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6章

6章、妖刀村正


 タカシが目を覚ました時、自分が涙を流していたことに気付いた。

 過去のことを夢に見るのはたびたびある。彼はまだ過去に執着していた。父親の死を受け入れることができないでいたのだ。

 隣で寝ているローレンツに悟られないように、タオルで顔を拭いた。


 勇者たちが目覚めたとき太陽は高く輝いていた。

 町の外れにある空き地にキャンプハウスを出現させ、彼らはそこで休息していた。

 その小屋は報奨金を使いスペックアップしていて部屋は二つになり、共用のユニットバスも増築されている。

 部屋の一つはパトリシア専用だった。

 もう一つは男たちの部屋で、それは居間としても使っている。

 広めの部屋でタカシとローレンツはテーブルをはさんで座っていた。タカシはゆったりとしたシャツと質素なジーンズ。常に勇者の服を着ている訳ではない。

 隣からはパトリシアがシャワーを使っている音が聞こえてくる。

 テーブルの下ではドラゴンの子供が小さい寝息を立てていた。

「タカシ。約束しましたよねえ……」

 ローレンツの口が吊りあがり、怪しい雰囲気が部屋に充満する。僧侶を示すローブがふわりと舞ったような気がした。

「何だよ、気持ち悪いなあ」

 テーブルをはさんでイス座っていた勇者は本能的に危険を察知する。

「ケガの治療費の代わりに私の願いを聞くと言ったじゃないですかあ」

 僧侶は顔を近づける。

 シャワーの音が止まった。

「そんなこと約束したかなあ……」

 本能的に、嫌なものを感じてタカシはイスを後ろに下げた。ズズッという音が狭い部屋に響く。

「ええっ、勇者が嘘をついたんですかあ」

 長身の体を軽く後ろにのけぞらせて、軽蔑したような視線を送る。

 タカシはむっとして言い返す。

「俺は勇者だ! 嘘をつくことはない」

 真っすぐ見返す目を見て、ローレンツはいやらしく笑った。

 隣のユニットバスからは、パトリシアが風呂に入っているを示す水音が小さく聞こえてくる。

「では、これを着てもらいましょうか」

 ローレンツが手にしたものを見て、タカシは恐怖のあまり顔を引きつらせる。体を固くした彼のイスが嫌な音を立てた。

 異様な雰囲気を感じて、ミーちゃんが目を覚ました。

「ミー……」

 無音の部屋で心細げな鳴き声が流れた。


 パトリシアは湯船に身を沈めた。あふれた湯が排水口に流れていく。

 以前の小屋は一つしか部屋がなかったため、寝るときは男どもと一緒に横になっていた。カーテンで区切ってはいたが、音が気になって眠れなかったのだ。

「私のために増築したのよね」

 入浴できることに彼女は喜んでいた。トイレがセットになっていることは気になるが、前と比べれば大きく改善されている。

 この世界での建築技術は進んでいて、魔法を併用することにより積み木細工のように建物を増改築できた。お金さえあれば、いくらでも簡単に間取りを変えることができる。

 バスタブの中で彼女はドラゴンとの戦いを回想した。

 タカシがパトリシアを守ろうと体を抱いて横に飛んだ。そのとき強く抱きしめられた肩や胸、それに背中が熱くなる。

 命がけで守ってくれる男の存在を感じて、彼女は細い腕で自分の肩を抱いた。

「あんな貧乏人、別にどうってことないんだからね……」

 そうは言っても、タカシの優しく笑う顔が泡のように頭に浮かんでくる。

 長い右脚を水面から出し、軽く膝を屈伸させた。

 少年を思い、湯気で曇った白い壁に足の親指で顔の輪郭を描く。治まりの悪い髪。大きな目。怒ったような眉毛。その絵のあごから汗の様に水玉が流れた。

 パトリシアはクスッと笑う。

 しばらく思考をめぐらせた後、風呂の栓を抜いて、バスタブから出た。水滴が白い体を滑っていく。

 タオルで体を拭いた後、浴室を出た。

 そこは小さなスペースで、更衣室と物置の兼用になっていた。右と左にパトリシアの部屋と居間に通じるドアが二つある。

 バスタオルを体に巻き、クマさんがプリントされたパンツを手に取ったが、それを穿くことはせずに自室のドアを開けた。

 狭い部屋の隅にクローゼットが置いてある。

 パトリシアはその扉を開けると、少し迷ってからピンクのワンピースを手に取った。

 そして、引き出しからレースの白いパンツを出す。ローライズでフリル付き。可愛いリボンが付いていることが彼女の言い訳とためらいを表していた。

 肩ひものない下着を装着した後、上体をかがめて胸の周りの肉という肉をカップに集めて、何とか谷間を作る。

 それからワンピースにそでを通した。

 ひもで首につるすタイプの、肩が大きく露出した桃色の勝負服。三段になっているスカートのフリルが春草の様に揺れる。

 クローゼットの扉に付いている鏡で確認しながら、長い黒髪をポニーテールに結んだ。

 白い大きなリボンで髪をまとめる。

「別にあいつに見せるためじゃないんだから。たまにはオシャレもしなくちゃ……」

 自分に言い聞かせるように呟いてドアを開け、更衣室に入った。

 ドアの前に立つと居間からはタカシとローレンツの話し声が小さく聞こえてくる。

 なぜか高鳴る胸。彼女は深呼吸するとドアをゆっくりと開けた。

 その部屋には僧侶と勇者が一緒にいた。

 一緒にいる、ただそれだけのことなのにパトリシアは見た光景を受け入れられず固まったまま立ちすくんだ。

 男二人も彼女に視線を固定したまま静止。

 ローレンツはタカシの手を握り、ご満悦の表情だ。

 タカシはピンクのワンピースを着ていた。少女趣味丸出しのフリル付き。細身の体とは裏腹の、がっしりとした肩が大きく露出している。それはパトリシアの可愛い服とよく似ていた。

 ただ、違うのは頭の上の猫耳と背負った赤いランドセル。

「ごめんなさい」

 彼女は反射的に謝った。

 タカシは無言で首を振る。

「ごめんなさい。そうよね……。ずっと一緒に旅を続けていたら、そんな関係になっているわよね」

「違う、これは違うんだ」

「お邪魔だったわね。ごめんなさい。失礼するわ」

 そう言って彼女は二人の横を抜け、外に飛び出して行った。

「まってくれ! 君は誤解している」

 タカシの声を後にして、パトリシアはフリルのスカートを翻して町の中心部に向かって駆けていく。

 勇者は小屋を出て、フリルスカートのワンピース姿のまま魔法使いを追いかけた。猫耳が揺れ、ランドセルに入っている学用品がカタカタと鳴る。

「まってくれ! パトリシア。誤解だ。誤解なんだよ~」

 聞く耳を持たず、彼女は逃げ続けた。

「あんたなんて、ローレンツとイチャコラしてなさいよ!」

 彼女の誤解は解けることはない。

 可愛い女の子がひらひらのスカートから白い足を覗かせて逃げる。

 それをピンクのワンピースを着た少年がフリルを揺らしながら追いかける。

 町の住人は復旧作業の手を止めて、それを眺めていた。

「ちょっと待てったら」

 タカシはパトリシアに追いつき、細くて白い肩をつかんで引きとめた。

「放してよ! この変態!」

 足を止めた彼女は、タカシの方に振り返って肩に置いた手を振り払った。

「これは君の誤解だ。勘違いなんだよ」

 頭の上の茶色の猫耳がふるふると前後に揺れる。

「何が誤解なのよ。このホモヤロウ!」

 少年勇者はパトリシアの罵倒に絶句する。

「まったく、どこにでもいるわよね。ホモとロリコンは」

「……」

「私はいいのよ。あなたと変態僧侶が仲良しこよしでも、お手てをつないでラブラブしていても私には関係ないし―。でも、私の前ではイチャイチャしないでくれるかな。そんな男どもを見ていると気分が悪くなるのよ」

 だから違うって、とタカシは言おうとしたが、今のパトリシアには何を知ってもムダなような気がする。

「ほんと、変態って気持ちが悪いわねえ。ああ、ごめんね。あなたの趣味だものね。他人がとやかく言うことじゃないわよね。その赤いランドセル、似合ってるわよ」

「これはローレンツのチェンジ魔法で……」

 勘弁してくれよ、とタカシは内心で思う。頭の猫耳が春風に揺れる。

 春の昼下がり。いたずらな風が町はずれの小道を吹き抜け、少女と女装少年のキュートなスカートをなびかせた。

「まったく、いやらしいわね。女装して、何が楽しいのかしら」

 少女の言葉は勇者の胸にグサグサと突き刺さってくる。もうキャンプハウスに帰りたい。

 突然、パトリシアが少年のスカートのすそをつかんでめくり上げた。

「何これ! パンツも女物なの! この変態変態変態変態変態!」

 脳の言語認識機能が崩壊するほどの変態の連呼。

「やめてくれよ!」

 少年はスカートを押さえて地面にしゃがみこむ。町の人たちが集まって来ている中、勇者は赤面してパトリシアから離れた。

 彼女は虫を見るような目。

 町の住人が数人、遠巻きに見ている。


「お前ら、ここにいたか。ずいぶん探したぜ」

 野太い声にタカシが振り返った。

 汚れた黒い靴に破れているストッキング。埃だらけの黒いメイド服とエプロン。そしてボサボサの頭の上には可愛い猫耳。剣を持って仁王立ちしていたのは山賊のボスだった。

「あんた、生きてたの」

「当たり前だ。あれくらいで死んでたまるか」

 チェンジ魔法で女装したままのボス。破れたスカートのすそが春風に揺れる。

「悪運が強い男ね」

 パトリシアはあきれ顔。

「うるさい。俺に大恥をかかせたことを後悔させてやるぜ!」

 ボスは鞘から剣を抜き放つと、両刃の切っ先をタカシに向ける。

 身構えるタカシ。ボスは怒声と共に彼に襲いかかった。

 鋭く振り下ろす剣。

 タカシは背負っていたランドセルで受け止める。中に入っていた算数ノートや筆箱が音を立てて地面に散乱した。

 壊れたランドセルを投げつけるとボスは軽く剣で払いのけた。

 蛇のようにタカシを視線でくぎ付けにして、素早く踏み込んで剣を縦に一閃。

 その光る軌跡から逃れてタカシは後ろに飛ぶ。

 地面を叩きつけ、その反動を利用してタカシの胴体を切断しようと剣が襲ってくる。すんでの所で避けることに成功したがピンクのワンピースに裂け目が入った。

「やめなさい! 手ぶらの相手に卑怯じゃないのよ」

「俺はなあ、生まれた時から卑怯者なんだよ!」

 ボスは剣を振り回してタカシを追う。

 午後の陽ざしの中、黒いメイド服のスカートが舞い、毛深い足と女物の白いパンツがチラつき、頭の上の猫耳は体の動きに合わせてピコピコ揺れる。逃げる回るタカシはピンクのスカートをひらひらさせながら若々しい太ももと可愛いパンツを見物人に披露する。特殊な趣味を持った一部の人間にしか楽しめない光景だった。

 実戦経験が豊富なボスは、ついに木の柵にタカシを追い詰めた。

「ボスさん。もうやめよう。いいかい、神様は人間に何もしてくれないかもしれないけど、空の上からちゃんと見ているんだよ。やってきたことはすべて分かっているんだから、それを考えて恥ずかしい行動はしてはいけないんだ」

 真剣に説教をするタカシに、ボスの顔がこれ以上ないというくらいにゆがむ。

「おめえの話を聞くとなあ、体中が凍ってくるんだよ。聞いているだけで恥ずかしくなってくるんだってばよお! まったく、疲れてしょうがないぜ」

 じりじりとタカシに迫っていく。

 パトリシアはいない。杖を持ってくるためにキャンプハウスに向かっていた。

 杖は魔法使いにとって常備品だが、魔法の発動とは直接関係ない。それは精神集中の道具であり魔法を使うための触媒のような働きをする。つまり魔法を使うときの心の拠りどころである。だから、熟練した者なら杖がなくても魔法を使うことができた。しかし、パトリシアはまだ精神的に未熟な面があり、杖を使わないと魔法を発動させることは難しかった。

 彼女の大きな杖は心の弱さを表している。依存心が大きい者ほど自然と大きな杖を持つようになるのだ。


「これまでだよな」

 ボスは口の端をつり上げ、ゆがんだ笑いを浮かべて剣を振り上げる。

 横に飛ぶか足元にタックルをするか……、タカシは頭の中で必死に応戦をシミュレーションする。

「タカシ、これを使え!」

 男の声と共に金属が鳴る音がして、タカシの前にひと振りの日本刀が放り投げられた。

 反射的にその刀を拾い鞘から抜き放つ。それは振り下ろされたボスの剣と激突し鋭い音を響かせる。ボスの剣に比べれば細身の刀だったが、相手の剣を受け止め、さらに弾き飛ばした。

 よろめくように後ろに押し返されるボス。

 どこから刀が投げ入れられたのか。それを考える暇もなく間髪をいれずに連続して攻撃を加える。タカシの刀を必死に受け止めるが、ボスの剣は防戦一方になっている。

 フットワークが乱れ、ボスの顔には焦りの色が濃い。

 ガキンと大きな音がしてボスの剣が折れて先が飛んでいく。

 刃の途中から先がなくなった剣を握りしめるボス。その隙をついてタカシは懐に飛び込み、反射的に刀を横腹に叩きつけた。

(しまった!)

 殺すつもりはなかった。人を殺したくはなかった。飛び退るタカシ。ボスの大きな体が地面に崩れ落ちた。

 ボスは腹を押さえたままうずくまって動かない。

 タカシの心中に後悔の暗雲が立ち込め、彼は言葉を失う。

 彼は持っている刀を恐る恐る見てみた。

 刃に血は付いていない。

 それは美しい日本刀であった。手元のつばから切っ先にかけて夏雲のような波紋が流れていて、浅く反っている刀身には刃こぼれ一つなく刃縁はぶちにタカシのこわばった表情が鈍く映っていた。戦いに身を置かない人間をも魅了する鋼の色。


 このニッポニアにも日本刀は存在する。しかし、それは美術品として少数が製造させるだけで実用として使うことは少ない。その製法は古代から伝わるもので一子相伝の技術として一般的には秘匿されている。

 日本刀を鍛えることができる刀工は少ない。戦闘で使う武器は両刃の直線的な剣が主流であり、峰を持つ片刃の日本刀は珍しいものであった。


 呻き声をあげてボスが苦しそうに上体を起こす。

 黒いメイド服の横腹の部分が切れているが、そこから覗く皮膚は赤く腫れているだけ。

 どうして切れていないんだ。不思議な事態に茫然と立ちすくむタカシに構わず、ボスはよろめきながら山の方に逃げ出した。

「おぼえてやがれ」

 ボスのつぶやきが聞こえたような気がする。背を向けて逃げていく大きな体を視線で追いかける状態でタカシはたたずんでいる。

 追いかけて背中から切りつければ全てカタがつく。しかし、優しい勇者にそのようなことはできるはずもなかった。

「タカシ、久しぶりだな」

 その声に振り向くと、長身でたくましい男が立っていた。

「コウイチおじさん!」

 青っぽい半そでの服。それは戦闘を繰り返してきたせいか大分くたびれている。袖からは太くて浅黒い腕が出ていて、タカシに笑顔を向けていた。タカシの父の弟であった。

「しばらく見ないうちに趣味が変わったようだな」

 タカシのピンクのワンピースを見て口元を緩ませる。

「これは違うんだ……」

 弁解しようと思うが適切な言葉が思い浮かばない。

「とっても可愛いわ」

 笑いながらそう言ったのはコウイチの隣の英子だった。

 黒いロングドレスのようなスカートに深いスリットの入った服。胸元は大きく開いて胸の谷間をわざとらしく強調している。引きしまった腰を紐で巻いている。その腰ひもに小枝のようなスティックを差しているのが魔法使いの印。

 彼女はいつも舞踏会に出席するような派手な衣装を着ている。その方が集中できて気力が充実すると言う。魔法力を高めるための物であり英子の趣味でもあった。

「これは違うんです。ローレンツのチェンジ魔法でやられたもので、その本当に……」

 赤面して言い訳をするタカシ。

 キュートなワンピースと頭の猫耳が説得力を奪う。

「分かった、分かった。お前にも色々とあるんだろうなあ」

 ウンウンと何度もうなずくコウイチ。本当に理解したのかとタカシは心配する。

「悪かったな。本当は助太刀してやろうと思ったんだが、お前がどれだけ強くなったか確かめたかったんでな」

 コウイチの隣には英子が寄り添い、少し離れて小柄な僧侶が幽霊のように立っている。暑いのに濃い灰色のフードをかぶっていて表情が良く分からない。

「元気そうで良かったわ」

 英子の視線を感じて動悸が早くなる。

「みんなも元気そうで……。ああ、そう言えばこの刀は?」

 ちょっと言葉に詰まって、タカシは自分の持っている日本刀に話題を移した。

「おお、それか。それはなあ、村正という日本刀で、旅の途中で手に入れたものだ」

「ムラマサ?」

 コウイチの言葉を受けて、持っていた刀を眺めてみる。

 あれだけの戦いでも刀身には傷一つ付いていない。妖しく銀色に光る刃を見てタカシは引き込まれそうな感覚を覚えた。

「不思議な刀でな、切りたいときは切れて、切りたくないときは切れないという物だそうだ。武器なのに切れなくても良いというのは変な刀だよなあ」

 タカシはさっきの戦いを思い出す。ボスの服は切れたのに体は切れていなかった。……そういった物なのか。

 近くに落ちていた鞘を拾って村正をそれに入れる。カチンと音がして銀色の刀身が隠れた。タカシは聞いていた音楽が途切れる、そんな物足りないような感じがした。

 タカシは刀をコウイチに差し出した。

 彼は首を振る。

「それはお前にやるよ。俺には似合わないようだからな」

「いいの?」

 タカシは内心うれしかった。ずっと欲しかったおもちゃが手に入った、そんな気分を感じる。

 そこに杖を持ったパトリシアとローレンツが駆けつけてきた。

「タカシ、大丈夫だったの?」

 額に汗を浮かべ息を切らせながら問う。

「ああ、何とかなったよ」

 パトリシアはコウイチと英子に視線を移動させた。

「あの、この人たちは?」

「ああそうか、初対面だったよね。この人は僕のおじさんでコウイチ。隣の人は英子さんで魔法使いなんだよ。それから、僧侶の……」

 名前を忘れてしまったタカシは言葉を止める。灰色のローブを着た僧侶は無言でそっぽを向いた。彼はいつもそんな態度をしている。愛想がない性格だったが、僧侶としての戦闘協力は一流だった。

「はじめまして、パトリシアと言います。パーティーの魔法使いをやっています」

 少女は頭を下げた。ローレンツも自己紹介する。

「おお、よろしくな」

 コウイチは軽く手を上げて応える。

「可愛いお嬢さんね」

 にこやかに英子が笑いかけるがパトリシアは無言だった。英子を見つめているタカシの視線が気にくわなかったのだ。

「じゃあ、おれたちは急ぐから……。タカシも元気でな」

 そういってコウイチたち三人は立ち去ろうとする。

「えっ、ちょっと待って。僕たちのキャンプハウスでゆっくりしていったら?」

 タカシの引きとめる言葉に笑いながら振り返る。

「いや、急ぐんだよ。今度会ったときは、のんびりと昔話でもしようぜ」

 コウイチの言葉にタカシは予感がした。

 タカシはコウイチを見つめ、しばらく沈黙した。

「もしかしたら、おじさんたちはオダイーバに行くんじゃないの?」

 コウイチの笑った顔がこわばる。英子が視線をそらした。

「オダイーバに行くんだね! これからすぐに行くの……?」

 しばしの沈黙の後、ああと言ってコウイチがうなずく。

「本当! だったら僕も連れて行ってよ。あれからかなり強くなったよ。おじさんたちの役に立つよ。絶対!」

 タカシはこぶしを握って力説した。目を見開いてコウイチを凝視する。

 しかし、コウイチは首を振った。

「ダメだ。お前は連れて行けない」

「どうして! どうしてさ。足手まといにはならないよ。あれからずいぶん戦いを経験したんだ!」

「ダメと言ったらダメだ! お前は弱い!」

 タカシは息を止める。

「……お前は人を殺せないよな。そんな弱い心では乱れたこの世を渡っていけないぞ」

 視線を地面に落とすタカシ。痛いところを突かれた。

「さっき、山賊のボスを見逃したよな。殺してしまえば後腐れがないのに……。後の禍にならないように俺なら迷わず殺す。このパーティーはそういった方向で戦っている。はっきり言ってアマちゃんのお前は仲間になると迷惑なんだよ」

 タカシは救いを求めるように英子を見た。

「あなたは優しすぎるのよね……。タカオさんと似ているわ」

 彼女は済まなそうな視線を返す。

「タカシ……」

 コウイチは少年の肩に手を乗せる。

「お前の父親は死んだんだよ。未練を持つな。タカオの死を受け入れるんだ……」

 タカシは震える。

 そうなのだ。まだ父親が生きているとタカシは信じたかった。父を捜すためにオダイーバに行きたかった。それが極めて望みの少ないことだったとしても。

 父が生きている確率は限りなく低い。生きていれば何がなんでも帰還するはずだ。息子のタカシを一人で放っておくはずがない。それがまったく音沙汰がないということは……

 タカシは言葉を失う。

「……じゃあ、また会おう」

 コウイチはタカシの肩をがっしりと握ってから踵を返した。あっさりと背中を見せて歩いて行く。英子は軽く目で別れを告げてコウイチに付いて行く。その後に続くのは人形のような黒い僧侶。

 タカシは無言で見送るしかなかった。

「タカシ……」

 上目遣いで心配そうにパトリシアが声をかけた。

「私、あのおじさん嫌いよ。カッコつけちゃってさ。それに何、あのケバイ女。胸がでかいからって胸元を開け過ぎよ」

 タカシは弱弱しく笑う。

「気を使ってくれてありがとう。でも、おじさんのいうことは本当だ。僕は弱いし甘い。この性格のためにいつか後悔する時が来るんだろうな」

 パトリシアは目を細めて泣きそうだったが、姿勢を正して一息飲み込むと言った。

「何言ってんのよ! タカシはタカシでしょ。あなたは変わらなくていいのよ。自分が正しいと思ったら、その通りに行動すればいいんじゃない。他人の言葉でうなだれているんじゃないわよ!」

 少年は驚いたように少女を見る。

「私たちは仲間でしょ。お互いに助け合うのが普通よ。そのためのパーティーじゃないの。そうでしょう。一人でグチグチ悩まないでよ」

 パトリシアは喝を入れるように杖でタカシの背中を叩いた。

「タカシはタカシのままでいいわよ。そんなあなたが気にいってパーティーに入ったんだから」

 少女は昼の陽ざしの中、生まれたての女神のように笑顔を浮かべた。

「あなたはパーティーのリーダーなんだから、しっかりしなさいよ」

 彼女の微笑みにつられるように、少年の顔もほころんだ。


 昼過ぎの山中。

 道端に春の草が咲く小道を、フラフラと森の奥に歩んでいく人影があった。

 破れたワンピースから覗く足。白いストッキングもところどころ破れている。

 黒い服のボタンが飛び、胸元をあらわにしていた。

 メイドを示す白いカチューシャも汚れ、猫耳は頭にペタンと張り付いている。

 焦げたボサボサの髪の毛。ブラからはみ出す胸毛。ストッキングの破れ目からも剛毛が飛び出す。

 山賊のボスは息を切らせて山道を登っていた。


 彼は足を止めて振り返った。山の上から遠くに町が見える。春風に乗って木材の焦げた匂いが漂ってきて、昨夜の騒動を思い起こさせる。

 疲れて草の上に座りこんだ。あぐらを組んでいるので下着が覗いているが、誰も見る者はいないし、仮に人がいたとしても見たいとは思わない。

 ボスは宿屋から必死で飛びだした後、竜から逃れて燃えている町の中を走り回った。

 ドラゴンから離れたので、しばらく路地に隠れていた。騒ぎが収まった未明に武器を探して勇者と戦った後、山に逃げ込んだのだ。


 しばらく休んでいるとボスの体力と気力が戻ってきた。

「あの野郎ども」

 ボスは昨夜の屈辱を思い出す。

 騙されて犬の振りをしている自分を思うと腹が煮えくりかえった。大声を上げて草むらを転げ回りたいほど恥ずかしかったのだ。

「絶対に復讐してやる。絶対だ」

 彼の眼が復讐心で燃え上がる。

 勇者たちの姿が脳裏に浮かんできた。

 真面目そうなタカシや魔法使いの少女、それにド変態の僧侶。

「あの変態野郎がー!」

 町まで聞こえるほどの絶叫。

 変態という単語が山にこだまし、リピートして返ってくる。

 僧侶の青年に腹をなでられて手足をパタパタと振っている自分を思い出すと、叫ばずにはいられない。草むらを転げ回りたい衝動が彼の体を震わせた。

「ケチョンケチョンのギタギタにしてやるぜ」

 復讐心が彼を克己させる。表情に活力が蘇った。

「いいか、勇者ども。あの何倍も恥ずかしい思いをさせてやるからな! 憶えていろよ」

 ボスは力強く立ち上がって豪快に笑った。

「ガハハハハハハハハ!」

 メイド服のスカートがまくれ上がりブラのホックが飛んだ。

 そして、頭の上の猫耳がピピピーンと雄々しく立ち上がって彼の決意の固さを誇示していた。


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