勇者タカシの正論
電撃に応募して、1次落ちした作品を推敲したものです。
感想をいただけるとありがたいです。
1章、理想派の勇者
深い森の中。
昼過ぎでも暗い山道で、勇者のパーティ三人は十余人の山賊たちに囲まれていた。
「身ぐるみ脱いで置いて行け。そうすれば命は助けてやるぞ」
クマでも倒せそうな体格をした髭面のボスが大きな剣を手に持って三人を脅す。擦り切れた革の服を着た、いかにも山賊ですよというような服装をしている。
子分たちは覆面をしたり鉄兜をかぶったり、装備はバラバラだ。
春草が生い茂った小道。この場に似合わない暖かい風がゆっくりと吹き抜ける。
背の高い、若い僧侶は山賊の視線から逃げるように少年勇者の陰に隠れた。
「でも、助けるのは、かわいい魔法使いだけだよお。へっへっへっ……」
頭がツルピカの子分が短剣を持ったまま、少年の隣で杖を持っている少女をいやらしく見つめる。
その少女の服は、紫と黒で装飾されたワンピース。低めの身長だが、短いスカートから覗く長い足が印象的だ。
とんがり帽子と、自分の背丈ほどもある杖が魔法使いであることを物語っている。
「身ぐるみはがされるのは、あんたたちの方よ」
黒く長い髪。漆黒の瞳。山賊たちを軽蔑するように視線を送る。ロイヤルバイオレットのシンプルなワンピースのすそが踊った。
少年が少女をかばうように一歩前に踏み出す。
「君たちは、それでいいのかい? どうしてこんなことをするんだ。良心が痛まないのか」
勇者が諭すように言う。彼は正論家であり理想を追い求めていた。
赤いマントをはおり、青い服には荒鷲をデザインした勇者の紋章が刺しゅうされている。
背は高めだが、まだ子供の面影を残していて、実直さが澄んだ目に表れている。
「人生は思っているよりも短いよ。他人に迷惑をかけるようなことはやめて、まっとうな人生を歩もうよ」
少年は真剣だった。
「バカか、お前は」
ボスは苦笑いして剣を下ろした。緊張していた空気が弛緩する。
「タカシ、バカじゃないの、あんたは」
魔法使いの少女は、ため息をついて勇者の少年を見た。
「この状況で理想論を言って、どうすんのよ。こいつらはダメダメのクズなんだから。いくら説得してもムダよ。十七年も生きてきて、そんなことも分からないの」
勇者は鉄の鉢がねを装着した頭を振った。
「いや、そうじゃないよ、パトリシア。人間なら話せば分かる。真心で寝雪を溶かすように、誠意をもって語りかければ、きっと氷に閉ざされた心を開いてくれるはずさ」
勇者は剣を構えながら、真顔でのたまった。整った面持ちをしているが、その口から出る言葉は人々の精神を白けさせ、寒くさせる。
「か―っ……」
少女は可愛い顔をゆがめて、ダメだこいつは、と言う表情で空を仰ぐ。
「僕は勇者のタカシだ。君たちにも親はいたはずだ。両親は君たちを山賊にしたくて育てたわけじゃない。親を悲しませちゃダメだよ。母親の優しい顔を、暖かさを思い出すんだ」
空気が乾くように白けたムードが流れる。山賊の子分たちは、どうしたものかと顔を見合わせた。
「さあ、子供のころを思い出してごらん。何も悪いことを考えなかった幼いころを……。無邪気な心を取り戻すんだ。人生はいくらでもやり直しができる。僕が助けてあげるから、改心するんだ」
ボスの髭面がゆがむ。
何も聞く気はないというように、ボスは太い腕で大きな剣を振り上げた。
「俺が悪かったよお」
ツルピカの子分が短刀を捨てて地面に座り込む。
「ごめんよ、母ちゃん。俺、真人間になって田舎に帰るから……」
他人の言葉に流されやすい小柄な男は涙を流して懺悔した。
「ごめんよ、ごめんよ……」
顔を覆った手の隙間から涙がこぼれ落ちる。
ボスはあきれたように、その子分を殴り倒した。ツルピカは気絶して地面に横たわる。木漏れ日がそのテカった頭を揺らいだ。
「もう、いい加減にしろ。三文芝居でケツがかゆくなる前に、さっさとけりをつけてやるぜ」
ボスはにじり寄ってきた。生かして帰す気はないようだ。
「待ちなさい!」
凛とした言葉で山賊を制したのは灰色のローブを着た青年だった。
「一つ言いたいことがあります」
僧侶の服装をした美青年は真摯な表情で前に出た。青い瞳と肩まで届くブロンドの髪、そして長身の体は、教会でミサを指導する牧師のごとく清冽なオーラを発していた。
そして、凛とした言葉を放つ。
「あなたたちの中に美少年はいますか」
空気が凍る。
沈黙の中、小鳥の声が無邪気に聞こえてきた。
「布で覆面をしているので、顔が良く分かりません。五歳から十歳くらいの美しい男の子が所望ですが、可愛い中年でも、この際は我慢します。さあマスクを取って顔を見せて下さい」
登頂が困難な霊峰のごとく、極寒が皆の行動を停止させた。
「さあ、ルックスを確認させて下さい。タカシも結構いい顔をしているんですが、皆もご存じの性格なので、私の食指が動きません。美中年なら私がお相手して差し上げます。さあ……。あっ、何をするんですか。パトリシア」
少女が僧侶のフードをつかんで引き戻す。
「ちょっとローレンツ。悪いけどさあ……。黙っててくれる」
パトリシアがため息をつく。
ローレンツは勇者の後方に下がり、頬を膨らませて不満を表現する。
「このヘンタイども、ちょっとは真面目にやれ!」
ボスが切れた。
剣を振りかざし、タカシに襲いかかる。
ガキン!
森の静寂の中、金属音が響いた。
森林に潜んでいた鳥たちが驚いて飛び立つ。
攻撃を受け止めたタカシの剣は、ボスを押し返した。ほっそりした体に似合わず力が強い。
それを合図のように、子分たちが一斉に襲いかかってきた。
僧侶はさっさと逃げ出して姿を消す。
タカシは少女の前に立ち、盾となる。襲いかかってくる剣をはじき返し、そして叩き落とした。
少年の剣は達人と呼べる域に達していた。魔法使いの少女を守るように剣を振り、山賊たちを寄せ付けない。
勇者が防御している安全域。落ち着いて精神を集中し魔法使いは頭上で杖を回した。
「ミラクルボンバー!」
少女の呪文と共に彼らの前方で爆発が起こり、山賊たちが吹っ飛ぶ。
「私は変態じゃないわよ!」
そう言って杖を山賊たちに向けた。
「ミラクルファイアー!」
杖を振って炎を巻き上げる。まるで杖の先から火が噴きでているよう。
「アチャチャチャチャ……」
文字通り、尻に火が付いた子分が逃げて行く。
ボスがひるんで後ずさった。
一方、ローレンツは障害物のない広い場所に移動すると、腰の袋を手に取った。
「オープン、パニックルーム」
彼が呪文を唱えると目の前に小屋くらいのドームが出現した。
金属で作られていて、表面は銀色に光っている、半球状の物体にはドアが一つと窓が一つ付いているだけだ。ローレンツはドアを開けると、中に入る。
彼を追いかけてきた山賊たちは唖然として、そのドームを見て思考停止している。
するとそのドームはゆっくりと動き出した。山賊たちに向かって速度を上げる。
「さあ、悪い中年にはお仕置きですよおー」
ドームの中のローレンツは山賊たちに向かって歩いて行く。それに追随するように、ドームも移動していった。
あわてて逃げ回る山賊の子分たちの姿が窓から見える。ローレンツは楽しそうに追いかけ回した。
「あっはっはっはー! まるでバッタのように跳ね飛ばされてますねー」
逃げ切れなかった男がドームに追突されて草むらに飛ばされる。
子分たちは逃げ惑った。
そのドームはパニックルームといい、危機が迫ったときにルームに閉じこもってやり過ごすという物だ。多少の攻撃ではびくともしない。それ自体に攻撃用の武器は備えていないが、中の人間の意志で移動させることができるので、ルーム全体を武器として応用することができた。
パトリシアたちは優勢に戦闘を進めていた。
魔法使いと勇者のコンビネーションは彼らを追い詰め、山賊たちは逃げる機会をうかがい始めた。
山賊たちの士気が低下し攻撃の手が止まる。
それを見て、タカシが剣を顔の前に持って呪文を唱える。
「勇者烈風剣!」
気合いと共に魔法を込めた剣を横に薙ぎった。
かまいたちのような強風が屈強な男たちを襲い、大きな体を軽々と吹き飛ばす。
彼らは気絶したり呻き声をあげて倒れている。
山賊たちの劣勢は明らかだった。
「憶えていろよ」
悪人の定型文を残して、ボスたちが逃げて行った。
後に残ったのは勇者のパーティと気絶している五人の山賊。
そして、森の静寂が場を落ち着かせる。
科学万能の古代文明が滅んでから数千年。
この世界では魔法が重要な位置を占めていた。
魔法が生活の一部になり、皆の暮らしを支えている。人々は大なり小なり魔法を使うことができ、その中で特に強い力を持つ人間を魔法使いと呼んでいた。
魔法とは、空間に存在するエーテルという特殊な”場”と人間の精神が結びつくことにより発生する。それは人の精神力に左右され、特殊な物理現象を顕現させることができる。
魔法は当然なものとなっており、日々の生活と深く結びついていた。
この世界に政府というものは存在しなかったが、魔法ギルドという魔法使いたちが運営している組織があり、経済活動や治安をサポートしている。
どの時代、どの地域でも悪い人間というものは必ずいて、人々の暮らしを脅かしていた。
山賊や海賊など、そういった悪人を懲らしめる人間もいて、それは勇者と呼ばれていた。
勇者は町の住人やギルドの要請によって悪人と戦う。そして、報奨金をもらってパーティグループの運営資金としていた。
「どうやら片付いたわね」
パトリシアが、ため息をつき帽子を振って顔に風を送る。
「僕の説得が足りなかったか。真心を伝えるのは難しいなあ」
倒れている山賊たちをタカシが悲しそうに見る。
「あんたは理想を追いすぎるのよ。世の中全部が良い人なはずがないじゃない」
「いや、僕は人間を信じている。正義のためなら命も投げ出す覚悟さ」
澄んだ目で遠くを見る。悪が存在しない、理想世界を夢見ているような目。
また彼女がため息をついた。
「あんたは中二病よ」
「中二病?」
タカシがパトリシアを見て首をかしげる。
「古代に存在した精神病よ。自分の力を過大評価して夢ばかり見ている、少年特有の病気のことよ。古文書に載っていたわ」
仕方ないわねと言ったように細い腰に手を当てる。
「いや、僕は正常だ。人間を信じて何が悪いんだ。人の心には神様が住んでいる。本当に悪い人間なんていないんだよ」
少年の目は真剣だ。
「この世は悪い人ばかりでしょ。こいつらを見ればわかるじゃない」
地面に転がっている山賊たちを杖で指し示す。
「いや。この人たちだって、このままで良いと思っているはずはない。きっと改心してくれるはずさ」
「この世から悪人がいなくなれば、私たちの商売はあがったりだけどね」
「医者も病人がいなくなれば稼ぐことはできないけど、それはそれで立派な仕事なんだよ」
なおも正論を唱える少年に、ハイハイと投げやりに言って彼女はローレンツの方に目をそらした。
「あんたは何やってんのよ!」
山賊の体で何かをしていたローレンツが振り向く。
「何って、チェンジ魔法で山賊の衣服を変えたのですが、どうかしましたか」
気絶している五人の山賊。その一人が異様な姿になっていた。
紺の半ズボンに白いソックス、黒く輝いている靴。それに頭には黄色の帽子をかぶり、白い半そでの服にピカピカのランドセルを背負っていた。おまけに小学校の名札まで付いている。
半ズボンから出ている毛むくじゃらの足がアンバランスで醜悪だった。だが、若い僧侶は特殊な感性を持っているらしい。
「山賊に子供の服を着せてどうすんのよ」
「だって、美少年がいないのですから、オヤジで我慢するしかないでしょう」
さも当然といった表情をしている。
どうして君はそんなことも分からないのかという、いぶかしげな顔だった。
「このホモヤロウ……」
山賊のオヤジを着せ替え人形の代わりにしている青年に対してパトリシアは言葉を続けられなかった。
「男色は僧侶のたしなみです」
ローレンツが胸を張って答えた。
「僧侶は神に仕える身。女性と付き合うことは許されません。だったら男に走るのは当然じゃありませんか」
「謝りなさい。全国の僧侶の皆さんに謝りなさ~い!」
彼女が金切り声をあげた。
「まあ、落ち着けよ。ローレンツはいつものことだろ」
勇者が彼女の肩に手を置いた。
パトリシアは手を振り払うと、気絶している男たちに歩み寄った。
「とにかく、お金だわ。マジックギルドに連絡して報奨金をもらわないと」
彼女はマジックカードを胸から取り出すと、ギルドの呼び出し番号をコールした。状況を説明して山賊たちを引き取ってもらうように伝えた。
そして、しゃがみこんで、山賊の刀や兜などの装備を拾い集める。
「このホモッ。袋を出しなさいよ」
ローレンツは無表情で腰に下げている小さな革袋を差し出した。
彼女は、山賊からぶんどった物を袋の上にかざす。
「マジックオークション、ログイン」
その呪文と共に手に持ったものが、ふっと消える。
少し経って、袋の横に表示されている数値が上昇する。
魔法ネットワークのオークションに出した物は、買い手があれば、すぐに現金化できた。
「たったの百ゴールドちょっとね……」
パトリシアは眉をゆがめる。そして、山賊たちに近寄って服を脱がし始めた。
「おい、そこまでやることはないだろう」
タカシが止めたが、彼女は構わずに靴までも脱がしていた。
「悪者の装備は売っぱらっても良いことになっているでしょ」
悪人を捕えた時には、その武器などを自由に処分できるという規則になっていた。
パトリシアは前と同じく、胸に抱いた衣類を袋に吸収させる。
「かーっ、十ゴールドにもならないのー?」
彼女は落胆した。
そして、入れたはずの靴が袋から飛び出てきた。
「そんな不衛生な物はオークションに出してはいけませんよ」
ローレンツは袋を腰に取り付けた。
「このオールプレイスサック(どこでも袋)の使用法を守らないとオークションの参加権をはく奪されてしまいます」
困った人だという顔で魔法使いを見る。
彼女は、お金おかねオカネとぶつぶつ呟いていた。
そうこうしているうちに、ギルドの人間が馬車に乗ってやってきた。
勇者の前で止まり、中から数人の男が降りてきた。
「勇者どの、ご苦労様でした」
白いシャツに革のチョッキを着た係員たちだ。
「いいえ、どういたしまして。お役目ご苦労様ですわ」
パトリシアが愛想を振りまく。
役人は下着姿の山賊と、小学生の格好をした毛深い中年男の姿に驚く。
「それは山賊たちの趣味なんですよ」
パトリシアがフォローする。
係員は慣れた動作で山賊たちを馬車に積み込んでいった。
「では、山賊退治の謝礼ですが……」
係員がカードを取り出した。
彼女が目を輝かす。しかし、タカシは毅然として言った。
「そんなものはいりません。僕は勇者として当然のことをしたまでです。お金なんて、もらうことはできません」
森の奥深くにひっそりと隠れる、澄み切った湖のような瞳だった。
パトリシアは淀みきった沼のような目で少年に沈黙の抗議をするが、ギルドたちの手前、心の中でタカシを罵倒するしかない。
「何て素晴らしい人なんだ」
係員は感激した。
「まさに、あなたたちは勇者パーティの鑑です。まだ子供だというのに人間ができている」
中年の男は少年たちをほめたたえた。
パトリシアはゆがんだ笑いを浮かべている。
やがて山賊たちを積み終わり馬車は去って行った。にこやかに手を振って見送る勇者。
その背中に、黒いオーラを揺らめかせた魔法使いが近づいた。
「この中二病!」
かかとを少し上げ、後ろからタカシの首を締める。
「うっ、苦しい。何をするんだい。パトリシア」
「お礼をもらわないでどうすんのよ。何をするにもお金は必要じゃないの!」
さらに締め付ける。苦しそうにもがくタカシ。
「やめなさい」
止めたのはローレンツだった。
「どうして、君はそんなにお金に執着するのですか」
「どうして……ですって?」
絞殺しかねなかった手を解放し、ローレンツを見る。彼女の目が座っていない。
「この世はお金がすべてでしょ。お金お金お金お金、オカネが大事なのよ」
呼吸を乱した勇者は横目で彼女を見る。
「貧乏なんて大嫌いよ!」
はあ、とローレンツが気のない返事をする。
「お金がない厳しさは、寺院でぬくぬくと暮らしてきた僧侶様には理解できないわよ」
彼女の過去はつらいものだったらしい。
パトリシアは、じれったいという感じで横を向く。
「ああ、誰か私にお金をくれないかしら。それも、たくさんのゴールドを」
控え目に隆起した胸の前で手を組み、夢を見るように空を仰ぐ。
「みんなあげる。私をあげる。こいつらもくれてやるわ。みんな、みーんなプレゼントするから、お金をちょーだい!」
彼女は望みを申しのべた。両手を天に差し出して神に祈るように言いやがった。
二人の男は吸血スライムを見るような目つきで、乙女が祈る姿を眺めていた。
勇者と呼ばれる職業は、悪人を捕えて魔法ギルドに引き渡し、それにより報酬を得るものだ。勇者は魔法使いや僧侶たちとグループを組んで活動している。それは勇者のパーティと呼ばれ、国の秩序を維持することを生業にしている。
魔法ギルドは魔法ネットワークを管理していた。
それは世界中に張り巡らされ、どんな場所でも魔法カードやオールプレイスサック(どこでも袋)などの魔法端末でネットワークにアクセスできる。それにより物品を売ったり買ったりということが簡単にできるシステムになっていた。
また、魔法カードは個人で1枚持っているのが普通で、それで遠距離の相手と通話できる。
古代には科学が発達した文明があったようだが、今ではその痕跡も少なく、その高度な科学文明を否定する学者も少なくない。ただ、古文書が多数残っており、それに記載されている情報は魔法システムの構築に大きな影響を与えていた。
また、この世界では理解不可能なオーパーツも出土されていて、そういった物は魔法ギルドに大きな影響力のある寺院が秘密裏に解析、研究をしていた。
日が西に傾き、いつの間にか空が夕暮れに染まっている。
勇者たちは平らな場所に移動した。
「とにかく、夕食にしましょう」
ローレンツは腰の袋を手に持ち、呪文を唱える。
小さなテーブルとイスが現れる。その上にはコップと水さし、それに銀色の袋で包まれた携帯食料が置いてあった。
「また、マジックレーションなの?」
パトリシアはイスに座って銀色の袋を破る。
「贅沢を言わないでください。もっとゴールドがあれば、マジック通販で何でも出せるのですが」
ローレンツは携帯食のバーをポリポリとかじった。
「これは栄養バランスがいいのさ」
タカシが味気のないバーをかみ砕き、コップの水で流しこむ。
パトリシアは不幸を絵に描いたような表情。
静かな森の中、物欲しげなリスが近くを走り回る。
質素な食事が終わって、ローレンツは、また腰の袋を手にした。
「少し早いですが、寝ることにしましょうか」
呪文と共にブロック造りの小屋が現れた。袋の中にキープしておいた簡易宿泊用のキャンプハウスだ。
「そうだな。今日も良いことをした。ぐっすりと眠れるだろう」
タカシがドアを開けた。
「パトリシア。君も休んだらどうだ」
彼女は何も言わず、薄汚れた小屋を見て立っていた。
「どうしたのですか?」
ローレンツが彼女をいぶかしげに見る。
「もう、嫌!」
パトリシアが大きく左右に首を振った。
「えっ」
タカシは泣きそうな彼女を見て戸惑う。
「さっき、謝礼をもらっていれば、町の宿に泊まることが出来たのよ」
スカートを握りしめる。
「そうすれば豪華な食事の後、お風呂にも入れたし、ふかふかのベッドでゆっくり眠れるのにぃ!」
二人の男は顔を見合わせた。
「こんな小部屋に男と雑魚寝なんて、いいかげん、うんざりだわよ」
目に涙がにじみ、服を握りしめていた手が震える。
「私、パーティを抜けさせてもらうわ」
彼女はローレンツの革袋を分捕ると、自分のマジックカードを近づけた。
袋の数値が減り、カードの表示がカウントアップする。
「私の分は貰っていきますからね!」
杖を持ち帽子をかぶると、町に向かって道を下り始める。
「待てよ、パトリシア」
タカシが引きとめる。しかし彼女は、制止する声を無視して去っていった。
二人の男が影が見えなくなるまで見つめていた。
「行ってしまいましたね」
誰に言うともなくローレンツが寂しげに呟いた。
「ああ」
タカシはそう言ったまま黙り込んでしまった。
勇者のパーティには、魔法使いは必要不可欠だ。
一対一の戦いならタカシには自信があった。剣の技量において他の者にひけはとらない、しかし、大ぜいが一気に攻撃して来たら、どんな剣の達人でも防ぎきることはできない。それは誰が考えても明白なことだ。
魔法使いを主軸に置いて、敵に中距離攻撃を加える。魔法使いを攻撃して来たら勇者が防御する。それがパーティの戦闘の定石だった。
「タカシは少し考え方を改めるべきでしょうね」
ローレンツが黙ったままの勇者に説教めいたことを言う。タカシが長身の青年を見る。
「お金をもらうことは悪いことではありませんよ」
説教は僧侶の得意技だ。
「それは分かっているよ。ローレンツ」
タカシは少女が消えていった暗闇に視線を戻す。
僧侶は首を振った。
「いえ。本当に理解していないのですよ。立派な勇者になろうとして、行動が空回りしているように見受けられます」
「そうかな……」
言葉は疑問形だが、納得はしていた。
「ゴールドがなければ旅を続けられません。そうなれば、困った人たちを救う機会を失ってしまいます。簡単なことですよ」
タカシは小さく首を縦に振った。
「そうだね……。パトリシアは女の子だもんな。僕たち男とは違うよね。もっと気を使ってあげないと……」
パトリシアのことを想い浮かべ、タカシは謝罪すべき必要を感じていた。