さかったが、ヴィオにはロッソはその姿を確認したように見えた。

 ロッソがルーカに何やら話しかける。しかし、帝国語でもないし、勿論アメジスト語でもない。ヴィオは他にも幾つかの言語を習得しているが、そのどれでもない。一瞬、再生を止めて翻訳モードを有効にする。日記など一度機械に保存したものを翻訳することは簡単なのだが、自動翻訳機自体の開発はまだ進んでいない。生活圏が地球という惑星から宇宙へと広がり、拡大し続ける中で何度も検討されたのだが、結局はニュアンスを伝えるのが難しいという理由で、実現には至っていない。

「惑星プシケのプシケ語? 聞いたこと無いわ」

 翻訳のテロップを確認してヴィオは呟く。帝国歴史書にも登場したことがない小さな惑星なのだろう。再生ボタンを押すと、翻訳された言葉が流れる。

「この国に女性は殆ど居ないのか?」

「ああ、どうやら表に出るのは男性のみって文化らしいよ。帝国も王位継承権だけは流石に男性限定だけど、他は比較的フラットだもんね」

「才能の半分を潰しているな。優秀な人材が居たらスカウトして帰るか」

「出たよ、ロッソのスカウト癖。直ぐにスカウトするなって」

「何を言っているんだ。スカウト第一号のくせに。……と、緊張感が無くていかんな」ここで、翻訳モードが自動でオフになる。主要言語に設定している帝国語に戻った。「私はガラッシア帝国軍のロッソ=レオーネ中佐だ。被害を出さず上陸できたことを感謝する」

 ロッソが惑星アメジストの国務大臣の方を向き、語りかける。大臣はひたすら頭を下げながら一行を紫水晶宮へと案内し始めた。


 ヴィオの生活区域とは少し別の場所を、ロッソたちは歩いて行く。

「……くださ……」

「……い……ないか」

 その時、少し離れた所から声が漏れ聞こえた。アメジスト語なので、ロッソたちには何を話しているかは分からなかったようだが、切羽詰まった女性の声と、ふてぶてしい男性の声だった。

「何の声だ?」

「ああ、お気になさらず……って中佐殿!?」

 大臣が止めようとするのを振り切り、ロッソが声の聞こえた方へと走り出す。ルーカや部下たちもそれに続く。

「貴様、何をしているんだ!」

 廊下の角を曲がると、だらしなく太った身なりの良い男性が、使用人の女性を押し倒していた。

「もう帝国のアホどもが着いちまったのか」

 男は相当酒が入っているようだが、貴族なので帝国語は話せるようだ。少し発音は怪しいが何を言っているのかは理解出来る程度だ。惑星アメジストでは外国語教育は一般的に男性しか受けていない。ましてや帝国語となると言わば敵国の言語なので、必要になる可能性の高い貴族の男子しか原則として覚えることが出来ないのだ。

「さあ、お嬢さんはこちらに」

 ルーカが素早く自分の白いジャケットを、服がすっかり着崩れてしまった使用人へと掛ける。

「うっ……ひっく……」

 使用人がルーカの腕にしがみつき、嗚咽を漏らす。

「どうせもうこの国はお終いなんだ。最後に楽しく女を抱いて何が悪いんだ!」

「楽しくだと? どう見ても嫌がっているだろう」

「ああ? そんな婢女がどう思っていようが関係ないだろ!」

「貴様なっ……」

「お止め下さい!」

 ロッソが言いかけた時、被害者である使用人の女性が声を上げた。女性はアメジスト語しか使えないので、何を言ってるのか分からない。やっと追いついた大臣を捕まえる。

「翻訳しろ」

「ですが」

「俺を怒らせるな」

「ひぃ、はっはい」

 鋭く睨み付けられ、大臣が渋々通訳を始める。

「どうして止めるんだ? お前は襲われかけていただろう? それとも同意の上だったのか?」

「いいえ、貴族様の仰るとおり、私は婢女です。元々直ぐに受け入れなかったこと自体が私の罪です」

 そう言うと、使用人はジャケットをルーカに返す。そして自分に襲いかかった貴族の元へと歩を進め、跪く。

「先ほどは大変失礼しました。私のような卑しい身分のものにお声をかけて頂き、光栄にございます。どうぞこの様な体で宜しければご自由になさって下さいませ」

 使用人が唇を貴族の足下へと近づける。しかし、その次の瞬間――

――ガツッ

 貴族が使用人の顔を蹴り上げた。血飛沫が上がり使用人は後ろへと倒れ込む。

「貴様!」

「ダメだ!」ロッソが貴族の襟首を掴み殴りかかろうとする。しかし、ルーカがその腕を素早く押さえる。「交渉前だ。今は手を出しちゃダメだ」

「だがっ」

「今はダメだ」

 ルーカが「今」にアクセントを置いて、ロッソを落ち着かせる。

「くっ!」

「誰がお前みたいな婢女なんぞにもう一度その気になるか。身のほどを弁えろ!」

 ロッソが渋々手を放すと、貴族はぶよぶよに太った巨体を揺らし廊下の奥へと姿を消した。

「おい、大丈夫か?」

 振り返り、ロッソが倒れた女性を起こす。蹴られた左頬は腫れ上がっているが、命に別状は無さそうだし、跡が残るほどの怪我ではない様子だ。ただ、口の端と鼻からの流血が止まらないので、ロッソがハンカチを差し出す。

「中佐殿。お恥ずかしい所をお見せいたしました」大臣が頭を下げる。「ほら、お前も早く持ち場へと戻るのだ」

 使用人を顎でしゃくり、その場から去るように指示する。

「恥ずかしいのはお前らの方だろう」

 ロッソが呟くが、大臣の耳には入らなかったようだ。しかし、その言葉を聞いてルーカが大臣とロッソの間に立つ。

「この女性の介抱をお願いします」

「介抱ですと?」

「二度言わせないで下さい」

 ルーカが天使の様な顔でにっこりと微笑むが、目が全く笑っていない。

「わっ、分かりました。誰かこの使用人を救護室へ」

 指示された王国兵が、使用人を抱き上げて救護室へと向かった。

「この国も腐っているな……」


 シーンが王国と帝国の会議風景へと切り替わった。ロッソはすかさず処刑の話を切り出した。

 騒ぎはするが、具体的な抵抗の意思を見せない惑星アメジスト側に、ロッソとルーカは呆れたとばかりにため息を吐く。

「もう、交渉だけじゃどうにもならない段階だって、分からないのかな?」

「抵抗する気概すらないのか」

 すると、会議室の扉の向こうから子供の声が聞こえて来る。

「なかなか根性のある者が居るではないか。面白い、通してやれ」

 ルーカに指示を出し、惑星アメジスト側の大臣を促し、扉を開けさせる。すると一一歳のヴィオが姿を現した。

「真の紫の申し子の王女か。面白い」


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