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第四章 食堂見習い 1

第四章 食堂見習い


 1


――親愛なるアリアへ

 お元気ですか?

 卒業式から三週間近く経つけど、アリアは新しい生活には慣れた?

 私は卒業式以来、戦艦イデアーレで移動生活中だよ。

 てっきり、副官の勉強をすると思っていたのに、何故か食堂で担当のお婆ちゃんの手伝いをする日々。

 最初はジャガイモの皮むきもままならなかったのに、最近ではちょっとだけ早く剥けるようになってきたけどね。隊長……あっ、レオーネ大佐のことは隊長って呼ばなきゃいけないんだ……とにかく、隊長が何を考えているかも全然分からない。

 ただ、食堂ってみんなの憩いの場だから、艦内の全員と顔を合わせることが出来るって言うのは楽しいよ。色んな経歴でこの艦に乗っている人が居るって分かるし。あと、食堂のおばあちゃんと毎日お菓子を作るのも凄く楽しいよ。でも、なかなかダイエットは出来そうに無いな。私もアリアぐらい大きくなれれば良いんだけどね。

 あっ、そろそろ朝食の準備に行かないといけないからこの辺で。

 アリアも体には気をつけてね。

 あなたの親友ヴィオより――


 最後まで言い終わると、録画スイッチを切り、立体手紙を封筒に入れる

「これでよしっと」

 念入りに封をしてヴィオは食堂へと向かう。



「隊長はオレたちにとっちゃあ恩人以上だな。救世主って言ったって言い過ぎじゃないぜ」

「隊長が……ですか?」

 朝食ラッシュが終わり、少し落ち着いた時間帯。白兵部主任であるバトバ伍長がヴィオを捕まえて大声で語り始めた。宇宙空間での移動も三週間。特に白兵部は任務もなく、訓練の傍らで忙しい部署を手伝っている状態らしい。要は結構暇なのだ。三〇代前半のバトバは平均年齢の低いこの艦内では、年上の方に見える。台所仕事に不慣れなヴィオを気遣ってなのか、面白がってなのか、時々食堂に残って雑談をしてくれるのだ。

「そうさ」バトバはヴィオの淹れた紅茶を一口で飲み干す。「オレがお前さん位の年齢の時はそりゃあもう悪かったのさ。成人してもチンピラまがいだったが、ある日オレの故郷が帝国領になったんだ。で、宇宙軍に志願したんだが、オレの経歴を見てどこの部隊も見向きもしなかったのに、隊長は『それだけ強いなら役に立つだろう』って拾ってくれたのさ」

「スカウトの仕方も偉そうですね」

「そうなんだよ。オレを拾った時、隊長はまだ少佐で確か二十歳になったばかりだったんじゃないか? そんな青二才が偉そうにこんなに体のでかい年上の男に言うんだ。……でも、笑い飛ばせなかったな。気づいたら頭を下げていた」

「……でも、どうして自分の惑星を侵略した帝国軍に入ろうって思ったんですか?」

 懐かしそうにするバトバにどう相槌を打って良いのか困り、質問をする。

「なんだい、お前さんだって似たようなもんだろ。婚約した瞬間に士官学校行くとか言い出したじゃないか」

「そう言われてしまうと、そうですが」

「オレは帝国領化に賛成だったからな」

「え? どうしてですか?」

「そんなに驚くことは無いだろう?」

「驚きますよ!」

 自分の育った国が他の国に乗っ取られるのが賛成なんて、ヴィオには全く理解出来ない。

「オレの居た惑星は、そりゃあもう腐りきっていたんだ」

「公害ですか?」

「いやそういう意味じゃない。お前さんはまだ若いし、ちょっと難しいかも知れないが、制度が腐っていたのさ」

「制度……」

「そうさ。一応共和制だったが、一部の金持ちにだけが利益を独占する星だった。平等を謳ってはいたが、オレのような貧民地区出身者には何の未来もなかったな。努力次第だなんて綺麗事を偉い奴らは言っていたが、きっと貧乏人たちには努力する足がかりすら無いってことが、分かってなかったんだろうな」

 いつの間にか、バトバとヴィオの周りを食堂に残っていた者たちが囲んで話を聞き入っている。バトバはそのまま話を続ける。

「帝国の……特に隊長のやり方は強引だと非難する奴も少なくない。だが、隊長の下に就いて五年。オレは余所の惑星の政治には詳しくないが、あの人が積極的に落とした惑星は制度が腐っている所ばかりだったらしい」

「俺もそう」

「私の所も……」

 ざわざわと声が聞こえる。その言葉にヴィオの心拍数がどんどん上がる。

 制度の腐った国ばかり落としている?

 じゃあ、惑星アメジストは?

 あんなに美しく平和な国だった筈なのに、どうして……。

 そこへ丁度ロッソが現れた。

「何だ、みんな揃って」

「おっと、ちょっと話が盛り上がり過ぎちまった」

 ガハハとバトバが豪快に笑い、集まっていた他の兵士たちも持ち場へ戻る。

「じゃあ、私も昼食の準備を……」

「アメジスト候補生はこっちに来い」

 持ち場へ戻る兵士の流れに乗って、自分も持ち場に戻ろうとしたヴィオであったが、あっさりロッソに呼び止められてしまう。

「うぐっ」

「ああ、そうだ。おーい、ばっちゃん」ロッソがキッチンのメレンダに声を掛ける。「アメジスト候補生はもう大丈夫か?」

 するとキッチンからメレンダが現れ、エプロンで手を拭いつつ二人に歩み寄る。

「はいはい、もう大丈夫ですよ。でも、寂しくなりますね。私の孫は男ばっかりで、女の子の孫が出来たみたいで楽しかったですよ。候補生さん、食事の時間以外も何時でも来て下さいな」

 そう言ってヴィオの手を握りしめる。

「メレンダさん?」

 話が飲み込めず、ヴィオはロッソに目を向ける。

「お前は今日で食堂は卒業だ」

「まだ正式配属まで十日くらいあるわ」

「別にギリギリまで食堂だなんて言っていないだろう。行くぞ」

 すると、メレンダがすっとヴィオの手を放し、その手をそのままロッソが掴む。

「今からなの?」

「そうだ。もたもたするな」

「えっ? ちょっ。メレンダさん、お世話になりました!」

 ロッソに引っ張られながらも、どうにかメレンダに礼だけ述べることが出来た。


 強引に引っ張られ着いた場所はヴィオの自室だった。自室と言ってもロッソと共同部屋なのだが。最近では、和室がロッソの部屋で寝室がヴィオの部屋という感じで落ち着いている。和室に入るのは禁止命令が出てしまったのだ。

 ロッソがソファーに座ったのを確認して、ヴィオは紅茶を淹れる。相手に珈琲が良いとか、烏龍茶が良いとか指定された時はその通りにするが、何も言われない時には自分が三番目に好きな飲み物である紅茶を淹れることにしているのだ。因みに一番はミルク。二番はココア。どちらも出したら「子供かよっ!」と食堂で笑われてしまったので、その二つは自分用にしか淹れないように気をつけている。最初は候補生とはいえ、士官が台所に立っていて、遠慮する兵士も居たが、いつの間にか慣れてしまいツッコミまで受けるようになってしまったのだ。

「紅茶、飲むでしょ?」

「ああ、お前も座れ」

 席を促され正面のソファーに座ると、ロッソが紅茶に口を付ける。

「インスタントじゃないのか?」

「メレンダさんに教えて貰ったのよ」

 ヴィオが胸を張る。

「俺が緑茶派だとは聞いていなかったか?」

「緑茶?」

「まぁ、あくまでプライベート用だがな。仕事中は殆ど珈琲だ。それなら淹れられるか?」

「淹れることは出来るけど、苦くてあんまり好きにじゃないわ」

「お前は飲まなくて良いさ」

「どうしてよ?」

 ヴィオが尋ねると、ロッソが意地の悪い微笑みをする。

「珈琲を飲むと夜寝れなくなるって言うだろう?」

「そんなに子供じゃないわよ!」

「そうやって直ぐにムキになるから、子供扱いされるんだ。さて、子供扱いが不満と言うことなので、仕事の話をするか」

「仕事……」

「この艦は惑星アメジストに向かっている。明日の昼過ぎには到着するだろう」あまりに急な話にヴィオは言葉を失ってしまう。「帝国領になって三年以上経つが、まだ帝国語は浸透しきっていない。アメジスト候補生には通訳として上陸をしてもらう」

「通訳ね……どうして惑星アメジストへ行くの?」

「何だ、不満でもあるのか?」

「そうじゃないわ。理由が知りたいだけよ」

「あ~~」ロッソはちょっと気まずそうに頭を掻く。「実はあの後、惑星アメジストはリゾート開発された。今回はその視察へ行く」

「リゾート開発!」

 ヴィオは驚きを隠せない。保守的で所謂お堅い国だった筈なのに、リゾート開発なんて想像が出来ない。

「綺麗な星だったからな、確かにそういう要望も多かったし、領主がゴーサインを出したらあっという間だったそうだ。だが、ずっと仕事って訳でも無いだろう。時間があればだが、少しくらいなら故郷を歩く時間くらいは取れるかも知れん」

「そうなの?」

 ヴィオの目が輝く。

「予定がはっきり分かっているわけではないから、期待し過ぎるな」

「ええ!」

「お前、全然分かっていないだろう」

 ロッソが呆れたとばかりに、ため息を吐いた。

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