3章
3章、トツカタウン
勇者たちは山を下りてトツカタウンに向かった。
ボスにはローブを着せて、後ろ手に縛っていることを分からないようにする。
その後ろではローレンツが電撃棒を持って歩き、逃げないように見張りながら町に入った。
タカシの姿を見ると、町の人はにこやかにあいさつをする。ここでも勇者の評判が高まっているようだった。
「剣を新調しないとな。刃もボロボロだし」
タカシたちは大通りを通って宿の向こうにある武器屋に入った。
小さいがブロック造りの頑丈な建物だ。
店内には、たくさんの剣や武器が壁に掛けてあり、棚には各種のアイテムが揃っていた。
「いらっしゃいませザンス」
髪を中央からきっちりと分け、ちょび髭で細身の店主が出てきた。
「剣を見たいんだが」
タカシが言うと、店主は数本の剣をカウンターに置いた。
「これはいくらだい?」
タカシは長剣を手に持って刀身を眺める。
「三千ゴールドでございますザンス」
もみ手をして、やせた体を揺する。
「三千ゴールド! ちょっと高すぎない?」
パトリシアがクレームを付ける。
「この辺では適正価格ザンスよ」
細い目をさらに狭めて言った。
この地方には武器屋が少ない。客の足元を見たあくどい商売だった。
この世界では魔法ネットワークを使って何でも手に入れることができる。お金さえあれば、瞬時に購入することが出来たのだ。
しかし、剣などの武器についてはネットワークでの販売を禁止されていた。危険な物品は武器屋などで店頭による購入方法のみだ。
「私たちは山賊を退治した勇者のパーティーよ。噂は聞いているでしょ」
少女は口をとがらせる。
「それが何かザンス」
店主は動じない。
「町の人たちのために活躍しているのよ」
両手を細い腰に当てて抗議するような口調。
「それとこれとは別ザンス。経済システムというものはシビアなものザンスよ」
整髪料をたっぷり使った頭がきらりと光る。
「もういいよ。行こう」
タカシは諦めて剣を置く。
「困ったことがあっても助けてあげないからね」
パトリシアは捨て台詞を残して店を出た。
沈みそうな夕日が町並みを照らす。一行は近くの宿屋に入った。レンガ造りで大きめの建物。
勇者を見て宿の主人が感激していた。
部屋を二つ借りて、その一つにボスとローレンツ、タカシが泊まることになった。
「食堂は無理だね」
タカシは縛られているボスを見る。
夕食は部屋に運んでもらい、四人で食べることにした。
湯気の立っている料理が主人自らの手によって運ばれてきた。
タカシはボスのロープをほどき始めた。
「ちょっと! 何してんのよ」
「これじゃ、食べられないだろ」
「暴れたらどうすんの」
「じゃあ、君がこの人に食べさせてあげるかい」
拘束されているボスの口に「ハイ、アーン」と言ってスプーンを持っていき食べさせる。コミックのような新婚家庭の食事風景を想像してパトリシアは苦い顔になった。そんなことは誰もやりたくない。
「仕方ないわね。変なことをしたらギタギタにしてやるからね」
自由を得たボスは黙って食べ始めた。丸腰では勇者たちにかなわないことを熟知している。
食事が終って、タカシはイスにもたれかかりボスを見た。
「さて、どうやって改心させたものか」
それを聞いて、無理だと言いたげにパトリシアが首を振る。
「普通のやりかたではダメではないでしょうか」
ローレンツがナプキンで口を拭きながら言った。
「何か良い策があるのかい」
タカシの問いかけに、長身の美男子はさわやかな笑顔を浮かべた。
「洗脳すれば良いのですよ」
タカシとパトリシアは呆れた顔で僧侶を見る。
「洗脳と言っても、催眠魔法で一時的に従順な性格にするのですよ。それを何度か繰り返せば心の静かな人間に変わるはずです」
「おとなしい性格に変えて、その時に説得すれば何とかなるかな……?」
タカシは懐疑的だったが、他に良い案は思いつかない。
ローレンツは意味ありげに彼女に目配せした。
「……強引な方法も、この際は仕方ないわね」
うなずいてパトリシアは杖を手に取った。
ボスは悔しそうに魔法使いを見る。
(俺はこいつらのおもちゃにされるのか。何とか隙を見て逃げねえと)
「ミラクルチェンジ。トゥー・ザ・ドッグ!」
ボスの頭上で杖を振って呪文を唱えた。
「精神を犬に換えてやったわ。これで言うことを何でも聞くはずよ」
「犬……かい?」
タカシは開いた口がふさがらない。
ローレンツは、よしよしと言って中年男のボサボサの頭をなでた。
ボスはビクンと体を震わせた後、なすがままにさせる。
(犬になったのか俺は? いや、……何も変わっていないぞ)
ボスは催眠魔法にかかった振りをして床に座る。正座の状態で両手を前に着いた。
(そうか。この小娘、戦闘魔法以外は未熟なんだな。催眠にかかったと思い込んでんのか)
彼はワンワンと吠えて右手を可愛く振った。
ローレンツは髭面の顔を両手でつかんでグリグリする。
「クゥーン、クーン」
(畜生、後で覚えていろ。とりあえず催眠魔法にかかった振りをしておくか)
「伏せ!」
ローレンの指示に、ボスは床に腹ばいになる。
腹の部分を優しくなでてやると、犬もどきはひっくり返って気持ちよさそうに前足と後ろ足をバタバタさせた。
「クォーン。クフゥーン」
(絶対に殺してやる。なぶり殺しだ)
「人懐っこい犬だわね」
パトリシアが笑いながら言う。タカシもつられて目を細める。
「聞き分けのいいワンちゃんに、ご褒美を上げましょう」
ローレンツは腰の革袋を手に取る。
呪文を唱えると、犬の衣装が変わった。
黒い靴。それは質素だが機能的で屋敷の掃除などをするのに最適だ。
白いニーソックス。太ももまで包むそれはガーターベルトでつるされている。
黒いワンピース。使用人の定番スタイル。膝が見える短めのスカートがおしとやかな色気をアピール。
フリル付きの白いエプロン。これぞチャームポイント。かいがいしく働くメイドさんだぞ。
「ワンワンワン!」
(何だあ、この格好は。パンツが下腹に食い込むぜ。ブラまで付けやがって!)
頭の上でフリルのついたカチューシャが震える。
「しまった。これを忘れていました」
ローレンツは袋から猫耳を出して犬の頭に乗せた。
猫耳メイドさんの完成だ。
「うー、可愛いですねえ」
ローレンツは目を輝かせて犬を抱きしめた。
「しばらく遊んでいれば」
あきれたパトリシアは、ゆがんだ笑いを浮かべて部屋を出ていく。続いてタカシも退出した。
部屋に残ったのはローレンツと、犬だと思い込んでいるはずの山賊のボス。
「ウー、ワンワン」
(よし、チャンスだぜ。隙を見て変態野郎を人質に取るか)
ローレンツは犬の頭に頬ずりして背中をなでた。
「クーン」
(どっかに刃物はねえか? 武器になるものは……)
犬は横目で部屋を見回す。
最初のしつけが肝心というようにローレンツが命令する。
「お座り!」
素直に従って座り直す。
僧侶は、さらに芸を仕込もうとする。
「お手!」
差し出されたローレンツの手のひらに、犬は前足をポンと乗せた。
その時、ドアの外で笑いが起こった。
苦しそうに笑いながらパトリシアが入ってくる。
「あはははは。よくやるわよね、あんたも」
タカシも笑いをかみ殺して入室する。
「クックク……。催眠魔法なんて、最初から掛かっていなかったのよ。ちょっとからかってみただけ」
ボスはあっけに取られ、お手をしたままで硬直した。
「引っかかりましたね。なかなかチャーミングでしたよ」
ローレンツもニヤニヤと笑っている。
「お手と言われてポンと手を出してる。バカみたい。きゃはははは!」
顔をこわばらせたボスは魔法使いを睨みつけた。
タカシは必死に笑いをこらえている。
「お手でポン、お手でポンだってえ。あはははははは! お手でポン? ギャハハハハハハハハ!」
笑いのポイントを矢が貫いたようだ。爆笑が止まらない。さすがの勇者も苦しそうに笑い始めた。
あまりの怒りで、ボスは引きつった笑い顔のような表情。
体が震え、猫耳もピコピコ揺れている。
ボスは勢いよく立ちあがった。笑いこけているパトリシアのペンダントのを引きちぎる。
「ワンワワン!」
ボスは鳴くと、それを床に叩きつけた。ガラスの割れる音がしてペンダントから鋭い光が漏れる。
ローレンツは、あっけに取られてボスを見た。
「ワ、ワン……違ったぜ……。いいかあ、これには竜が封印してある。お前らはドラゴンに踏みつぶされるがいいさ」
真っ赤な顔で言い放つ。
「だったら、あんたも死ぬんじゃないの」
笑いの余韻で腹を押さえているパトリシアが指摘する。
「あっ……」
その問いかけに、ボスは言葉を失って立ちすくんだ。
猫耳がしおれてペタンと頭に貼りつく。
床のペンダントからは真昼の太陽のような強い光が放たれる。
「逃げろ―!」
建物が激しく揺れた。