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5章

5章、タカシの父


 タカシがペットハウスを持って、一行は町の外れに向かった。

 ローレンツは破壊された宿屋からパニックルームを回収してから合流した。

 町の被害は甚大であり、宿泊するどころではなかったので、どこでも袋の簡易小屋で骨休めをするつもりだった。

 夜明けが近い。東の空が白んできた。

 しばらく歩いていると建物が少なくなる。下も石畳から地面へと変わっていく。

 人のいない畑の近くで力なく座り込んでいる、やせた男がいた。

「武器屋の店主じゃないか。大丈夫かい」

 タカシが声をかける。彼は髪を乱し、全身が煤で黒く汚れていた。うなずいた顔はやつれている。

「ごめんね。僕が店を守ってやれなくて……」

 勇者の言葉に店主は弱弱しく笑う。

「いいザンスよ。仕方ないザンス……。これも今までの商売の報いが来たということザンスよ」

 魔法使いの女の子は気の毒そうに見つめるだけ。

「……ああ、そうだ」

 店主は傍らに置いたあった革製品を勇者に差し出した。

 それは見るからに立派な革の防具だった。

「あわてて、これだけ持ちだしたザンス。これを勇者にあげるザンス」

 タカシはそれを受け取って目の前に掲げてみた。茶色の革で出来たチュニックで、腰の周りまでガードしてくれる。ひもで取り付けるタイプだ。

「本当にもらっていいのかい。タダで?」

 店主は静かにうなずく。

「無一文から始めるザンス。生まれ変わったと思うザンスよ」

 彼は吹っ切れたように立ちあがった。

「無料というわけにもいきませんでしょう。とりあえず百ゴールドだけでも」

 ローレンツがカードを提示した。

 そうですかと言って店主がポケットからカードを出す。その数値に百が加算された。

「これが生まれ変わって、初めての商売ザンス」

 汚れた顔に屈託のない笑いが生まれた。

「さあ、やるザンスよ! ガンガン働くザンスう!」

 町に向かって力強く歩いて行った。

 店主の姿が見えなくなるまで見届けた後、タカシは革の鎧を身に付けてみた。それは彼のために作られたと思うほど、装着した防具は似合っていた。


 勇者たちは町の外れに空き地を見つけ、そこで休息することにした。

 ローレンツが腰の袋からキャンプハウスを出現させる。

「これって……」

 パトリシアが意外だというような声を出す。

 目の前にある小屋は前のものと違って増築されていたからだ。

「どうしたのよ、これ」

 彼女の問いに、タカシは屈託のない笑いを浮かべ無言でドアを開けた。

 少女が中に入る。

 その部屋は以前と同じで、居間と寝室を兼ねていた。しかし、その先のドアを開けると小部屋になっていて、右側がユニットバス、左の部屋はパトリシア専用に個室になっていた。

 前は居間とトイレしかなかったのだ。一つしかない部屋に男女3人がマットレスを並べる。カーテンで区切ってはいたが、女の子にとっては眠れたものではない。

「へえ。奮発したじゃないの」

 パトリシアは何事もなさそうなトーンで言ったが、内心では飛びあがりたいほど喜んでいた。

 きっと私のためにリフォームしてくれたのよね。そう思って彼女はタカシの方を熱く見た。

「これで君も安心して寝ることができるよね」

「……まあまあじゃないの」

 タカシの問いかけにパトリシアはぶっきらぼうに返答する。

 しかし、心は躍り、自分の部屋の装飾などを考えていた。

 朝日が町を照らす。

 悪夢のような夜が明け、新しい一日が始まった。

 勇者たちは戦いの後の休息をとる。三人ともベッドに入ってすぐに寝付いてしまった。

 タカシは疲れすぎていたせいか、浅い夢を見ていた。それは子供の頃、父親と剣の修業をしていた頃のイメージだった。


 カーン。

 突き抜けたような音が畑に響いた。

 少年が木刀を構えて真っすぐに突く。その先にいる男は右手に持った木刀で、少年の木刀を横から叩いた。

 少年はよろめいたが、すぐに体勢を整えて木刀を男に向ける。

 その男の背は少年をはるかに超え、たくましい胸と腕は戦士を彷彿とさせた。

「どうした、タカシ。もうへたばったのか」

 男の子は荒い息をしたまま、上段から思い切り打ちこむ。

 カーン。乾いた音。

 男はそれを軽く木刀で受け止め、力強く突き放す。

 タカシは後ろに転がった。呻き声をあげて、しばらく動けなかった。

「大丈夫か、タカシ」

 男が木刀を下げ、少年に近寄る。

「……うん、……まだまだいけるよ。お父さん」

 しかし、呼吸が整わず、男の子は立つことができない。

「今日の練習は、ここまでにしよう」

 父は我が子の側に座った。

 野菜畑に夏の乾いた風が吹きぬける。

 遠くの山に夕日が沈もうとしていた。

「お父さんは、もう勇者の仕事はしないの?」

 ようやく落ち着いたタカシが横の父親を見上げるようして尋ねた。

 十二歳のタカシは、つぶらな目で父の横顔を見つめる。

「そうだな。無理だろうな……」

 長身の父は遠くを見るような目だ。四十歳を超えているが、髭もなく童顔で今でも若々しい。

 彼の名はタカオといい、以前は勇者として世の中の治安を維持すべく活躍していた。

 タカオの勇名は、ニッポニア中に広まり、魔法ギルドや寺院の専任の勇者として闘っていたこともある。それは武人としては栄誉あることだった。

 タカシはそんな父を誇りに思い、自分の理想としていた。

 そして、そのような生活が変化したのは、母の病死が原因だった。

 家を留守がちにしていたタカオは妻の死に目にも会えず、済まないという気持ちで胸が満たされた。妻を死なせたのは自分のせいだという思いが残る。

 それからは勇者を辞め、家で畑を耕し、息子のタカシを育てることに決めたのだった。

「タカシ、お前は勇者を目指せ」

 タカオは息子の頭を優しくなでる。

「うん、分かったよ。父さんのような立派な正義の勇者になるよ」

 無邪気な言葉に、父親は苦笑いを浮かべた。

 昼の熱気が去り、夜の暗闇が迫ろうとしている。親子は黙って遠くの山並みを見つめている。

「相変わらずだな」

 野太い声にタカシが振り向くと、向こうから三人連れがやってきた。

 背の高い男と黒いドレスのような服を着た女。それに黒いローブを羽織った僧侶だった。

「よう、コウイチ。久しぶりだな」

 タカオは彼らに手を振った。

 やってきた長身の男はあごまで髭を生やし、たくましい体躯をしていた。革で出来た防具をまとっている。長くて幅の広い剣を背負っていた。コウイチは勇者だった。

 女は胸の大きく開いた黒いロングのワンピースで、スカートのスリットが深い。そこから覗く白い足が肉感的だった。腰ひもに取り付けられている小さな木の棒が魔法使いであることを示している。黒い髪を滝のように腰まで流し、肩の所で結んでいた。

 大きな目と黒い瞳。鼻筋が通った、女らしい女という形容がふさわしい女性だった。三十歳を過ぎていることは確実だが、その目は挑戦的で若々しい。家庭に引きこもって家事をするような雰囲気ではないことは誰にでも感じることができた。

「ああ兄貴、今日も稽古か。熱心だな」

 そう言ってタカシの頭をつかんで乱暴に揺する。

「おじさん、こんにちは」

「おお、坊主。元気そうだな」

「タカシ君、お久しぶり」

 田園風景には不似合いな服装の女が、上体をかがめてタカシに笑顔を向ける。胸の谷間が露わになり、少年は「こんにちは」と言って地面に視線を落とした。

「コウイチ。ここで話も何だから、家に行こうか」

 タカオは腰を上げて、ズボンに付いた土ぼこりをはらう。

「よし、行こうぜ、英子」

 コウイチは女を連れてタカオの後に付いて行った。

 タカシも手でズボンのほこりをはらってから伯父の後に続いた。ふと後ろを振り返ると、黒いローブを着た僧侶が何も言わずに歩いて来ていた。確か父親と同じくらいの年だとタカシは聞いていたが、その風貌を見ると老人のようだった。いつも暗い顔をして、笑った表情を見たことがない。

 夏だというのに暑くないのだろうか。タカシはそう思ったが、その男は汗一つかいていない。

 不気味なおじさんだなあ。それがタカシの率直な感想だった。

 日が暮れて、タカオとタカシは夕食の支度にかかる。

 古かったが、二階建ての大きな家だった。台所でタカオが鍋のスープをかきまぜる。タカシは皿を食卓に並べていた。英子が亡き母のエプロンを借りて手伝いをしている。

 その後ろ姿にタカシは母のイメージを投影していた。

 テーブルに食事が並び、五人は食べ始めた。

「兄貴、俺のパーティーに入る気はないか?」

 いきなりコウイチが元勇者をスカウトした。

 タカオはコップの水を飲み、首を振る。

「もう、勇者の仕事は引退したんだ」

「そこをなんとか頼めないかなあ。兄貴がいると心強い」

 タカオは笑いながら、無言でスプーンで皿のスープをすくう。

「タカオさん、私からもお願い。一緒に戦っていただけない?」

 まったく血のつながりのない英子だったが、雰囲気がどこか亡くなった母を感じさせるものがある。

「どうして、そんなに俺が必要なんだ?」

 首をかしげてコウイチを見る。

 髭の現役勇者は視線をそらして、黙々と食べている僧侶に向けた。食事中もフードをかぶっている。

「いったいどこに行こうとしているんだ?」

「……」

 コウイチは何かを決めたようにタカオに目線を戻す。

「オダイーバに行こうと思っている」

 一瞬の静寂が食卓を制した。

「オダイーバだって! 正気か」

 スプーンが皿に落ちて音を立てた。

「ああ、至って正常だぜ。俺たちは」

 タカオは彼を凝視したまま何も言わない。横に座っていたタカシは食事の手を止めて何事かと伯父の顔を見る。

「あそこは魔物の巣窟だ。凶暴な怪物がひしめいているところだぞ」

 詰問にコウイチは無表情でうなずく。彼にとっては、すでに分かりきっていること。

「宝が目当てか……」

 気まずい空気が流れ、英子がため息をついた。

「ああ、そうだよ……」

 彼は力なくつぶやいた。

 タカオは金銭に執着がない。コウイチはそれを知っているのでオダイーバの奥深くに眠っているという財宝を餌に彼を釣ることはしない。

 沈黙。

 皆が黙り込んでいるときも、テーブルの端に座っている僧侶は構わず食べ続けている。

 タカシはどうすればいいか分からず口を閉じているしかない。


 オダイーバとはエドラの沖にある小島のことだ。

 エドラはヨコハマの北東にある荒れ地で今は誰も住んでいない。古代には大きな建物が林立して大勢の人間が活動していたというが、密林のようになっているエドラが大都市であったことを信じる人間はいない。

 ただ、エドラとオダイーバを結ぶ橋のような遺跡が残っているので、まったくのでたらめとは思えないというのが寺院に所属する学者の説であった。

 島に行くためには船を使うしかない。エドラからボートでオダイーバに上陸し、そこで怪物たちと戦いながら奥に進むのだ。そこには吸血スライムや人間より大きい陸上ダイオーイカが触手を揺らしながら待ちかまえている。

 伝説によると、怪物は古代科学のDNA技術により作られた物だという。遺伝子操作の失敗作が世界大戦のどさくさで外に出てしまったというのだ。その技術はすでに失われて久しいので、現在では検証するすべはない。

 さらに古文書によると、オダイーバの奥には宝物があり、それを手にした者は永遠の繁栄を得るという。しかし、それが具体的に何かは分かっていない。今まで、数多くの勇者パーティーが上陸して財宝を捜索したが見つかることはなく、犠牲者の数を増やしていくだけだった。


「オダイーバに行くのはやめておけ。財宝は伝説だ。本当あるか分からないんだぞ」

 タカオが弟を説得する。

 しかし、現役勇者は首を横に振った。

「分かったよ、俺たちだけで行ってくる。兄貴は畑を耕し、タカシを勇者として鍛えていてくれ」

 英子が二度目のため息をつく。その落胆した表情がタカオに強い期待をしていたことを表す。

 タカオは腕組みをしてイスの背もたれに寄り掛かる。迷ったように天井を見上げた。

 たった一人の弟を見捨てるようなことができる性分ではない。

 少し迷ってから言った。

「一度だけだぞ、コウイチ。一回だけ付き合ってやるよ」

 兄の言葉に彼の顔がぱっと明るくなる。

「ありがとう、兄貴! 恩に着るよ」

 彼はタカオの手を強く握った。

 分かった、分かったと言ってタカオは手を離す。そして、タカシの方を向く。

「父さんはちょっと出かけてくるからな。留守番を頼むぞ」

 どう答えていいか分からないタカシはコクンと首を縦に振った。


 翌日の夕方、一行は北に向かって出発する。

 タカシは父たちを見送った。一人で留守番するのは十二歳の子供にとって不安ではあったが、父に厳しく教育されたので愚痴は言わない。父の姿が見えなくなるまで家の前で見送っていた。

 遠くに去っていく父親の影。その後ろ姿が最後に見たタカオの姿だった。

 彼らは一ヶ月で帰ってくるはずだった。

 しかし、それから一週間過ぎても戻ってこない。

 さらに一週間過ぎた時、コウイチたちが帰ってきた。喜び勇んで、玄関から飛び出したが、その中に父の姿を見つけることは出来なかった。彼らの装備は傷つきボロボロになっている。

「お父さんは?」

 コウイチの顔が曇る。髭面のやつれた顔が横を向いた。彼はタカシを見ることができない。

 タカシは心臓が凍るのを感じた。現実を確認したくない。逃げ出したい衝動にかられた。膝が震えて仕方がない。

 意を決したようにコウイチはタカシの目を見た。腰を下げて目線を合わせ、少年の両肩に手を置いた。

「お前の父さんは……死んだ……」

 タカシの心は空白になった。何も考えられない。

「兄貴は死んだ。俺たちを逃がすために囮になって……死んでしまった」

 少年は何も言えなかった。

「済まない……」

 心が乾いて、そして、泥水に侵されるようにグダグダになる。

「わあー!」

 タカシは立ったまま、その場で泣いた。大声で泣いた。

「ごめんね。ごめんね……」

 英子が膝を地面に付いて少年を抱きしめる。彼女の胸の中でタカシは涙を流し続けた。


 その後、タカシはコウイチと行動を共にすることになる。

 叔父に付いて旅を続け、勇者としての修業を積み重ねた。

 コウイチは厳しくタカシを鍛えた。父のタカオも稽古は厳しい人間だったが、基本は優しい。しかし、叔父は訓練となると容赦がなかった。憎んでいるのかと思うほど、タカシを苦しめたのだった。

 辛い修業。しかし、タカシはそれに耐えた。彼には剣の素質があったのだろう。グングンと強くなり、数年後にはコウイチと互角に戦えるようになっていた。

 タカシが十五歳の誕生日を迎えた時、彼はコウイチと別れて一人立ちすることにした。

 コウイチは利益にさとい。お金になることは積極的に受けるが、そうでない仕事は見向きもしない。村人が困っていても儲からなければ依頼を受けることはしなかった。

 タカシはそんなコウイチに疑問を持ち続けた。そして、自分の思う、理想的な勇者になるために自立することにしたのだった。


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