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4章

4章、激戦の町


 それは静かな夜だった。

 町の住人たちは明日の幸福を願って就寝の準備をしている。

 突然、宿屋の方角から破壊音がして、建物が吹き飛び巨大で邪悪なものが粉塵と共に姿を現した。

 人々は何事かと外に出る。

 それは町中に届く咆哮を上げた後、口から炎を吐き、二階建ての家を超す赤い体躯を暗闇に浮きださせた。

「ドラゴンだ―!」

 住人は我先と逃げだす。町は騒然となった。

 竜は、家が燃える炎に赤いうろこを輝かせて、夜空を引き裂くような凶悪な雄たけびを上げた。


 このファンタジー世界にはドラゴンが存在している。

 その数は少なく、山の奥深くに数頭しか生存が確認されていない。竜が人里に下りてくることはめったになく、その生態は謎が多かった。

 古代文明のDNA操作により生物兵器として作られたという言い伝えもあるが、それを証明する物は見つかっていない。

 全ての竜は魔法力を備えている。その力によって巨体の重さを支え、魔力が充実しているときは重力制御によって空を飛ぶこともできるのだ。


 勇者たちは宿屋を脱出し、路地に集まっていた。

「タカシ、宿の人たちは非難させたの?」

「ああ、なんとか……。泊まっていた子供たちは大丈夫だったかな?」

 タカシは全身に埃をかぶっている。

「そっちの方は浮遊魔法で外に放り出したわ」

 パトリシアは疲れたように杖に寄り掛かっていた。

「お年寄りはパニックルームに入れておきましたよ。がれきの下敷きになっても、当分は大丈夫でしょう」

 ローレンツも健在だった。

 宿の周辺では火事が起こり、その中央では山のような竜がゆっくりと足を進めていた。

 トカゲを大きくしたような体形にコウモリのような翼。人間の5倍以上もある体長は歩を進めるたびに地響きを立てる。まるで童話の挿絵に出てくる竜を具現化したよう。

 空に高く伸びた煙。家を焼く炎が怪物の赤い巨体を不気味に照らして浮き上がらせる。

 ドラゴンが咆哮を響かせた。それだけで、勇者たちの体に振動が伝わってきた。

「とにかく、あの怪物を何とかしないとね」

 そう言って、勇者は建物の陰からドラゴンを見上げる。

 あの怪物を放っておいたら犠牲が大きい。しかし、パトリシアの胸には不安の雲がわき出していた。

 彼女は、深いため息をついて恐怖を吐きだしてから、静かにうなずく。

 タカシとパトリシアは短い打ち合わせをした後、路地から出て走り出した。

 ドラゴンの背後から右を回り、タカシが怪物の前方に出た。

「こっちだ。僕が相手だ!」

 剣を抜いて大きく振る。

 ドラゴンは勇者を発見して進行を停止した。

 上から凶悪な視線をタカシに送る。

「ミラクルボンバー!」

 横からパトリシアの魔法が発動。

 大きな角のあたりで爆発が起きる。ドラゴンは一瞬、驚いたようだが、無傷だった。怪物は頭を振って正気を取り戻してから原因を探す。赤く光る眼が杖を持った彼女を捕えた。

「あぶない!」

 タカシがパトリシアを抱いて横に飛ぶ。

 彼らをかすめて、街の通りに紅蓮の炎が走った。

 少年は少女を後ろから抱き締めたまま、背中で石畳を滑る。

 戦いの最中だが、タカシはパトリシアの体の細さと柔らかさに多少の驚きを感じた。焼けた空気に混じって甘い香りが鼻をくすぐった。

 生きた魚を手づかみした時の様な感覚。少女の動きが少年の火照った体に伝わる。

 背後から抱きしめられ横たわったまま彼女が杖を振った。

「ミラクルファイアー!」

 ドラゴンの足元から巨大な火炎が渦を巻いた。

 それは道路の石畳を黒く焼いたが、怪物にダメージを与えていない。

 竜は勇者たちの方を向いた。

「まずい!」

 タカシはパトリシアを両手で抱えて逃げだす。

「あいつは炎属性らしい。火を使った攻撃は効かないよ」

 重々しい足音が勇者を追ってきた。

 タカシは建物の角を曲がり、竜の視界から逃れる。

 しばらく走ってからパトリシアを下ろした。少年はしばらく息を整える。

「なら、冷却魔法を使うわ」

 魔法使いの少女は帽子をかぶり直した。

 少女のか細い精神は竜の攻撃に恐怖で倒れそうになるが、深呼吸をして心を立て直す。

 禍々しい足音が近づく。

 大音響とともに目の前の建物が崩れて噴煙の中から赤い目が浮かび上がった。

 パトリシアの杖が、大きく縦に軌跡を描く。

「ミラクルフリーザー!」

 吹雪の竜巻がドラゴンの巨体に巻き付いた。

「グオォー!」

 長い首を揺らし、苦しみの咆哮。。

 地面は白く凍り、街並みを冷気が包み込む。

 ドラゴンは苦しそうに動きを鈍らせた。

 タカシは白い息を吐いて剣を抜く。

「勇者烈風剣!」

 短い呪文ののち勇者の剣が大気を切った。

 風が鋭い剣の様に巨体に襲いかかる。

 その衝撃は竜を震わせた。体に付着した氷がはがれ落ち、音を立てて地面に砕け散った。

 竜の動きは止まったが、口から吐く息は赤く燃えている。

 赤い目がギラリと勇者を睨んだ。

「ダメだわ。あいつの皮膚は魔法防御になっているのよ」

 言葉に恐れと諦めの空気が入り込んでいる。

 ドラゴンは大きく口を開けると、タカシに向けて火球を吐き出した。

 勇者の前にパトリシアが立つ。

「ミラクルシールド!」

 彼女が杖を前方に向けて呪文を放つ。

 タカシの目の前でパトリシアの防御魔法が展開する。それは空間に映し出された青い魔法陣だ。

 視界が真っ赤に光り、魔法陣の盾に火球が砕けて飛散した。

 タカシは目前の光と熱気に目を細めた。

 間を置かず炎の息吹が魔法のシールドに襲いかかる。盾は火炎を防ぎ、炎は空中で渦を巻いた。

 杖を支えている細い腕が震え、彼女は精神力を試されていた。魔法の強さと持久力は、魔法使いの精神のそれらと比例する。

 シールドの魔法文字が薄れて一文字ずつ消えていく。

「盾が持たないわ! 逃げるのよ」

 怪物が息継ぎをする間に、パトリシアとタカシは場を離れた。熱風が渦巻く中、ドラゴンの目を逃れて必死に逃走する。

 距離を稼いでから、二人は息を切らせて建物の陰に座り込んだ。

 家が燃え、建物が崩れる音が聞こえる。人々の悲鳴が遠くから風に乗って小さく流れてきた。

「寒さに弱いということは分かったけど……」

 タカシが独り言のように呟く。

「私の魔法では不十分よ。強力なアイテムが必要だわ……」

 少女の声は低く震えていた。

 彼女の魔法は決して弱いものではなかったが、ドラゴンの魔法防御は強力で、それを貫通するには力が足りない。

「冷却魔法が凝縮されたものがあればいいんだが」

「弱らせてからとどめを刺さないとダメよ」

 ドラゴンの振動が近づいて来るのが分かる。

「そうすると……あの武器屋か」

 勇者は立ち上がった。

 パトリシアも重力が増したかのような動きで、何とか立った。


「いったい、どうなっているザンス」

 武器屋の店主は町の騒々しさを感じて浮足立っていた。

 窓から見えるのは、赤く光る建物の輪郭と上空に立ち上る、火事の明りに照らされた、もうもうたる煙。

「金目の物をまとめておくザンス」

 そう言って店の奥に行こうとした時、荒々しくドアが開いた。

「おじさん! フリーズ弾はあるかい? 強力なやつ」

 タカシの剣幕に店主は動揺する。

「いったい、何ザンスか、あんたたちは。何の騒ぎザンス」

「ドラゴンよ! 怪物が町を襲っているの」

 パトリシアの声が店内に響く。

 店主は立ちすくんだ。

「フリーズ弾は?」

 タカシが店主に詰め寄る。

「これ……ザンスけど」

 陳列棚からこぶし大の青い球を取り出した。勇者はもぎ取るようにして手に持った。

 冷却魔法をボールに封じ込めている強力なアイテム。

「あ、あの……それは千ゴールドザンス」

「あんた、状況分かってんの?」

 杖で床を突いた。

「どんな時でも、商品はお金を出さないと売ってあげないザンス」

 整髪料で、きっちりとまとめた頭が光る。

 タカシがあきれて息を吐く。

 その時、窓の外から轟音がして、見ると向かいの家が倒壊していた。

 破壊された家から、のっそりと現れたドラゴンは頭を下げて武器屋を覗きこんだ。

 店主の細い目と怪物の赤い目。視線が混じりあう。

「ギャー!」

 店主は腰を抜かして座りこむ。

「それはあげるザンスー!」

 カウンターの後ろに隠れる。

「じゃあ、もらっていくよ」

 冷却アイテムを手にして裏から出て行こうとしたタカシを呼びとめる。

「お願いザンスから、この店を守ってほしいザンスよお」

 店主が哀願した。

「よし、分かった。僕に任せてくれ」

 力強く言い切って、パトリシアと一緒に裏口から飛び出す。

 グシャ! バキバキバキ!

 その直後、武器屋はドラゴンによって踏みつぶされた。

「ドンマイ」

 魔法使いの可愛い声が後ろから小さく聞こえた。


 店が全壊した音を後ろにして、勇者たちは広場を目指した。

 その広場の端には二階建ての教会がある。そして、中央には大きな噴水塔があり、この状況でも水を噴出している。

 広場に着いて、勇者はパトリシアに指示をする。

 彼女は浮遊魔法でタカシを二階建ての教会の屋根に置く。

 タカシは上からパトリシアの様子をうかがってみた。杖に寄り掛かるように立っている。遠くから見ても分かるくらいに彼女は疲労していた。あと一、二回しか魔法を使うことはできないだろう。

 ここで決着をつけなければ……。タカシは自分の心に言い聞かせた。

 破壊音が近づき、屋根のかわらが振動して音を立てる。

 竜は勇者の気配を逃さない。

 広場に面している大きな家が崩れ落ち、ドラゴンが凶暴な体躯を表した。

 それは大きな噴水塔の横を通り、タカシを逃さないとばかりに、睨み据えている。噴水の水が体にかかったが、すぐに湯気となって空に揺らめいていく。

 教会の屋根は竜の目線と同じ高さにある。屋根に設置された大きな十字架のそばでタカシはフリーズ弾を握って振りかぶった。

 獲物を捕えたかのように、ドラゴンは視線をタカシにくぎ付けして、ゆっくりと近寄ってくる。

 赤い竜の息を感じるほどの距離。巨体から放射する熱気が勇者の顔面を紅潮させる。教会の窓の明かりがドラゴンを下から照らし、容貌を不気味に装飾する。

 低くうなると怪物は大きく口を開けた。口内が光り、喉の奥から火球がせりあがってくる。

 今だ!

 タカシはフリーズ弾を口めがけて投げ込んだ。

 パーンと乾いた音がして、冷却魔法が凝縮されたボールがさく裂する。

 竜は野獣のような咆哮を上げて、よろめきながら後退して苦しみ出した。

 頭が白く凍結し、胴体に向かってパリパリと音を立てて凍り始める。ドラゴンは動きを止めた。

 そして、ゆっくりと傾き、噴水塔に寄り掛かるように崩れ落ちる。

 噴水のプールが凍る。波紋が広がるように冷気が広場に散らばった。

 勇者は屋根の上から飛び降りた。烈風魔法を下に向かって使い、落下の速度を相殺して着地する。

 タカシが竜の側に行くとパトリシアも後ろから付いてきた。

「まだ生きているわ。とどめを刺さないと……」

 口調では分からないが、杖の震えからパトリシアの疲労が読み取れる。

 タカシは剣を抜いてドラゴンに近づいた。

 その時、ローレンツが走り寄ってきた。

「ここは、私に任せなさい!」

 そう言って、僧侶は勇敢にもドラゴンの凍りついた体に駆けあがる。

 白く凍った巨体の上を滑らないように注意深く、かつ、力強く登っていく。

 僧侶を示す灰色のローブが揺れ、その姿は神の御言葉をいただくために、険しい岩山に登る聖者の様。

 ローレンツは、ふらついている頭の上に立つと、帽子のような物を頭上に掲げた。

 そして、勢いよくドラゴンにそれをかぶせた。

「どうです。カワイイでしょう」

 それは大きな猫耳だった。赤くて凶暴な目が薄く開いている。竜の頭に場違いな猫耳が立っていた。

 得意げにドラゴンの頭の上に立つ長身の僧侶。

 禍々しい角とマッチして、コケティッシュな雰囲気を演出しました、とか思っているのか。

 勇者たちは限りなく大きなため息をついた。

「いいから、あんたは黙っていてよ。お願いだから」

 パトリシアが諭すように言うと、僧侶は「こんなに可愛いのになあ」と言いながら、しぶしぶ降りて行った。

 途中で滑って転んだが、誰も心配の言葉をかけることはしない。

 怪物の瞼が開く。赤い目の光が復活し、口から小さな炎が吹き出て揺れめく。

「ああ、もう! 目を覚ましちゃったじゃない」

 くやしそうに杖で石畳を叩いた。

 胃が振動するような低いうなり声。

 ドラゴンは大きな炎を吐きだし、それを自分の体に向けて吹きつけた。

 みるみる氷が解けて、氷結した体が回復していく。

 ドラゴンが立ちあがり、プールが激しい音を立てて水を広場に散乱させた。

 タカシとパトリシアは後ろに下がった。

「仕方がない。直接攻撃で仕留める!」

 勇者は剣を鞘に納め、呪文を唱えた。

「グギャーオゥー!」

 激怒の咆哮だった。

 物理的な圧力があるかのようなドラゴンの視線が勇者に固定される。

 前足を上げて、タカシを踏みつぶさんとする竜。

 呪文は続く。目をつむり、腰を下げて、右手を剣の柄に置いた。

 凶暴な足が勇者の頭上に向けて振り下ろされる。

「勇者居合剣!」

 空気を切り裂くように突進。

 ドラゴンの足が地面に叩きつけられ地響きを発する。

 伸ばした右手に握られていた剣は、竜の腹に突き刺さっていた。

 傷口から流れる鮮血は、剣を伝って右腕を赤く染める。

「ギャオーン!」

 剣が突き刺さったまま、竜は大きく叫んでよろめいた。

 負傷したのはドラゴンだけではなかった。タカシの左肩からも血が流れ出し、彼は右手で傷を押さえる。攻撃をよけきれなかったのだ。

 フラフラと魔法使いの少女に歩み寄った。

「パ、パトリシア。頼む……」

 よろめくように後ろに下がった勇者の顔が苦痛でゆがむ。

 なけなしの気力を絞り出し、少女は杖を上げた。

「ミラクルフリーザー!」

 彼女は最後の力を振り絞って、ドラゴンの腹に冷却魔法を叩きこむ。

 巨体に白い吹雪が渦巻いた。

 少女のスカートが舞い、白い足をすべて露わにした。

 極寒の冷気は剣を通って竜の内部に侵食する。うろこの魔法防御を突き破り体内を瞬間冷却。

「グオーォン! グルゥゥ……」

 寒さを弱点とする怪物の体は震え、力なくうずくまった。

 そして、完全に行動を停止する。

 パトリシアはペタンと地面に座り込んだ。タカシも力が抜けて腰を下ろした。肩の血は止まる気配がない。

 静寂が場を制し、遠くからかすかに町の喧騒が聞こえてくるだけだった。

 タカシは荒く早い息で苦しそう。

 ローレンツが駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか?」

 勇者は弱弱しく笑った。

「治療をしてくれ……」

「しばらく耐えて下さい」

 僧侶は腰の袋を手に持つ。

 呪文を唱えて、手の平くらいの大きさの布を出現させた。

「マジックシートです。これで治しましょう」

 そう言って隆の肩に貼りつける。

 血が止まり、タカシの表情が和らいだ。

 治癒魔法を塗り込めた布のシートだった。

「ありがとう」

「礼には及びません。でも、代償はちゃんといただきますよ」

 ローレンツの笑顔が不気味だった。

「何だよ?」

 勇者の心にかすかな不安が生まれる。

「このシートは高価なんですよ。タカシのカードでは残高が足りませんねえ」

 口調が変。

「後で払うよ」

 タカシは笑って首を振った。

「別にお金でなくてもいいですよお~」

 口の端が吊りあがっているヘンな笑い顔。

「分かった。とにかく礼はちゃんとするから……」

 傷が回復した勇者は、何事もなかったように立ちあがった。

 タカシはパトリシアの所に行き、手を差し伸べる。

「大丈夫かい?」

 彼女はウンウンと小さく首を振って、手を借りて立ち上がる。

 タカシの手には体重の多くが配分されていて、彼女の疲れをうかがわせた。

「そういえば、ドラゴンはどうなったのかしら」

 とんがり帽子を拾って頭に載せる。

 タカシが後ろを振り向くとドラゴンの巨体が消えていた。

 しかし、それは逃げたわけでも消滅したわけでもない。

 怪物がいた場所には子犬のようなドラゴンの赤ん坊が震えて立っていた。

「ミー……」

 迷子の子猫の様に鳴いた。

「何だいこれは?」

 タカシが近寄り、視線を下げてその生物を見る。

 赤くて丸い体。チョコンと生えている角と羽。大きな頭と大きな目。小さな羽をパタパタと動かしてタカシに媚を売るように寄り添ってきた。背中には大きな猫耳が引っかかっている。

「ミーミー……」

 タカシがその頭をなでると、目を細めてかわいい鳴き声を上げた。

「これはドラゴンの自己防衛機能ですね」

 ローレンツがしゃがんで覗き込む。

「これが、さっきのドラゴンなの?」

 パトリシアは恐れるようにして、杖で小さい体をつついた。

「体に致命的な障害が発生した時、身体を縮小させて代謝を下げ、傷を治すのです」

 僧侶は知識が豊富だ。寺院であらゆる教育を受けている。

「ずっとこのままなのかい?」

「いえ。成長はするでしょうが、魔法力が回復して大人の体になるまでは何十年もかかるでしょう」

「そうなのか」

 勇者は体に絡まっていた猫耳を外してやった。

 ドラゴンはおびえた目で、か細く鳴き続ける。

 タカシは小さな生き物をじっと見つめた。

「よし、この子は僕たちが育てよう」

 少女は驚いてタカシを見る。

「なに言ってんのよ! ドラゴンよ、ドラゴン! この街の被害を見てみなさいよ」

 パトリシアが異議を叫ぶ。

 月も出ていない夜空に家屋が焼けた煙が立ち上っていた。破壊された街並みが廃墟の様に浮かび、遠くからは人々の喧騒が小さく聞こえてくる。

 戦闘が繰り広げられた教会の前は、石畳が黒く焦げ、ところどころに氷の塊が転がっていた。破壊された噴水広場には避難して人影は見えない。

「でも、このドラゴンは、ずっとペンダントの中に閉じ込められていたんだ。怒って当然だろ」

 彼女は帽子をかぶり直して腕を組んだ。

「子供のころから育てれば、きっと正義のドラゴンとして世の中の役に立ってくれるさ」

 勇者は夜空を見上げ、自分が竜騎士となって大空を飛び回る姿を思い描いていた。

 人間を越えるくらいの大きさに成長したドラゴンに乗り、剣を頭上にかざして青い大空を縦横無尽に駆け回る。

 無敵の竜は火を吐き、悪人どもを懲らしめる。正義のドラゴンナイトだ。

 タカシはうっとりした眼で楽しい想像に浸っていた。

「何を妄想しているのよ。この中二病!」

 そうは言ったが、パトリシアはため息をついて竜の頭をなでる。

「ミー」

 ドラゴンは庇護を求めるかのような目で泣き出しそうな声を出す。

「仕方ないですね。殺すのもかわいそうですし」

 ローレンツが話をまとめるように言った。

「よし、今日から君は僕のパーティーの一員だ」

 タカシがきっぱりという。

「じゃあ、名前は何にするの」

 彼女は小さな前足をいじっている。気にいったようだ。

「そうだなあ……。ミーミー言っているからミーちゃんでどうだい」

「安直なネーミングだわよね」

 勇者が名付けた、ミーちゃんで決定した。

「よろしくお願いしますね。ミーちゃん」

「ミー」

 僧侶のあいさつに熱い息を吐いて答える。子供なので、まだ火を吹くことは出来ない。

 そして、ローレンツは袋からペット用の持ち運びハウスを出し、ドラゴンを中に押した。

 喧騒も収まり、町は静寂と安定を取り戻そうとしていた。


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