中二病勇者の冒険 その2
2章、現実派のパトリシア
三人は一年前からパーティを組んでいる。
タカシの父も勇者で、少し前に亡くなっている。立派な勇者になれと子供のころからタカシに言い聞かせていて、それを遺言として受け止め、少年は正義の勇者を目指していた。
仲間を求めて酒場に入り、テーブルに着いてジュースを飲みながら自分と意思を同じくする剣士を探していたが、タカシの理想論に付いていける者はいなかった。
ローレンツは寺院で僧侶としての厳しい修業に明け暮れていた。
ある日、買い出しの帰りに一杯飲もうと酒場に寄った。僧侶を示す灰色のローブを着ていたが、酒場の主人は金さえ払えば何も言わない。
僧侶は飲酒を禁じられていたが、彼はそれを守るような性分ではなかった。
ローレンツは、テーブルで黙ってジュースを飲んでいる生真面目そうな少年を見つける。
カワイイ男の子には目のない彼であった。
「こんにちは。私は僧侶のローレンツと言います。どうたんですか。こんな場所で」
タカシをナンパするつもりだった。
「いや、旅の仲間を探していたんだけど。なかなか見つからなくて」
少年はうつむく。
「そうですか。それで、どのような人を求めているのでしょう?」
少年は少し迷ってから言葉を紡ぐ。
「正義の心を持って、この世の秩序を正そうと、自分を捨てても人々の役に立とうとする人間です」
「……そうですか」
ローレンツは納得した。これでは誰もパーティに入りたくないわけだ。
(この子の夢は私のポケットには大きすぎて入らない……)
タカシを誘惑することは諦めた。
だが、寺院を抜け出て旅に出れば美少年との出会いが待っているかもしれない。ローレンツはそう考えて決断した。
「分かりました。では、私が御一緒することにしましょう」
タカシは驚いたように視線を上げて僧侶を見た。
「本当ですか」
「はい。私は僧侶です。戦いなどのバックアップが可能ですよ」
「ありがとうございます。僕はタカシと言います。よろしくお願いします」
ローレンツはうなずくと、準備のために一度、寺院に帰った。
広い敷地を持つ寺院は石造りの立派な建物だった。その豪勢な作りは強い権力をうかがわせる。
彼はロビーを通り、多くな魔法石で飾られた、きらびやかな礼拝室に入った。
ローレンツの上司である老齢の教育長の前にひざまずき、旅の許しを請う。
「私は先程、心正しき少年と出会いました。これも神のお導き。彼と同行して、この世の秩序を正すために我が身を捧げたいと存じます」
白いひげをさすりながら老人は感激する。
「それは素晴らしい考えだ。お前も成長したようだな」
そう言って教育長は、旅費と魔法の革袋、それに電撃棒などの道具を持たせて寺院の門から青年を見送った。
一年前、パトリシアは憮然とした表情で宿屋の食堂にいた。
彼女は、ある有名な勇者のパーティに所属していたが、悪者退治で活躍しても報奨金の分け前は少なかったのだ。
「お前は、まだ子供だからな」
それが理由だった。十人もの大所帯では自然と割り当てが小さくなる。
私は子供じゃない。十七歳になったのよ、と言い返したかったが、議論しても無駄だと感じてパーティを抜けることにしたのだった。
もっと人数が少なくて、勇者が同じくらいの年齢なら、私の収入も増えるかも。そう思って別のパーティーを探していた。
彼女は六人兄弟の末っ子だった。家は貧乏で、食卓は食べ物の争奪戦だった。
幼いパトリシアは、いつも負けて空腹を持て余し、心の中で叫ぶ。
「貧乏なんて大嫌いよ!」
彼女は十五歳になって、自分の魔法の才能に気付き、有名な魔法使いの弟子になった。そして、賞金を稼ぐため、門を出て勇者のパーティーに参加することにしたのだった。それからは、いくつかのパーティーを渡り歩いていた。
そして、タカシたちと出合うことになる。
パトリシアが宿の食堂で夕食を食べた後、お茶を飲んでいると、隣のテーブルに座っている二人の男たちに気が付いた。
一人は自分と同じくらいの年齢の勇者。もう一人は二十歳くらいの僧侶だった。
彼らと一緒になれば自分の立場も強いのではないか。お金も稼げるだろう。そう考えたパトリシアは隣の若者たちに声をかける。
「私は魔法使いだけど、もしかしたら仲間を探しているんじゃない?」
タカシは少女を見てうなずいた。
「そうだよ。君は一人で旅をしているのかい?」
「ええ、こう見えても、けっこうな腕前よ。私をパーティーに入れてよ」
「しかし、まだ若いようですが」
ローレンツは懐疑的な口調。彼は女性に興味がない。
「何を言ってんのよ。魔法は得意なんだから!」
そうって杖を振ると、僧侶をイスごと浮遊させた。
「分かった。分かったから」
タカシは悲鳴を上げているローレンツのイスを押さえた。
「私はパトリシア。十七歳だけど、あなたたちも同じように若いから報酬の分け前は三等分よ。いいわよね」
イスがゴトンと音を立てて床に着地する。
「ああ、よろしくね」
少年は、そう言って手を差し出した。
少女は少しためらってから、その手を握った。
こうして勇者のタカシのパーティーが完成したのだ。
性格や考え方が全く違う三人だったが、何となく気が合って旅を続けていた。だがしかし……
暗い山道。
とんがり帽子に描かれた目の部分が光り、下り道を照らしていた。
「まったく、あいつらときたら経済観念というものが全然ないんだから」
タカシたちと別れた後、文句を言いながら、パトリシアは町を目指して歩みを進める。
暗い森の奥ではフクロウが鳴いていた。
しばらく恨み事を連ねているうちに、町の明かりが見えてきた。地面が土から石畳に変わる。トツカタウンに入ったのだ。
その町は人口が二千人ほどで、この地方では大きな町だった。
通りには街灯が並んでいて、明るく道路を照らしていた。
中央通りを真っすぐ行くと噴水広場に出る。途中には宿屋がいくつか点在していた。
照明装置や噴水などは魔法石に蓄積された魔法力によって稼働している。
魔法力を貯蔵することができる魔法石という鉱石があり、それに魔法力を封じ込めておき、少しずつ継続的に放出することにより明りを長時間点灯することができるのだ。
その石は武器としても使うことができる。
火炎魔法や冷却魔法を凝縮して封じ込めることで強力な攻撃方法として有効だ。
彼女は大きめの宿屋に泊まることにした。
ドアを開け、カウンターの前に立つ。
「一晩泊まりたいんだけど」
宿屋の店主は驚いたようにパトリシアを見た。
「もしかしたら、山賊を退治した魔法使い様ですか」
体も声も大きい男だった。
「えっ、ええ……」
パトリシアは少し警戒する。
あごまで髭を伸ばしている店主は大声で言った。
「このたびは本当にありがとうございました。あの山賊たちには今まで散々苦しめられていたのです。町の人たちは感謝しています」
「そ……そうなの」
彼女は対応に困った。
話を聞いて、ロビーでくつろいでいた宿泊客たちが寄ってくる。
「あなたが勇者のお仲間でしたか」
「報酬をもらわなかったなんて、立派だわあ」
上品な身なりをした夫婦が感心したように言う。
「町の人々は、山賊に困っていたのです。あなたのおかげでゆっくり生活できます」
「は、はあ……」
勇者の評判は思ったより広まっていたようだ。
「勇者様は一緒ではございませんの?」
奥さんの問いかけにパトリシアは言葉に詰まった。
「これからも応援していますからね。後で勇者様にお礼を言っていただけます?」
「えーと、分かりました。タカシにはきっちりと伝えておきます。ええ、伝えておきますとも」
パーティーを抜けたとは言えない雰囲気だった。
寄ってきた客たちは口々に彼女をほめたたえる。
(何なのよ、これ……。この街には長くいられないじゃない)
パトリシアは引きつった笑顔を浮かべ、冷や汗を流しながら応対した。
店主は、彼女を一番上等な部屋に案内した。
夕食として出されたメニューは最高のものだった。
「これはサービスでございます」
「タダなの?」
店主が微笑みながら深くうなずく。
彼女は豪華な料理を満喫した後、大きな浴槽でくつろぎ、馬でも寝ることができるような広いベッドに横になった。
「勇者と一緒に行動するのも悪くなかったかな……。それより、チームを抜けたことを皆に知られたらどうしよう」
明りを消した部屋で、ぼんやりと天井を見つめながら彼女は思案していた。
「あいつの行動も間違ったものではなかったのよね」
考えがまとまらないまま、やがてパトリシアは眠りについた。
この地方の名称はヨコハマと言う。
それは、三千年以上も前に滅んだ古代文明の地名をそのまま使っているという説がある。
国の名前はニッポニアと言い、古代の地図によると島国になっているが、現在では大陸と繋がっていて、西にあるニホンレイクという大きな塩湖が、海の名残を感じさせる。
古文書が大量に発掘されているので、古代文明が存在したことは確実視されているが、後世の創作物ではないかとして疑念の目を向ける学者もいた。
古代文明は大戦によって滅んだということが伝説として今も語り継がれている。
科学文明が爛熟し、大国のエゴが対立して世界戦争が勃発。アトミックボムという地形が変わるほどの強力な爆弾により、世界は滅亡したと伝えられている。
そのため、この時代では物理科学はタブーとされている。それで魔法の研究が進み、人間の生活に利用している。ここは魔法主流のファンタジー世界となっていた。
うっそうと茂る森の中。
タカシは焦燥していた。
彼の周りを十人近い山賊が取り囲んでいたからだ。
木漏れ日が、勇者の端正な顔を照らす。朝と昼の中間、前日のボスが報復に来ていた。
「昨日のことを憶えているだろうな」
髭が頬まで伸び、髪の毛は乱暴に切りそろえているボスがタカシを睨む。
「まだ改心していなかったのか。いいかい、自分の心の奥にある良心に問いかけてごらん。そうすれば……」
「うるせえ!」
歯の浮くような説教は聞きたくないと言わんばかりに、ボスが剣で切りかかった。
ガキンと剣の刃がぶつかり合う。
タカシはボスの剣を横に受け流す。
ボスはよろめいて片手を地面について体を支えた。
タカシが剣を自分の顔の前に置き、呪文を唱え始める。
「そうはいかないよおー」
後ろからツルピカの子分が短剣を構えて襲いかかった。
「ちっ」
振り向きざま、横一閃に剣を振る。
だが、子分はすばしっこく剣の軌道から離れた。
勇者烈風剣は、呪文を唱えて魔力を剣に込めないと発動しない。
(少しでいい、少しの時間を稼げれば何とかなるのに……)
もどかしく思っても一人で多人数を相手にするのは無理がある。
勇者は同い年の魔法使いのことを思う。
(この場に彼女がいれば……)
一方、僧侶はパニックルームに避難していた。
それは銀色の小さなドームで、災難に遭ったとき隠れることができる部屋だ。
半球状の形をしており、数人が入ることができる。壁は寺院が開発した特殊な金属で出来ており、剣などでは破壊することはできない。そのルームにドアと窓が一つずつあるが、外からは絶対に開かないという代物だ。
「ほーら、またバッタのように飛びはねなさーい」
ローレンツはルームを移動させて山賊たちを追いかけ回していた。
調子に乗って走り回っているうちに雑木林に入り込んでしまう。木と木の間は狭く、通り抜けることができずに衝突した。
「失敗しました。後退しなければ」
彼はドームを後ろに下げようとしたが、何かに止められて動けなくなっていた。
ドームの後ろには山賊によって太い杭が打たれていたのだ。それをへし折るだけの推進力はない。完全に動きを止められている。
「しまったあ。うっかりしてしまいましたあ」
ローレンツは後悔するが、どうしようもない。
木の陰から山賊たちが現れた。
「出て来い、こらあー!」
山賊たちが剣や大きな石で金属の壁を叩く。
しかし、鈍い音が響くだけで壊すことはできなかった。
「諦めなさい。このルームは絶対に壊れません。もう去りなさい。……しかし、美中年なら一人くらい残っても構いませんよ」
「この変態野郎!」
数人で叩きまくるが、ドームはびくともしない。
息を切らした一人が座りこむ。
すると、ドームの下の隙間からローレンツの足が小さく見えた。
「おい、これって床がないんじゃねえの?」
皆が顔を地面にすりよせるようにドームの端を覗きこむ。
それはお椀をひっくり返したような構造だった。ルームの中に入ると下は地面であり、完全に密閉されている訳ではなかった。
「地面を掘れ!」
山賊たちは棒や剣を使ってドームの端の土を掘り始めた。
「これはピンチです! このルームの弱点を知られてしまいました」
ローレンツはマジックカードを使って勇者を呼び出す。しかし、応答はなかった。
タカシは必死に防戦していた。
剣の腕は父親譲りの自他共に認める技量だ。しかし、敵が多すぎる。四方八方から襲ってくる山賊からは、逃げ回るだけで精いっぱいだった。
パーティーは通常、勇者が前衛で魔法使いが後衛を務める。後ろから爆発魔法など遠隔攻撃で敵にダメージを与えてから勇者が剣で切り込むのだ。敵が強ければ、魔法で防御結界を張って攻撃の機会をうかがう。
それらには常に魔法使いが重要な役割をしていた。魔法使いを中核として勇者が戦術を繰り広げる。
そして、僧侶は戦闘に参加せず、隠れているか魔法使いの後ろに付いて保身を得る。僧侶の役目は戦闘後の治療や生活面をバックアップするものだった。
「これまでの様だな、小僧」
タカシは完全に包囲されてしまった。木を利用して素早く立ち回り、敵に囲まれるのを防いでいたが、とうとう逃げ場を失ってしまった。
勇者は悔しそうに唇をかんだ。
「君たちはそれで良いのかい。僕を殺せば自分の中の神様を殺すことになるんだぞ。一生罪の深さに苦しみ、後悔の人生を送ることになってしまう。僕は君たちをそんな不幸にしたくないんだ」
ボスは苦笑いを浮かべた。
「おめえのボケには、もう笑うしかねえな。そんなボケ話をできなくしてやるぜ」
山賊たちは一斉に勇者に向かってきた。
タカシは剣を強く握りしめる。絶体絶命というやつだ。
「ミラクルボンバー!」
この場に不似合いな、小鳥が鳴くような声と共に山賊たちの中央で爆発が起きた。悲鳴と共に彼らが吹き飛ばされる。
「やっぱり私がいないとダメね」
木の陰からパトリシアが現れた。
定番のとんがり帽子と、短いスカートから覗く白い足。美人というより可愛いと言った方が良いキュートな笑顔。
「このヤロウ」
山賊の子分が魔法使いに切りかかる。
タカシが素早く前に回り込み、剣で受け止めた。そして、遠くに蹴り飛ばす。
「きっと帰ってくると信じていたよ。パトリシアは心の優しい女の子だから」
歯の浮くようなセリフを当然の様に言える勇者だった。
「な、なによ。あんたのために来たんじゃないんだからね」
顔を赤らめてツンデレ要素が入った返事をし、呪文を唱える。
「ミラクルファイヤー!」
熱風でスカートがめくれあがり、白い下着が覗く。
魔法使いの後ろにいたツルピカ頭の子分は空気がゆがむのを見た。
光が屈折し、パンツにプリントされた動物が拡大されて目に入る。
次の瞬間、ツルピカ子分の体から煙が発生。
「アヂャー! 熱いー!」
体の火を消そうと草むらを転げまわる。
「しっかりしねえか!」
ボスがツルピカの襟首をつかんで乱暴に持ち上げた。
「く、クマ……」
体から煙をくゆらせながらつぶやく。
「なんだあ?」
「も、森の中で……熊さんに出会ったよお……」
ガクッと首を垂れて気絶した。
勇者はゆっくりとボスに歩み寄る。子分たちは気絶するか逃走するかして誰も残っていない。
「残りはお前だけだぞ」
ボスは子分を放り捨てると、タカシに向けて剣を構えた。
タカシは剣を顔の前に水平に構え、呪文を唱える。
「勇者烈風剣!」
彼の得意技がさく裂。
ボスは悲鳴を上げて……吹っ飛ばなかった。
あざけるような笑いを浮かべて平然と立っている。
パトリシアが杖を振り上げた。
「何やってんのよ! ミラクルファイアー!」
ボスの周りに炎が舞ったが、服が焦げることさえなかった。
「俺に魔法は効かないぜ」
金の鎖で繋がれた胸のペンダントを手に持って勇者たちに示した。
古風な物で金色の装飾の中に赤い宝石が埋まっている。
「これにはドラゴンが封印されていて、魔法をキャンセルできる。金持ちの屋敷を襲ったときに奪った物だ」
得意げに見せつける。
「この外道」
パトリシアの非難にも動じない。ボスの価値観は悪に特化している。
勇者は剣を腰の鞘に納めると呪文を唱えた。
「魔法は効かねえって言っているだろうが」
構わず目を閉じて呪文を続ける。腰を下げて右手を剣の柄に置く。
「勇者居合剣!」
ガキンと大きな音がして山賊の剣が飛び、回転しながら林の中に消えた。
勇者はボスの首に剣を付きつけている。まるで時間軸の一部が削除されたように、瞬間的に移動したのだ。
「魔法で居合抜きを加速したんだ。本質は物理攻撃だから、そのペンダントは関係ないよ」
ボスは悔しそうに髭を震わせる。
「さあ、改心する気になったかい」
諭すように言う。戦いの最中でも、澄んだ瞳は健在だ。
ボスは勇者の顔を見て、自分を殺すことはできないなと感づいた。
横に飛び、ローレンツの背後で襟首をつかむ。
「こいつを殺されたくなかったら、剣を捨てな」
僧侶の首の前に短刀が光っていた。
「何をするのですか! 私を拘束して良いのは美少年だけですよ」
ボケに突っ込むこともせず、武器の放棄を再度、勇者に要求する。
そのとき、バチッと火花が飛ぶような音がした。
ボスは体をそり返し、けいれんしながら倒れる。
「小型雷撃棒です」
ローレンツの手には黒い小箱が握られていて、先端の電極には雷のようなアークが光っていた。
「私の寺院に古くからある、オーパーツを修復した物です。魔法ではないからキャンセルできなかったでしょう」
やれやれといったように地面に倒れているボスを見る。
「どうやら片付いたようね」
パトリシアが寄ってきた。
ボスは目を開けたまま口を半開きにしてピクピクとけいれんしている。
「その雷撃棒は、悪用していないでしょうね?」
少女はローレンツを疑うような目で見る。
「な、何を言っているのでしょうか。美少年をこれで気絶させて変なことをしようなどとは露ほども思っていませんよ。ええ、本当ですとも……」
うろたえる、心正しきはずの僧侶。
「これはあくまでも自己防衛のためです。ムキムキの荒くれ男に私が襲われた時のための防衛手段ですよ……」
ローレンツは、少女の目から逃れるように視線を空中に泳がせる
タカシは剣を納めてボスの前に来た。
「どうしても改心してくれなかったな……」
倒れている悪人を見下ろして悲しそうな眼をしている勇者。
パトリシアは「あんたバカじゃないの」と言いそうになったが、タカシの表情を見て口を閉じた。
ローレンツはポケットからマジックカードを取り出して、ギルドに連絡した。
*
山賊たちは特殊な縛りかたをされていた。
ロープで絡めるように拘束されているのだが、腹の部分は亀の甲羅の形になり、三角形で二つの胸を強調している。首に巻かれた縄は背中に伸び、複雑に結ばれている。山賊のおじさんたちは正座した状態で足首と手首を後ろで縛られ、動きを封じられていた。
「縄をほどけよおー」
ツルピカ頭の子分が体を揺らせて喚いた。その途端、クーっと息が詰まる。
「ダメですよ。暴れては……」
ローレンツが縄をいじるとツルピカが呼吸を回復した。
ハアハアと荒い息をしている子分に言い聞かせる。
「これはカメさん縛りと言って、もがけばもがくほど縛りがきつくなるように工夫してあるのです」
充血した目でローレンツを睨む。
「私の寺院に古くから伝わる捕縛術です。おとなしくしていた方が賢明ですよ」
ツルピカ頭を優しくなでるローレンツの青く怪しい目に、その子分は少なからず恐怖を感じた。
勇者はローレンツを引き離した。
「君は田舎でお母さんが待っているんだよね」
ツルピカがタカシの方を向いた。
「心を入れ替えて真人間に変わる気はないのかい」
タカシはしゃがんで同じ目の高さになり、子供に対するように言った。
「てやんでえ―。俺は山賊だぞおー。悪に生きる男だぞおー。いまさら堅気になれるかってんだよおー」
ちょっと、と言ってパトリシアがタカシの袖を引いて場を離れた。
「あんたバカじゃないの。あんな奴が改悛するわけがないじゃない。何度言ったら分かるのよ」
彼女の胸にはボスから取り上げた赤いペンダントが光っている。
「いや、僕は人間を信じる。彼なら分かってくれるはずだ」
ため息を付くパトリシア。
それを見ていたボスがツルピカの子分に耳打ちをした。
「あいつらはお前を説得したいようだ。納得したふりをして縄を解いてもらえ」
子分がうなずく。
「自由になったら、まず甘ちゃん勇者の剣を奪って、俺の縄を切るんだ。分かったな」
ツルピカはニヤリと笑い、ウィンクで返事を送った。
口論の結果、パトリシアがあきれて向こうに姿を消す。タカシがツルピカの前に来て座った。
「いいかい、君の両親は悲しんでいるんだよ。子供のころを思い出してごらん。友達と山道を駆けまわってドングリを拾い集めた日々は、どこに行ったんだろうね」
ツルピカは何も言わずうつむいた。
「日の暮れるまで遊んで遅くなって帰ってきたとき、家の明かりにホッとしただろう」
勇者の説得に「ああ」と言って小さくうなずく。
(よし、その調子だ。いい演技だぜ)
ボスは横目で二人を見ていた。
「今までの悪い行いを償おうよ。今まで親不孝していた分、両親を大事にして生きるんだ」
ツルピカは涙をこぼした。それは雑草の葉を滑り、その下を歩いていたアリを驚かせた。
(こいつ、すげえ演技力だなあ。役者になれるんじゃねえか?)
ボスは感心した。
「じゃあ、縄を解いてあげるから、心を入れ替えてまっとうに働くんだよ」
「うん、分かったよおー」
涙にぬれた顔を上げた。
タカシは剣を抜きツルピカの縄を切る。
(よくやった!)
子分はフラフラと立ち上がり、頭を下げると町に向かって歩き出した。
(早く、そのボケガキの剣を奪っちまえ!)
ボスは期待していたが、子分は歩みを止めない。
「おい、コラー。約束が違うだろうが」
去ろうとする子分を大声で呼びとめた。
「親分。俺、やっぱり普通がいいですよお。田舎に帰って母ちゃんと一緒に暮らすことにしますよお」
他人の言葉に流されやすい男だった。
バカヤロー帰って来い、というボスの言葉を聞かず、彼はすがすがしい顔で真っすぐ歩いて行く。昼過ぎの陽光が頭に反射し、それは輝く未来を示唆しているようだった。
「次は彼の番だな」
タカシはボスの前に立った。
「いくらなんでもそいつは無理よ」
パトリシアが腰に手を当てて抗議する。
「いや、どんな悪者でも心を入れ替えることができる。さっき証明したじゃないか」
あれは特別でしょと言いたかったが、タカシの真剣な表情の横顔を見ると何も言えない。
「時間をかけてみましょうか」
ローレンツが折衷案を出した。
「この髭野郎を引き渡さないで、じっくりと説得するのです」
タカシはうなずいた。時間をかければなんとかなると思ったのだ。
「仕方がないわね」
少女はため息をつく。
パトリシアは浮遊魔法を使って、ボスを茂みの陰に隠した。
重い物は無理だが、その魔法で人間くらいならゆっくりと浮かせて移動させることができる。
しばらくして、ギルドの役人たちが馬車でやってきた。
縛られている山賊たちを手際良く馬車に積み込む。
積み終えてから役人が勇者の前に来た。
「それで報酬なのですが……」
前回、勇者は報酬を断っているので、聞いては失礼になるかと控えめに言った。
「いくらになりますか」
その言葉を聞いてパトリシアが振り返る。
「えー、はい、前のも合わせますと、これくらいですか」
そう言って役人はマジックカードを操作してタカシの前に出した。
数字が表示されている。
「なるほど、では頂くことにしましょう」
タカシは自分のカードを彼のカードに近づけた。
勇者のカードの数値が上がる。パトリシアは驚いたように、その光景を眺めていた。
「どうも、お疲れさまでした」
役人はホッとしたようにカードをチョッキのポケットにしまい、一礼してから馬車に向かって歩いて行った。
「ほう、二三〇〇ゴールドも入りましたか、しばらく贅沢ができますね」
ローレンツがカードを覗きこんでいた。
パトリシアは勇者を見つめる。
彼女の胸が熱くなった。もしかして、私のために報酬を受け取ったのだろうか。
視線を感じて、タカシは彼女の方を向きニコリとほほ笑んだ。
「僕はパトリシアがいないとダメなんだ」
女の子の部分がキュンと音を立てた。パトリシアは赤面してうつむく。
「そ、そうなの? ……ええ、そうでしょうよ。当然よね」
杖で地面に「の」の字を書く。
「やっぱり、勇者には魔法使いがセットだよなあ。戦いのフォーメーションからいって、それが普通だよね」
しばしの沈黙。
パトリシアはフンと言って、踵を返した。
「どうしたんだい。何を怒っているんだよ」
勇者の言葉に構わず、彼女はスタスタと歩いて行った。