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第三章 士官候補生 3

 3


 ブリッジではルーカとクリーマ姉妹を始め、下士官や兵士がそれぞれの仕事をこなしていた。ロッソの姿を確認すると、全員が敬礼をする。

「そのままでいい。状況報告!」

「五分前に、座標軸〇四一〇二二にてワープアウト直後、民間の商船より救難信号を受信。兵器を所持した武装船団に囲まれている模様」

 ルーカがロッソに駆け寄り、素早く報告する。

「宇宙海賊か。この辺りを担当している部隊は?」

「第四艦隊と第五艦隊の領域境だよ。この辺は特にめぼしい物も無い地域だから、パトロール艦とかは通らないな。どっちの基地からも遠いし」

「では、我々が出動しても恨みは買わないな。信号発信地点へ移動。あと、両基地へ通信を送っておけ」

「了解。この辺、通信が通りづらいから数分はかかりそうだよ」

「構わん。どうせ形式上送るだけだ」

「まぁ、報告しておかないと煩いもんね。じゃあ、座標軸〇四〇九一六地点へ移動」

 ルーカがパイロット席に声をかける。

「「了解。指定座標へ発進」」

 惚れ惚れするようなユニゾンでクリーマ姉妹が返事をし、イデアーレが指定座標へ向けて旋回する。

「あれ?」

 ヴィオが違和感で声を上げる。

「何だ?」

「どうして皇帝の写真があんなに隅っこにあるの?」

 皇帝の写真と言えば、ブリッジのメインモニター上部が定位置の筈。なのに、ブリッジの片隅に立てかけられるように置かれている。

「あんな男、写真を飾ってやるだけだって勿体ない」

 ロッソが呟いたが、声が小さ過ぎてヴィオには良く聞こえなかった。

「え?」

「アメジスト候補生」

「何よ?」

「そんなつまらない質問ばかりするなら、部屋に戻すぞ」

「わっ、分かったわよ」

 あからさまに不機嫌そうなロッソに、ヴィオは慌てて返事をする。


 指定座標付近に近づくと、ブリッジのスクリーンには、黒の輝きの他に、人工的な光が映り込む。

「うわぁ、もうどんぱちしてるね」

 ルーカが眉を顰める。

「それぞれ何隻ずつだ?」

「商船が四隻に、敵対勢力は五隻です」

 ロッソの問いかけにオペレーター席の女性下士官の一人が返事をする。

「まずは民間人の安全確保だ。敵対勢力の旗艦は分かるか?」

「大型艦が一隻あるので、そちらだと思われます」

「よし、繋いでくれ」

 すると今度はオペレーター席に座るもう一人の女性下士官が、素早く機械を操作する。いつの間にかロッソは指揮官席に座り、足を組んでいる。ルーカはその傍らに控えており、細々した指示に忙しそうだ。他の士官や下士官、兵士たちも戦闘準備に向けて急ピッチでそれぞれの作業をしている。何もすることのないヴィオは、少し申し訳ない気持ちになりながら、ロッソの傍らに控えるルーカの後ろに控えることにした。

 どうやら、敵の旗艦は青い戦艦らしい。

「通信を拒絶されました」

「ふん、こちらが単艦隊だからって随分強気じゃないか。では、商船の方は繋げるか?」

「やってみます……通信システムが一部ダウンしています。かなり不安定ですが、音声のみのチャンネルになります」

「それでいい、繋げ」

 オペレーターが操作をすると、スクリーンには『SOUND ONLY』と言う文字が表示され、途切れ途切れ音が聞こえ始めた。

「かな……の……破損……女や子供も……」

「我々はガラッシア帝国軍だ。これより救助活動に入る」

「……は……やく……もう破損が……」

 破損が酷いらしく、ロッソの言葉は民間船団には伝わっていないようだ。

「宇宙軍第一三支部第六独立艦隊はこれより戦闘に入る」

 ロッソが立ち上がり高らかに宣言する。

「総員配置に付け。急速旋回し、敵勢力と民間船団に割り込む。フェノメノンエンジン、出力制御リミッターを八〇パーセントまで解除。イデアーレ、迎撃形態インターセプトモードへ移行」

 宣言と共に、艦内の証明が白から青へと変化する。

「いきなり八〇パーセントで大丈夫かな」

 ルーカが心配そうに計器を見つめる。

「いきなりも何も迎撃形態は、フェノメノンエンジンの出力が最低でも五〇パーセントは出ていないと移行出来ないだろ。それに、性能を十分に発揮するには、最低でも出力七五パーセントはないと使い物にならないだろ。テストでは一〇〇パーセントの出力でも問題なかったろうが」

「そりゃあ、テストでは問題なかったかも知れないけどさ」

「あのう」

 真剣な面持ちで議論する二人に、ヴィオが遠慮がちに声をかける。

「どうしたの?」

 ルーカが振り返る。

「その、フェノメノンエンジンって何なんですか?」

「そうか、まだ士官学校には公表していない技術だからね。ヴィオちゃんは知らないよね。このイデアーレが単艦でも艦隊を名乗れているのは、高次元事象化結晶を核にした出力機関、通称フェノメノンエンジンを搭載しているからなんだよ。これ一つで戦艦五、六隻は動かせるからね」

「ルーカ! 余計なことは言わなくてもいい。それよりも、各員復唱はどうした!!」

 ロッソが厳しい視線を向けると、ルーカは肩を竦める。

「はいはい。まったく過保護なんだから。これより、本艦は民間船団の保護を主目的とする。座標〇四〇九一六に向け急速旋回。目標地点到達前に迎撃形態へ移行。移行後は艦首を常に敵勢力へ向ける」

「「了解」」

 クリーマ姉妹は二人で声を出しているのに、全く同じタイミングで復唱を続ける。

「「座標〇四〇九一六に向け移動を開始します」」

 宣言と同時に加速する。いくら重力コントロールがされている戦艦とは言え、急激な加速は体に負担がかかる。けれど、瞬く間に目標座標に到達する。

「「移動完了。迎撃形態へ移行開始……変形終了まで三〇秒」」

「きゃっ!」

 クリーマ姉妹の宣言と同時に艦が大きく傾き、ヴィオは思わずよろめいてしまう。

「おっと、足下気をつけてね」

 近くにいたルーカがヴィオの肩を支えてくれる。

「ありがとうございます」

「アメジスト候補生!」お礼を言うのとほぼ同時に、振り向いたロッソが声を荒げる。「まともに立っていられないなら部屋に戻れ! ここは学校じゃないんだ!」

 元々鋭い目つきなのに、更に厳しくして怒鳴って来る様子に、ヴィオは一瞬言葉を失う。しかし、一度瞬きをしてロッソの方へ向き直る。

「立てるわ!」

「ちっ、ガキの遊びじゃないんだぞ。怪我をされては面倒だ。椅子の端にでも捕まっていろ」

 と、顎で指揮官席を指す。流石に恥ずかしいので断ろうとした瞬間、艦がスピードをあげる。

「あっ」

 再びよろめいて、思わず指揮官席に掴まってしまった。

「しっかり掴まっていろ。変形中だから、これからもっと揺れるぞ」

「変形?」

「そうそう、イデアーレは変形するんだよ」ルーカが、ロッソの座る指揮官席の前方に設置されている、立体モニターを指さす。「ほら中央の立体モニターに、イデアーレの外観が表示されているだろう?」

 イデアーレの中央部に隙間が空く。装甲連結が解除され、その箇所を境に前方部は艦下部へ移動し、大型のシールド発生装置が姿を現す。艦後方にある推進翼が左右に広がり、各所の装甲連結が解除された。シールド発生装置が至る所から現れ、各種迎撃機関が動き出す。

 まるで翼を広げた孔雀。

 その美しい姿にヴィオは息を呑む。

「迎撃形態は、前方に対し絶対的な防御力を誇っていて、全方位に対し攻撃が可能になんだよ」

「ところで、この迎撃形態の他にも変形するんですか?」

「勿論だよ。でも授業みたいに教えてもつまらないでしょ? 作戦次第では、今から幾つかは見られるかもね」

「敵勢力より攻撃。五秒後に当艦へ到達します」

 オペレーターの宣言を聞き、二人は話を止める。正面のスクリーンには戦闘状況が表示されている。敵勢力と民間船団の間に、丁度この艦が入って盾になっている状態だ。避けたら民間船団に当たってしまうだろう。

「シールド防御可能範囲です」

「受けるぞ」

「全員、衝撃に備えろ!」

 ロッソの決定を聞いた途端に、ルーカが副官席のマイクで艦内全域に注意を促す。

 次の瞬間、正面スクリーンが真っ白になり、地響きに近い音を放ち戦艦全体が大きく揺れる。

 ヴィオはしっかり指揮官席に掴まっていたのに、あまりの衝撃にバランスを崩しそうになる。演習でも被弾した際の衝撃については経験してきたが、実践の衝撃とは違う。揺れ幅だけではなく、立っているのと座っているのでも違うし、命の保証の無い攻撃という緊張感が違うのかも知れない。

 スクリーンの光も直ぐに適正値へ修正され、元の様子を映している。

「民間船団、離脱します」

「航路を外れ、星団へ移動しています」

 ずれたインカムを直しながら、オペレーターたちが報告する。

「航路を外れたか。……どうやら、はめられたようだな」

「確かに、ちょっと怪しい気はしたんだけどね」

「どういうことなの?」

 ロッソとルーカは頷き合っているが、話について行けないヴィオはつい口を挟んでしまう。

「あの民間船団と、敵対勢力がグルだと言っているんだ」

「どうして? それらしい信号も出ていなかったのに」

「全く。正式任官されるまでに、教科書には載っていないことが沢山あると理解しておけ」

 呆れたようにロッソがため息を吐くので、ルーカが続きを話し始める。

「確かに信号とかそういったものは無かったけどさ。あの民間船団は、こうして僕らが守っているのに、わざわざ危険な星団の中を行く必要はないんだよ。しかも、敵対勢力の艦も殆どは小型で星団の中を強引に追いかけることが可能だし。じゃあ、何から逃げたかって言うと……」

「この艦から」

「正解。護衛して逃がす場合は、普通なら安全地帯まで一緒に行動するからね。でもわざわざ航路を外れたことから、安全地帯に行ってこちらに事情を聞かれたらまずかったと考えられる。それに、もう一つは分かる?」

 ルーカがヴィオを覗き込む。ヴィオはスクリーンに映る戦闘状況をもう一度よく眺める。

「あっ、敵勢力は民間船団を追いかけていません」

「流石、首席卒業生。その通り」

「おい、いつまで遊んでいるんだ。まだ終わってないぞ」

 ロッソが二人の方を振り返る。同時にオペレーターたちの報告が入る。

「五隻からそれぞれ攻撃来ます。最初の攻撃まで、あと一〇秒」

「全弾防御可能ですが、シールドの展開が完了していないので、このまま受けると八五パーセントまで減少します」

「回避可能か?」

 ロッソが短く尋ねる。

「現状では不可能です」

「では、全弾受けるぞ。受け終わったら直ぐに爆鎮形態バスターモードに変形する」

「「了解」」

 パイロット席のクリーマ姉妹が返事をする。

「衝撃、来ます!」

「今度は連続だ。しっかり衝撃に備えろ!」

 再び、ルーカが副官席のマイクで艦内全域に注意を促す。

 直ぐに衝撃が艦中に伝わる。そのまま連続で攻撃を受ける。五発の筈だが、揺れが強過ぎて体感では何発受けたか分からない。


「大分調子付かせたみたいだね」

 全く姿勢を崩さずに衝撃に耐えたルーカが、ロッソに声をかける。

「そうだな。少しは痛い目にあって貰おうか」

 同じく、まるで衝撃を受けた様子のないロッソが、司令官席にふんぞり返り不敵に微笑む。

「ねぇ、ヴィオちゃん」

「なっ、何ですか?」

 衝撃でふらついている所を、不意にルーカに声をかけられ、ヴィオは驚いて振り返る。

「どうして僕らが紅の剣と呼ばれていると思う?」

「えっと、あの、隊長の髪が赤いからでしょうか?」

「それだけじゃないんだな」

 ルーカがそう言うのと同じタイミングで、ロッソが司令官席から立ち上がる。

「爆鎮形態へ移行」

「迎撃形態から爆鎮形態へ移行」

 ルーカが復唱すると、クリーマ姉妹が続く。

「「了解。爆鎮形態へ移行開始」」

 再びイデアーレが変形し、大きく揺れる。

 艦下部へ移動していたイデアーレの前方部が元の位置に戻ると同時に、前方左右部の装甲の隙間から主砲がせり出す。後部で広げていた推進翼をたたみ、その付け根からも主砲がせり出す。更に中央部からは一際大きな砲身が姿を現す。

「イデアーレの主砲は、全てフェノメノンエンジンと直結しているんだ。五基計一五門全てを使えるのは、この爆鎮形態だけなんだよ」

「爆鎮形態……」

「そう。迎撃形態とは正反対で、その力の全てを攻撃に割り当てた形態なんだよ」

 変形完了を待たずに、ロッソが次の指示を出す。

「変形しながら、敵勢力のど真ん中へ突っ込め」

「「照準はどこ?」」

「任せる。盛大にお見舞いしてやれ!」

 ロッソの言葉にクリーマ姉妹がほんの少しだけ微笑む。

「「照準固定完了」」

 宣言と共に、姉妹二人でパイロット席の大きなレバーを握る。

「「全主砲連射準備完了」」

 すかさずロッソが右手を挙げる。

「ファイヤー!!」

 スクリーンに主砲から放たれた閃光が映り込み、吸い込まれるように敵船団へと向かっていく。そして、そのまま敵船団を突き抜けて、一八〇度旋回すると、丁度敵船団が真っ赤に爆発している様子が映る。

「僕らが通った後の戦場は真っ赤に染まる。だから紅の剣なのさ」

「……凄い」

 あまりにもスピーディーな展開に、頭はともかく平衡感覚が追いつかないヴィオは、相変わらず司令官席に掴まりながら呟く。当然重力コントロールはされているが、先ほどのような大きな旋回が連続すると、追いつかなくなる場合がある。

「一隻爆沈、一隻大破、二隻中破。敵残存勢力が星団へ逃げ込みます。旗艦と思われる青い戦艦も逃亡」

「散ったか。この艦一隻で追うのは難しいな」

 オペレーターの報告に、ロッソがため息を吐きながら応える。

「あの逃げ方は、ただの宇宙海賊じゃ無さそうだね。統率が執れている」

 ルーカも敵の軌跡を確認して、眉を顰める。

「しばらく様子を見るか?」

「でも、一回こうして戦闘しちゃったら、暫くは仕掛けてこないんじゃないかな? 向こうだって無傷じゃないし。勝てるなら、今かかって来るよね」

「それもそうだな。よし、第一種戦闘態勢を解除。爆鎮形態より航行形態セイルモードに移行。現時刻よりより第二種警戒態勢に遷移」

 ロッソの宣言で、艦内の照明が元の白に戻る。

「じゃあ、夜シフトのクルー以外は休んで良いよ。みんなお疲れ様」

 ルーカが艦内放送を流す。すると、ブリッジに居たクルーも半数以上が立ち上がり、それぞれの部屋へと戻っていく。

「「隊長と副長も夜シフトでは無いです。お休み下さい」」

 パイロット席のクリーマ姉妹が振り返る。

「そうか。では、明日も早いし、遠慮無く休ませて貰おう。何かあったら直ぐに呼べよ」

「「了解」」

 警戒態勢中は、誰か士官が起きていなければならない。今回は元々夜シフトだったクリーマ姉妹がその役割に当たるようだ。

「では、部屋に戻る」

「ほら、ヴィオちゃん行こう」

 ルーカに声をかけられるが、その場を動くことが出来ない。

「私、ここに掴まっていることしか、出来なかった」

 もう揺れは収まっているのに、指揮官席のシートを放すことも出来ない。震えが止まらないのだ。

「最初はそんなもんだよ。今回の戦闘は結構派手だったし」

「悔しかったら役に立て。何をしたら良いのか自分で考える努力をしろ」

 励ますルーカを押しのけて、ロッソが言い放つ。

「ロッソ、いきなりそんな……」

「出来るのか、出来ないのか?」

 ルーカが窘めようとするが、ロッソは続ける。ヴィオもそんなロッソから目をそらさない。一度大きく深呼吸をし、何とか指揮官シートから指を外して立ち上がる。

「出来るわ」

「よし。では、戻るぞ」


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